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【鋼鉄のジャングルと密林の王】

リバティー・アライアンス勢力圏の辺境、セクターF-4「緑回廊」。


かつては巨大なバイオ・プラントが存在したその場所は今や地図から消された「空白地帯」となっていた。

原因は数十年前に起きたプラントの制御AIの暴走。

流出した実験用ナノマシンと成長促進剤は、周囲の植物を爆発的に変化させた。


樹木は鋼鉄の硬度を持ち、蔦はケーブルのように電子機器を侵食し、花は有毒な胞子を撒き散らす。

そこは機械と自然が醜悪に融合した「鉄の密林」だった。


「……湿度が異常っすね、不快指数が計測不能っす」


クロスレイダーに跨り、密林の入り口で立ち止まったミカ・フォルクス少尉がバイザー越しに空を見上げた。空は見えない。

数十メートルもの高さに成長した巨大樹のキャノピーが、日光を遮断しているからだ。

薄暗い森の中はサウナのような蒸し暑さと、腐葉土とオイルが混ざったような異臭が充満していた。


「そう?生命力が溢れてるって感じで 私は嫌いじゃないけどなぁ」


先行するロード・インパルス・アビスのコクピットからフレンダ・ディーコン少尉の呑気な声が響く。

彼女の機体は激戦を経て修復され、鈍い銀色の輝きを取り戻していた。

だが、この密林においては、その輝きすらも緑の闇に飲み込まれそうだ。


『フレンダ、警戒レベルを上げてください。このエリアの植物群はアクティブな熱源反応を持っています。つまり、植物そのものが「敵性体」である可能性があります』


KARMAのメイが冷静に警告する。


「今回の任務はこの森に不時着した輸送機の乗員救助……でしたっけ。こんな場所に落ちて生きてるなんて、運がいいのか悪いのか」


ミカはハンドガンのスライドを引き、初弾を装填した。

彼女の強化された五感が森の奥から漂う「違和感」を捉えていた。

鳥の声がしない。虫の羽音もしない。

聞こえるのは風に揺れる葉の音と……何か、湿ったものが地面を這う音だけ。


「……行くっすよ、長居は無用っす」


二つの影が緑の地獄へと足を踏み入れた。

森の中は予想以上に過酷な地形だった。

地面は巨大な根が網の目のように張り巡らされ、インパルスの歩行を妨げる。

クロスレイダーもオフロード仕様とはいえ、タイヤが泥と蔦に取られ速度が出せない。


「うっとおしいなぁ、ちょっと道を開けてよ!」


フレンダがインパルスの前脚を振るい、道を塞ぐ太い蔦を引きちぎった。


ギャアアッ!!

蔦が悲鳴のような金属音を上げて切断される。

切り口からは樹液ではなく、赤いオイルのような液体が噴き出した。


「うわっ、キモッ!血!?」


「言ったはずっすよ、ここの植物は半分機械だって。静かにするっす、少尉」


ミカが鋭い声で制した。

彼女はクロスレイダーを停止させ、エンジンを切った。

周囲の静寂。

いや、静寂ではない。


カサッ……カササッ……

四方八方から枯れ葉を踏む音が近づいてくる。

それも一つや二つではない。

群れだ。


『熱源反応多数!ですが……形状データ、照合不能。ヘキサギアではありません。サイズは……人間大?』


メイの報告にフレンダが首を傾げる。


「人間、ヘテロドックスの歩兵ってこと?」


「いいえ、……足音が違うっす」


ミカはヘルメットを脱ぎ、直接その場の空気を吸い込んだ。

ムッとする湿気の中に混じる、独特の獣臭。

そして、薬品の臭い。


「……獣っすね。でも、ただの獣じゃない」


ヒュンッ!!

風切り音。

樹上から「何か」が飛び降りてきた。


ガギィッ!!

ミカの目の前、クロスレイダーのフロントカウルに鋭利な爪が突き立てられる。

襲撃者はそのままミカの喉笛を食い破ろうと飛びかかった。


「……遅い」


ミカは表情一つ変えず、襲撃者の腕を掴んだ。

強化された握力で腕を握りしめる。

ボキリ、という骨の砕ける音が響いた。


「ギシャアアッ!?」


ミカはそのまま敵を投げ飛ばし、空中でハンドガンを二連射した。


パンッ!パンッ!

正確に心臓と頭部を撃ち抜かれた襲撃者は、痙攣して地面に転がった。


「な、何これ……!?」


フレンダがライトで死体を照らす。それはかつて人間だったものだ。

ボロボロの軍服を着ているが皮膚は緑色に変色し、筋肉が異常に肥大化している。

手足の指は鋭い鉤爪に変形し、口からは牙が飛び出していた。

そして、背骨に沿って金属製のスパインが埋め込まれている。


「『ゾアントロプス・フリークス』の類ですかね……?白堊理研が廃棄した強化兵士の失敗作っす」


ミカの声は冷ややかだったが、その瞳には暗い光が宿っていた。


「理性を代償に身体能力を強化しようとして適合せずに獣に落ちた成れの果て。……こんなところに捨てられてたんすか」


ウオオオォォォッ!!!

森の奥から無数の咆哮が響いた。最初の襲撃は合図に過ぎなかった。

樹上から、茂みから、数十体の「失敗作」たちが雪崩のように押し寄せてくる。


彼らは武器を持たない。

だが、その爪はヘキサギアの装甲すら引き裂く強度を持ち、その動きは野生動物そのものだ。


「うわぁぁ、いっぱい来た!インパルス、迎撃ッ!」


フレンダがインパルスの顎を振るう。

人間サイズの敵はインパルスにとっては小石のようなものだ。

一振りで数体が吹き飛び、千切れ飛ぶ。だが、彼らは痛みを知らない。

半身を失ってもなお、這いずりながらインパルスの脚に噛み付いてくる。


「しつこい、ゾンビ映画かよ!」


「少尉は大型の接近に備えるっす!この程度の雑魚、私が片付けるっす」


ミカはクロスレイダーから飛び降りた。

この足場の悪い密林ではバイクよりも生身の方が速い。彼女は二丁のハンドガンと、腰のコンバットナイフを抜き放った。


「……来るなら来いっすよ、兄弟たち」


ミカが走る。泥濘など物ともしない。

彼女の脚部は瞬間的に出力を最大までブーストさせている。


ドシュッ!

最初の敵と衝突した。

ミカは姿勢を低くし、敵の懐に潜り込むと同時にナイフで大腿動脈を切断した。

返り血を浴びるよりも早く彼女は次の敵へと跳躍する。


ズドンッ!ズドンッ!

空中での射撃。脳幹への精密射撃。

無駄弾は一発もない。


「ギギッ……!?」


背後から忍び寄った個体がミカの肩に爪を立てようとする。

だが、ミカは振り返りもせずに裏拳を叩き込んだ。

強化された拳打で敵の頭蓋骨が陥没し眼球が飛び出す。


圧倒的だった。

数で勝る獣人たちが、たった一人の少女に翻弄され狩られていく。

それは戦闘というより一方的な「処理」だった。


「……哀れっすね」


ミカは呟きながら最後の一体の首をへし折った。

彼女は知っている。

彼らが味わった苦痛を。

薬物投与、手術、リハビリという名の拷問。

白堊理研で彼女自身が耐え抜いてきた地獄を、彼らは耐えきれずに壊れてしまったのだ。


「せめて、人間として死なせてやるのが慈悲っす」


ミカは血を振るいナイフを納めた。

彼女のスーツは返り血で汚れていたが、その表情は能面のようになにも語らなかった。


襲撃を退けた二人は、救難信号の発信源へと急いだ。巨大な樹木の根元に形成された洞窟。

そこに、墜落した輸送機の残骸と数名の兵士たちが身を潜めていた。


「み、味方か!? 助かった……!」


生き残ったリバティー・アライアンスの兵士たちはミカたちの姿を見て涙を流した。

彼らは負傷し衰弱しきっていた。


「状況報告を、敵の規模は?」


ミカが事務的に尋ねる。

隊長らしき男が震える声で答えた。


「分からないんだ……。姿が見えない。レーダーにも映らない。だが、部下たちは次々と……森に『食われた』」


「食われた?」


「ああ。突然木が動き出して……。いや、あれは木じゃない。『透明な怪物』だ!」


男の言葉にミカとフレンダは顔を見合わせた。


「光学迷彩っすね」


「しかも熱源探知も欺瞞してる。相当厄介なのがいるよ、この森には」


フレンダがインパルスのセンサー感度を上げる。

だが、モニターには風に揺れる緑しか映らない。


「とにかくここを離れるっす。負傷者をインパルスに乗せて……」


ズガガガガッ!!

突然、洞窟の入り口付近の地面が爆発した。

機銃掃射だ。


「伏せろッ!」


ミカが兵士を突き飛ばし岩陰に滑り込む。

銃弾は何もない空間から発射されていた。


「どこから撃ってきてる!?」


フレンダが周囲を見回す。

インパルスの索敵システムを持ってしても、敵の位置が特定できない。

ジャミングにより、レーダーは真っ白だ。


『敵影、視認不能。ですが、弾道計算により射撃地点を推測……12時方向、樹上70メートル!』


「そこかッ!」


フレンダは推測地点に向けて、インパルスの機銃を乱射した。

弾丸が枝葉を散らす。だが、手応えはない。


シュルルルッ……!

不意にフレンダの背後から「音」がした。

蔦が擦れるような音。

いや、違う。


「後ろっす、少尉!」


ミカの叫びで振り返ったインパルスの胴体に、太いワイヤーアンカーが突き刺さった。


「がはっ!?」


「捕まえたぞ……」


虚空から機械合成されたような低い声が響く。空間が歪み光学迷彩が解ける。

そこに現れたのは、森の王と呼ぶに相応しい怪物だった。


『ボルトレックス・カモフラージュ(森林迷彩仕様)』。


第3世代ヘキサギア「ボルトレックス」をベースに、全身を植物のようなバイオ装甲で覆い、ステルス機能を極限まで高めたカスタム機。

その体色は周囲の緑と完全に同化しており、動かなければ肉眼での発見は不可能だ。


「こいつが……森の主!」


ボルトレックスは、インパルスに突き刺したアンカーを巻き取り、その巨体で木の上から飛び降りてきた。


「押し潰されるッ!」


フレンダはとっさにインパルスの追加装甲で受け止めた。


ガギィィンッ!!

凄まじい衝撃でインパルスの足元の地面が陥没する。


「ぐぅぅ、重い!」


「いい装甲だ。だが、この森では『重さ』は死に直結する」


敵パイロットの声は冷静だった。

ボルトレックスの脚部が変形し、インパルスの機体を締め上げる。

さらに、背中のプラズマカノンが至近距離でチャージを開始した。


「やらせるかぁッ!」


ミカが飛び出す。

彼女は対戦車ライフルを構え、ボルトレックスの関節部を狙った。


ズドンッ!

弾丸が命中するが、バイオ装甲の弾力に阻まれ弾かれる。

硬いだけではない。衝撃を吸収する軟性装甲だ。


「チッ、相性が悪いっすね!」


ボルトレックスがミカに視線を向ける。

テイルブレードが鞭のようにしなりミカを襲う。


「ミカちゃん、逃げて!」


フレンダが叫ぶ。

ミカは前転して回避するが、ブレードの風圧で吹き飛ばされ泥の中に転がる。


「……クソッ。姿が見えない上に硬くて速いとか、反則っすよ」


ミカは口の中の血を吐き捨てた。

正面からの撃ち合いでは分が悪い。

この森は奴の庭だ。ならば――。


「少尉!奴の目を欺くっす!」


「え、どうやって!?」


「この森全体を燃やすつもりで、暴れ回るっす!熱と煙で奴のセンサーを焼き切る!」


「了解、派手なのは得意だよ!」


フレンダはインパルスのスラスターを全開にした。

拘束されたまま、無理やり機体を回転させる。


「デス・ロール!!」


ワニが獲物を食いちぎるような回転運動だ。

強引な動きにボルトレックスのアンカーワイヤーが千切れる。


「解放されたッ!いくよ、インパルス!」


フレンダは森の中をジグザグに走り出した。

木々をへし折りわざとエンジンを過負荷させて排熱を撒き散らす。

森の温度が急上昇した。

サーモグラフィーが真っ赤に染まり、敵の索敵システムが飽和する。


「小賢しい真似を……、どこへ逃げても無駄だ!」


ボルトレックスが再び迷彩を展開し姿を消す。

だが、フレンダは止まらない。彼女は目を閉じた。


「メイ、視覚情報はカット。聴覚と嗅覚……そして野生の勘だけで行くよ!」


『了解。センサー感度、最大。環境音、フィルタリング開始』


葉の擦れる音。風の音。その中に混じるわずかな「異物」の駆動音。


(……右。上。そこから飛びかかってくる!)


フレンダの脳裏に、見えない敵の軌道が閃く。

彼女はインパルスのトリック・ブレードを真上の太い枝に向けて射出した。


シュッ!!

ワイヤーが枝に絡まる。

インパルスはそれを支点にして、ターザンのように空中へと舞い上がった。


「えっ!?」


虚空から驚きの声。

ボルトレックスが飛び降りようとした、まさにその頭上にインパルスが現れたのだ。


「森の王者は……狼だァァァッ!!」


落下の勢いを乗せたハイパー・バイト。

リヴァイアサンの牙がボルトレックスの頭部、バイオ装甲の薄いセンサー部分に食らいつく。


ガッ……バキィィィッ!!!


「ぐあぁぁぁッ!?」


装甲ごと頭部を噛み砕いた。

迷彩機能が暴走し、ボルトレックスの姿が明滅する。

さらに、フレンダはそのまま敵機を地面へと叩きつけた。


ズドォォォン!!

勝負あり。

密林の王は、空からの奇襲によって地に伏した。


戦闘終了後、生き残った兵士たちは救助ヘリに収容され森を去っていった。

残されたのはフレンダとミカの二人だけ。



「……ふぅ、疲れた。湿気で服がベタベタっす」


ミカは座り込み泥だらけのブーツを脱いでいた。

今回の任務は精神的にも肉体的にも堪えるものだった。

特に「失敗作」たちとの戦闘は、彼女の心に澱のようなものを残していた。


「ミカちゃん、見て見て!」


フレンダの明るい声が、ミカの憂鬱を破った。

見ると、フレンダは破壊されたボルトレックスのカモフラージュ装甲に絡みついていた奇妙な果実を手に持っていた。

金属のような光沢を持つ、青紫色の果実。

表面には微弱な電流が走り、パチパチと音を立てている。


「……何すかそれ、絶対毒っすよ」


「えー?でも、すごくいい匂いがするんだよ!メイの分析だと『高エネルギー反応あり、毒性は……たぶん無し』だって!」


「たぶんって何すか?自殺行為っすよ」


止める間もなく、フレンダは果実を齧った。


バリッ!


「……!!」


フレンダの全身に電流が走る。

髪の毛が逆立ち火花が散る。


「……だ、大丈夫っすか!?」


ミカが慌てて駆け寄る。フレンダは口から黒い煙を吐き出しながら……満面の笑みを浮かべた。


「……し、痺れるぅぅ~!何これ!?口の中で弾ける炭酸フルーツみたい!ピリピリして最高だよ!」


「はぁ……。少尉の胃袋は本当にどうなってるんすか」


ミカは脱力してため息をついた。

だが、そのおバカな姿を見ていると先ほどまでの陰鬱な気分が少しだけ晴れる気がした。


「ほら、ミカちゃんも!元気出るよ!」


差し出された、かじりかけの帯電フルーツ。

ミカは嫌そうな顔をしつつも、小さく苦笑した。


「……遠慮しとくっす、私は基地に帰って普通のコーヒーが飲みたいっすから」


鉄の密林に、二人の笑い声が響く。

緑の地獄を生き延びた凸凹コンビは次なる戦場、大陸横断鉄道の旅へと向かう準備を始めていた。

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