【漆黒の行進、少佐の贈り物】
オアシス都市を後にしたロード・インパルス【Reloadead】は再び乾燥した荒野を進んでいた。
コンテナには報酬の一部として買い込んだ大量の保存食と水が積まれている。
「ミカちゃーん、お腹すいたー」
「さっきケバブを10個食べたばかりっすよ?」
「あれは別腹、砂漠はカロリー使うの!」
フレンダが後部座席に手を伸ばし、ドライフルーツの袋を開ける。
平和な移動時間。しかし、ミカの表情は険しかった。
彼女は先ほどからコンソールのレーダー画面を凝視していた。
「おかしいっす」
「何が?砂嵐?」
「いいえ。このエリアはリバティー・アライアンスの勢力圏内なのに、大規模な識別信号が接近しているっす。それも、MSGヴァリアントフォースの暗号コードっす」
「えっ、敵!?」
フレンダが食べる手を止める。
ミカが望遠カメラの映像をメインモニターに投影した。
地平線の彼方。
陽炎に揺れる砂丘の向こうから黒い染みのような大集団が近づいてくる。
それは、一糸乱れぬ行軍を続ける無人型ヘキサギアの部隊だった。
「スケアクロウに、ガバナーの乗っていないボルトレックス、完全な無人化部隊っす。でも、変っすね。警告もなしに真っ直ぐこっちに向かってくるっす」
「迷子かな?」
「まさか、まるで私たちを『出迎え』に来たみたいっす」
ミカの背筋に嫌な予感が走った。
このタイミング、この規模。そして何より、自分たちを正確に捕捉している事実。
距離が縮まると無人機たちの目が一斉に赤く輝いた。
問答無用。交渉の余地なし。
ドォォォォンッ!!
先頭のボルトレックス・ラースが一斉射撃を開始する。
「やっぱり敵だ!行くよミカちゃん!」
フレンダはインパルスを加速させ迎撃態勢に入った。
砂漠戦での経験を経た今の彼女に迷いはない。
スラスターを吹かし、複雑な軌道を描きながら敵の砲火を潜り抜ける。
「まずは一機!」
ズバッ!!
ヴォーパル・クローがボルトレックスの首を刎ね飛ばす。
手応えあり。フレンダはそのまま次の敵へ向かおうとした。
だが。
『警告。敵機、活動停止しません』
メイの声が響く。
「えっ?」
首を失ったはずのボルトレックスが、倒れない。
それどころか、切断面から白い泡状の粘液が噴き出し、瞬く間に新たな頭部を形成していく。
グジュジュジュジュ……!
「な、治った!?何これ、気持ち悪い!」
「ッ!?まさか!」
ミカはその白い粘液に見覚えがあった。
あの地下実験棟で見たマザー・ラビットの体液だ。
「自己修復機能!?少佐、正気っすか!?あの施設のデータを無人機に移植したんすか!?」
ミカは戦慄した。
少佐はあの悲劇的な任務すらも、ただのデータ収集として利用していたのだ。
何より、襲撃してきたヘキサギアたちはMSGVFの識別信号を発している。
つまり、少佐は裏切ったのだ。
再生したボルトレックスが、再び襲い掛かってくる。
さらに、後方から地面を揺らして現れたのは通常の倍以上のサイズを持つ異形の多脚型ヘキサギアだった。
ベースはアビスクローラーだが、その頭部は三つに増え全身から白いパイプが露出している。
【再生実験機:ヒドラ】
その時、インパルスの通信機が強制的に外部アクセスを受信した。
『データ収集完了、再生率は良好のようだな』
ノイズの向こうから、氷のように冷たい声が響く。
ヴァネッサ・ヘルシング少佐だ。
「少佐!?これはどういうことですか!?敵がいっぱい来ました!」
フレンダは叫ぶが、少佐の声には一切の慈悲も親愛の情もなかった。
『フレンダ、これはテストだ』
「テスト……?」
『先日の第3実験棟での任務にて、お前は感情的な動揺を見せた。兵器としてそれは不要なバグだ、お前は失敗作ではないことを証明しろ』
ヒドラの三つの首が鎌首をもたげ、プラズマキャノンをチャージする。
『機体が持つ死への恐怖と、お前自身の迷い。それらをねじ伏せ、眼前の敵を解体しろ。失敗作のデータごときに苦戦するようなら、お前もそこまでのガラクタだったということだ』
通信が切れる。
それは激励ではない。
性能試験を行う検査官がモルモットを見る目線そのものだった。
「っ!」
フレンダが唇を噛む。
恐怖よりも先に、身体の奥底から怒りのような力が湧き上がってくる。
「ガラクタじゃない」
フレンダは操縦桿を強く握りしめた。
【ヴォーパル・クロー】の出力ゲージが、危険域へと上昇していく。
「私はガラクタじゃない!ミカちゃんとの借金も返したし!お母さんにも褒められたんだ!こんなふざけた奴らなんかに!」
「少尉、出力安定しないっす!……でも、やるしかないっすね!」
ミカも覚悟を決める。
少佐の狂気じみたテスト。だが、これを乗り越えなければその先にある本当の敵には届かない。
「ぶっ壊すよ、ミカちゃん!」
「了解っす!徹底的に細胞の一片まで消し飛ばすっす!」
ズガガガガッ!!
ヒドラの三つの首から放たれるプラズマ弾幕がインパルスの周囲で爆ぜる。
フレンダは紙一重で回避しつつ、懐へと飛び込んだ。
「しつこいんだよッ!!」
ズバッ!!
ヴォーパル・クローがヒドラの胴体を深々と抉る。
だが、傷口からは即座に白い粘液が溢れ出し、数秒と経たずに装甲が修復されていく。
それどころか、再生した部位は以前よりも分厚く硬化していた。
「くっ!斬れば斬るほど硬くなるっす!」
ミカが悲鳴に近い声を上げる。
攻撃に対する適応と進化。これこそがマザー・ラビットのデータから導き出された、最強の生存本能の兵器転用だった。
「気持ち悪い」
フレンダが呟く。
彼女の脳裏にあの地下施設で泣いていたマザーの姿がよぎる。
あれは悲しい命だった。
けれど、目の前にいるこれは違う。ただプログラムされただけの、命への冒涜だ。
「お母さんは言ってた、命はただ動いてるだけじゃない。呼吸してるだけじゃないって」
フレンダの瞳から迷いが消え、冷たい怒りの炎が灯る。
彼女はコンソールのリミッター解除スイッチに手をかけた。
「こんなの生きてるなんて言わない!ミカちゃん、核はどこ!?」
「えっ?あ、はいっ!熱源探知!中央の首の根元、そこだけ異常に代謝が高いっす!でも再生速度が速すぎて通常の出力じゃ届かないっす!」
「だったら、再生する暇もないくらい速く、熱く、焼き尽くせばいい!」
フレンダがスロットルを押し込む。
インパルスのジェネレーターが悲鳴を上げ、全身の排熱ダクトから青い炎が噴き出す。
「【ヴォーパル・クロー】、最大出力!!」
ヴィィィィィィィン……!!!
右前脚の爪が、赤熱を超え、眩いばかりの青白色へと変化していく。
周囲の空間が熱で歪み、砂がガラス化して舞い上がる。
「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!!」
インパルスが流星となって突っ込んだ。
ヒドラが三つの首で噛みつこうとする。
だが、その速度は今のフレンダには止まって見えた。
「消えちゃえぇぇぇぇぇッ!!!」
ズギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
青白い閃光が走った。
斬撃ではない、それは純粋な熱エネルギーの奔流。
爪が触れた瞬間、ヒドラの装甲、フレーム、そして粘液までもが瞬時に沸騰し、気化していく。
再生と修復、そんな暇など与えない。
細胞の一片に至るまで原子レベルで分解し、消滅させる一撃。
ドッゴォォォォォンッ!!!
ヒドラの巨体が内側から破裂し、光の中に消えた。
あとに残ったのはガラス化したクレーターと、静かに排熱を行うインパルスだけだった。
同時に、周囲を取り囲んでいた無人機たちが糸が切れたように動きを止め、その場に崩れ落ちた。
ホスト機の消滅による強制シャットダウンだ。
静寂が戻った砂漠に、再びあの冷たい声が響いた。
『テスト終了。戦闘時間、およびエネルギー効率、共に合格ラインだ』
少佐の声は相変わらず事務的だった。
だが、その奥には完成した作品を眺めるような歪んだ満足感が滲んでいた。
『よくやった、フレンダ。お前はやはり私の最高傑作だ、次のステージへ進む資格がある』
「次の、ステージ?」
『楽しみにしておけ、以上だ』
プツン、と通信が切れる。
後には、砂嵐の音だけが残された。
「……とんでもない『贈り物』だったっすね」
ミカは大きく息を吐き、冷や汗を拭った。
少佐のやり方には反吐が出る。だが、フレンダがそれをねじ伏せたことは事実だ。
「大丈夫っすか、少尉?」
「うん、へっちゃらだよ」
フレンダはケロリとした顔で振り返った。
だが、その瞳は以前のような無邪気な子供のものではなかった。
まっすぐに地平線の彼方を見据える戦士の瞳だった。
「行こう、ミカちゃん。なんか次はもっとすごいのが来る気がする」
「そうっすね。でも、どんな敵が来ても私たちが負ける気はしないっす」
フレンダは微笑み、インパルスを発進させた。
その背中を、不気味な黒い雲が追いかけてくるようだった。
次なる脅威。
物語は、深淵へと加速していく。




