【砂塵の狙撃手、見えない死神】
リトルベースの食堂に、シャキシャキという小気味よい音が響いていた。
「ん~っ、甘い!瑞々しい!」
フレンダ・ディーコン少尉は大盛りのサラダボウルを抱えて、満面の笑みを浮かべていた。
中身は、ウォーターシップダウンから持ち帰った新鮮なレタス、トマト、キュウリ。
ドレッシングすらいらないほど、味が濃い。
「本当っすね、合成野菜とは細胞のレベルが違うっす」
向かいの席で、ミカ・フォルクス少尉も優雅にフォークを運んでいる。
彼女の肌艶はここ数日の良質な食事のおかげか、以前にも増して輝いていた。
「さて、少尉。エネルギー充填完了なら仕事っす」
ミカは食後のハーブティーを啜りながら、端末のホログラムを展開した。
「リバティー・アライアンス本部からの正規依頼が来てるっす。場所は『セクター9』、広大な砂漠地帯っす」
「砂漠、暑いし砂が入るから嫌だなぁ」
フレンダが露骨に嫌な顔をする。
ヘキサギアの駆動系にとって微細な砂塵は大敵だ。それはパイロットの髪や肌にとっても同様である。
「文句を言わないっす、今回の報酬は通常の護衛任務の3倍。それに、ターゲットは『幽霊』っす」
「幽霊?」
「ここ数週間、同エリアを通行する補給部隊が次々と撃破されているっす。生存者の証言によれば、『敵の姿は見えず、音もなく仲間が吹き飛んだ』と。コードネームは『砂塵の幽霊』」
ミカはニヤリと笑った。
「見えない敵、聞こえない銃声。今の私たちの『目』と『耳』には、絶好の相手だと思わないっすか?」
フレンダは最後のトマトを口に放り込み、ニカっと笑った。
「なるほどね、350万クレジットの元を取るチャンスってわけだ!行こうミカちゃん、 幽霊退治だ!」
数時間後。セクター9。
そこは、地獄の釜の底のような灼熱と視界を奪う砂嵐の世界だった。
ゴオォォォォォッ……!!
猛烈な風が砂を巻き上げ、数メートル先すら霞んで見える。
その中を三台の大型ホバー輸送車が低速で進んでいた。
その後方を防塵マントを羽織ったロード・インパルス【Reloadead】が追従する。
「うへぇ、すごい砂。口の中までジャリジャリするよぉ」
コクピットでフレンダが呻く。
微細な砂の粒子がどこからともなく入り込んでくる。
「泣き言を言わないっす、警戒を怠るなっすよ?敵はいつ来るか分からないっす」
後部座席のミカは涼しい顔だった。
彼女が着ている新装備【イージス・カスタム】は完全密閉式の対環境スーツでもある。
外部の熱も砂塵も、彼女の鉄壁の美肌には届かない。
「ミカちゃんだけズルい!」
「高い金を出した甲斐があったっす。来るっすよ、少尉」
ミカの声が低くなる。
彼女の直感が風の音に混じった微かな異音を捉えた。
次の瞬間。
ドォォン!!
先頭を行く輸送車が、何の前触れもなく爆発炎上した。
「敵襲ッ!?」
フレンダが叫ぶ。
だが、レーダーには何の反応もない。銃声すら聞こえなかった。
「どこ!?どこから撃ったの!?」
「総員、散開!止まると的になるっす!」
ミカが通信機で輸送隊に指示を飛ばすが、パニックになった車両は右往左往するばかりだ。
二発目。
今度は二両目のホバーユニットが撃ち抜かれ、砂の上に墜落する。
正確無比。そして冷徹なまでの急所狙撃。
「くそっ!」
フレンダはインパルスを前に出し、炎上する車両を盾にした。
敵の位置が分からない。
通常の光学センサーは砂嵐でホワイトアウトし、熱源センサーも地表の高温に紛れて役に立たない。
『警告。長距離からの狙撃です。弾道計算不能。敵機は熱源遮断シールド、および高度な光学迷彩を使用している模様』
メイの報告に、フレンダは歯噛みする。
「姿も見せずにコソコソと、出てきなさいよ!」
ガギィンッ!!
三発目の弾丸がインパルスの右肩装甲を掠めた。
火花が散る。
「うわっ、私を狙ってる!?」
「落ち着くっす、少尉!思い出して欲しいっす。私たちには『アレ』があるっす!」
ミカの叱咤にフレンダはハッとした。
そうだ。
自分たちはもう以前の「ただのインパルス」ではない。
「そうだね、見えないなら見えるようにすればいい!」
フレンダはコンソールのスイッチを叩いた。
「【広域多重センサー・アルゴス】、起動ッ!!」
インパルスの頭部に追加された複合センサーユニットが青白く発光した。
フレンダのモニター表示が一変する。
砂嵐のノイズが除去され、周囲の風景がワイヤーフレームのように再構築される。
そして、その視界の中に――。
「見えた」
砂塵の向こう、約2000メートル先。
岩場の陰に、周囲の空間とは異なるヘキサグラムの流れがあった。
熱も光も遮断していてもヘキサギアである以上、動力源からのエネルギー干渉は消せない。
アルゴスはその微細な揺らぎを視覚化して捉えたのだ。
「あそこだッ!岩陰に隠れてる!」
モニターに赤いロックオンマーカーが輝く。
敵の位置は特定した。
だが、距離は2000。インパルスの武装では有効射程外だ。
「近づくしかない。でも、真っ直ぐ行ったら撃ち抜かれるよ!」
相手は凄腕の狙撃手だ。
接近する間にコクピットを撃ち抜かれるリスクが高い。
その時、フレンダの脳裏にあの煙草臭いおじさんの言葉が蘇った。
『速いだけじゃダメだぜ、動きが見え見えだ』
『装備に使われるな、使いこなせ』
フレンダはニヤリと笑った。
「ありがと、ミヒャエルおじさん。見せてあげるよ、特訓の成果。行くよ、ミカちゃん!舌噛まないでね!」
「えっ?ちょっ、心の準備が!」
バシュッ!!
インパルスが飛び出した。
だが、それは以前のような一直線の突撃ではなかった。
右へ跳んだかと思えば、スラスターを逆噴射して急停止。
砂煙の中に姿を消し、次の瞬間には左斜め前方から飛び出す。
まるで兎。
不規則で、デタラメで、しかし計算された乱数機動。
ドォン!ドォン!
敵の狙撃弾がインパルスの残像を貫く。
あと数メートル、数センチのところで弾丸が逸れていく。
「当たらないよ!今の私は誰にも捕まえられない!」
フレンダは操縦桿を踊るように操作する。
ウォーターシップダウンでミヒャエルのウーンドウォートと戦った経験。
動きを読ませないという戦術が彼女の野性の勘と融合し、インパルスを幻影へと変えていた。
『相対距離、800、600!急速接近中!』
メイの声も心なしか弾んでいる。
(チッ、なんだあの動きは!?データにない機動だぞ!?)
敵パイロットの焦りが無線を傍受せずとも伝わってくるようだった。
砂塵の向こう、岩陰に潜む幽霊の姿が、肉眼でも確認できる距離に迫る。
「見つけたぞ、幽霊さん!お化け退治の時間だ!!」
インパルスの頭部グレネードランチャーが火を噴き、敵の隠れる岩場を粉砕した。
煙の中から、ついにその姿が露わになる。
砂漠迷彩のマントを羽織った狙撃仕様のスケアクロウ。いや、人型に改修されたカスタム機。
スケアクロウ・ファントム。
「チェックメイトっす!」
ミカが叫ぶ。
距離はゼロ。ここからはフレンダの独壇場だ。
「チッ、化け物め!この距離で狙撃をかわすだと!?」
スケアクロウ・ファントムのパイロットが罵声を上げる。
彼は長距離狙撃用のライフルを投げ捨て、背部から二振りのヒートナイフを引き抜いた。
本来は狙撃手の護身用武装だが、この距離ではこれしか対抗手段がない。
「ナメるな!近接戦闘でも負けはしない!」
ファントムが不気味な駆動音を立てて突進してくる。
人型に改修された機体は、ヘキサギア特有の柔軟な動きでインパルスの懐へ潜り込もうとする。
「させるか!」
フレンダはヴォーパル・クローを振るうが、敵は砂煙を噴射して視界を奪う。
チャフとスモークの同時展開だ。センサー【アルゴス】は敵を捉え続けているが、フレンダ自身の肉眼を塞がれる。
「うわっ、煙い!?」
「貰ったァ!」
煙の中から赤熱化したヒートナイフがインパルスのコクピット、フレンダの首元を狙って突き出された。
「少尉、右っす!」
ミカが叫ぶと同時に、彼女はとんでもない行動に出た。
身を乗り出したのだ。
「こっちっすよ!幽霊野郎ッ!!」
ミカはアサルトライフルを乱射しながら、わざと敵の注意を自分に向けた。
戦場で最も脆弱な生身を晒す行為が、敵パイロットの本能を刺激する。
「なっ、馬鹿め!自殺志願者か!」
敵のナイフの軌道が、無意識にミカの方へ吸い寄せられる。
装甲の薄いコクピット内部、そこを潰せば確実に勝てるという誘惑。
だが、それはミカの計算通りだった。
彼女は自分のスーツ【イージス・カスタム】の防御力とフレンダの反射神経を信じていた。
「今っす、少尉!!」
「ミカちゃんを狙うなァァァッ!!」
フレンダの獣の咆哮が砂漠に轟く。
敵のナイフがミカに届くよりも速く、インパルスの右腕が閃いた。
【超振動破砕爪・ヴォーパル・クロー】
紅蓮に輝くその刃は、砂嵐すらも焼き払う熱量を放つ。
ズギャァァァァァァァッ!!!
一閃。
スケアクロウ・ファントムの胴体が、斜めに両断された。
装甲も、フレームも、ジェネレーターも。全てがバターのように切り裂かれる。
「が、あぁ……!?」
敵機の上半身がずり落ち、断面から火花とオイルが噴き出す。
爆発。
その衝撃波が砂煙を吹き飛ばし、青空が覗いた。
「ふぅ、危なかったっす」
ミカは涼しい顔で一息ついた。
損害はスーツの表面に僅かな焦げ跡がついただけ。
鉄壁の美肌は健在だ。
戦闘終了後。
生き残った輸送車両を護衛し、二人は目的地のオアシス都市へ到着した。
依頼主からは敵エースの撃破ボーナスも上乗せされ、報酬は予想以上だった。
「ひゃっほー、大金持ちだー!」
フレンダは街の屋台で、両手いっぱいのケバブを買い込んでいた。
スパイシーな羊肉の香りが食欲をそそる。
「まあ、これで装備のローンも少しは減るっすね」
ミカも冷えたミントティーを飲みながら満足げに頷く。
今回の勝利は、単なる装備の性能だけではない。
二人の信頼関係と過去の経験が積み重なった結果だ。
「ねえミカちゃん、砂漠も悪くないね!ご飯美味しいし!」
「現金な奴っす。さあ、食べるっすよ。明日はまた別の戦場が待ってるっす」
夕日が砂丘を赤く染める中、二人の影が長く伸びる。
最強のコンビは次なる脅威へと歩みを進めていく。




