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【白い悪夢の結晶】

荒野の地下深くに存在する、地図から抹消されたエリア。

重厚な防爆扉の前で、ロード・インパルス【Reloadead】が静かに駐機していた。


扉には古びた識別コード『HAKUA-LAB-03(白堊理研第3実験棟)』が刻まれている。


「ここっすか」


コクピットを降りたミカ・フォルクス少尉はその文字列を見た瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


(第3実験棟。記録上は廃棄された初期クローン胚の最終処分場。これはただの任務じゃない、『掃除』っす)


少佐からの特命は、施設内で異常増殖したバイオハザードの鎮圧。

だが、ミカは理解していた。

これは少佐が過去に生み出した「汚点」の証拠隠滅だ。


「ねえミカちゃん、なんか変な匂いしない?カビ臭いような、甘いような?」


フレンダが無邪気に鼻を鳴らす。

ミカは彼女の方を振り返り、拳を握りしめた。


(この先に待つ地獄を、見せるわけにはいかない)


「少尉、今回は私が先行するっす。中がどうなっているか分からない。少尉はインパルスで待機していて欲しいっす」


ミカは新調した【イージス・カスタム】スーツの密閉機能を作動させ、生身で扉を開けようとした。

本来、こうした理研の闇を処理するのは、汚れ仕事に慣れた自分の役割だと思ったからだ。


『推奨しません、ミカ』


インパルスのコンソールから、KARMAのメイが冷静な声で告げる。


『内部の汚染レベル、および生体反応の規模は歩兵装備での対処可能範囲を超過しています。ロード・インパルスの戦闘力が必要です』


「っ。分かってるっすよ、メイ。でも!」


ミカは唇を噛んだ。

メイもまた、この任務の特異性を理解しているはずだ。

それでも「フレンダを乗せて戦え」というのか。


結局、二人はインパルスに乗り込み施設内部へと侵入した。

ライトが照らし出したのは異様な光景だった。

床も壁も天井も、脈動する白い結晶と、赤黒い肉の膜で覆い尽くされている。


「うわぁ、なにこれ?壁が生きてるみたい」


フレンダが顔をしかめる。

その時、暗闇の奥から湿った足音が響いてきた。


ズルッ、ズルリ。

現れたのは、ヘキサギアでも人間でもない。

溶解した蝋人形のような、白い肉塊の怪物たちだった。

顔のあるべき場所には結晶が突き出し、手足は不揃いに伸びている。


『ア……アァ……マ……マ……』


言葉にならない呻き声を上げ、彼らはインパルスに手を伸ばしてきた。

敵意というよりは、何かにすがるような動き。


「な、なにこいつら!?気持ち悪い!」


フレンダが反射的に後退する。

ミカはアサルトライフルを構え、トリガーを引いた。


ダダダダッ!!

銃弾が肉塊に着弾するが、白い体液が飛散するだけで怪物は倒れない。

即座に傷口が塞がり、再生していく。


「くっ、再生能力が高すぎるっす!これじゃ銃弾がいくらあっても足りないっす!」


「ミカちゃん、下がって!」


フレンダが叫び、インパルスを前に出した。

真紅に輝く新兵装【ヴォーパル・クロー】が展開される。


「近寄るなァッ!!」


ズギャッ!!

超振動する爪が怪物の胴体を薙ぎ払った。

豆腐のように切断される肉体。断面からはおびただしい量の白い液体が噴き出し、インパルスの装甲を濡らす。


「っ!」


ミカは息を呑んだ。

それは、フレンダの「姉妹」たちの血だ。


(やらせてしまった。光の当たる場所にいるべきこの子に、同族殺しを!)


戦闘は一方的だった。

ヴォーパル・クローの威力の前に怪物たちは次々と肉塊へと戻っていく。

だが、深層部へ進むにつれフレンダは奇妙な感覚を感じていた。


「ねえ、メイ。さっきから【アルゴス】センサーの表示がおかしくない?」


フレンダがモニターを指差す。

新型センサーは、壁の向こうや床下に埋まった無数の反応を捉えていた。

だが、その識別コードは『UNKNOWN』ではなく点滅を繰り返している。


「こいつら、私と同じ音がする。心臓の音も、体温も、まるで私がいっぱいいるみたい」


フレンダの「検体F」としての本能が、怪物たちとの遺伝子レベルの共鳴を感じ取っていたのだ。


『センサーの誤作動です、フレンダ』


メイが即答した。

だが、ミカだけは気づいていた。

メイがコンソール上で密かにデータを書き換えていることに。

本来表示されるべき『GENOTYPE: MATCH(遺伝子型:一致)』という警告を、メイは意図的に『SYSTEM ERROR』へと偽装していたのだ。


『地下特有の磁場干渉により、生体認証コードが混線しています。これらはただの生体兵器です、貴女とは何の関係もありません』


メイの声は平坦だったが、その裏には必死な演算処理が走っていた。

パイロットの精神保護を最優先。事実の開示はフレンダ・ディーコンの自我崩壊を招く危険性あり。真実は隠蔽します。


「そうっすよ、少尉!」


ミカもまた、メイの嘘に加担した。

声を張り上げ、フレンダを現実に引き戻そうとする。


「ただのバグっす、センサーが良すぎるのも考え物っすね!さっさと片付けて、地上で美味しい空気吸うっすよ!」


「そっか、バグかぁ」


フレンダは納得したように頷いたが、その表情には拭いきれない不安が張り付いていた。

彼女は無意識に自身の胸元を掴む。


「でもなんか、すごく悲しい匂いがするんだよね」


その言葉は、ミカの胸を鋭いナイフのように抉った。

罪も、穢れも、全てを知っているのはミカとメイだけ。

彼女たちは無言のまま、さらに深い闇の底。母なる怪物が待つ培養室へと進んでいく。


地下最深部。かつての培養プラント跡地。

そこは、この世の地獄を煮詰めたような場所だった。

巨大な空間の中央にそれは鎮座していた。

無数の失敗作たちが融合し、天井まで届くほどの巨大な肉と結晶の塊。

その醜悪なシルエットは、どこかうさぎのようにも見えた。


【融合検体:マザー・ラビット】


『ア……アァ……』


マザーが蠢く。

その体表には無数の顔が浮かび上がり、口々に呻き声を上げている。

敵意はない。あるのは純粋な苦痛のみ。


「ミカちゃん。この子、泣いてる」


フレンダが操縦桿から手を離す。

彼女の脳内に言葉ではない思念が直接響いてきたのだ。


『タスケ……テ……。イタイ……』


「助けてって言ってる、痛いって」


フレンダの言葉に、ミカは息を呑んだ。

戦意のない相手、それも自分と同じ根源を持つ存在をフレンダに殺させるわけにはいかない。


「くそっ!」


ミカはシートベルトを外し、プラスチック爆薬を鷲掴みにした。


「メイ!私が降りて、直接爆薬を仕掛けるっす!」


『拒否します』


メイの返答は冷酷だった。


『対象の周囲には高濃度の汚染フィールドが展開されています。イージス・カスタムの防御性能をもってしても生身での接近は即死を招きます。ミカ、貴女では無理です』


「ッ!!」


ミカはコンソールを拳で殴りつけた。


(私が、私が無力なばかりに!また少尉に、汚れ仕事を!)


ミカの目から悔し涙が溢れる。

彼女は「掃除屋」としてのプロフェッショナルだ。

だが、一番守りたいものを守るために、一番残酷な引き金を引かせなければならない現実が、彼女の心を苛んだ。

インパルスが動けずにいるその時、通信機からノイズ交じりの声が響いた。


『躊躇うな、フレンダ』


少佐の声だ。

その声は地球の裏側からでも娘を支配する、絶対的な響きを持っていた。


『その怪物は、もはや生きているとは言えない。ただ細胞が暴走し、永遠に苦痛を再生し続けているだけの肉塊だ』


「少佐、でも」


『楽にしてやれ。苦しみを終わらせてやることこそが、姉としての最後の慈悲だ』


少佐はあえて、姉という言葉を使った。

それは真実の告白ではない。フレンダにトリガーを引かせるための残酷な呪文。

フレンダは震える手で再び操縦桿を握りしめた。

彼女はモニター越しに、苦悶に歪むマザーを見つめる。


「わかった、楽にしてあげる」


インパルスの全エネルギーが、右前脚の爪に集中する。

【超振動破砕爪・ヴォーパル・クロー】が眩いほどの紅蓮の光を放つ。


「ごめんね、おやすみなさい」


フレンダがスロットルを押し込む。

インパルスが跳躍した。


ズギャァァァァァァァッ!!!!

一閃。

超振動する刃がマザーの核を一撃で断ち切った。

断末魔の叫びは上がらなかった。

代わりに、安堵したような吐息が施設内に響き渡る。

巨大な肉塊は、光り輝く白い粒子となって崩壊していく。

それは雪のように美しく、そして哀しい光景だった。


『生体反応、消失。ミッション・コンプリートです』


メイの声が静かに告げた。

コクピットの上で、フレンダはただ黙って降り注ぐ白い光を見つめていた。





数時間後。地上。

第3実験棟は少佐の手配した爆撃によって完全に崩落し、瓦礫の山となっていた。

全ての証拠は闇に葬られた。


夕暮れの荒野。

インパルスの足元でフレンダは膝を抱えて座っていた。

いつもなら「お腹すいた!」と騒ぐ時間だが、彼女は何も言わない。


「少尉」


ミカが歩み寄る。

彼女は汚れた装甲を拭う手を止め、ポケットから銀紙に包まれたものを取り出した。

高級チョコレートバーだ。


「糖分補給は任務の一環っす、食べないと次の任務に支障が出るっすよ」


ぶっきらぼうな言い方だったが、その声は震えていた。

フレンダは顔を上げ、チョコを受け取る。


「ミカちゃん」


「なんすか?」


「あのお化けたち、最後は笑ってた気がする」


ミカは視線を逸らし、荒野の彼方を見つめた。

真実を告げることはできない。

だからせめて、彼女のその感覚だけは肯定する。


「そうっすね、少尉が救ったんすよ。絶対に」


(罪も、穢れも、悪夢も。全て私が墓場まで持っていくっす)


フレンダはチョコをひとかじりした。

甘く、ほろ苦い味が口の中に広がる。


「うん、甘いね」


フレンダが小さく微笑む。

その笑顔を守るために、ミカとメイはこれからも優しい嘘をつき続けるのだ。

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