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【宿敵の影、黒い追跡者】

中立都市セクター・バビロンの最上層。

予約数年待ちと言われる超高級焼肉店「天守閣」。

その個室からはバビロン・モールの夜景が一望できるはずだが、今の部屋の主役は窓の外ではなく、テーブルの上だった。


「ん~~っ!!とろけるぅ~!!」


フレンダ・ディーコン少尉は、恍惚の表情を浮かべていた。

彼女の前には空になった皿が、タワーのように積み上げられている。

大食い大会後だというのに、彼女の胃袋は別腹という概念を超越していた。


「信じられないっす。これ一枚で私の給料一週間分のお肉っすよ?」


向かいの席で、ミカ・フォルクス少尉は震える箸で霜降りのロース肉を挟んでいた。

彼女は一枚の肉を、まるで宝石鑑定士のように慎重に網に乗せる。


「ジュウゥゥ」という音だけで、ミカの瞳が潤む。


「生きててよかったっす。借金完済して、こんな天国に来られるなんて」


「ミカちゃんももっと食べなよ?店員さーん!特選カルビあと50人前!」


「50人前?少尉、いくら賞金があるからって店の在庫が尽きるっすよ」


呆れるミカではあるも、その顔は幸福に満ちていた。


しかし、二人は知らなかった。

この平和な光景が、数時間後には灰燼に帰すことを。



同時刻。

都市の最下層、廃棄区画にある非合法のアジト。

薄汚れたモニターの光だけが一人の女の顔を照らしていた。

画面に映っているのは先日の大食い大会のニュース映像。


『優勝はフレンダ選手!見事な食べっぷりです!』という実況と共に、満面の笑みで巨大バーガーを頬張るフレンダの姿。


バキッ。

女の手の中で、空き缶がひしゃげる音が響いた。


「……見つけたぞ、検体F」


女の名はアイリーン・ザーク。

ボロボロの軍用コートを羽織り、乱れた灰色の髪の隙間から無機質な赤い義眼が光っている。

そして、缶を握りつぶした右腕は肩から先が剥き出しの黒い戦闘用義手だった。


「私の席を奪い、温かいベッドと美味い餌を与えられた『成功作』め。のうのうと、よくもそんな間抜けな顔で笑えるものだ」


アイリーンの義眼が、憎悪で赤く明滅する。

彼女の脳裏に蘇るのはかつての記憶。


白堊理研の実験施設。

次世代ガバナー候補として競わされ、そして選抜に漏れ、廃棄処分として捨てられたあの日。

彼女は地獄の底から這い上がった。

生きるために身体を機械に変え、MSGVFの汚れ仕事部隊で手を血に染めてきた。

全ては、いつか自分を見下した成功作を引きずり下ろすために。


「行くぞ、姉が教育してやる。お前が食んでいるその幸福が、いかに脆いものかをな」





深夜。

焼肉店での宴を終えた二人は、大型トレーラーで帰路についていた。

荷台にはロード・インパルス【Reloadead】が積載されている。

運転席にはミカ、助手席には満腹で爆睡しているフレンダ。


「ふぅ……少尉、そろそろ起きるっすよ。もうすぐリトルベースっす」


高速道路は深夜のためか、他の車はほとんどいない。

街灯の明かりが一定のリズムで流れていく。

平和なドライブ。

だが、ミカの「強化人間としての第六感」が微かな違和感を捉えた。


(変っすね、虫の声が止んだ?)


その直後だった。

ザンッ!!

音もなくトレーラーの左前輪が弾け飛んだ。

パンクではない。「何か」に鋭利に切り裂かれた感触だ。


「うわぁっ!?」


トレーラーが大きく傾き、火花を散らして蛇行する。

眠っていたフレンダが飛び起きた。


「なになに、地震!?デザートの時間!?」


「違うっす、敵襲っす!でもレーダーに反応がないっす!?」


ミカが必死にハンドルを制御し、トレーラーを路肩に緊急停車させる。

モニターを確認するが、熱源反応もレーダー波も感知しない。


「ステルス?いや、もっと嫌な感じがする」


フレンダの碧眼が鋭くなる。

野生の勘が、闇の中に潜む「殺意」を感知していた。


「来るよ!インパルス、起動!」


フレンダが叫び荷台へ飛び移る。

シートを跳ね除け、インパルスのコクピットへ。


ズドォォン!!

ほぼ同時に、闇の中から「見えない刃」がトレーラーのコンテナを両断した。

間一髪、インパルスが飛び出しアスファルトの上に着地する。


「そこだッ!」


フレンダが、頭部チェーンガンを闇へ向けて撃つ。

マズルフラッシュが照らし出したのは、三本の尾を持つ狐のヘキサギアだった。


ウィアード・テイルズ。

漆黒の装甲に血のような赤いラインが走るカスタム機。

その機体は、月光を吸い込むようにそこに佇んでいた。

外部スピーカーからノイズ混じりの女の声が響く。


『……反応がいいな。野生動物としての勘だけは、あの頃と変わらないか』


「誰?随分と趣味の悪い色のウィアード・テイルズだね」


フレンダは敵機を睨み据える。

ウィアード・テイルズという機体自体は知っている。過去に交戦経験もある。

だが、この機体から放たれるプレッシャーは以前戦った量産機とは別物だった。


『私の名前はアイリーン。お前にとっては、忘れたくても忘れられない名前になるはずだ。死ね、成功作!!』


アイリーンの言葉と共に、ウィアード・テイルズの背部から三基の遠隔兵器「スペード・ロワー」が射出された。

空中に展開し、三方向からインパルスを包囲する。


「知ってるよ、そのヒラヒラした板!単純な動きしかできないんでしょ!」


フレンダは過去のデータを基に、インパルスを左へステップさせた。

従来のスペード・ロワーなら直線的な突撃しかしてこないはずだ。

だが。


ギュンッ!!

一番右のロワーが空中で直角に軌道を変えた。

物理法則を無視した動きで、回避したはずのインパルスの懐へ潜り込む。


「なっ!?」


フレンダが反応するより早く、ロワーの先端がインパルスの右脚装甲を抉った。


ガギィィッ!


「ぐっ、動きが違う!?」


『フン、お前の頭にあるのは安全マニュアル通りのデータか?私のロワーはそんな甘い動きはしない』


アイリーンの操るロワーは、まるで生き物だった。

一基が囮になり、一基が退路を断ち、最後の一基が死角を突く。

それはKARMAによる自律制御だけではなく、人間の悪意と技量によってコントロールされた狩りだった。


「くそっ、速い!メイ、予測は!?」


『不可能です!敵の挙動、こちらの回避パターンを先読みしています!まるで、フレンダの思考回路を知り尽くしているような動きです!』


「そんな馬鹿な、あいつ初対面だよ!?」


インパルスは防戦一方だった。

リロードされた機体のスペックで辛うじて直撃は避けているが、徐々に追い詰められていく。

何より、アイリーンの狙いは異常だった。

彼女はインパルスのジェネレーターやセンサーではなく、執拗にコクピットだけを狙って刃を突き立ててくるのだ。


「中身を、私を殺す気満々だね!」


『当たり前だ、その綺麗な顔を恐怖で歪ませ引きずり出してやる』


アイリーンの歪んだ笑い声が通信機から響く。

フレンダは初めて、戦場で「底知れぬ悪意」という恐怖を感じていた。


『逃がさないぞ、検体F!』


アイリーンの怒声と共に、三基のスペード・ロワーがジェットストリーム攻撃を仕掛けてくる。

フレンダはインパルスの機動力を限界まで使い、紙一重で回避を続けるが防戦一方だった。


「くっ、狙いが。コクピットしかしつこく狙ってこない!」


『フレンダ、右舷後方! 死角です!』


メイの警告が響く。

回避したはずの一基が、トレーラーの瓦礫を利用して跳弾のような軌道で戻ってきたのだ。

その鋭利な刃がコクピットの装甲の隙間、フレンダの首元を狙って突き出される。


「させないっす!!」


その瞬間、後部座席から身を乗り出したミカがアサルトライフルを連射した。

弾幕がスペード・ロワーを弾き、軌道をわずかに逸らす。


ギャリィィィンッ!!

刃はコクピットを直撃せず、装甲のふちを削り取った。

だが、その衝撃で砕け散った装甲片が散弾のようにコクピットへ飛び散る。


「うっ!」


ミカが短く呻いた。

彼女が頬を押さえる。

その指の間から、鮮やかな赤色がツーっと流れ落ちた。


「ミカちゃん?」


フレンダが振り返る。

ミカの美しい頬に、赤い一筋の傷が刻まれていた。

その光景を見た瞬間、フレンダの脳内で何かが弾けた。

恐怖も、混乱も、全てが真紅の怒りに塗り潰される。


「よくも……」


フレンダの声が、地獄の底から響くように低くなる。


「ミカちゃんは、毎晩パックして、高い化粧水塗って、大事にしてたんだよ。それを……」


フレンダが操縦桿をへし折らんばかりに握りしめる。

インパルスの全身から青白い排気炎が噴き出した。


「よくも傷つけたなァァァァァッ!!!」


ドォォォォォンッ!!!

インパルスが爆発的に加速した。アイリーンが反応する間もない。

フレンダは迫りくるスペード・ロワーを回避するのではなく、己の素手で叩き落とした。


バギィッ!!


『なっ!?予測演算を超えただと!?』


「あぁぁぁぁぁぁッ!!」


獣の咆哮。インパルスが、ウィアード・テイルズに肉薄する。

フレンダは操縦桿を握りしめ、アイリーンのコクピットへ突き出した。


『チッ、理性のないケダモノが!』


アイリーンはギリギリでバックステップを踏み、直撃を避ける。

だが、インパルスの爪がウィアード・テイルズの装甲を大きく引き裂いた。


ガガガガッ!!

互いに距離を取る二機。

フレンダは追撃しようとするが、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

都市警備隊とリバティー・アライアンスの増援だ。


『チッ、邪魔が入ったか』


アイリーンは舌打ちをし、煙幕を展開する。


『今日はここまでだ、検体F。だが覚えておけ、次会う時は貴様の飼い主ごと八つ裂きにしてやる』


「待てぇぇぇッ!!」


フレンダの叫びも虚しく、漆黒の妖狐は闇へと消えていった。





数時間後。リトルベース、第4格納庫。

あちこちの装甲が剥がれたインパルスが、静かに佇んでいた。

フレンダはコクピットの縁に座り込み、膝を抱えていた。


「ごめんね、ミカちゃん。あいつ、私のことを知ってた。私の過去のせいで、ミカちゃんが」


ミカは救急箱を片手に、鏡を見ながら頬の傷を手当てしていた。

傷は深くないが、うっすらと跡が残るかもしれない。


「少尉」


ミカが絆創膏を貼り終え、静かに口を開く。


「謝罪は不要っす。戦場で傷を負うのはガバナーの常、それに私の顔に傷をつけたあの女、タダで済ますつもりはないっす」


ミカはポケットから端末を取り出した。

画面には、銀行口座の残高が表示されている。


『3,500,000 Credits』。


命がけの大食いで手に入れた、血と汗と胃袋の結晶。

本来なら老後の貯蓄や、さらに美味しいものを食べるために使うはずの大金だ。


「ミカちゃん?」


ミカは躊躇なく操作し、アースクライン・バイオメカニクス社の発注フォームを開いた。

そして残高の全てを入力し、送金ボタンを押した。


『送金完了』


「えっ、お金が!?ミカちゃん何したの!?全財産だよ!?」


フレンダが悲鳴を上げる。

だがミカは冷徹に、しかし燃えるような瞳で言った。


「投資っすよ、フレンダ少尉。あの『アイリーン』とかいう女……ウィアード・テイルズの動きは変則的で今の装備では捉えきれないっす。だから、買うっす」


「か、買うって、何を?」


「最強の『目』と『牙』っす。対ウィアード・テイルズ用・超高精度センサーと、あの装甲を紙のように切り裂く新型兵装。それに、私のスーツも最新の防弾・防刃仕様にオーダーメイドするっす!」


ミカは端末を閉じ、ニヤリと笑った。

それは、借金に怯えていた頃の病的な潔癖症の顔ではない。

共に死線をくぐり抜けてきた戦友としての顔だった。


「顔の傷の慰謝料、最新装備で倍にして請求してやるっすよ」


フレンダは呆気にとられるも、やがて嬉しそうに笑った。


「あはは、さすがミカちゃん!転んでもタダじゃ起きないね!」


「当たり前っす、私は強欲なんすよ?」


「よし、じゃあ次は絶対に負けない!あいつをボコボコにしてまた焼肉に行こう!」


「その時はまた大会に出て、賞金を稼いでもらうっすよ?」


リトルベースの夜明け。

傷ついた狼たちは、涙を拭い、牙を研ぐ。

次なる戦い、そして最強の進化に向けて。

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