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【生まれ変わる狼】

「――リトルベース管制塔より、ロード・インパルス・アビス。お帰りなさい、フレンダ少尉、ミカ少尉。第4格納庫が空いています」


吹雪の廃都での任務を終え、輸送機から降り立ったフレンダたちは懐かしい第4格納庫の土を踏んだ。

ロード・インパルス・アビスの機体は、霜と泥、そして戦闘による煤で真っ黒に汚れている。


「ふぅー、やっと着いたね。いやー、今回も頑張ってくれたね、メイ!」


フレンダはヘルメットを脱ぎ、愛機の首筋を労るようにバンバンと叩いた。

後部座席からは、ゲッソリとやつれたミカが這い出してくる。


「もう二度とあんな吹きっ晒しの椅子には乗らないっす。私の肌年齢が一回の任務で3歳くらい老けた気がするっす」


「あはは、ミカちゃんは大袈裟だなぁ。さ、早く整備してご飯に行こうよ!」


フレンダがタラップから飛び降り地面に着地した、その時だった。


バキィッ……!!

乾いた金属音が、格納庫に響き渡った。


「え?」


フレンダが振り返る。

そこに立っていたはずのロード・インパルス・アビスが、スローモーションのように傾いていく。


ガシャアアアアアアアンッ!!!

轟音と共に、巨獣が膝から崩れ落ちた。

右前脚のフレームがへし折れ、それに引っ張られるように胴体のジョイントが次々と破断していく。

火花が散り、オイルが血のように床へ広がる。


「え、メイ!?」


フレンダが悲鳴を上げて駆け寄る。

だが、機体はピクリとも動かない。

まるで、主を安全な家まで送り届けるという最後の任務を終え、糸が切れたかのように。




「ダメだ、完全にイカれてる」


ガルド整備班長の声はいつになく低く、重かった。

彼は崩れ落ちたインパルスの脚部フレームをライトで照らしながら診断を下す。


「金属疲労だ、それも全身のな。幽霊船での腐食ガスの浸透、砂漠の微粒子の侵入、そして今回の極寒と急激な温度変化。度重なる無茶な運用にフレームの剛性が耐えきれなくなったんだ」


ガルドは折れた断面を指差した。

そこには、無数の細かい亀裂が走っていた。


「修理はできないの?」


フレンダが縋るように聞く。

ガルド整備班長は首を横に振った。


「骨が粉々になったようなもんだ。溶接しても一度全開走行すればバラバラになる。こいつはもう走れねぇよ」


「そんな……嘘でしょ、メイ」


フレンダは機体の鼻先に額を押し当てた。

モニターはブラックアウトしており、相棒の鼓動は聞こえない。

後ろではミカも言葉を失っていた。


「借金してでも直すっす、いくら掛かってもいいっす」


いつもの冗談めかした口調ではなく、本気のトーンだった。

沈痛な空気が流れる格納庫に無機質な着信音が鳴り響いた。

フレンダの携帯端末だ。

表示名は『ヴァネッサ・ヘルシング少佐』。


「はい、少佐……」


『泣きそうな顔をしているな、フレンダ』


ビデオ通話の向こうで少佐はデスクに頬杖をつき、淡々と言った。

格納庫の監視カメラですべてを見ていたのだろう。


『ロード・インパルスが限界を迎えるのは想定内だ。お前の反射神経と機動に旧来の第三世代フレームが追いつけるはずもない』


「じゃあどうすればいいんですか?私はメイ以外に乗る気はありません!」


『誰が捨てろと言った?端末を確認しろ、新しい骨のデータを送った』


フレンダの端末に、膨大な設計データが転送されてくる。

それを横から覗き込んだガルド整備班長が目を見開いた。


「なんだこれ……、まさか新型のフレームデータか!?」


『正規ルートでは手に入らん代物だが、少々コネを使ってな。そのフレームは可動域、剛性ともに従来機とは次元が違う。お前のその無茶な操縦にも耐えうるはずだ』


「す、すげぇ!これなら直せるどころか、アビスを進化させられるぞ!」


ガルドが興奮して叫ぶ。だが、少佐は冷徹に付け加えた。


『ただし、試作段階のパーツも多いためコストは掛かる。ミカ少尉、経費の申請は任せたぞ』


その瞬間、ミカの顔色が青ざめた。


「しょ、少佐?桁が……ゼロの数が、私の年収を超えてるんすけど?」


『分割払いを許可する、これからの働きに期待しているぞ』


ブツン、と通話が切れた。

ミカはその場に膝から崩れ落ち、白目を剥いた。


「私の人生設計が、老後の貯蓄が……」


翌日から第4格納庫は戦場と化した。

ガルド整備班長の指揮の下、徹夜の改修作業が始まった。


「フレンダ、お前も手伝え!機体から使える装甲とKARMAのメインメモリを慎重に外せ!」


「了解 、任せて班長!」


フレンダもまた、オイルまみれになりながらレンチを振るった。

フレンダのスタミナはこういう時にも役に立つ。彼女は三日三晩、ロクに寝ずに、ただし食事は毎回二人前を取りながら作業を続けた。


古いフレームが解体され、代わりに搬入された新型規格のフレームが組み上げられていく。

それは以前のものより太く、複雑な関節構造を持っていた。

獣というよりは、恐竜の骨格に近い力強さだ。

作業の中盤、ミカが現場に現れた。

彼女はまだ借金のショックから立ち直れていなかったが、一つだけ確認しなければならないことがあった。


「班長、一つ聞きたいっす」


「あぁ、なんだ少尉?邪魔だぞ」


「この新型フレーム、全長が1メートル近く伸びてるっすね。ということは、コックピットのスペースも?」


ガルドはニヤリと笑い、組み上がった胴体フレームを指差した。


「おうよ、フレームの剛性が上がったおかげで積載量に余裕ができた。今までの荷物置き場じゃなくて正規のタンデムシートを増設したぞ」


「!!」


ミカの瞳に光が戻った。

彼女は震える足で、新しいコックピットブロックへと歩み寄る。

そこにはパイプ椅子ではなく、しっかりとしたクッションと4点式シートベルトまで備わった「座席」があった。


「椅子だ、背もたれがある、クッションがふかふかっす!」


ミカはシートに頬ずりし、涙を流した。


「やっと、やっと私の人権が認められたっす!これなら、これなら幾らでも払うっすーー!!」


「よし、フレームは完成だ!次は武装の換装だ!」


新型フレームに合わせて、武装もアップグレードされた。

ロード・インパルスの象徴であるトリック・ブレードは基部のモーターが出力強化され、より重いものも運べるようになった。


そして、頭部側面。

右側には従来より大型化したチェーンガン。左側には新型グレネードランチャーが装着される。


「これで面制圧が強化される、さらに脚部のグラビティ・コントローラーも新型だ。重量は15%増えたが、スラスター出力は30%アップだ。フレンダ、お前に扱いきれるか?」


ガルドが心配そうに聞く。

理論上のスペックはもはや第三世代の枠を超えかけている。

だが、フレンダはニカっと笑って親指を立てた。


「大丈夫、私とメイならどんな暴れ馬でも乗りこなしてみせるよ!」


そして一週間後。

全ての装甲が取り付けられ塗装が完了した。

深海のような「アビス・ブルー」と、月光の「ムーンライト・シルバー」。

以前よりもマッシブに、そして凶悪に進化した狼がそこに佇んでいた。


ロード・インパルス【Reloadead】

白堊の獣が、再び目覚める時が来た。


第4格納庫の照明が落とされ、スポットライトだけが中央の機体を照らし出している。

一回り大きくなった巨躯は、静寂の中でも圧倒的なプレッシャーを放っていた。


「行くぞ、フレンダ」


ガルド整備班長の合図で\フレンダは新しいコクピットへと乗り込んだ。

シートの感触が違う。

以前よりも硬質で、身体を包み込むようなフィット感。

そして何より、視界が高い。


「うん、悪くないね」


フレンダは深く息を吸い込み、メインコンソールの起動スイッチを押した。


ブゥン……キュイイィィィン!!

重低音と共に、ジェネレーターが唸りを上げる。

以前の獣の唸り声とは違う。

地底から響くような、竜の鼓動に近い音だ。


「システム起動。メイ、聞こえる?」


数秒の沈黙。

やがて、メインモニターに赤い光が灯り聞き慣れた、しかしどこかクリアになった声が響いた。


『システム・オールグリーン。おはようございます、フレンダ』


「メイ!!」


『随分と長い眠りでした。それに、身体の感覚が違います。骨格が太く、アクチュエーターが強靭になっています。力が溢れてきます』


メイの声には隠しきれない興奮が混じっていた。

このKARMAにとって、アップグレードは何よりの喜びなのだ。


『これなら、アグニレイジとも正面から殴り合えそうです。フレンダ、早く私を戦場へ。試し斬りがしたいです』


「あはは、相変わらずだね!でもまずはリハビリ運転からだよ!」




リトルベース周辺の荒野演習場。

晴れ渡る空の下、新生インパルスがスタートラインに立っていた。


「準備はいいっすか、少尉?」


後部座席から、ミカの声が聞こえる。

彼女はしっかりと4点式ベルトを締め、バイザーを下ろしていた。


「うん、ミカちゃんこそ新しい椅子の乗り心地はどう?」


「最高っす、コーヒーも飲めそうっす。これなら長距離移動も快適っすね」


「それはよかった!じゃあ行くよ、メイ!フルスロットルだァッ!!」


フレンダがペダルを踏み込む。


ドォォォォォォンッ!!!

爆発的な加速。

それは「走る」という次元ではなかった。

強化されたグラビティ・コントローラーが機体重量をほぼゼロにし、増大したスラスター出力が機体を彼方へと弾き飛ばしたのだ。


「うわあああああっ!?」


ミカの悲鳴が置き去りにされる。

景色が一瞬で線になり、後方へ飛び去っていく。

時速200km、300km。メーターが異常な速度で跳ね上がる。


「は、速い!速すぎるよメイ!」


『いえ、まだ出力60%です。フレンダ、次のカーブに減速なしで突っ込みます!』


「了解!重力制御、最大!」


直角に近いカーブがやってくる。

通常なら横転するか、遠心力でコースアウトする場面だが、リロードされたインパルスは違った。

地面に爪を食い込ませ、真横にスライドしながら、強引にねじ曲がったのだ。


ガガガガガッ!!

強靭な新型フレームが殺人的なGを真っ向から受け止める。

きしみが一つも聞こえない。


「すごい、全然ブレない!」


フレンダは歓喜した。

これだ。求めていたのはこの剛性だ。

どんな無茶な機動にもついてくる最強の肉体。


『フレンダ、前方に廃棄された戦車を発見。攻撃テストを行いますか?』


「もちろん!行けェッ!」


インパルスが跳躍する。

空中で身を捻りトリックブレードを一閃。


ズバァンッ!!

戦車の砲塔がまるで豆腐のように両断された。


「完璧だよメイ!」


フレンダは荒野の中心で、勝利の雄叫びを上げた。

新生した狼は、以前よりも強く、速く、そして凶暴に蘇ったのだ。


一方、後部座席。


「ぐ、ぅぅ」


ミカは白目を剥いて、新しいシートにぐったりと沈み込んでいた。


「だ、大丈夫?ミカちゃん?」


「椅子は、椅子は最高だったっす。でも」


ミカは震える手で、嘔吐袋を握りしめた。


「Gは、軽減されないんすね」


どんなに良い椅子でも物理法則は消せない。

フレンダの無茶な操縦がある限り、ミカの受難は終わらないのだ。


「ごめんごめん、でもこれで次の任務もバッチリだね!」


「もう帰るっす、帰って追加の生命保険に入るっす」


荒野に風が吹く。

アビス・ブルーの巨体は、夕陽を浴びて輝いていた。

新たな牙を手に入れたフレンダとメイ。

そして、新たな借金と絶叫を手に入れたミカ。

リトルベースの凸凹コンビの旅はここからまた加速していく。

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