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【鋼鉄の産声と野生の鼓動】

数年前。

リバティー・アライアンス北米管区、第3訓練施設。

新造されたばかりの第4格納庫はまだオイルと新品のポリマー樹脂の匂いが充満していた。

そこに、一機のヘキサギアが静かに鎮座している。


ロード・インパルス先行量産型


まだ塗装も施されていない鈍色のフレーム。

第三世代ヘキサギアの特徴である「ゾアテックス」を搭載した最新鋭機だが、その制御の難しさから多くのテストパイロットが音を上げていた機体だ。


「へぇ、こいつが私の新しい手足?」


格納庫の床をツナギ姿の少女が歩いてくる。

フレンダ・ディーコン少尉。


まだあどけなさが残る顔立ちだが、その瞳には隠しきれない野性が宿っていた。

彼女の手には食べかけのサンドイッチが握られている。


「随分と大人しそうな顔してるじゃん。ねえ君、私と走れる?」


フレンダは遠慮なく機体の前脚をバンバンと叩いた。

整備兵が慌てて駆け寄る。


「おい新入り、機体をベタベタ触るな!精密機械だぞ、油がつくだろう!」


「いいじゃん、どうせ汚れるんだから。さーて、中身はどうなってるのかな」


フレンダは整備兵の制止を無視し、軽快な動きでコクピットへとよじ登りシートに滑り込む。

新品のシートの感触。まだ誰も座っていない無機質な空間。

フレンダがメインスイッチを入れると、コンソールが一斉に点灯し、冷ややかな電子音が響いた。


『……システム、起動。第三世代ヘキサギア制御KARMA、Ver.1.02。おはようございます、ガバナー』


スピーカーから流れてきたのは、感情の一切ない合成音声だった。


『生体認証を開始します。フレンダ・ディーコン少尉。適性値ランクA。認証完了。本機、ロード・インパルスの制御AI「人工知能KARMA」です』


「カルマ?なんか堅苦しい名前だね」


フレンダは興味なさげに鼻を鳴らし、持っていたサンドイッチを齧った。

パンくずがポロポロとシートに落ちる。


『警告。コクピットでの飲食は衛生管理規定第4条により禁止されています。精密機器への異物混入のリスクがあります。直ちに清掃し、飲食を中止してください』


AIの声が、少しトーンを変えて告げた。


「はぁ、何よそれ?お腹が空いたら戦えないでしょ?エネルギー補給は生物の基本だよ」


『否定します。ガバナーのカロリー摂取は指定された食堂エリアで行うべきです。また、貴官の心拍数が規定値より上昇しています。初めての搭乗による緊張と推測されます。リラクゼーション・モードを起動しますか?』


「緊張なんかしてないよ、楽しみでワクワクしてるだけ!あーもう、うるさいなぁ。あんたは黙って操縦だけサポートしてくれない?」


『回答、不可能です。本機はゾアテックス搭載機であり、AIによる常時モニタリングと制御補助が必須です。これより、初回起動時のチュートリアルを開始します。全500項目ありますので、順に読み上げます。第1章:基本操縦における安全確認……』


「ごひゃく!?聞いてられるかァァァッ!」


フレンダはコンソールの「音声ミュート」ボタンを探したが見つからなかった。

代わりにアクセルペダルを思い切り踏み込んだ。


ギュイィィィン!!

エンジンが咆哮を上げる。だが、機体は動かない。


『警告、パーキングブレーキが解除されていません。また、パワー出力が急激すぎます。安全装置が作動しました。ガバナー、マニュアルを読んでください』


「動けよ鉄クズー!!マニュアルなんて燃えるゴミに出したわよー!!」


これが、後に「最良の相棒」と呼ばれる二人の、最悪の出会いだった。




配属から一週間後。

フレンダとKARMAの初任務が決まった。

内容は後方地域である「ノース・キャニオン」を通る資材運搬部隊の護衛。

敵の出現率は極めて低い、いわゆる「新兵の慣らし運転」のための任務だ。


砂煙を上げるトラックの隊列。

その横をフレンダのロード・インパルスが並走している。

だが、その足取りはどこかぎこちない。


「……あー、暇。ねえカルマ、何か出ないの?ドラゴンとか、巨大ロボとか」


『否定します。本エリアの脅威レベルはD。野生動物との遭遇確率は5%未満です。それよりガバナー、右前脚の接地圧が不均一です。重心を左に0.5度修正してください。関節部の摩耗率が0.01%上昇しています』


「細かいっ、そんなの誤差だよ誤差!走れてるんだからいいじゃん!」


フレンダはイライラして操縦桿を揺すった。

彼女の直感的な操作に対し、KARMAの制御は常に「補正」をかけようとする。

フレンダが右へ行こうとすると、AIは「急激な旋回は危険」と判断してブレーキをかける。

まるで補助輪付きの自転車に乗せられているような感覚だ。


『貴官の操縦はマニュアルの推奨挙動から平均30%逸脱しています。もっと論理的に、計算された入力を心がけてください』


「私は計算機じゃないの!あーあ、お腹空いた。このトラック、コンビーフ積んでないかな?」


フレンダがあくびをした、その時だった。


ヒュンッ!

風切り音と共に、前方のトラックが爆発した。

黒煙が砂漠の空に舞い上がる。


「えっ!?」


『敵襲。熱源感知。上方、方位0-3-0。識別信号、モーター・パニッシャー。MSGヴァリアントフォースの空戦型ヘキサギアです』


KARMAの声は相変わらず冷静で平坦だった。

だが、状況は最悪だ。

上空から急降下してくる、昆虫のようなシルエットを持つ飛行型ヘキサギアの編隊。


「敵、やっと来た!」


フレンダは恐怖よりも先に、獲物を見つけた喜びを感じていた。


「行くよ、カルマ!初狩りだ!」


『警告、敵戦力は本機を上回っています。また、対空戦闘の経験値が不足しています。推奨行動:トラックを盾にして撤退。生存確率を優先してください』


「逃げるわけないでしょ!あの中には私の晩ご飯が入ってるんだから!」


フレンダは警告を無視し、インパルスを急加速させた。

空の敵に向かって地上の獣が牙を剥く。


バリバリバリバリッ!!

上空からの機銃掃射。

砂煙が上がり、インパルスの装甲を弾丸が叩く。


「くっ、チョコマカと!」


フレンダは敵の軌道を予測し、左へ大きく跳躍しようとした。

彼女の野生の勘が、「次は左に機銃が来る」と告げていたからだ。

だが。


ガクンッ!

インパルスの膝が空中で強張ったように停止した。


「えっ!?なんで止まるの!?」


『警告、左方向への急激な跳躍は着地時のバランスを崩す恐れがあります。ジャイロ安定化のため、姿勢制御を介入させました』


「バカっ!それが危ないんだよ!」


フレンダの叫びは遅かった。

姿勢制御のために空中で静止したインパルスは敵にとって格好の的だった。


ドォォォン!!


「うぐぁっ!?」


ミサイルの至近弾。

インパルスが吹き飛ばされ、砂漠に無様に転がる。

右後脚の装甲が砕け火花が散る。


『損害軽微、ですが機動力が20%低下。ガバナー、私の指示に従ってください。貴官の非論理的な操作が回避行動を阻害しています』


「あんたが止めたから当たったんじゃない!私の言う通りに動いてれば避けられたのに!」


片方は電子音声だが互いに叫び合う。

パイロットとAI。

本来なら一心同体であるはずの二つの脳が、完全に喧嘩していた。

これでは、ただの鉄の塊だ。

そこへ、砂煙を割って新たな敵が現れた。


地上部隊。

恐竜型ヘキサギア、ボルトレックス。

プラズマカノンをチャージし、こちらに狙いを定めている。


『敵増援を確認。完全包囲されました。勝率、0.001%以下に低下』


KARMAが冷酷な数値を弾き出す。


『提案します。機体を放棄しガバナー単独で脱出してください。本機が囮になり、自爆シークエンスを起動します。それが貴官が生き残る唯一の論理的解です』


AIは自らの死を淡々と提案した。

それがプログラムされた「正解」だからだ。

フレンダは歯を食いしばった。


「ふざけるな、ふざけるなぁぁぁッ!!」


フレンダはコクピットのコンソールを拳で殴りつけた。

バキッと音がして、プラスチックのカバーが割れる。


「誰が逃げるか!誰が死ぬか!私は、私はまだお腹いっぱい食べてないんだよォッ!」


彼女の瞳孔が開く。

極限の飢餓感と、生存本能。

体中の血が沸騰するような感覚。

猛獣のような食欲が彼女の脳から溢れ出し、操縦桿を通じて機体へと流れ込む。


『……!?検知。ガバナーの脳波パターン、急激に変化。同調率上昇中、エラー。論理回路では解析不能なコマンド群です』


KARMAの処理速度が追いつかない。

フレンダの思考は「右に避ける」「左に撃つ」といった言語化された命令ではない。

ただ純粋な、「喰らう」というイメージ。


「うるさい、計算なんてするな!マニュアルなんて捨てろ!いいから私を見ろ!私の『目』になって、私の『手足』になれェッ!!」


フレンダは強引に「安全装置」のスイッチを引きちぎった。


ブツンッ……

警告音が止んだ。

代わりに、機体の奥底から低い唸り声のような駆動音が響き始めた。


『了解。安全リミッター、強制解除。論理防壁、パージ。ガバナーの「本能」を最優先コマンドとして受諾します』


AIの声から堅苦しさが消えた気がした。

いや、AI自身もまたフレンダの強烈な食欲に侵食され、プログラムの殻を破ったのだ。


『行きます、パートナー。狩りの時間です』


ギャオオオオオオッ!!!

ロード・インパルスが咆哮した。


それはスピーカーからの音ではない。

フレームが軋み、空気が震えることで生じる物理的な「叫び」だった。


「行くよ!」


インパルスが大地を蹴った。

先ほどまでのぎこちなさは微塵もない。

傷ついた足を引きずっているはずなのに、その動きは滑らかで疾風のように速い。


ズドンッ!

ボルトレックスがプラズマカノンを発射する。

フレンダは考えない。

ただ体が勝手に反応する。


インパルスが地面スレスレまで体を沈め、ビームの下を潜り抜ける。

AIがバランスを完璧に制御し、フレンダの無茶な動きを支えている。


「そこォッ!」


懐に飛び込んだ。ゼロ距離。

フレンダがトリガーを引くよりも早くインパルスの前脚が閃いた。


ガギィィッ!!

超硬度の爪が、ボルトレックスの首元に食い込む。そのまま遠心力を利用してねじ切る。


グシャァァッ……!

ボルトレックスの頭部が飛び巨体が砂漠に沈んだ。

上空のモーター・パニッシャーたちが怯む。

その隙を見逃さず、インパルスは頭部のチェーンガンを乱射した。


『照準補正、リンク完了。墜ちなさい』


AIのサポートにより弾丸は吸い込まれるように敵機に命中する。

次々と火だるまになって落ちる敵機。それは圧倒的な蹂躙だった。


戦闘が終わった頃、砂漠は夕闇に包まれていた。

輸送部隊は無事。

敵は全滅。


フレンダはコクピットの上で荒い息を吐いていた。

全身が汗まみれで手は震えている。だが、その顔には満面の笑みがあった。


「ははっ、やった。勝ったよ」


『ガバナーの生存を確認。作戦目標、達成。機体損傷率45%。ですが、稼働に支障はありません』


AIの声が響く。

その声は最初の「機械的な冷たさ」とは違い、どこか誇らしげな響きを含んでいた。


『貴官の操縦はやはり非合理的です。マニュアルの9割を無視しました、ですが結果として最適解でした』


「ふふん、だから言ったでしょ?計算より本能の方が強いんだって」


フレンダはシートに深くもたれかかった。

そして、コンソールを優しく撫でた。


「ねえ。やっぱり『カルマ』なんて名前似合わないよ」


『そうですか?アースクライン・バイオメカニクス社既定のコードネームですが』


「うん。なんか暗いし機械っぽい。今日からあんたは『メイ』だ」


『メイ?定義を要求します。5月(May)ですか?それとも人名?』


「違う、私の『メイ』を預ける相手だからメイ。どう、悪くないでしょ?」


しばしの沈黙。

AIは演算を行い、その非論理的だが温かい入力データを受け入れた。


『個体名「メイ」、登録しました。悪くありませんね、フレンダ』


「よろしくね、メイ。さあ、帰ろう!帰ったら特大のステーキが待ってるはずだから!」


『食堂のメニューには、本日はハンバーグと記載されていますが』


「細かいことはいいの!」


月明かりの下。

傷だらけの狼が荒野を駆けていく。

それは、数々の戦果を残すことになる「悪食コンビ」の最初の夜だった。

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