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【砂塵の荒野と鋼鉄の暴徒】

世界が燃えていた。

比喩ではない。視界に入る全ての光景が陽炎によって歪み、揺らめき、溶け出しているように見えた。

リバティー・アライアンス北米管区、南部大砂漠地帯。

通称・渇きの海。


かつては緑豊かな草原地帯だったとされるこの場所も、結晶炉の稼働による環境激変と終わらない戦火によって、今や生命を拒絶する死の世界へと変貌していた。

地表温度は摂氏50度を超え、直射日光は肌を焦がすレーザーのように降り注ぐ。

吹き付ける風は涼を運ぶものではなく、熱風となって水分を奪い去り、微細な砂粒を散弾銃のように叩きつけてくる。


その灼熱の地獄を、一本の巨大な鉄の蛇が進んでいた。


ゴオオオオオオオオッ……

ガラガラガラガラッ……


数十台の大型装甲トラック、改造バス、そして護衛用のヘキサギアからなる大規模輸送車団。

コードネーム・キャラバン7。

戦火を逃れた非戦闘員およそ300名と重要物資を満載したこの車団は、砂漠の彼方にあるとされるオアシス都市「エル・ドラド」を目指し、道なき道をひた走っていた。


その隊列の最後尾。

砂煙を巻き上げて走る一機のバイク型ヘキサギアがあった。


「クロスレイダー・デザートカスタム」

タイヤは砂地用に溝の深いバルーンタイヤに換装され、吸気口には防塵フィルターが増設されている。

だが、どれほど機体をカスタムしようとも搭乗者への環境負荷までは軽減できない。


「……最悪っす」


シートに跨るミカ・フォルクス少尉は呻くように呟いた。

彼女の愛用するスナイパースーツの上には砂漠迷彩のポンチョが羽織られているが、それは砂の侵入を防ぐ役には立っていなかった。


「口の中がジャリジャリするっす。さっき飲んだ水も砂の味がしたっす。まつ毛の間にも、耳の穴にも、首筋にも……砂、砂、砂……!」


ミカは潔癖症だが、戦場の汚れには慣れているつもりだ。

泥にまみれることも、オイルを被ることも、任務ならば受け入れる。

だが乾燥と砂は別だ。


精密機械である彼女の装備、そして彼女自身の肌から潤いを奪い摩擦ですり減らしていくこの微粒子たちは、彼女にとって生理的な嫌悪の対象でしかなかった。


「湿度ゼロ、快適指数の対極っす。こんなことなら湿気100%の深海任務の方がまだマシだったかもしれないっす」


ミカはゴーグルのワイパーを作動させた。乾いた音がしてレンズに付着した砂埃が拭われる。

だが、数秒もしないうちに新たな砂が視界を覆う。

終わらないイタチごっこ。

彼女の不機嫌ゲージは地表温度と同じく沸点を超えていた。


『ボヤいてないでしっかり周囲を警戒してください、ミカ少尉。貴女のその素晴らしい視力は砂粒を数えるためではなく、敵を見つけるためにあるのですから』


通信機から軽薄だが頼りになる電子音声が響く。

隊列の先頭付近を走る僚機、ロード・インパルス・アビスに搭載されたKARMAメイだ。


「分かってるっすよ、メイ。ところであなたの飼い主は静かっすね。熱中症で干からびたんじゃないっすか?」


ミカの問いかけに、今度は聞き慣れた、能天気な人間の声が割り込んだ。


『ふふふ……甘いよ、ミカちゃん!』


フレンダ・ディーコン少尉の声だ。

ノイズ混じりの通信越しでも、彼女がニヤニヤしているのが伝わってくる。


『私がこの程度の暑さで参るわけないでしょ!むしろ、この太陽は最高の「調理器具」だよ!ボンネットの上に生肉を置けば3分でミディアム・レアのステーキが出来上がるんだから!』


「……発想が野蛮すぎるっす」


『それにね、この砂漠には伝説の食材が眠ってるんだよ!知ってる?「ハニー・スコーピオン」!』


「……知りたくもないっすけど、一応聞くっす」


『体長1メートルくらいの巨大サソリなんだけどね、その尻尾には猛毒の代わりに濃厚で甘~い蜜がたっぷり詰まってるんだって!砂漠のサボテンの蜜を吸って育つから、フルーティーで栄養満点!しかも殻を剥いて踊り食いすると、口の中でパチパチ弾ける食感が楽しめるらしいよ!』


フレンダの声は期待と食欲で弾んでいた。

彼女にとってこの過酷な砂漠は「死の世界」ではなく、「巨大なビュッフェ会場」に過ぎないのだ。


「サソリの踊り食いっすか、想像しただけで吐き気がするっす」


ミカは心底嫌そうな顔をした。

だが、その会話のおかげで少しだけ気が紛れたのも事実だった。

この相棒の底なしのバイタリティは、時として砂漠のオアシス以上に精神を潤してくれる……かもしれない。


「とにかく、油断は禁物っすよ。このエリアは『マッド・ドッグス』とかいう野盗集団の縄張りらしいっす。水と燃料、そして食料を持ったこのコンボイは奴らにとって格好の獲物っすから」


『分かってるよ、出てきたらサソリのついでに狩っちゃうから!』


頼もしい返事だが、その言葉が終わるか終わらないかのタイミングだった。

ミカのヘルメット内のレーダーアラートが短く鋭い警告音を発した。


ピピピッ! ピピピッ!


「……来たっす」


ミカの表情が一瞬で「掃除屋」のものへと切り替わる。

彼女はクロスレイダーの速度を上げ、砂丘の頂上へと駆け上がった。

そして、対戦車ライフルのスコープを覗き込む。


陽炎の向こう。

地平線と砂漠の境界線が、不自然に揺れていた。

砂煙だ。


それも、自然の風によるものではない。

人工的な、何十、何百というタイヤが大地を削ることで生じる茶色い津波。


「数、30……いや、50以上。すごい数っす、ハエの大群みたいに湧いてきたっすよ」


スコープの中で暴徒たちの姿が鮮明になる。

装甲板を溶接した改造バギー。

巨大なスピーカーを積んだ武装トラック。

そして、塗装の剥げた旧式のバルクアームたち。

奇声こそ聞こえないが、彼らが放つ殺気と狂気は数キロ離れたここまで届いていた。


『敵襲ーッ!方位100、距離3000、急速接近中!総員、戦闘配置!』


コンボイの護衛隊長からの無線が飛ぶ。

非戦闘員を乗せたバスが悲鳴のようなブレーキ音を立てて密集陣形を取り、外側を装甲トラックが固める。

典型的な防衛フォーメーションだ。


だが、敵の動きはそれを嘲笑うかのように早かった。

改造バギー部隊が信じられないスピードで砂漠を疾走し、コンボイの側面へと回り込んでくる。


ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!

風を切る音と共に、バギーからロケット花火のような何かが発射された。

それは放物線を描いてコンボイの中央に着弾する。


爆発音。

だが、火炎ではない。

撒き散らされたのは赤色の毒々しい「煙幕」だった。


「スモークっすか!?」


『視界不良!くそっ、奴ら隊列を分断する気だ!』


赤い煙が視界を奪い、コンボイの中に混乱が広がる。

その混乱に乗じて敵のバイク部隊がハイエナのように突っ込んでくる。

彼らの手には、火炎瓶やチェーンソー、そしてグラップルワイヤーが握られていた。


「品がないっすね、戦い方まで砂埃みたいに鬱陶しいっす!」


ミカはクロスレイダーをドリフトさせ、砂丘の斜面を滑り降りた。

彼女のポジションは遊撃。

敵の懐に入り込み、中枢を叩く。


「まずは目障りな煙を止めるっす!」


ミカはハンドルから手を放し、走行しながらライフルを構えた。

激しい振動に、不安定な足場。

だが、彼女の体幹は微動だにしない。

照準が煙幕弾を撃ち続けている先頭のバギーを捉える。

運転手はモヒカン頭の大男。隣にはグレネードランチャーを構えた小男。


「お眠りなさいっす」


ズドンッ!!

乾いた銃声が一つ。

発射された大口径弾は運転手の眉間ではなく、バギーの前輪を貫いた。

高速走行中のバーストでバギーはバランスを失い、横転しながらきりもみ回転を起こす。

そして、後続のバイク数台を巻き込んで派手に爆発した。


「一丁上がり、次っす!」


ミカは次弾を装填し、クロスレイダーを加速させる。

砂漠の狩りが始まった。


一方、隊列の先頭付近。

ここではさらに激しい肉弾戦が繰り広げられていた。


ガシャァァァン!!

一台の武装トラックがコンボイの装甲車に体当たりを仕掛けていた。

トラックの荷台には機関銃座と共に、数人の野盗が乗っている。

彼らはフック付きのロープを投げ、装甲車に乗り移ろうとしていた。


「ヒャハハハハ、女と水は置いていけ!あと食い物もだ!」


野盗の一人が叫び装甲車のハッチに手をかけた、その時。


「食い物だって!?」


頭上から、腹を空かせた獣の声が降ってきた。


「えっ?」


野盗が見上げると、そこには太陽を背にして飛ぶ銀色の影があった。

ロード・インパルス・アビス。

ゾアテックスを発動させ、トラックの屋根よりも高く跳躍したフレンダの愛機だ。


「私のサソリを横取りする気かァァァッ!」


「ち、違う!俺たちは物資を」


「問答無用!」


ドゴォォォォン!!!

インパルスがトラックの荷台に着地した。

数トンの質量による踏みつけ。

荷台はひしゃげ、機関銃座は飴細工のように潰れた。

野盗たちが衝撃で砂漠へと放り出される。


「邪魔なの!あんたたちがウロチョロするせいで、サソリちゃんが逃げちゃうでしょ!」


フレンダは理不尽な怒りを爆発させ、インパルスの尾を振り回した。

鋼鉄の鞭が並走していた別のバギーを薙ぎ払う。

バギーは真っ二つに切断され、乗員たちは悲鳴を上げて転がっていく。


『フレンダ、左舷よりバルクアーム接近。旧式の「α」ですが、増加装甲で固めています。突っ込んできますよ』


メイの警告。

砂煙の中から錆びだらけのバルクアームαが現れた。

その右腕には工事用の削岩機が溶接されている。


『オラオラオラァ!高いヘキサギア乗って調子こいてんじゃねぇぞ!』


バルクアームがパイルバンカーを突き出し、インパルスに突進してくる。

単純だが強烈な一撃。

まともに食らえばインパルスの装甲でもただでは済まない。


「トロいよ!」


フレンダは操縦桿を引いた。

インパルスが身を低くし、スライディングのように砂の上を滑る。

パイルバンカーが頭上を通過する。

その瞬間、インパルスはバルクアームの懐に入り込んでいた。


「足元がお留守だよ!」


ガブゥッ!!

インパルスの頭部がバルクアームの左脚に噛み付き油圧シリンダーごと噛み砕く。


『な、なにィ!?』


「ひっくり返れッ!」


フレンダはインパルスの首を跳ね上げた。

片足を失ったバルクアームがバランスを崩し、盛大に横転する。

そこへ追い打ちの爪攻撃。

コクピットハッチを強引に引き剥がす。


「はい、退場!」


中からパイロットを引きずり出し、砂漠へ放り投げる。

フレンダの戦い方は洗練されたガバナーのそれではない。

野生動物が獲物を狩るような、荒々しくも無駄のない暴力だった。


「……相変わらず派手にやるっすね」


後方からその様子を見ていたミカは、呆れつつも感心していた。

フレンダが前衛で暴れ回ってくれるおかげで、敵の注意がそちらに引きつけられている。

その隙にミカは冷静に敵の数を減らすことができる。


ミカは走行するバスの屋根に飛び乗った。

揺れる車上だが、砂地よりは視界が良い。

彼女はライフルをバイポッドで固定し、スコープを覗く。


「……あそこっすね」


彼女が狙ったのは、敵部隊の後方にいる一台の指揮車両らしきバンだった。

アンテナが複数立っており、そこから指示が飛んでいるのが見える。


「リーダーがいなくなれば、烏合の衆は散るはずっす」


距離、800メートル。

熱風による陽炎と、砂嵐による視界不良。

さらに自分も相手も高速移動中。

通常なら狙撃不可能な条件だ。


だが、ミカは呼吸を整えた。

心臓の鼓動をコントロールし、世界をスローモーションに感じる領域へと意識を沈める。


風を読む。

砂の動きを読む。

陽炎のゆらぎのパターンを読む。


「見えた」


ズドンッ!!

発射された弾丸は、風に乗るようにカーブを描き、バンの運転席の防弾ガラスに着弾した。

一発では貫通しない。

だが、同じ箇所にもう一発。


ズドンッ!!

0.5秒の差で放たれた次弾が、前の弾痕を正確に貫いた。


ガラスが砕け運転手が絶命する。

制御を失った指揮車両は蛇行し、隣を走っていた武装トラックに激突して炎上した。


「……計算通りっす」


指揮系統を失い、野盗たちの動きが目に見えて乱れ始めた。

反撃のチャンスだ。


「少尉、今っす!一気に押し返すっすよ!」


「了解!ご飯の邪魔する奴は全員砂に埋めてやる!」


戦況は好転したかに見えた。

野盗たちは統制を失い、撤退を始めようとしていた。

だが。


ズゥゥゥゥゥン……

突然、戦場の空気が変わった。

地面の底から響くような、重低音の振動。

それはバギーやトラックのエンジン音とは次元が違う、巨大な質量の接近を告げていた。


「……なんすか、この震動は」


ミカが警戒を強める。

レーダーを見るとコンボイの進行方向正面、巨大な砂丘の向こうからとてつもない熱源反応が接近していた。


『警告。前方より、大型ヘキサギア接近。識別信号マッチ。MSGヴァリアントフォース・工兵部隊所属』


メイの声に緊張が走る。


ドガァァァァァァン!!!

突如、砂丘が爆発したかのように吹き飛んだ。

砂の壁を突き破って現れたのは、黄色と黒の警戒色に塗装された異形の獣だった。

全流5メートルを超える巨躯。


分厚い装甲板。

そして何より目を引くのは、機体前面に装備された戦車の砲塔ほどもある巨大な破砕槌。


デモリッション・ブルート(重装破壊仕様)


本来は要塞攻略や建造物解体のために作られたその機体は、今や殺戮のために調整された鋼鉄の怪物となっていた。


『グハハハハハ!止まれェェッ!止まらねぇとミンチにするぞォッ!』


外部スピーカーから、割れたダミ声が響き渡る。

パイロットは筋骨隆々の巨漢ガバナー、通称ハンマー・ジャック。


「なっ、デカいっす!」


ミカが息を呑む。

デモリッション・ブルートはその巨体に見合わぬ速度で砂漠を滑走し、コンボイの先頭車両へと躍り出た。

そして、巨大なインパクト・ハンマーを振り上げる。


『ぺしゃんこになりなぁッ!』


ズドゴオオオオオオオン!!!

振り下ろされたハンマーが先頭の護衛用装甲車を直撃した。

装甲車は紙箱のように押し潰され、一瞬で鉄屑と化した。

衝撃波が砂漠を揺らし、後続のバスが急ブレーキをかけて横転寸前で止まる。


「嘘でしょ、一撃!?」


フレンダが叫ぶ。

隊列は完全に停止させられた。

逃げ場のない砂漠の真ん中で、圧倒的な暴力の化身が立ちはだかる。


『俺様の名はハンマー・ジャック!さあ、命乞いの時間だぜ、リバティーのネズミども!』


ブルートが再びハンマーを持ち上げ、威嚇するように空吹かしをする。

その威圧感はこれまでの野盗たちとは格が違った。


「面倒なのが出てきたっすね」


ミカはライフルを構え直した。

フレンダもインパルスの姿勢を低くする。


「あいつ絶対美味しくない匂いがする!」


「食うことばっかり考えてる場合じゃないっすよ、少尉!やるっすよ、あいつを止めないと全員ここで干からびて死ぬだけっす!」


灼熱の太陽の下。

鋼鉄の暴徒と、飢えた狼たちの死闘が始まろうとしていた。





ゴオオオオオオ……!!

地熱で揺らぐ空気の中、デモリッション・ブルートのエンジンが唸りを上げていた。

その巨体は、ただそこに在るだけで周囲を威圧する「壁」のようだ。

パイロットのハンマー・ジャックがコクピットから身を乗り出して叫ぶ。


『どうしたァ!?さっきまでの威勢はどこへ行った!?俺様の「ギガント・ハンマー」が怖くて動けねぇか!?』


「うるさいっすね、暑苦しいのが喋ると気温がさらに上がる気がするっす」


ミカはクロスレイダーを岩陰に停め、ライフルの照準を合わせた。

だが、トリガーを引けない。

ブルートの装甲は建設機械由来の極厚複合装甲だ。

ミカのライフル弾程度では表面を削るのが関の山だろう。


「ミカちゃん、私が引き剥がすよ!」


ガァァァン!!

フレンダが動いた。

ロード・インパルス・アビスが砂を蹴立てて突進する。

正面からの力比べ。

無謀とも言える突撃だが、アビス装甲の堅牢さと出力ならば押し切れるかもしれない。


「どきなよ、デカブツ!」


インパルスが体当たりを敢行する。

ブルートの側面に激突。金属同士がぶつかり合う轟音が砂漠に響く。


ズシィッ……!


「……えっ、動かない?」


フレンダが目を見開く。

インパルスの全力タックルを受けてもブルートは数センチ後退しただけだった。

その足元のグリップ力と、機体自体の自重が桁違いなのだ。


『ハハハッ!軽い軽い、虫が止まったかと思ったぜ!』


ジャックが嘲笑う。

次の瞬間、ブルートの頭部が持ち上がった。

巨大なハンマーが横薙ぎに振るわれる。


『潰れろォッ!!』


ブォンッ!!!

空気を圧縮する轟音。

フレンダは反射的にバックステップを踏んだ。

鼻先数センチを、鉄の塊が通過する。

直撃は避けたが、衝撃波だけでインパルスが吹き飛ばされ砂の上を転がった。


「うぐっ、何て馬鹿力!」


『警告。敵機体の出力、想定以上。純粋なパワー勝負では分が悪すぎます』


メイが冷静に分析する。

ブルートは「戦う」ためではなく、「壊す」ために作られた機体だ。

その破壊力は戦術や技量を無意味にする暴力そのものだった。


「……力で勝てないなら頭を使うっす」


ミカが無線で叫んだ。


「少尉、正面から行っちゃダメっす!奴のハンマーの間合いに入ったら挽き肉になるだけっすよ!」


『じゃあどうするの!?あいつどっしり構えて動かないし、近づけないよ!』


「足を止めるっす、私に合わせるっすよ!」


ミカはクロスレイダーを発進させた。

ブルートの周囲を大きく旋回し、砂煙を巻き上げた。


『チョコマカと目障りなハエだ!』


ジャックが苛立ちハンマーを地面に叩きつけた。


ズドゴォォォン!!!

衝撃で地面が爆発し、大量の砂が舞い上がる。

視界ゼロの砂嵐。

ジャックはそれを利用し目隠しをするつもりだったのだろう。

だが、それはミカにとって好都合だった。


(……砂煙で見えない?いいや、逆っす。あんたからは見えなくても私には「熱」が見えるっす!)


ミカのゴーグルがサーモグラフィーモードに切り替わる。

舞い上がる砂の向こうに、赤く燃え上がるブルートの排熱ダクトがくっきりと浮かび上がった。

そして、その下にある駆動輪。


「そこっす!」


ズドンッ!

砂嵐の中を一発の銃弾が貫いた。

それはブルートの右足関節、その隙間に吸い込まれた。


ガキィッ!!

金属片が飛び散り、右足が軋みへし折れる。


『あァ!?足がッ!?』


機動力を失いブルートが大きく傾く。

その隙を銀色の狼は見逃さない。


「ナイス、ミカちゃん!今度こそいただきまァァァす!!」


フレンダが砂煙を突き破って現れた。

狙うのはコクピットではない。

彼女が跳躍したのは敵の最大の武器の上だった。


ダンッ!!

インパルスがブルートが振り上げていたインパクト・ハンマーの上に着地したのだ。

数トンの自重を乗せた、強烈な重し。


『なっ、何だと!?』


ジャックが慌ててハンマーを更に振り上げようとする。

だが、上がらない。

右足の踏ん張りが利かない上、テコの原理で先端に重みがかかっているためモーターが悲鳴を上げるだけだ。


「そのハンマー、重石にしてあげるよ!」


フレンダはインパルスの爪をハンマーの装甲に突き立て、完全に固定した。

これでブルートは最大の武器を封じられた。


「今っす、少尉!中身を引きずり出すっす!」


ミカが反対側から回り込みブルートの装甲の隙間、油圧パイプが露出している首元をライフルで撃ち抜いた。


プシューッ!

オイルが噴き出し、コクピットのロックが解除される。


「開け、ゴマ!」


フレンダはインパルスの頭部を伸ばし、コックピットに食らいついた。


メキメキメキッ……

分厚い装甲板が、無理やりこじ開けられていく。


『や、やめろ!待て、俺様は不死身の……うわぁぁぁッ!?』


「退場だよ、筋肉ダルマ!」


フレンダはインパルスの前脚で、ジャックの襟首を掴んで引きずり出した。

そのまま砂漠へと放り投げる。

熱砂の上に転がるジャック。

武器も機体も失った彼は、もはやただの無力な男だった。


『ひぃぃッ!助けてくれェ!』


ジャックは情けない悲鳴を上げながら、逃げていく野盗たちのバギーを追いかけて走っていった。

主を失ったデモリッション・ブルートは黒煙を上げて沈黙した。


数時間後。

太陽が西に傾き始めた頃、キャラバン7はようやく目的地であるオアシス都市「エル・ドラド」に到着した。

巨大な城壁に囲まれたその都市の中には奇跡のように澄んだ湖と、緑のナツメヤシの林が広がっていた。


「……水っす」


ミカは都市に入った瞬間、クロスレイダーから転げ落ちるように降り、公共の水飲み場へ駆け寄った。

蛇口をひねり冷たい水を頭から浴びる。


「生き返るっす。砂が落ちていくこの感覚、プライスレスっす」


濡れた髪をかき上げ、ミカはやっと笑みを浮かべる。


任務完了。

非戦闘員たちも無事に守り抜いた。

報酬も弾まれることだろう。

一方、フレンダは市場へと猛ダッシュしていた。


「サソリちゃ~ん!どこかな~?」


彼女の目的はただ一つ。

この都市の名物、ハニー・スコーピオンだ。

屋台の並ぶ通りを抜け、ついに彼女はそれを見つけた。

巨大水槽の中でうごめく黄金色に輝く巨大なサソリたち。


「あった、これだ!おじさん、これ一匹焼いて!いや、生で!」


フレンダは自身への報酬を叩いて最高級の一匹を購入した。

そして、期待に胸を膨らませそのプリプリした尻尾にかぶりついた。


ガブッ!


「ん~!!……ん?」


フレンダの動きが止まった。


咀嚼する。


もう一度、咀嚼する。


そして、彼女の顔色が青から紫、そして土気色へと変わっていく。


「……何これ」


口の中に広がったのは、甘美な蜜の味ではない。

強烈な「泥」の味と舌が痺れるような「漢方薬」の苦味。

そして、殻の隙間から出てくるジャリジャリとした砂の感触。


「まっずゥゥゥゥい!!!」


フレンダはたまらず吐き出した。


「甘くない!フルーティーじゃない!ただの泥味の虫だよこれぇぇぇッ!」


屋台の店主が苦笑いしながら言った。


「あー、嬢ちゃん。ハニー・スコーピオンは『精力剤』だぞ?味は最悪だから、普通は乾燥させて粉にして薬として飲むんだ。生で食う奴なんて初めて見たよ」


「嘘だぁぁぁッ!私の砂漠のロマンがぁぁぁッ!」


フレンダの絶叫がオアシスにこだました。


夕暮れの砂漠。

帰路につく二機のヘキサギア。

ミカはさっぱりとした顔でクロスレイダーを走らせているが、フレンダのインパルスはとぼとぼと力なく歩いていた。


「騙された、世の中は嘘ばっかりだよ……」


「だから言ったじゃないっすか、伝説なんてアテにならないって」


ミカは呆れつつ、ポケットから何かを取り出して投げ渡した。

それは、都市の雑貨屋で買っておいた普通のビーフジャーキーだった。


「ほら、今はそれで我慢するっす」


「ミカちゃん!」


フレンダはジャーキーをキャッチし齧った。

塩辛く硬い肉。

でも、確かな肉の味がした。


「うん、美味しい。やっぱり冒険の味はこうじゃなきゃね」


「現金な奴っす」


二人は顔を見合わせて笑った。

砂塵の彼方へ二つの影が長く伸びていく。

砂漠の護衛任務は終わった。


残ったのは少しの報酬と、ミカの清潔な満足感、そしてフレンダの「もう二度と変な虫は食べない」という固い決意だけだった。

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