【廃都の亡霊と紅い再会】
リバティー・アライアンス北米管区、白堊理研第八基地・リトルベース。
かつては活気に満ちていた食堂に、今は重苦しい沈黙と渇いた音が響いていた。
「……ない」
フレンダ・ディーコン少尉が空になったコンテナの底をスプーンで引っ掻いていた。
カリカリ、という虚しい音が彼女の絶望を代弁している。
「ないよ、ご飯が!お肉も!お魚も!野菜も!あるのはこの『乾燥パン』だけなんて!」
彼女の叫び声に、食堂の隅でコーヒーを啜っていたミカ・フォルクス少尉がけだるげに瞼を持ち上げた。
「……叫んでもカロリーを消費するだけっすよ、少尉。先日の空襲で第1から第3までの食料備蓄庫が全焼したっす。補給部隊が来るのは3日後。それまではその乾パンと水で我慢するしかないっす」
ミカの言葉は正論だった。
要塞ガルーダとの激戦はリトルベースの防衛に成功したものの、その代償は大きかった。
特にフレンダにとっての生命線である「食料」の焼失は、彼女にとって死刑宣告に等しかった。
「嫌だぁぁぁ!戦うためにはエネルギーが必要なの!美味しいものを食べないと獣性が発動しないんだよぉ!」
「嘘を吐くんじゃないっす。少尉の場合、空腹の方が殺気立って強い気がするっすけど」
ミカは呆れつつ、手元のタブレット端末を操作した。
そこには、周辺地域の地図データが表示されている。
「……仕方ないっすね、私も乾パンだけで3日間過ごすのは肌に悪そうで御免っす。少佐に許可を取って調査ついでに『買い出し』に行くっすか」
「え、どこに?コンビニなんてないよ?」
「ここっす。セクターG-9、通称『ゴースト・シティ』」
ミカが指差したのは地図上の空白地帯。
かつては数百万人が暮らしていた巨大都市の遺跡だが、結晶炉の汚染と度重なる戦闘により今は無人の廃墟と化している場所だ。
「戦前の記録によると、ここの地下には大規模な『緊急災害用備蓄センター』があったらしいっす。生き残っているコンテナがあれば缶詰やレトルト食品の山があるはずっす」
「缶詰!レトルト!黄金の響き!」
フレンダの目が獣のように輝いた。
「行く、すぐ行く!インパルスのエンジン暖めてくる!」
「……はぁ、食い物が絡むと反応速度が3倍っすね」
こうして、空腹の狼と冷静な掃除屋は灰色の荒野へと旅立った。
そこに待ち受けるのが食欲よりも強い「因縁」だとは知らずに。
セクターG-9。
そこは、コンクリートとガラスの墓標が立ち並ぶ場所だった。
空を突くような摩天楼の群れは風化し蔦に覆われ、あるものは折れて隣のビルに寄りかかっている。
ブォォォォン……
ロード・インパルス・アビスとクロスレイダーが、瓦礫の散乱する大通りをゆっくりと進む。
タイヤが砕けたアスファルトを踏む音だけが死んだ街に響く。
「……静かだね」
フレンダが呟いた。
インパルスのセンサーを走らせるが生体反応は一つもない。
通常こうした廃墟には、ヘテロドックスや野盗化したガバナーが潜んでいるものだ。
だが、ここには虫の羽音すらない。
「異常っすね、まるで何者かが『掃除』した後みたいっす」
ミカがクロスレイダーのハンドルを握る手に力を込めた。
彼女の直感が告げている。
ここは無人ではない。
何かが自分たちを見ている。その時だった。
ザザッ……ザザザッ……!
通りの両側に並ぶ廃ビルの巨大モニター。
壊れていたはずの街頭ビジョンが一斉にノイズを走らせて起動した。
「うわっ、ビックリした!」
ノイズが晴れそこに映し出されたのは、赤い光だった。
暗闇の中に浮かぶ真紅のカメラアイ。
そして、傷だらけのボルトレックスのコクピットに座る一人の男。
『……待っていたぞ、悪食』
低く押し殺したような声。フレンダはその声を覚えていた。
「あんた……!ブラッド・ローニン!」
MSGヴァリアントフォースの孤高の戦士。
結晶炉を巡る戦いでの、フレンダの宿敵だ。
『飢えているようだな、……俺もだ。SANATの支配も組織の鎖も断ち切った今、俺に残されたのは渇きだけ。貴様という獣と喰らい合い、どちらかが死ぬ瞬間の高揚感への渇望だ』
画面の中のローニンは、狂気と理性が混ざり合った異様な瞳でフレンダを見据えていた。
『この街の中央、セントラル・タワーの頂上で待つ。邪魔者は排除しておいた。……来い。最高の晩餐を始めよう』
プツン、と映像が切れる。
再び静寂が戻った街に風の音だけがヒューヒューと鳴り響く。
「だってさ、ミカちゃん」
「罠、と言いたいところっすけど、あいつの性格上サシでやるつもりっすね。ただ」
ミカは視線を鋭くし、周囲のビル群を見回した。
「『邪魔者は排除した』って言ってたっすけど、まだ残ってるっすよ。あいつ自身も気づいていない別の『番犬』が」
「え?」
「少尉は先に行くっす、ローニンが待ってるのは少尉だけっすから。ここの『ゴミ掃除』は私が引き受けるっす」
「分かった!じゃあ後で缶詰の前で合流ね!」
フレンダは迷わなかった。彼女はインパルスを加速させ街の中央へと走り去っていく。
それを確認してからミカはクロスレイダーのエンジンを切った。
静寂。
ミカはバイクから降り、ヘルメットのバイザーを戦闘モードに切り替えた。
彼女はゆっくりと大通りの交差点の中央へと歩み出る。
「……出てくるっすよ、隠れてもその重たい鉄の臭いは消せないっす」
ミカの挑発に応えるように、交差点の向こう、崩れかけた銀行の跡地からそれは姿を現した。
ズシン……ズシン……ズシン……
地面を揺らす重厚な足音。
現れたのは、MSGVFの一般兵ではない。
全身を分厚い複合装甲で覆い、中世の甲冑騎士を思わせる威容。
手には身の丈を優に超える巨大な突撃槍とタワーシールド。
「パラポーン・イグナイト・スパルタン」。
最強の防御力と一撃必殺の破壊力を持つ歩く要塞。
「……なるほど、ローニンの監視役ってところっすか。あいつが負けたらまとめて始末するつもりで」
スパルタンは無言だった。
赤いセンサーアイがただ冷徹にミカを「障害物」として認識する。
巨大な槍の切っ先がゆっくりとミカに向けられた。
「……ふん、図体ばかりデカい『缶詰』っすね。中身をぶちまけてやるっす」
ミカは二丁のハンドガンを抜き放った。
硝子の森の処刑人と鋼鉄の騎士。
静寂の廃都で第二の戦端が開かれた。
ゴオオオオオッ!!
戦闘開始の合図はスパルタンの背部スラスターの噴射音だった。
数百キロはあるであろう超重量の体が信じられない爆発力で加速する。
ランスを構えた突進。
それは戦術も小細工もない、純粋な質量の暴力。
「速いっ……!」
ミカは瞬時に横へ跳んだ。
回避行動というより地面を転がるような緊急退避。
ドガァァァァァァァン!!!
一瞬前までミカが立っていた場所にコロッサル・ランスが突き刺さる。
アスファルトが爆発したかのように砕け散り、衝撃波が周囲の廃車のガラスを粉々に割った。
「……冗談じゃないっす、あんなの掠っただけで即死っすよ」
ミカは瓦礫の陰に身を隠しながら冷や汗を拭った。スパルタンはランスを引き抜き、再びミカの方を向く。
その動作一つ一つが重く、そして洗練されている。
ただの重装兵ではない。中身はエリート個体だ。
ババババッ!
ミカは牽制射撃を行う。
ハンドガンの弾丸がスパルタンの胸部装甲に当たるが、火花を散らして弾かれるだけだ。
「硬い、正面装甲は戦車並みっすね」
ミカは舌打ちし、走り出した。この大通りでの戦闘は不利だ。
相手の突進力を活かせる場所で戦ってはいけない。
彼女が目指したのは、通りの横にある巨大なショッピングモールの廃墟だった。
「追いかけてくるっすよ、ノロマ!」
ミカはモールの吹き抜けロビーへと飛び込んだ。
かつては買い物客で賑わったであろう広大な空間は、今はガラス片と埃にまみれエスカレーターは錆びついている。
ガシャァァァン!!
入り口の自動ドアを粉砕してスパルタンが侵入してくる。
狭い入り口を無理やり押し通るその姿は、まるで家屋に侵入する重戦車のようだ。
「ここなら少しは動きが制限されるはずっす」
ミカはエスカレーターを駆け上がり、2階の回廊へと移動した。
スパルタンは1階の中央から上層のミカを見上げる。
背中のマウントアームが動き、ランスとは別の武装、手持ち式のガトリングガンを取り出した。
バリバリバリバリッ!!
「うわっ!?」
激しい銃撃がミカのいる手すりを粉砕する。
ミカは床を滑るように走り、柱の陰に隠れる。
「遠距離もお手の物っすか、可愛げがないっすね!」
ミカは懐から閃光手榴弾を取り出し、1階へ放り投げた。
カッ!!
強烈な閃光と爆音で、スパルタンのセンサーが一瞬ホワイトアウトする。
その隙にミカは3階、4階へと立体的に移動する。
狙うはこのモールの最上階。
全面ガラス張りの天窓がある「スカイ・ガーデン」だ。
ミカは最上階の植物園エリアに到達した。
枯れた観葉植物と割れたガラスのドーム天井。
陽光が差し込み、床に散らばったガラス片がキラキラと反射している。
「……ここなら」
ミカは息を整え、柱の影に潜んだ。
数秒後。
床を軋ませながらスパルタンが上がってきた。
階段ではなく、吹き抜けをスラスターで強引に跳躍してきたのだ。
ドスンッ!
着地の衝撃で床が揺れる。スパルタンは周囲を見回す。
無数のガラス片が光を乱反射させ、センサーの敵影認識を妨害する。
ミカの狙いはこれだった。
視覚的なノイズの嵐。
パァン!
一発の銃声。スパルタンの右肩、装甲の継ぎ目に弾丸が命中する。
ダメージはないが、敵の位置を知らせるには十分だ。
スパルタンは即座に右を向き、ガトリングを乱射する。
バリバリバリッ!
枯れた樹木がなぎ倒される。
だが、そこには誰もいない。鏡に映ったミカの虚像を撃ったのだ。
パァン!
次は左。
膝裏の関節部。
スパルタンが振り返り、ランスを振るう。
空を切る。
「どこだ……!」
スパルタンの動きに焦りが見え始める。姿が見えない。
だが、確実に削られている。
重装甲の騎士にとって、見えない「針」ほど恐ろしいものはない。
ミカは天井の梁の上にいた。
彼女は息を殺し、真下の敵を見下ろしている。
その手には、対物ライフル用の徹甲弾を装填した改造ハンドガン。
反動で腕が折れかねない代物だが、この一撃にかける。
「……チェックメイトっす」
ミカが狙うのはスパルタンの「足元」ではない。
彼が立っている「床」そのものだ。
このモールの床は長年の放置で腐食が進んでいる。
そこに数トンの重量を持つヘキサギア並みの巨体が立っているのだ。
ミカは梁から飛び降りた。
音もなく落下し、空中で銃を構える。
「そこッ!」
ズドンッ!!
徹甲弾がスパルタンの足元にあるメインフレームの結合部を撃ち抜いた。
一点集中。構造限界を迎えていた床が悲鳴を上げる。
バキバキバキッ!!!
「!?」
スパルタンが気づいた時には遅かった。
足元が抜け、巨大な体が宙に浮く。
床が崩落し彼は下の階層へと真っ逆さまに落下していく。
ガシャァァァン……ドガァァァン!!
3階、2階、そして1階のロビーまで。
瓦礫と共に叩きつけられる重装騎士。
受け身など取れない。自重と装甲の重さが、そのまま彼自身を押し潰す凶器となる。
砂煙が晴れる。
1階の床にめり込んだスパルタンは、ランスを折られ装甲がひしゃげて動けなくなっていた。
システムダウン。
赤いセンサーの光が明滅している。
そこへ、ミカがロープを使って優雅に降下してきた。
彼女は動けない巨人の胸元に着地する。
コツン、とブーツの音が響く。
「……言ったはずっす。図体ばかりデカくても、的が大きくなるだけだって」
スパルタンのカメラアイが最後の力を振り絞ってミカを睨む。
その目の前に冷たい銃口が突きつけられた。
「貴官の負けっす、地獄でダイエットでもするっすね」
パンッ!
乾いた銃声が一発。スパルタンのメインカメラが粉砕され、赤い光が永遠に消えた。
巨躯が沈黙し、ただの鉄塊へと戻る。
「ふぅ。やれやれ、スーツが埃だらけっす」
ミカは銃をホルスターに納め、手で埃を払った。
掃除完了。
彼女はモールの出口へと歩き出す。
その背後でスパルタンの残骸が崩れる音が、戦いの終わりを告げていた。
「さて、少尉の方はどうなってるっすかね?」
ミカは廃墟の外へ出た。
視線の先、街の中央にそびえる「セントラル・タワー」。
その頂上付近で、赤い閃光と爆発が見えた。
「……あっちも始まったみたいっすね」
ミカはクロスレイダーに跨りエンジンを吹かした。
次の仕事場へ。
相棒の背中を守るために、彼女はアクセルを全開にした。
ヒュオオオオオオッ……。
地上300メートル。
廃都の空を吹き抜ける強風が、錆びついたヘリポートのフェンスを鳴らしている。
「セントラル・タワー」屋上。
遮るもののないコンクリートの平原に、一機の真紅のヘキサギアが鎮座していた。
ボルトレックス・ラース(紅蓮)。
かつてフレンダと死闘を演じた機体だが、その姿は大きく変貌していた。
失われた左腕には建設重機のアームが移植され、破損した装甲板はリバティー・アライアンス機体の残骸で補修されている。
ツギハギだらけのフランケンシュタイン。
だがその異形さが、かえってこの機体が潜り抜けてきた修羅場の数を物語っていた。
『……遅かったな』
コクピットが開いたまま、座席で腕を組んでいた男。ブラッド・ローニンが顔を上げる。
その顔には、以前はなかった大きな火傷の痕が走っていた。
『下からの振動が止んだ、あのスパルタンは沈黙したか』
「ミカちゃんは仕事が早いからね」
ロード・インパルス・アビスがゆっくりと屋上へと足を踏み入れた。
銀色の巨体が、夕日を受けてギラリと輝く。
フレンダはコクピットから身を乗り出し、不敵に笑った。
「久しぶりだね、赤いの。元気にしてた?ちょっと見た目が痛々しいけど」
『フン……。SANATの補給を受けぬ身だ。己の肉は己で狩って奪うしかない』
ローニンがコンソールを操作するとボルトレックスのエンジンが重低音を響かせて起動した。
プラズマタロンが展開し、紅蓮のエネルギーがバチバチと迸る。
『俺は組織を捨てた。パラポーンとしての使命も、情報の共有も、全て断ち切った。今、この回路を走るのは……「闘争」への渇望のみ』
彼の瞳はかつてのような冷徹な兵士のものではなく、獲物を前にした獣のそれだった。
『フレンダ・ディーコン。貴様という強大な獣を喰らい、俺は最強を証明する。さあ、晩餐の時間だ!』
「いいねぇ。その考え方、嫌いじゃないよ!」
フレンダもまた、瞳孔を開いて笑った。
空腹による極限の集中力。
彼女にとって目の前の敵は「障害」ではなく、極上の「メインディッシュ」だった。
「ご馳走を前にして待てなんてできないよ!いただきまァァァす!!」
ドォォォォン!!
合図はなかった。
二つの影が同時に弾けた。
銀色の狼と、紅蓮の恐竜。
第三世代ヘキサギア同士が、正面から激突する。
ガギィィィィィン!!!
金属音が廃都の空気を引き裂く。
インパルスのリヴァイアサン装甲と、ボルトレックスのプラズマタロンが噛み合った瞬間だ。
凄まじい火花が散り、互いの機体がきしむ。
『硬いな!以前よりも出力が増しているか!』
ローニンが操縦桿を押し込む。
ボルトレックスの脚部がコンクリートを削りながら踏ん張る。
パワーでは互角。いや、重量の分だけインパルスが勝る。
「硬いんだから、私は負けないよ!」
フレンダは強引に首を捻り、ボルトレックスの腕を弾き飛ばした。
そのまま、カウンターの右前脚による一撃。
バキィッ!!
ボルトレックスの肩部装甲がへこむ。
だが、ローニンは引かない。
衝撃を利用して機体を回転させ、長大なテイルブレードを鞭のようにしならせた。
シュルッ!!
「っと!」
インパルスがバックステップで回避する。
鼻先をかすめたブレードがヘリポートの鉄柵を豆腐のように切断した。
『逃がさん!』
ローニンは間髪入れずに追撃する。口腔内のプラズマカノンが発光する。
至近距離からの砲撃。
ズドォォン!!
「熱っ!?」
直撃した。
だが、インパルスのアビス装甲はマグマすら耐える耐熱仕様だ。
表面が赤熱するものの内部フレームへのダメージはない。
「効かないよ、そんな豆鉄砲!」
『豆鉄砲だと、面白い。ならば、その硬い殻ごと焼き尽くすまで!』
戦いは加速する。
屋上という限られたリングの上で、二機は目まぐるしく位置を入れ替える。
爪が交差し、牙が火花を散らす。
彼らが動くたびにヘリポートの床には亀裂が走り、建物の鉄骨が悲鳴を上げていた。
「はぁ、はぁ!やるねぇ赤いの、歯ごたえ抜群だよ!」
『貴様こそ、何故そこまでの出力が出る!?機体の限界を超えているはずだ!』
数十合の打ち合いの末、両機体ともにダメージが蓄積していた。
インパルスは装甲のあちこちが焦げ、ボルトレックスは片目を失いオイルを流している。
だが、二人の士気は最高潮に達していた。
その時。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
足元から不気味な地響きが伝わってきた。
ヘリポートの床が大きく傾く。
度重なる衝撃と重量負荷に老朽化したビルの構造材が限界を迎えたのだ。
『警告、足元の強度低下。フレンダ、このビルは持ちません!』
メイの冷静な声が響く。
「知ってるよ!でも、まだ食べ終わってない!」『フハハハハ、そうだ!舞台ごときが俺たちの戦いを邪魔するな!』
ローニンは狂ったように笑う。
崩壊すらも、彼らにとってはスパイスに過ぎない。
バキィィィィッ!!!
決定的な破断音が響いた。
屋上の床が抜け、巨大なコンクリート塊と共に二機のヘキサギアが宙に投げ出された。
「落ちるッ!?」
地上300メートルからの自由落下。
周囲には崩れ落ちる瓦礫とガラスの雨。
無重力のような浮遊感の中で、それでも彼らは止まらなかった。
『空中でなら機動力で勝る俺に分がある!死ねぇぇぇッ!!』
ボルトレックスが空中で姿勢制御を行い、落下する瓦礫を蹴って加速した。
プラズマタロンを突き出し、インパルスのコクピットを狙う。
必殺の急降下攻撃。
「……甘いよ!」
フレンダは冷静だった。空中で身動きが取れない重量級?
違う。
重いということは、落ちる速度が誰よりも速いということだ。
そして、その運動エネルギーは最強の武器になる。
「メイ!全スラスター、下方向へ噴射!重力に加速を乗せるよ!」
ボオオオオオッ!!
インパルスが加速する。
逃げるためではない。
落下速度をさらに上げ、自らを巨大な「砲弾」に変えるために。
『なっ……!?』
ローニンの目が驚愕に見開かれる。
上を取ったはずの自分が速度で追い抜かれる。
インパルスはボルトレックスの下に潜り込み、そして空中で反転した。
「ご馳走様……」
フレンダの目がギラリと光る。
「デザートの時間だァァァッ!!」
ガシィッ!!!
インパルスの四肢がボルトレックスの胴体を抱え込んだ。
そして、頭部の顎が敵の首元へ深々と突き刺さる。
『ぐあぁぁぁぁッ!?』「そのまま地面までエスコートしてあげるよ!」
二機は絡み合ったまま隕石のように落下していく。
インパルスの重量が、ボルトレックスを押し潰すプレス機となる。
ローニンは必死にプラズマカノンを撃つが、インパルスの装甲を貫けない。
地面が迫る。
死のカウントダウン。
ズドォォォォォォン!!!!!
廃都の一角に巨大なクレーターが生まれた。
凄まじい衝撃波が周囲のビルを揺らし、砂煙がキノコ雲のように舞い上がる。
静寂。
粉塵が晴れていく中、そこに立っていたのはロード・インパルス・アビスだった。
その足元には、無惨に大破したボルトレックス・ラースが横たわっている。
インパルスの装甲はボロボロだが、銀色の狼は勝鬨を上げるように天を仰いでいた。
プシューッ……
ボルトレックスのコックピットが火花を散らして外れる。
中から、血まみれのブラッド・ローニンが這い出してきた。
彼は地面に仰向けに倒れ込み、荒い息を吐く。
『……ハハッ、完敗だ。重力をあそこまで使いこなすとはな……』
ローニンは震える手で刀を抜こうとしたが、力が入らずに取り落とした。
『……殺せ、敗者に生きる資格はない』
彼は目を閉じ、処刑を待った。
インパルスの爪が彼の目の前に迫る。
だが。
フンフン……。
フレンダはインパルスから降りると、ローニンの顔に近づき鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
そして、プイっと顔を背けた。
「……パス」『……は?』
ローニンが目を開ける。
「あんた、鉄とオイルの臭いしかしないもん。それに筋張ってて固そうだし。私の好みじゃないや」
フレンダは興味を失ったように背を向けた。
『な、ふざけるな!戦士としての誇りは!?』
「誇りじゃお腹は膨れないよ。また今度、もっと美味しそうな匂いがする時に遊んであげる」
その時、瓦礫の向こうからバイクのエンジン音が聞こえた。
ミカのクロスレイダーだ。
「少尉ー、生きてるっすかー!」
ミカが手を振りながら近づいてくる。
その荷台には、古びたコンテナが積まれていた。
「ミカちゃん、それは!?」
「地下シェルターで見つけたっす。戦前の高級缶詰『特選ビーフシチュー』の山っすよ」
「ビーフシチュー!!!」
フレンダの目がハートマークになる。
彼女はローニンのことなど完全に忘れ、ミカの元へダッシュした。
『……』
残されたローニンは呆然と空を見上げた。
殺し合いの果てに、食欲という圧倒的な「生」のエネルギーに見逃された。
屈辱よりも、奇妙な清々しさが胸に残った。
『……悪食、か。次はもっとマシな『手土産』を用意しておくとするか』
彼は傷ついた体を起こし、何処かへと去っていった。
亡霊は消え、廃都には二人の少女の歓声だけが響いていた。




