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【白堊の防壁と空の要塞】

リバティー・アライアンス北米管区、白堊理研第八基地・リトルベース。

地下深くにある第4区画「資材乾燥室」。


そこは基地内で最も湿度が低く保たれた場所であり、精密機器のメンテナンスルームも兼ねていた。


「……天国っす」


ミカ・フォルクス少尉はパイプ椅子に深く腰掛け、天井の空調ファンを見上げていた。

彼女の愛用するスナイパースーツと、分解整備中のクロスレイダーのパーツが温風に吹かれて心地よい音を立てている。


前回の海洋プラント攻略任務は彼女にとって地獄だった。

髪の毛一本一本にまで染み付いた潮の匂い。

スーツの駆動系に噛み込んだ微細な塩の結晶。

それら全てを洗浄し、こうして乾燥した空気に包まれる瞬間こそ彼女にとっての至福の時だった。


「湿気なし、塩分なし。このままここで化石になりたいっす」


ミカが目を閉じかけたその時。


『ミカちゃーん、ご飯だよー!』


基地内通信からフレンダ・ディーコン少尉の能天気な声が響き渡り、静寂をぶち壊した。


「……チッ、騒がしいのが来たっすね」


「今日のメニューはね、前回の任務で捕まえた『ハイドストーム』の足を使った特製イカリングフライだよ!ガルド班長も『歯が欠けるかと思ったわ!』って泣いて喜んでたよ!」


「……それは喜んでるんじゃなくて、悲鳴っすよ」


ミカは重い腰を上げメンテナンス中のハンドガンを組み立てた。

平和だ。

少なくとも、今のこの瞬間だけは。

鋼鉄の鉄道と深海の悪魔を退け、リトルベースには久々の平穏が訪れていたはずだった。

そう、あのサイレンが鳴り響くまでは。


ウゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!!

鼓膜を劈くような警報音が基地に響く。

ただの訓練ではない。

最高レベルの警戒態勢を示す「コード・レッド」のサイレンだ。


「なっ……!?」


ミカの表情が一瞬で戦士のものへと切り替わる。


『総員、第一種戦闘配置!対空防御システム、起動!シールド出力最大だ!繰り返す、これは訓練ではない!』


ヴァネッサ・ヘルシング少佐の悲痛な怒号が、スピーカーの限界を超えて響いた。

ミカは乾燥室を飛び出しハンガーへと走った。

通路ですれ違う整備兵たちの顔は蒼白だ。


何が起きている?

ヴァリアントフォースの襲撃か?

リトルベースは隠蔽フィールドによって守られているはずだ。

ミカが地上へのエレベーターホールに辿り着くとそこには既にフレンダがいた。

口元にフライの衣をつけたまま、その瞳は鋭く天井を睨んでいる。


「ミカちゃん、遅いよ!」


「状況は!?」


「空だよ、空が『真っ黒』なんだ!」


二人が地上に出た瞬間、その言葉の意味を理解した。

空が見えない。

青空であるはずの頭上が無数の「黒い影」によって埋め尽くされていたのだ。


ブブブブブブブブ……ッ!!


不快な羽音のようなローター音。

それは、MSGヴァリアントフォースの空中機動型ヘキサギア。モーター・パニッシャーの大群だった。クワガタムシのような巨大な顎を持ち二基のローターで飛行するその機体は、数百、いや数千機という規模でリトルベースの上空を旋回していた。


まるで、腐肉に群がるイナゴの大群のように。


「な……なんすか、この数は……!」


ミカが呆然と呟く。

数千のモーター・パニッシャーが一斉に高度を下げた。


ズドドドドドドッ!!

空から降り注ぐ機銃と小型ミサイルの雨。

リトルベースの対空砲塔が迎撃を開始するが、敵の数が多すぎて処理しきれない。

砲台が次々と破壊され黒煙が上がる。


『東ゲート、突破されました!地上部隊も侵入、ボルトレックス・ラース多数!数が……防ぎきれません!』


通信機から防衛隊員の悲鳴が聞こえる。空からの爆撃と地上からの波状攻撃。完璧な飽和攻撃だった。


「やりたい放題しちゃって!」


フレンダが叫び愛機ロード・インパルス・アビスへと飛び乗った。


「行くよ、メイ!あいつら全員、叩き落としてやる!」


『了解、フレンダ。敵戦力、測定不能。バイキング形式ですね、食べ放題です!』


インパルスのエンジンが咆哮する。

リヴァイアサン合金で強化された銀色の巨体が、爆炎の中を突っ切る。


ガギィィッ!!

正門を突破してきたボルトレックス・ラースの一体に、インパルスのタックルが炸裂した。


第3世代機同士の衝突だが、アビス装甲の堅牢さを持つインパルスが競り勝つ。

敵機は吹き飛び、後続のパラポーンたちを巻き込んで爆発した。


「地上はいい、問題は上だよッ!」


フレンダはインパルスの首を上げ空を睨んだ。

頭上を飛び回るモーター・パニッシャーたちが、インパルスを新たな標的として認識する。


ヒュンヒュンヒュンッ!!

空から無数のグラップル・フックが射出される。


「うっとおしいッ!」


フレンダはインパルスを跳躍させた。トリック・ブレードを振るい、数機のモーター・パニッシャーを撃墜する。

だが、敵は高さを利用してすぐに離脱してしまう。


「届かない……ッ!降りてきなよ、卑怯者ッ!」


地上の最強の狼であるインパルスだが、翼は持たない。

高い位置からのヒット&アウェイ戦法には、牙が届かない。苛立ちが募る。


「フレンダ少尉、 孤立するっすよ!一旦下がって対空陣地と連携するっす!」


ミカがクロスレイダーで駆けつけ、上空へ向けてライフルを乱射する。

彼女の精密射撃は確実に敵を捉え、バラバラとモーター・パニッシャーが落ちてくる。

だが、焼石に水だ。

撃ち落とした端から、新たな増援が湧いてくる。


「下がりたくても囲まれてるんだよ!」


インパルスの周囲には地上部隊のボルトレックス・ラースが展開し、上空にはモーター・パニッシャーが旋回している。完全な包囲網。


その時。

空を覆うモーター・パニッシャーの群れが左右に割れた。

まるで、王の通る道を空けるように。


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


雲が渦を巻き巨大な影が地上に落ちた。

リトルベース全体を覆い隠すほどの圧倒的な質量。

超巨大空中要塞「ガルーダ」。

それは空を飛ぶ空母というより、空に浮かぶ「城」だった。


船体下部には無数の格納庫と都市を焼き払うための爆撃ハッチが並んでいる。


『……地上の虫ケラどもよ、よく聞け』


空から、増幅された女性の声が響き渡った。

美しく、しかし氷のように冷酷な声。

要塞の主、セイレーン将軍だ。


『我が名はセイレーン。SANATの意志を体現する空の支配者、貴様ら旧人類の抵抗は実に目障りだ』


声と共に、ガルーダの腹部ハッチが開く。そこに見えたのは数百発もの大型航空爆弾の列。


「嘘でしょ……?」


フレンダが息を呑む。


『消え失せろ。美しい青空に、貴様らのような泥に塗れた存在は不要だ』


ヒュオオオオオオ……ッ!!

投下音。

雨ではない、爆弾の壁が降ってくる。

リトルベースの防衛シールドが、最後の輝きを放って展開された。


ズドォォォォォォン!!!

閃光と轟音。

世界が白く染まる。

防衛シールドは数秒持ち堪えたが、圧倒的な火力の前にガラス細工のように砕け散った。


爆弾が基地施設を直撃する。

ハンガーが潰れ、管制塔が折れ、整備工場が炎に包まれる。


「ガルド班長!少佐!」


フレンダが叫ぶ。

爆風がインパルスを襲う。

だが、リヴァイアサ合金の装甲はその堅牢さを証明した。

周囲の建物が吹き飛ぶ中、インパルスだけは瓦礫の中で五体満足で耐え抜いていたのだ。


『装甲温度上昇……。衝撃吸収率、限界。ですがフレームに異常なし。フレンダ、私たちは生きています』


メイの報告が響く。しかしフレンダの心は晴れなかった。

目の前で自分たちの「家」が焼かれている。

それなのに、手が出せない。


「……許さない」


フレンダは遥か上空に浮かぶ要塞ガルーダを見上げた。

届かない距離。絶望的な高低差。


「私の居場所を……美味しいご飯を食べられる場所を!よくも壊したねッ!」


爆撃の第一波が止んだ。

リトルベースは半壊し、至る所から黒煙が上がっている。

MSGVFの地上部隊は瓦礫の山となった基地内へとなだれ込み、残存戦力の掃討を開始していた。


「……撤退っす、少尉。基地機能は喪失したっす、これ以上ここで戦っても無駄死にっす」


ミカがクロスレイダーを寄せ、苦渋の決断を口にする。

彼女のスーツも煤で汚れ、先ほどまでの乾燥した幸せは微塵もない。


「嫌だ」


フレンダが短く答えた。インパルスは一歩も引かない。


「逃げないよミカちゃん。あの空に浮いてるデカブツ……あいつを叩き落とさない限りどこに逃げても同じだよ」


「正気っすか!?相手は高度1万メートル以上っすよ!?どうやって戦うつもりっすか!」


「……飛ぶんだよ」


フレンダの声には狂気にも似た決意が宿っていた。

その時瓦礫の下から通信が入る。


『……ゲホッ、ゲホッ!生きてるか、馬鹿野郎ども!?』


ガルド班長の声だ。

第3整備ハンガーの地下シェルターからの通信らしい。


「班長、無事なの!?」


『当たり前だ、俺達の整備工場は頑丈なんだよ!……おい、フレンダ。お前、今「飛びたい」とか言ったか?』


「言った!あいつの喉元に噛み付く方法があるなら何でもする!」


『……あるぞ。とびっきりの「劇薬」がな』


ガルド班長がシェルターのロックを解除した。

地下からせり上がってきたのはヘキサギア用の装備ではない。


戦前の遺物。

全長20メートルを超える巨大な円筒形の物体。


「大陸間弾道弾用・大型ロケットブースター」


かつて衛星や核弾頭を宇宙へ運ぶために使われていた、純粋な推進力の塊だ。


『こいつをインパルスの背中に無理やり直結する。制御なんざできねぇ、ただ真っ直ぐ、空へ向かって爆走するだけの鉄の棺桶だ』


ガルドが笑う。


『これに乗ってあの空の城に殴り込みをかけろ。できるな?』


フレンダの顔に獰猛な笑みが戻った。


「最高だよ班長!インパルス・ロケットカスタムだね!」


「……待つっす、まさかとは思うっすが……」


ミカが嫌な予感を察知して後ずさる。


「ミカちゃんも一緒だよ!空中で迎撃してくる『ハエ』どもを撃ち落とすのは、世界一のスナイパーじゃなきゃ無理だからね!」


「却下っす!絶対に嫌っす!私は高所恐怖症じゃないっすけど自殺志願者でもないっす!」


「行くよミカちゃん!空の上でのピクニックだ!」


拒否権はなかった。

燃え上がるリトルベースの片隅で、狂気の「成層圏殴り込み作戦」が始まろうとしていた。

翼を持たない狼が、空の王者に牙を届かせるために。


リトルベース第3整備ハンガー、地下カタパルト。

天井のハッチが開き、黒煙に覆われた空が見える。

その発射台に据え付けられていたのは異様な光景だった。


全長20メートルの巨大な円筒形ロケットブースター。

その先端に、ロード・インパルス・アビスが「おんぶ」される形でワイヤー固定されている。

さらにインパルスの腹の下には、ミカのクロスレイダーがまるでコバンザメのようにへばり付いていた。


「……正気じゃないっす、これ完全に『特攻兵器』の見た目っすよ」


クロスレイダーのシートで、ミカが蒼ざめた顔で呻く。

彼女の体は幾重ものベルトで機体に固定されているが、気休めにしかならないだろう。


「大丈夫だって、ガルド班長が『爆発する確率は50%だ』って言ってたし!」


インパルスのコクピットから、フレンダの明るい声が響く。


「半々じゃないっすか!ほぼ死ぬってことっすよ!」


『御託はそこまでだ、馬鹿野郎ども!』


管制室のガルド班長の声が響く。


『敵の第二波が来るぞ、タイミングは今しかねぇ!いいか、ブースターの燃料は90秒分だ。それで高度1万メートルまで駆け上がる。舌噛んで死ぬんじゃねぇぞ!』


「了解!行ってきます、班長!お土産は『雲の上の空気』にするね!」


「私は生きて帰れればそれでいいっす……!」


エンジン点火シークエンス。

インパルスの背中のブースターが低い唸りを上げ始める。


『3……2……1……点火!!』


ズゴオオオオオオオオッ!!!

世界が震えた。

鼓膜どころか内臓まで揺さぶる爆音と共に、巨大な炎の柱が地下施設を焼き尽くす。

強烈なGが二人の体をシートにめり込ませる。


「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」「ひゃっほォォォォォッ!!」


悲鳴と歓喜の叫びを残し、銀色の塊は音速を超えて空へと射出された。


キィィィィィィン……!!

機体は瞬く間に音速の壁を突破した。

周囲の景色が線となって後方へ流れていく。

だが、その進路を阻む黒い雲があった。

MSGVFの空中機動部隊、モーター・パニッシャーの大群だ。


『敵機接近!数、約300!進路上に展開し「壁」を作っています!』


メイからの報告。

敵は自らの機体を盾にしてでもこのロケットを阻止する構えだ。

前方から雨あられと機銃掃射が降り注ぐ。


ガギガギガギッ!!


「うわっ、痛い痛い!メイ、シールド全開!」「前が見えないっす!これじゃ激突して爆発っすよ!」


ミカが叫ぶ。

ロケットは直進しかできない。回避機動など不可能だ。


「ミカちゃん、掃除して!」「無茶言うなっす!この振動の中で!?」


ミカは歯を食いしばり、愛用の対戦車ライフルを構えた。

激しい振動。風圧。スコープの中の景色はブレまくっている。

だが、彼女の強化された視神経が敵の配置を「点」として捉える。


(……予測演算。風速、G、振動補正。……見える!)


ズドンッ!!

ミカがトリガーを引く。

放たれた大口径弾が先頭のモーター・パニッシャーのローター基部を貫いた。

爆発。

敵機が回転しながら落下し、後続の機体を巻き込んで誘爆する。


「一機じゃ足りないっす、まとめて穿つっす!」


ミカは次弾を装填せずクロスレイダーに搭載された「グレーネードランチャー」を一斉発射した。


ドシュシュシュッ!

空中にばら撒かれたグレネードが敵の密集地帯で炸裂する。

炎の回廊が開いた。


「ナイス、ミカちゃん!そこを突っ切るよ!」


ロケットは炎のトンネルを突き抜け、雲を突き破った。

視界が一気に開ける。

目の前に現れたのは空を覆うほどの超巨大な影。


空中要塞「ガルーダ」

その広大な飛行甲板が壁のように迫ってくる。


『燃料残存5%!衝突まであと10秒!フレンダ、減速手段がありません!』「減速?必要ないよ!このまま突っ込む!」「死ぬっすーーッ!!」


フレンダはインパルスの爪を構え、ブースターの出力を最大にした。

ロケットはミサイルそのものと化し、ガルーダの側面装甲へ突入する。


ズドォォォォォォォン!!!

凄まじい衝撃。ブースター部分が要塞の外壁に激突し、大爆発を起こす。

その爆風を利用して、インパルスとクロスレイダーは甲板上へと放り出された。


ガシャァァァン!!

硬い甲板の上を火花を散らしながら滑走する二機。機体は百メートルほど滑って、ようやく停止した。


「……ッ、いっつつ……」


フレンダが頭を振る。

インパルスのアビス装甲がボロボロに焦げているが中身は無事だ。


「……生きてるのが不思議っす」


ミカもクロスレイダーを起こす。

周囲を見渡せばそこは高度1万メートルの世界。

空は濃い藍色に染まり、足元には雲海が広がっている。

そして、猛烈な強風が吹き荒れていた。


だが、感傷に浸る暇はない。

爆発音を聞きつけた要塞の守備隊が、わらわらと集まってきた。


『侵入者ハッケン。排除スル』


甲板のハッチから現れたのはパラポーン・センチネルの大部隊。

そして火炎放射器を装備したパラポーン・イグナイト。

さらに、四足歩行の高速戦闘用ヘキサギア、ジーク・スプリンガーの姿もある。


「ようこそ空の旅へ。って顔じゃないね、みんな」


フレンダがインパルスを立ち上がらせる。

強風で機体が煽られるがリヴァイアサン合金の重さが錨となり、しっかりと甲板をグリップしていた。


『焼き尽くせ!』


イグナイト部隊が一斉に火炎放射を開始する。


ゴオオオォォッ!!

インパルスが紅蓮の炎に包まれる。


「……ふふっ」


炎の中で、フレンダが笑った。


「残念だったね。アビスのマグマに比べればこんなの『ぬるま湯』だよッ!」


炎を切り裂いて銀色の狼が飛び出した。

耐熱装甲は赤熱しているが溶解には程遠い。インパルスの爪がイグナイトたちを薙ぎ払う。


ギャギィッ!!


「熱っ!?」

「何だこの装甲は!?」


混乱する敵兵たち。

そこへミカの精密射撃が飛ぶ。

強風を計算に入れた狙撃がセンチネルの頭部を次々と吹き飛ばす。


「風が強いと弾道計算が面倒っすね。さっさと落ちるっす」


雑魚を蹴散らす二人の前に新たな影が立ちはだかった。

「ジーク・スプリンガー」。

MSGVF製の戦馬型ヘキサギア。

軽量で高機動、甲板の上を滑るように走り回り、両肩のスタンブースターで攻撃を仕掛けてくる。


「速いっ!」


スプリンガーはインパルスの周囲を旋回し、死角から飛びかかってきた。

フレンダが反応するより速く、電撃がインパルスを襲う。


バチチチッ!


『警告、関節駆動系にノイズ!敵機、高機動!こちらの旋回速度を上回っています!』


「チョコマカと!目障りだよ!」


フレンダが爪を振るうが、スプリンガーは風に乗るようにひらりと回避する。

重量級になったインパルスではスピード勝負は分が悪い。


「少尉、そいつをまともに相手しちゃダメっす!ここが『どこ』か忘れたんすか!?」


ミカの声。

フレンダはハッとして周囲を見た。ここは高度1万メートルの甲板。

柵などない。


「そっか、突き落とせばいいんだ!」


フレンダは操縦桿を引いた。

インパルスがわざとバランスを崩し、甲板の縁へとよろめく。


「チャンスだ、畳み掛けろ!」


スプリンガーのパイロットが勝機と見て直線的に突っ込んでくる。


「かかった!」


フレンダはインパルスのトリック・ブレードを足元の甲板に突き刺し、アンカーとして固定。

そして、突っ込んできたスプリンガーの衝撃を真正面から受け止めた。


ガシィィッ!!


「なっ、受け止めた!?」


「重いんだよ、今の私は!」


フレンダはスプリンガーを抱え込むと、アンカーを軸にして柔道の巴投げのように後方へ放り投げた。


「お手、そしてさようならッ!」


ヒュゥゥゥ……

投げ出されたスプリンガーは手足をバタつかせながら雲海の下へと消えていった。

重力という最強の味方が、今のフレンダにはついている。


「一丁上がり!さて、次はどいつ!?」


フレンダが吠える。甲板上の敵は一掃した。

だが、真の脅威はまだ姿を見せていない。

空気が震える。

甲板のさらに上、司令塔の頂上から、巨大な影が舞い降りようとしていた。


『……騒々しい、私の庭で汚い獣が吠えるな』


冷酷な声と共に真紅の翼。いや、白銀に塗装された巨大な竜が降臨する。


「アグニレイジ・ヘヴンズ」


空の王者がその絶対的な威圧感と共に二人の前に立ちはだかった。


ゴオオオォォォッ……!!

高度1万メートル。

成層圏の薄い空気を震わせ、白銀の巨竜が翼を広げた。

「アグニレイジ・ヘヴンズ」

MSGヴァリアントフォースが誇る最強の第三世代ヘキサギア「アグニレイジ」の特別仕様機。

その全身は雲海に溶け込むようなパールホワイトの塗装と、金色の装飾で彩られている。


『……美しいだろう?』


外部スピーカーから陶酔したような女性の声が響く。

要塞司令官、セイレーン将軍だ。


『この空も、雲も、そしてこの機体も。全てはSANATの為に用意された至高の領域。地べたを這いずることしか能のないドブネズミには眩しすぎたか?』


「眩しいっていうか……」


フレンダはインパルスのコクピットで目を細めた。


「脂っこい色だね!霜降り肉みたいでちょっと胃もたれしそう!」


『……下俗が』


セイレーンの声が氷点下まで冷え込む。

アグニレイジの口腔内に膨大なエネルギーが収束していく。


『消えろ、その汚い口ごと焼き尽くしてやる』


ズドォォォォォン!!!

「インペリアル・フレイム」。

アグニレイジの代名詞とも言える超高出力火炎放射が、甲板を舐めるように放射された。

ただの炎ではない。装甲を融解させるプラズマ混合火炎だ。


「熱っ、熱っ!?」


フレンダはインパルスを走らせ、火炎の直撃を避ける。

だが、アグニレイジは空中に滞空したまま、執拗にインパルスを追いかけ回す。

甲板は瞬く間に火の海と化した。


「卑怯っすよ!自分だけ安全圏から一方的に!」


ミカがクロスレイダーから降り、アンチマテリアルライフルを構える。

スコープ越しにアグニレイジを狙うが、敵は常に高速で移動しており、さらにエンジンの排熱で陽炎が発生し照準が定まらない。


ズドンッ!

一発撃ち込むが白銀の装甲に弾かれる。


「硬いッ、通常のライフル弾じゃあの竜鱗は抜けないっす!」


『無駄だ、貴様らの武器など神の座にいる私には届かない』


アグニレイジが急降下し、すれ違いざまに巨大な爪でインパルスを切り裂こうとする。


ガギィィッ!!

インパルスがリヴァイアサン装甲で受け止めるが、衝撃で甲板の端まで吹き飛ばされる。


「くぅ……ッ! 重い!」


『警告。装甲温度、危険域。フレンダ、このままでは蒸し焼きです。敵は空中にいる限り無敵。……どうやって料理しますか?』


メイの声にも焦りが混じる。

空を飛ぶ敵に対し、こちらは飛べない獣。

圧倒的な「高さ」のハンデ。

だが、フレンダは笑っていた。その目は、空を舞う獲物を睨みつける捕食者のそれだった。


「料理法ならあるよ。……焼き鳥にするには、串に刺して『網』の上に乗せなきゃね」


「少尉、まさか……飛ぶ気っすか!?ブースターの燃料はもう空っすよ!」


ミカが叫ぶ。

ここに来るまでに使い切ったはずだ。


「ううん。あと一回……『爆発』一回分なら残ってる!」


フレンダはコンソールを操作し、背中のブースターの安全装置を解除した。

残存燃料の強制燃焼。

それは、推進力というよりは「爆弾」に近い。


「ミカちゃん!あいつの動き、一瞬でいいから止めて!翼でも目でもいい!」「無茶言うっすね!」


ミカは再びライフルを構えた。

吹き荒れる強風。揺れる甲板。高速で舞う竜。

条件は最悪だ。

だが、彼女は「掃除屋」だ。

標的を逃したことはない。

アグニレイジがトドメの一撃を放つべく、空中で静止し、エネルギーをチャージし始めた。


『灰になれ!』


「今っす!」


ミカの集中力が極限に達する。

時間が止まったかのような感覚。

彼女が狙ったのは装甲の厚い本体ではない。

左翼の付け根、可動フレームの隙間にある油圧シリンダーの一点。


ズドォォン!!

乾いた銃声。

放たれた弾丸は風を切り裂き、アグニレイジの左翼関節に吸い込まれた。


バキィッ!!


『ガアアアッ!?私の翼がァァッ!?』


バランスを崩したアグニレイジが、空中で大きく傾く。

その一瞬の隙。


「いただきまァァァす!!」


フレンダが起爆スイッチを叩いた。

背中のブースターが爆発的な推力を吐き出し、そして自壊した。

その衝撃を全て推進力に変え、ロード・インパルス・アビスが空へと射出される。

銀色の弾丸は重力の鎖を引きちぎり、神の座にいる竜へと届いた。


ガブゥッ!!!

インパルスの顎が、アグニレイジの長い首に食らいついた。

牙が装甲を貫き、食い込む。


『なっ……!?貴様、飛んだのか!?この鉄屑で!』


「飛んだんじゃない!食らいつきに来たんだよ!」


フレンダはスラスターを逆噴射させた。

インパルスの重量がアグニレイジの首にのしかかる。


「落ちろォォォッ!!翼をもがれた竜は……ただのトカゲだよッ!!」


ズズズズンッ!!!

数トンの質量に引きずられ、アグニレイジは高度を失う。

抵抗する間もなく、二機はもつれ合いながらガルーダの甲板へと墜落した。


ドガァァァァァン!!!

甲板に巨大なクレーターが生まれた。

アグニレイジは背中から叩きつけられ、その上にインパルスが馬乗りになっている。


『ぐ、あぁ……。馬鹿な……私が……地に堕ちるなど……』


セイレーン将軍のうめき声。アグニレイジの翼は折れ、美しい白銀の塗装は剥がれ落ちていた。


「チェックメイトだね、将軍様」


フレンダがインパルスの爪をアグニレイジのコクピットに突き立てる。


『……殺せ。だが、タダでは死なん!』


セイレーンが自爆コードを入力しようとしたその時。

バシュッ!

ミカのクロスレイダーが駆けつけ、アグニレイジの頭部センサーを破壊した。

さらにコックピットからセイレーンを引きずり出す。


「自爆なんてさせないっすよ。この要塞の制御キー、貰うっす」


ミカはセイレーンを拘束し、要塞のメインシステムへのアクセス権を奪い取った。

だが、戦闘の衝撃でガルーダの動力炉は既に暴走を始めていた。


ウゥゥゥゥゥン……!!

足元から不気味な振動が響く。要塞がゆっくりと傾き始めた。


「やばいっす、落ちるっすよ!」


「脱出だ!ミカちゃん、あそこに輸送機がある!」


甲板の端に係留されていた、小型の物資輸送機。フレンダとミカはそれぞれの機体を駆り、輸送機のハッチへと滑り込んだ。


「セイレーン!あんたも来なよ!」


フレンダが叫ぶが、セイレーンは折れたアグニレイジの傍らに立ち尽くしていた。


『……断る。空を失った私に、生きる価値などない』


彼女は崩壊する要塞と共に、雲海の中へと消えていった。

それが、空の王者を気取った者の最後の矜持だったのかも知れない。


輸送機がガルーダから離脱した直後。

空中要塞は爆発四散し、無数の火球となって地上へ降り注いだ。

その残骸は誰もいない荒野へと落ちていった。

リトルベースへの直撃は回避されたのだ。


「……終わったっすね」


輸送機のカーゴルーム。

ミカはシートに深く沈み込み、震える手でヘルメットを脱いだ。


「高度1万メートルからのダイブに、空中戦……。もう一生分の高所は味わったっす」


「あはは、楽しかったね!」


フレンダはインパルスのコクピットから出て、非常食のレーションを取り出した。

アグニレイジ戦の熱でちょうどよく温まっている。


「いただきまーす!」


パクッ、と一口。


「ん~、美味しい!高いところで食べると空気が薄いから味付けが濃く感じるのかな?3割増しで美味しいよ!」


「それは少尉が単にお腹空かせてるだけっす」


ミカは呆れつつも、窓の外に広がる青空を見上げた。

黒い雲は晴れ、太陽が輝いている。


守り抜いた地上の「家」へ帰る時が来た。


「帰ったらまた乾燥室にこもるっす」


「えー、お祝いのパーティーしようよ?焼き鳥パーティー!」


「素材は落ちちゃったじゃないっすか」


「あ、そうだった!もったいないことしたなぁ」


悔しがるフレンダと冷めた目でツッコむミカ。

輸送機は白い航跡を描きながら白堊の基地へと降下していった。

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