骨になりたい清掃員
太陽は一層熱くなり地は焼きあがって池の水はなくなり、冷たい水の底から出てきたのは人間の白骨化した骨。そして私はこの骨の持ち主の特定と犯人捜しを命じられた。
(一つずつ確認しよう)
「あの、この池の管理は普段誰が?」
「この池は長い間放置されていたと聞いている」
この遺体は最近のものではないのだろうな。
池は日陰で水は冷たく、池底は泥が多くて深い……この条件なら白骨化には多少時間がいるな。
冷たい水、泥、低酸素、時間。
これらの要素が白骨化を遅くするはず。
「ちなみに長期とはいつ頃からですか?」
「たしか、十数年は誰も管理していなかったそうだ」
なるほど……どうも私が考えるより長くこの遺体は池にあったようだ。この骨は冷たい水の中で放置され何年も誰にも見つけてもらえず一人沈んで隠されていた。
きっと無念だったはず……
自然と眉は下がり、手に力が入り赤くなる。
これは与えられた仕事だ………感情はいらない。
感情を心の奥に沈めて話を続ける。
「あと、この後宮で十数年前に行方不明になった方はいますか?」
男は腕を組み思考していた。
その様はやけに絵になっていた。
いったいどれほど上の方なのだ?
(いや…やめておこう)
考えても関係ない。
上の時点で雲の上の存在だ。
私は従うのみだ。
「いる……一人だけ」
男は静かに呟き深く記憶の中を潜るように言う。
(きっと大切な思い出なのだろうな……)
表情を柔らかくしていた。
「その方は知り合いですか?」
「ああ……下級妃だが、優しくまっすぐな人だった……」
それは記憶の残滓だろう。
「その女性かもしれないですね」
「……何か証拠があるのか?」
証拠?
そんなものはない。
だが限りなく高確率に近づけることができるはずだ。
「その女性は身長は何センチでしたか?」
「155くらいだったはずだ」
メジャーで骨の身長を測るとメジャーの数字は156を指しており、完全に誤差の範囲内だった。
そして彼女の服装は下級妃の服装。
「この遺体は状況から見て十数年前の可能性があります。そして身長の一致。そして最後に彼女の服装ですが……」
「もういい…」
男は弱々しく私の言葉を遮る。
(辛かったのか………)
「すみません……」
「……構わない……続けろ」
「かしこまりました」
私は視線を池の近くの建物に向ける。そこは中級妃の一人が住んでいる建物が立っており、池からは近くて距離も離れていない。
目と鼻の先だ。
「あそこに住んでいる中級妃が犯人の候補ですが……」
この距離なら女性でも遺体を運ぶことが可能だろう。しかし、彼女が犯人だと言う証拠はない……
他の者の可能性もあるし、見つかるリスクがあっても遠距離から運ぶこともなくはない。
___つまり中級妃じゃない可能性もある。
そのことを裏付けるように男が告げた。
「……彼女はその性格から当時幼かった帝の子供に懐かれていた。それを疎む者もたくさんいたらしい……中級妃以外にもな」
つまり中級妃が犯人と限らない上、彼女以外の犯行の方が自然な答えか……
仮説はゆらぐ。
(彼女じゃないの?)
目の前の骨に聞く。
しかし答えは返ってこない。
(くるはずもないか………)
そうして優しく骨を撫でると撫でた箇所は妙なざらつきがあった。
(これは……一部が削れてる?)
同じ方向にすり減っているようだ……場所は後頭部や背中、左右の腕の骨。
そうか……そう言うことか……
「やはり、中級妃かもしれないです……」
「他の者の可能性は消えたのか?」
「いえ、ですが極端に低いです」
「どう言うことだ?」
彼女の犯行の確証になるものが存在しないはずだったが、骨が教えてくれた。
「骨が浅く削れています。これはおそらく引きずった跡でしょう」
骨は浅く削れていた。
それは説明ではなく“状態”だった。
私がそれを「引きずり」と呼んだのではなく骨がすでに「引きずられた形」をしていた。
私は骨のそれぞれ削られている箇所を指差す。
「足を持って引きずったのでしょう。遠くから引きずってきたのなら骨は深く削れますし、複数人なら引きずった跡はつかない」
「他の者の可能性は………」
「やはり可能性は低いです」
「なぜだ?」
「動機がある人たちの中で彼女が唯一池の近くに住んでいて、それ以外の女官などは動機がないからです」
「そうか…………」
男は下唇を軽く嚙み少し震えていた。まるで自分を責めているように。
(彼は悔いているのだろうか?)
下級妃を守れなかったことを。
しかし、男は見た目の年齢的にその時は小さかったはず。無理もない。
「……あなたは幼かったのでしょう」
言葉はそれだけだった。
慰めにならないことくらい分かっていた。
それでも、何も言わないよりはましだと思った。
「……気づいていたのか?」
「はい…」
「そうか……」
男は黙ってしまう。
最良なのかは分からない……けど、そばにいた。きっとあの下級妃ならそうしたのだろうから。
「……人前では俺のことは検察官の王と呼べ……」
「かしこまりました……王様」
「王でいい。様はやめろ」
「はい。王」
「お前の名前は?」
「蓮華と言います」
「分かった、これからはそう呼ぶ」
私は会話の意味が解らなかったが、意味など分かっても無駄だ。雲の上の人の考えなど神様同然なのだから。
そうして後日、王主導で池近くの中級妃の取り調べが行われた。
「あなたが殺したのか?」
王は中級妃の目から視線を逸らさず彼女に問いかける。
「……はい」
彼女は素直に自白。王はこれに困惑した。
何せ物的証拠はない。それは彼女もわかっているはずだ。なのになぜだ?
「なぜ、否定しない?」
「……もう、疲れましたから……」
十数年の間、池に下級妃がいたこと。それはおそらく彼女を蝕んだのだな。
「なぜ殺した?」
彼女は魂が抜けたように語りだした。
「彼女は優しかったのです……私にも」
「それでも殺した……なぜだ?」
「誰にでも笑うのです……優しく暖かく」
彼女はふと池の方向を見て告げる。
「殺すつもりなんてなかったのです……ただ」
彼女は小さく笑った。
____彼女になりたかった……
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