第5話 進化
第5話です。
外の世界へと少しずつ踏み出していきます。
「行ってくるのー!」
元気よく手を振って、ルミナが靄の外へ飛び出していく。
「……先行する」
ノクスも一言だけ残し、静かに後を追った。
(……マジで行った)
取り残される。
当然だ。自分は動けない。
(……頼むぞマジで)
初の“外”。完全に未知だ。自分の感覚がどこまで届くのかも分からない。
だが――
(……あ、見える)
うっすらと、繋がっている。
視界、というより感覚に近い。ぼやけているが、二人の位置が分かる。
ルミナは速い。軽い。ぴょんぴょんと跳ねながら進んでいる。
ノクスは対照的だ。地面を滑るように、無駄なく移動している。
(……性格出てんな)
どうでもいい感想が浮かぶ。
だが、その直後。
「うわぁ……」
ルミナの声。
(……何だ?)
視界が、少しだけ鮮明になる。
そこは――洞窟の外だった。
光。
まともに見るのは初めてだ。
(……明るっ)
思わずそう思う。靄の中とは別世界だ。
空はくすんでいるが、それでも“広い”。空間の広がりが段違いだ。
「主様ー、外すごいのー!」
ルミナがはしゃぐ。
「広いのー!明るいのー!」
(うるせぇな)
だが、少し分かる。
自分も同じ反応をしているはずだ。
「……静かに」
ノクスが小さく制止する。
「索敵優先」
(お、仕事してる)
安心感がある。
その時。
ノクスの動きが止まった。
(……ん?)
「……気配」
小さく呟く。
ルミナもぴたりと止まる。
「……何かいるの?」
(……来たか)
初接触。
緊張が走る。
ノクスが視線を向ける先。
岩陰。
そこから――
人影が現れた。
(……人?)
いや、違う。
人に似ているが、どこか歪だ。皮膚の色が悪い。目が濁っている。
装備も粗い。だが、武器は持っている。
(……モンスターか?)
判断がつかない。
「……対象、低位個体」
ノクスが冷静に分析する。
「脅威度、低」
(助かる)
いきなりボスはやめてほしい。
だが――
相手も気づいた。
ルミナたちを見て、目が見開かれる。
そして――
「……ッ!」
叫びながら、突っ込んできた。
(うわ来た)
初戦闘。
ルミナが一歩前に出る。
「やるのー!」
(いや待て待て待て)
止める間もない。
相手が武器を振り上げる。
ルミナに向かって。
(危な――)
その瞬間。
ノクスが動いた。
スッ、と前に出る。
無駄のない動きで、間に入る。
「……遅い」
短い一言。
次の瞬間。
相手の動きが止まった。
(……は?)
気づいた時には、もう終わっていた。
何をしたのか分からない。
ただ、相手の体が崩れ落ちる。
力なく、地面に倒れる。
(……強くね?)
あっさりしすぎて逆に怖い。
「やったのー?」
ルミナが首を傾げる。
「……終了」
ノクスは淡々としている。
(いやマジで何したの)
理解が追いつかない。
だが一つだけ分かる。
(……戦えるな、こいつら)
想像以上だ。
その時。
倒れた相手の体が、ゆっくりと崩れ始めた。
(……あ)
見覚えのある光景。
影と同じ。
形を失い、溶けるように――
流れは、来なかった。
(……ん?)
いつもなら、自分の元に来るはずのそれが、来ない。
その場で消えるだけ。
(……外だとダメなのか?)
考える。
距離か?範囲か?
それとも――
(……あの靄の中じゃないとダメ?)
可能性が高い。
つまり。
(外で倒しても、俺には入らない)
ちょっと困る。
(……まあでも)
逆に言えば。
(あの中に持ってくればいい)
思考がそっちに向く。
その時。
「主様ー!」
ルミナがこちらを向く。
「これ、どうするのー?」
倒れた“それ”を指さす。
(……運べるのか?)
「……可能」
ノクスが短く答える。
(マジか)
便利すぎる。
なら――
(……決まりだな)
外で見つける。
中に持ち込む。
取り込む。
(……効率いいな)
完全に狩りの構造が出来上がる。
その時。
遠くから、別の音が聞こえた。
(……まだいる?)
複数。
足音。
さっきのとは違う。
もっと統率された動き。
(……これ)
嫌な予感。
ルミナも気づいたのか、少しだけ声を潜める。
「……いっぱい来るの?」
ノクスが静かに頷く。
「……集団」
(……おいおい)
初探索でこれか。
(……まあでも)
さっきとは違う。
今は――
(……こっちも二人いる)
完全な一人じゃない。
それだけで、少しだけマシだ。
「主様、どうするのー?」
(……どうするか、ね)
一瞬考えて。
答えはシンプルだった。
(……試すか)
「……誘え」
「おー!」
「……了解」
即座に動く。
ルミナがわざと姿を見せる。
ノクスが影に隠れる。
(……いいなこれ)
連携が取れている。
そして――
新しい“狩り”が始まる。
「こっちなのー!」
ルミナがわざとらしく声を上げる。
岩陰から飛び出し、ぴょんと跳ねる。
その背後――
来た。
さっきの個体よりも数が多い。武器を持った、人型の群れ。
(……マジで来たな)
足音が増える。視界の端で、次々と影が動く。
「……十分」
ノクスが短く呟く。
その瞬間、動いた。
音もなく、群れの中へ。
そして――
崩れる。
ひとつ。
またひとつ。
(……えぐ)
何をしているのか見えない。ただ、結果だけが出る。
気づけば、数が減っている。
「ルミナもやるのー!」
ルミナが突っ込む。
動きは荒い。だが速い。
正面からぶつかり、そのまま押し切る。
(……こっちも強ぇな)
役割がはっきりしている。
ルミナは前。ノクスは裏。
(いいコンビじゃねぇか)
だが――
問題はそこじゃない。
(……運べるか?)
倒すのはいい。だが、取り込めなければ意味がない。
その時。
「主様ー!これ運ぶのー!」
ルミナが一体を引きずる。
(おお、いけるのか)
そのまま、洞窟へ向かう。
ノクスも無言で一体担ぐ。
(……効率いいな)
外で狩る。
中に運ぶ。
取り込む。
単純だが、強い。
⸻
しばらく後。
次々と運ばれてくる“それ”。
靄の中に入った瞬間――
崩れる。
そして、流れ込む。
(……やっぱこれだな)
外ではダメ。中なら確実。
吸収。
吸収。
吸収。
(……多いな)
量が違う。
さっきのボス一体分とは比べものにならない。
積み重なる。
満ちていく。
(……また来てるな、これ)
あの感覚。
溢れる寸前の、不安定な状態。
(……進化か?)
言葉が浮かぶ。
理由は分からない。だが、そうとしか思えない。
そして――
(……来る)
限界を超えた。
瞬間。
内側で、何かが弾けた。
(っ……!?)
視界が歪む。
感覚が変わる。
今まで繋がっていたものが、一度バラバラになって――
再構築される。
(……何これ)
崩れる。
だが、壊れているわけじゃない。
“作り直されている”。
骨。
肉。
繋がる。
埋まる。
形になる。
(……動く?)
今までなかった感覚。
“動かせる”という前提。
試す。
わずかに――
何かが動いた。
(……マジで?)
確信に変わる。
今までと違う。
壊れていたものが、繋がった。
完成に近づいた。
その時。
「主様……?」
ルミナの声。
少しだけ不安そうだ。
「……変化、確認」
ノクスもこちらを見ている。
(……ああ)
自分でも分かる。
変わった。
明確に。
さっきまでの“死体みたいな何か”じゃない。
(……これ)
言葉にする。
(……ドラゴン、か?)
完全ではない。だが、明らかに“それ”に近い。
形。
構造。
存在感。
(……戻ってきてる)
ゾンビから、次の段階へ。
進んだ。
「主様ー!なんかすごいのー!」
ルミナがテンションを上げる。
「さっきより“主様っぽい”のー!」
(どういう評価だそれ)
だが否定できない。
「……出力上昇、確認」
ノクスが冷静に分析する。
「瘴気濃度、増加」
(あー……)
それも分かる。
周囲の靄が、さらに濃くなっている。
範囲も広がっている。
(……やりすぎたか?)
少しだけ不安になる。
だが同時に――
(……強くなってる)
確かな実感。
さっきまでとは別物。
できることが増えている。
(……これなら)
外の相手にも、もう少し対応できるかもしれない。
その時。
ふと、気づく。
(……あれ?)
視界。
今までより、はっきりしている。
いや、それだけじゃない。
(……角度、変わってね?)
少しだけ、“視点”が動いている。
(……まさか)
試す。
意識を向ける。
前へ。
――わずかに、動いた。
(……動いた!!)
初めての“自発的な移動”。
ほんの僅かだが、確実に。
(……来たな)
ここが分岐点。
完全な固定からの脱却。
(……やれること増えすぎだろ)
笑いそうになる。
怖さもある。だが、それ以上に――
(……楽しくなってきたな)
ゲーム感覚が戻ってくる。
強くなる。
できることが増える。
次へ進む。
単純で、分かりやすい。
「主様ー!次どうするのー?」
ルミナが聞く。
ノクスも静かに待つ。
(……次、か)
一瞬考えて。
視線を外へ向ける。
あの広い空間。
未知の存在。
(……決まってるだろ)
「……広げる」
「おー!」
「……了解」
即答。
(……行くか)
引きこもりだったはずの自分が。
少しだけ、“外”に興味を持ち始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
できることが増え、状況も少しずつ変わってきました。
次回もよろしくお願いします。




