第4話 ファーストキスは死の味
第4話です。
少しずつ力を得てきた主人公に、大きな変化が訪れます。
来た。
さっきの個体とは、格が違う。
靄の奥から現れたそれは、同じ四足の形をしているはずなのに、“重さ”がまるで違った。近づくだけで、空気が押し潰されるような圧迫感がある。
(……でけぇ)
視界いっぱいに広がる影。自分と同じくらい、いやそれ以上かもしれない。
(同格……?いや、やめろその考え)
勝てる気がしない、という感覚が先に来る。
だが――来る。
迷いなく、一直線に。
(いやいやいや、待てって)
引き寄せる必要すらない。向こうが勝手に来る。
地面を踏み砕くような音と共に、距離が消える。
(うわ無理)
そして――
噛みつき。
衝撃が走る。今までとは比べものにならない圧力。削られる量も桁違いだ。
(うわああああああ!!)
痛みはない。だが、“なくなっていく”感覚だけがはっきり分かる。
噛まれる。食われる。引きちぎられる。
(ちょ待て待て待て待て!!)
視界の端に、自分の“口元らしき部分”が映る。さっきまで崩れていたそこが、今は明らかに“形”を取り戻している。
(……再生、してる?)
気づくのが遅い。
その直後、そこを狙われた。
ガブリ、と。
(やめろぉぉぉ!!)
削られる。持っていかれる。だが同時に、じわじわと再生している。
(追いついてる……?いやギリだこれ)
拮抗している。だが、このままじゃ負ける。
量が違う。向こうの方が“食う力”が強い。
(無理無理無理無理!!)
思考が暴れる。
毒は?効くか?
(……効いてない)
動きが鈍る気配はある。だが止まらない。さっきの個体より耐性が高い。
(終わった……)
削られていく。削られていく。削られていく。
体がどんどん小さくなる。
(あ、これ普通に食い切られるやつだ)
その時――
ふと、距離が近すぎることに気づいた。
(……近くね?)
顔。
顔が、ほぼ密着している。
噛みついているから当然だが、それ以上に“近い”。
(これ……)
一瞬、バカみたいな考えが浮かぶ。
(キスじゃね?)
次の瞬間、自分でツッコむ。
(いや何言ってんだ俺)
だが、その“近さ”が引っかかる。
今までと違う。ここまで密着したことはない。
(……中、狙える?)
外からじゃ効きにくい。なら――
(内側ならどうだ?)
即席の仮説。
考えるより先に、やるしかない。
(……行くぞ)
意識を、口元に集中させる。
再生しているその部分に、“何か”が溜まる感覚。
(なんだこれ……)
分からない。だが、出せる気がする。
(……吐け)
次の瞬間。
“それ”は出た。
濃い、重い、どす黒い何かが、相手の口内へと直接流れ込む。
距離はゼロ。
逃げ場なし。
(うわくっさ)
自分で思う。
(これ絶対やばいやつだろ)
ほんの一瞬の静止。
そして――
ビクン、と相手の体が跳ねた。
(……来た?)
さらに押し込む。
吐く。
流し込む。
そのまま――
内部で、何かが“崩れた”。
ぐちゃ、と嫌な音。
外からじゃない。内側から。
(うわぁ……)
引く。だが止めない。
そのまま続ける。
やがて、力が抜けた。
噛みついていた顎が緩む。
そして――
崩れた。
内側から溶けるように、形を失っていく。
(……勝った?)
ゆっくりと、流れ込んでくる。
重い。濃い。今までで一番。
(……マジか)
現実感が追いつかない。
さっきまで食われかけていたのに、今はもう終わっている。
(……キスで勝った?)
結論がそれになる。
(いや意味分からん)
だが事実だ。
距離ゼロ。内部直撃。
それで倒した。
(……これが俺の必殺技?)
一瞬の沈黙。
(……最悪だろ)
でも強い。
めちゃくちゃ強い。
(ゾンビブレス……?いや口臭?)
ネーミングに悩む。
どうでもいいが、重要な気がする。
(……まあいいか)
勝った。それでいい。
だが――
ふと、思い出す。
(……そういや)
顔が近かった。
完全に重なっていた。
(……これ)
結論。
(ファーストキス、あれか?)
沈黙。
(……いや相手バケモンなんだが)
ツッコミが追いつかない。
現世でもしたことなかったのに、まさかこんな形で使うことになるとは思わなかった。
(……終わってるな俺)
だが同時に、笑いそうになる。
状況が意味不明すぎる。
(まあ……生きてるし、いいか)
それだけで十分だ。
そう思った時。
体の奥で、何かが“満ちる”感覚があった。
(……あ?)
さっきまでとは違う。
もっと大きい。
もっと“余っている”。
(……溢れてね?)
嫌な予感と、期待が同時に湧く。
次の変化が、すぐそこまで来ている。
満ちている。
さっき取り込んだ“あれ”のせいだ。明らかに今までと違う。量も、質も、全部。
(……多すぎね?)
内側に収まりきっていない。押し出されるような感覚。じわじわと、どこかへ流れようとしている。
(これ、やばいやつか?)
放っておいたら暴発しそうな、不安定さ。
だが同時に、“使える”気もする。
(……これ、出せるのか?)
さっきの“吐く”感覚とは違う。もっと形のある何か。
意識を向ける。
内側の“余り”に。
(……どうすんだこれ)
イメージ。
そう、イメージだ。
今までの流れ的に、それっぽい。
(……なんか、形にする感じ?)
ぼんやりと考える。
何を作る?
武器?無理。自分動けないし。
分身?いや怖い。
(……じゃあ)
ふと、思い出す。
現世。
部屋。
モニター。
配信。
(……あー)
いた。
ずっと見てたやつ。
元気で、明るくて、ちょっとバカっぽくて、でも可愛い。
もう一人。
無口で、クールで、たまに毒吐くけど、それがまた良いやつ。
(……あれ、よくね?)
考えた瞬間、形が定まる。
白。軽い。明るい。
黒。重い。静か。
(……いける気がする)
溢れている“それ”を、押し出す。
外へ。
形を与えて。
(……出ろ)
ぐにゃり、と空間が歪んだ。
靄が集まる。
圧縮される。
そして――
“落ちた”。
ぽすん、と軽い音。
(……出た?)
視界を向ける。
そこにいたのは――
「……ん?」
小さい。
まずそれが最初の感想。
人の形。だが、かなり小さい。
白い髪。短めのボブ。青い瞳。やたらフリフリした服。
そしてもう一つ。
少し離れた場所に、もう一人。
黒い髪。長い。紫の瞳。ゴスロリっぽい服。
(……マジで出た)
思った以上に、そのままだった。
(いや再現度高くね?)
細かいディテールまでしっかりしている。完全に“それ”だ。
問題は――
「……主様?」
喋った。
(喋った!?)
白い方が、こちらを見上げている。
ぱちぱちと瞬きをして、次の瞬間。
「主様なのー!?」
テンションが跳ねた。
(うるさっ)
声でかい。
小さいくせに声だけ元気だ。
その横で、黒い方がゆっくりと立ち上がる。
「……確認。魔力波長、一致」
淡々とした声。
こちらを見る目が、やけに冷静だ。
「……主と認識」
(なんかクール系来た)
バランスがいい。
いやそんなこと考えてる場合じゃない。
(いや待て待て待て)
状況整理。
今、自分は。
ゾンビドラゴンっぽい何か。
動けない。
で、目の前に。
幼女が二人。
(……終わってるなこれ)
頭を抱えたくなるが、そもそも抱える手があるかも怪しい。
「主様ー!見て見てー!」
白い方がぴょんぴょん跳ねる。
「ちゃんと動けるのー!」
元気すぎる。
「……騒がしい」
黒い方が小さくため息をつく。
「最低限の行動は可能。問題なし」
こっちは落ち着いている。
(……なんでこんな差ついた?)
同じように作ったはずだが、性格が分かれている。
まあ、元ネタ的にはそんな感じだった気もする。
「主様、名前はー!?」
白い方がぐいぐい来る。
(名前?)
考えてなかった。
(……まあいいか)
直感でいく。
(光と闇、みたいな感じで)
「……ルミナ」
白い方がぴたっと止まる。
「……え?」
「お前、ルミナ」
一拍。
「ルミナなのーー!!」
爆発した。
「やったのー!!主様ありがとうなのー!!」
(うるさっ)
めちゃくちゃ喜んでる。
その横で、黒い方がこちらを見る。
「……では、私は」
(こっちは分かるだろ)
「……ノクス」
「……了解」
静かに頷く。
「ノクス。主に従う」
(落ち着いてんなぁ)
対照的すぎる。
だが――
(……使えるかもな)
動けない自分に対して、“動ける存在”。
しかも、意思疎通可能。
(これ、かなりデカいぞ)
戦力的にも、情報的にも。
その時。
「主様ー!」
ルミナがこちらに抱きつこうとして――
途中で止まった。
「……あれ?」
ぴた、と空中で静止。
(……ん?)
「……近づきすぎ」
ノクスが小さく言う。
「瘴気、濃度高」
(あ)
理解する。
自分の周囲。
あの靄。
あれは――
(……普通に危険エリアか)
「ルミナ、離れろ」
「えー?」
不満そうにしながらも、少し距離を取る。
「主様、近くダメなのー?」
(ダメだろ多分)
むしろ死ぬ。
(……危ねぇなこれ)
味方にも危険。
完全に“ボス部屋”。
だが同時に。
(……守りやすいな)
この中なら、自分が圧倒的に有利。
そして外で動けるのは、こいつら。
(……いいなこれ)
戦力が揃った。
ようやく、“一人じゃない”。
「主様ー!何するのー?」
ルミナが元気に聞く。
ノクスも静かにこちらを見る。
(……何するか、か)
一瞬考えて。
結論は、シンプルだった。
(……とりあえず)
「……探れ」
「おー!」
「……了解」
即答。
いい返事だ。
(……いやマジで来たなこれ)
引きこもりドラゴン。
+眷属二人。
(……やっていける気がしてきた)
ほんの少しだけ。
そう思えた。
読んでいただきありがとうございます。
ここから一気に出来ることが増えていきます。
少しずつですが、物語も動き始めます。




