第3話 食われたけど勝った
第3話です。
少しずつ状況に慣れてきた主人公ですが、今度は“想定外”が起きます。
来ている。
さっきまでの“影”とは違う。形を保っている。崩れない。重い気配を引きずりながら、確実にこちらへ向かってくる。
(……いや、あれ無理じゃね?)
動けない。逃げられない。引き寄せるとかいう都合のいい力も、あれに対して使っていいのか分からない。
(来るな来るな来るな)
願いとは裏腹に、距離は縮まる。
靄の中から姿が浮かび上がる。四足。毛皮。鋭い牙。目だけがぎらついている。
(……狼?いや、なんかもっとヤバいやつ)
低く唸る。完全にこっちを見ている。
(いや待て、なんでターゲット俺なんだよ)
逃げる対象がいないからか。それとも、この靄に引き寄せられてきたのか。
どっちにしても――
(詰んだ)
答えは出ている。
そして、来た。
地面を蹴る音。一直線。迷いなし。
(あ、これ死ぬやつだ)
次の瞬間、衝撃。
視界がぶれる。何かが自分にぶつかり、そのまま――
(え、ちょ、待っ)
噛みつかれた。
ぐしゃ、と嫌な感触。自分の“どこか”が抉られる。
(うわああああああ!?)
痛みは、ない。けど、分かる。削られている。持っていかれている。
(食われてる食われてる食われてる!!)
冷静な部分が叫ぶ。
(いや無理無理無理!!どうすんのこれ!!)
反撃?できない。逃走?できない。交渉?できるわけがない。
詰み。
完全に、詰み――
――の、はずだった。
(……あれ?)
異変に気づく。
噛みついたままのそいつの動きが、止まった。
(……ん?)
数秒。
ぴくりとも動かない。
そのまま――
ガクン、と崩れた。
(……は?)
その場に倒れ込む。さっきまでの凶暴さが嘘みたいに、力が抜けている。
そして――
崩れた。
影と同じように、形がほどけていく。
そのまま、流れ込んできた。
(……いやいやいや)
状況が追いつかない。
(え、何?なんで死んだ?)
考える。さっきとの違い。起きたこと。
噛みついた。食べた。
そして――死んだ。
(……あ)
嫌な予感が、形になる。
(もしかして俺……)
少し間を置いて、結論。
(毒持ち?)
沈黙。
(……マジで?)
もう一度状況を整理する。
噛まれた。食われた。相手が死んだ。
自分は無事。
(……いや、強くね?)
さっきまでの絶望が、一気にひっくり返る。
(何それ。俺、触れたら死ぬ系?)
ちょっと待て。それ、めちゃくちゃ危なくないか。
(いやでも……)
同時に思う。
(めちゃくちゃ楽じゃね?)
だって何もしてない。動いてもない。ただそこにいただけ。
それで相手が勝手に死んだ。
(……最強では?)
いや、違う。冷静になれ。
(でもこれ……)
視界の端に、自分の“削られた部分”が映る。
さっき噛まれたところ。確かに欠けている。だが――
すぐに、じわじわと埋まっていく。
(……あ、戻るのか)
さっき取り込んだ分で、補われている。
つまり。
(食われても、取り返せばいい?)
なんだそれ。
(いや、雑すぎんだろこの仕様)
でも、成立している。
むしろ――
(相手が食ってくるなら、そのまま死ぬだけじゃね?)
結論が出る。
自分は動けない。だから相手に来てもらう。
相手が噛む。食う。
その時点で――死ぬ。
(……待ちゲーじゃん)
ゲーム脳が反応する。
(しかもクソ強いタイプのやつ)
ちょっと楽しくなってきた。
(いやいやいや、落ち着け俺)
調子に乗るな。さっきまで普通に死にかけてた側だ。
だが――
事実として、状況は変わった。
(……いけるな、これ)
怖さは消えてない。けど、“どうにもならない”状態ではなくなった。
その時。
また、気配。
(……来た)
さっきと同じような存在。だが今度は、少しだけ違って見える。
(……まあ、やることは同じか)
引き寄せる。
相手が近づく。
噛みつく。
そして――
(はい、終了っと)
崩れる。
流れ込む。
(……マジでこれでいいのか?)
拍子抜けするほど、あっさりしている。
だが、確実に強くなっている。
(なんだこれ……)
笑えてくる。
怖かったはずなのに、今は少しだけ違う。
(……いや、やっぱ怖ぇわ)
結局そこに戻る。
ただ一つ言えるのは。
(……死ぬ気がしねぇ)
さっきまでとは、明確に違う感覚だった
調子に乗った直後、それは来た。
さっきまでと同じ“気配”。だが、重さが違う。濃い。靄の中でも輪郭がはっきりしている。
(……でかくね?)
現れたのは、さっきのやつより一回り大きい個体。筋肉の張りも、目の光も違う。
(まあでも……やること同じだろ)
引き寄せる。
一直線に近づいてくる。
(はいはい、どうぞどうぞ)
余裕ぶる。内心ビビってるが、パターンは分かっている。
噛む→死ぬ→終わり。
簡単な話だ。
そして――
来た。
噛みつき。
ぐしゃ、と削られる。
(うわやっぱ気持ち悪っ)
だが問題はない。ここまでは同じ。
(ほら、ここから――)
止まるはずだった。
崩れるはずだった。
なのに。
(……あれ?)
噛んだまま、離れない。
むしろ――
さらに食いちぎった。
(……は?)
もう一口。
削られる。持っていかれる。
(ちょ待て待て待て待て)
止まらない。
食っている。普通に。
(なんで死なねぇの!?)
さっきのやつは一発で終わった。こいつは違う。
明らかに“効いてない”。
(毒耐性!?そんなのあんの!?)
パニックが走る。
削られる量が増えていく。回復はしているが、追いついていない。
(これ普通に削り負けるやつだろ!!)
焦る。
どうする?どうする?
反撃手段はない。動けない。逃げられない。
(詰んだ詰んだ詰んだ!!)
思考が空回りする。
だがその時。
ふと、さっきの感覚が蘇る。
――引き寄せる。
(……あ)
影を引いた時の感覚。複数を一気に寄せた時の、あの“引っ張る”感じ。
(あれ……こいつにも効くのか?)
分からない。でも、やるしかない。
(……来い)
意識を、相手に向ける。
“引く”。
一瞬、抵抗があった。
(っ……重っ)
今までの影とは違う。引っかかる。だが、完全に無理ではない。
さらに力を込める。
(来い……!)
ぐっと、距離が縮まる。
噛みついていた位置から、無理やり“押し付ける”ように、自分の奥へと近づける。
(もっと近く……!)
靄の、より濃い場所へ。
中心へ。
自分の“中枢”に近い場所へ。
その瞬間――
相手の動きが、鈍った。
(……っ、来たか?)
もう一度、引く。
押し込む。
すると――
ピクン、と痙攣した。
(効いてる……?)
確信はない。だが、さっきまでの余裕は消えている。
さらに押し込む。
(来い来い来い来い)
ぐちゃ、と嫌な音。
さっきまで噛んでいた口が、力を失う。
そのまま――
ガクン、と崩れた。
(……っしゃああああ!!)
内心で叫ぶ。
そのまま、流れ込んできた。
重い。濃い。今までとは比べものにならない量。
(ぐっ……!)
軋む。だが、耐えられる。
取り込む。
繋がる。
埋まる。
そして――
(……勝った?)
静寂。
もう、動く気配はない。
(……はぁぁぁぁ……)
どっと疲れた気がする。体は動いてないのに、精神だけがすり減る。
(マジで焦った……)
さっきまでの余裕が嘘みたいに消えている。
(毒効かないとか聞いてねぇよ……)
いや、誰も説明してないけど。
だが、収穫はある。
(……なるほどな)
理解する。
自分の強みは“毒”だけじゃない。
“場”だ。
この靄。この空間。この中心。
(ここに引きずり込めば、どうにかなる)
逆に言えば――
(外で戦ったら終わりだな、これ)
即座に結論が出る。
自分は動けない。だからこの場がすべてだ。
ここでなら勝てる。
ここから出たら終わる。
(……引きこもり適性高すぎだろ)
妙な納得をする。
その時。
さらに奥。
今までよりもずっと遠く。
明らかに違う“気配”があった。
(……なんだあれ)
さっきの個体よりも、さらに重い。
濃い。
そして――
崩れる気配が、まるでない。
(……いやいやいや)
嫌な予感しかしない。
だが、同時に分かる。
いずれ、来る。
この靄に入れば、例外はない。
ただ――
(……時間の問題か)
少しだけ、準備の時間がある。
そう思うしかなかった。
読んでいただきありがとうございます。
今まで通用していたやり方にも、通じない相手が出てきました。
ここから少しずつ“戦い方”が変わっていきます。




