第2話 動けない理由
第2話です。
まだ動けない状態ですが、少しずつ状況が見えてきます。
また、一つ崩れた。
小さな影が近づき、触れた瞬間に形を失う。そのまま、何の抵抗もなく“中”に流れ込んでくる。
(……またか)
拒む感覚はもう薄い。むしろ、どこかで分かっている。これが続くほど、自分の輪郭がはっきりしていくことを。
実際、さっきよりも“見える”。ぼやけていた景色が、わずかにだが形を持ち始めている。
暗い空間。荒れた地面。ところどころに、くすんだ鉱石のようなものが転がっている。
(ここ……どっかの洞窟か?)
確信はないが、それっぽい。問題はそこじゃない。
(……動けない)
何度試しても同じだ。力を入れる、という感覚はある。だが、何も動かない。まるで地面と一体化しているような、不自然な固定感。
(麻痺……じゃないよな、これ)
試しに、別の方向へ意識を向ける。腕っぽい部分、脚っぽい部分。そもそもそれがどこにあるのか曖昧だが、それでも“動かそう”とする。
――動かない。
(……なんだこれ)
ただ力が足りないわけじゃない。そもそも、“動くための前提”が足りていないような違和感。
その時、また一つ影が崩れた。
流れ込む。
そして――
(……あ?)
ほんの一瞬、何かが繋がった気がした。
視界の端、自分の“体らしきもの”の一部が映る。崩れた骨のようなもの。ひび割れて、ところどころ欠けている。
(……骨?)
人間のそれじゃない。大きすぎるし、形も違う。だが、“壊れている”という感覚だけははっきり分かる。
(もしかして……)
今の状態を、無理やり言葉にするなら。
(壊れてる……から、動けない?)
しっくりきた。
完全じゃない。欠けている。だから動かない。
いや――
(動けないんじゃなくて、“まだ動ける状態じゃない”のか)
その考えに至った瞬間、妙に納得してしまった。
直後、また影が一つ、二つと近づいてくる。
崩れて、流れ込む。
すると、今度ははっきりと分かった。
内側のどこかが“埋まる”。
欠けていた部分が、少しだけ繋がる。
(……これ、直してるのか)
吸っているんじゃない。取り込んでいる。自分を“修復”している。
そう考えると、今までの違和感が一本に繋がった。
(じゃあ……もっと来れば)
思考が、自然とそちらに向く。
さっきまで怖かったはずなのに、今は違う。必要なものを補っている感覚。足りないものを埋めている感覚。
それが分かってしまった以上、もう拒否は難しい。
(……早く、来い)
無意識に、そう思っていた。
次の影が近づく。
崩れる。
流れ込む。
――その瞬間。
(っ……!?)
初めて、“痛み”に近い感覚が走った。
鋭いわけじゃない。だが、確かに内側で何かが軋む。
(今の……なんだ?)
違う。今までと違う。
流れ込んだ何かが、ただ“埋まる”だけじゃない。もっと奥に入り込んでくる。深く、強く、残るように。
そして――
視界が、さらに広がった。
(……見える)
今度ははっきりしている。ぼやけていた景色が、一段階クリアになった。
地面の質感。散らばる鉱石。自分の“体の一部”。
そして――
少し離れた場所に、まだ崩れていない“影”。
(……あれ)
さっきまでと違う。
消えていない。まだ形を保っている。
だが――弱い。今にも崩れそうな、不安定な存在。
(……来るのか?)
影が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
そして、一定の距離に入った瞬間。
崩れた。
――だが、今回は違った。
流れ込む直前、ほんの一瞬だけ、“何か”を感じた。
感情のような、記憶のような、断片。
恐怖。焦り。逃げようとする意思。
(……今の)
理解する前に、それは消えた。だが、確かに“残った”。
(これ……魂か?)
ようやく、言葉が追いつく。
さっきから取り込んでいるもの。それはただのエネルギーじゃない。
“何かの名残”だ。
そう考えた瞬間、背筋が冷える。
(いや待て、それってつまり……)
自分が今やっていること。
それは――
(……食ってる?)
沈黙が落ちる。
否定したい。けど、状況がそれを許さない。
そして何より。
それでも、止める気が起きない。
(……はぁ?)
自分に引く。
だが同時に、理解してしまっている。
これをやめたら、“完成しない”。
動けないまま、終わる。
(……それは、無理だ)
静かに、結論が出る。
怖いとか、気持ち悪いとか、そういう問題じゃない。
生きるために、必要なこと。
だから――
(……来いよ)
次の影を、待つ。
自分から動けない以上、来るものを受け入れるしかない。
そのはずなのに。
ほんのわずかに。
“引き寄せている”ような感覚があった。
(……気のせいか?)
確信はない。
だが――
遠くにいたはずの影が、少しだけこちらに寄ってきた気がした。
違和感は、気のせいじゃなかった。
遠くにあったはずの影が、わずかにこちらへ寄ってくる。ゆっくりと、だが確実に距離が縮まっている。
(……なんでだ)
風もない。地形が動いているわけでもない。それなのに、“寄ってくる”。
試しに、意識を向ける。
(……来い)
半信半疑で、そう思った。
その瞬間――
影が、明らかに加速した。
(……は?)
さっきまでの鈍い動きが嘘みたいに、一直線に近づいてくる。そして一定の距離に入った瞬間、崩れて流れ込んだ。
(……今の、俺がやったのか?)
偶然じゃない。もう一度やれば分かる。
別の影に意識を向ける。
(……来い)
同じだ。引き寄せられるように近づき、触れた瞬間に崩れる。
流れ込む。
(……マジかよ)
理解が追いつく。
自分は、待つだけじゃない。引き寄せている。
しかも無意識じゃない。今のは、明確に“意思”でやった。
(これ……便利すぎるだろ)
同時に、少しだけ怖くなる。
今まで偶然だと思っていたものが、全部“自分の力”だったとしたら。
(いや、でも……)
止める理由がない。
動けない以上、これしか手段がない。そして、取り込むほどに自分が“完成に近づいている”のも事実だ。
(……やるしかねぇか)
意識を広げる。
今までは目の前だけだった感覚が、少し外まで届く。暗闇の中に点々とある“影”の存在が、ぼんやりと分かる。
(あそこにも、あっちにも……)
意識を向ける。
(来い)
複数の影が、一斉に動いた。
ぞわりとした感覚。まるで見えない糸で繋がっているみたいに、こちらへ引き寄せられてくる。
次々に崩れ、流れ込む。
(っ……!)
量が違う。
一つ一つは小さいが、数が増えたことで“重さ”が増す。内側に押し込まれるような圧迫感。
(……でも、いける)
さっきの痛みに近い感覚が走るが、耐えられないほどじゃない。むしろ、耐えた先で確実に“繋がる”のが分かる。
欠けていた部分が埋まる。
歪んでいた輪郭が整う。
そして――
周囲の景色が、一段階はっきりした。
(……見えるな)
暗い空間。岩肌のような壁。散らばる鉱石。ここが洞窟のような場所であることが、ようやく確信に変わる。
同時に、もう一つ気づく。
(……なんか、濃くないか)
空気が重い。視界にうっすらと靄のようなものがかかっている。
さっきからずっと感じていた違和感の正体。
(これ……煙?)
いや、違う。煙にしては動きが遅い。霧にしては重すぎる。
だが、確実に“満ちている”。
その中を、影たちはさまよっている。
(……ああ、これか)
ようやく繋がる。
影が近づいてくる理由。崩れる理由。流れ込む理由。
(この中に入ったから、こうなってんのか)
確証はない。だが直感的に分かる。
この“靄”に触れたものは、長く持たない。
弱いものから崩れていく。
そして――
(そのまま、俺に来る)
ぞくりとした。
つまりここは、ただの洞窟じゃない。
(……俺の周り、全部これで満たされてるのか?)
意識を広げる。
見える範囲すべてに、その靄がある。濃淡はあるが、切れている場所はない。
そしてその中心に、“自分”がいる。
(……発生源、俺じゃね?)
一瞬、思考が止まる。
否定したい。けど、状況がそれを許さない。
影は、この靄の中で崩れる。そして自分に流れ込む。
つまり――
(……これ、俺が出してる?)
確信はない。だが、限りなく近い答え。
もしそうだとしたら。
(ここ、俺の狩り場じゃん……)
言葉にして、自分で引く。
だが同時に、妙に納得している自分もいる。
動けない理由。影が来る理由。吸収できる理由。
全部が繋がる。
(……都合良すぎるだろ)
誰かが用意したみたいな環境だ。けど、今はそれでいい。
生きるための条件は揃っている。
なら――
(……使うしかねぇよな)
意識をさらに広げる。
遠くの影に向けて、“引く”。
微かにだが、反応がある。さっきよりも遠い距離からでも、寄ってくる。
(……範囲も広がってる)
吸収した分だけ、できることが増えている。
単純で分かりやすい。
(これ、やり続けたらどうなるんだ?)
想像はつく。
もっと見えるようになる。もっと繋がる。もっと動けるようになる。
そして――
(……そのうち、動けるか?)
初めて、はっきりとした“先”が見えた。
今はまだ無理でも、いずれ。
その時、自分はどうなっているのか。
(……いや、考えるのやめよ)
深く考えるとろくなことにならない。
今は目の前のことだけでいい。
来るものを引き寄せて、取り込む。それだけだ。
そのはずなのに。
意識の奥に、妙な違和感が残る。
(……なんだこれ)
さっきから、時々混ざる“感覚”。恐怖や焦りだけじゃない、別の何か。
言葉にできないが、確かにある。
そしてそれは、少しずつ増えている。
(……気持ち悪いな)
振り払うように、意識を外へ向ける。
影を引き寄せる。
崩れる。
流れ込む。
繰り返す。
だが――
その中に、明らかに“違うもの”が混ざり始めていた。
重い。濃い。さっきまでのものとは比べものにならない。
(……なんだ、これ)
遠くで、何かが動く。
影じゃない。もっと形を保っている存在。
靄の中でも崩れずに、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
(……おいおい)
嫌な予感がする。
だが同時に、逃げられないことも分かっている。
向こうも、気づいている。
こちらへ、来ている。
(……マジかよ)
初めて、“来るのを待ちたくない相手”だった。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつ“できること”が増えてきました。
次もよろしくお願いします。




