ドラゴンになりたかった
はじめまして。
ドラゴンが好きな人向けの話です。
ゆるめとシリアス両方あります。
それでは、第1話をどうぞ。
ドラゴン。最強の象徴。空を裂き、炎を吐き、すべてを蹂躙する存在。男なら一度は憧れる。――そんな存在に、なりたいと。
(……まあ、俺は家から出ないけどな)
俺は引きこもりだ。仕事はしてないし、友達もいない。外出は月に一回あればいい方。そんな俺でも、今日は違う。
「来る……今日、来るぞ……」
モニターの前で配送状況を何度も更新する。表示されているのは、予約していた新作RPG――『ドラゴンロード』。“ドラゴンを育て、進化させ、世界を支配する”。その一文だけで即予約した。人間としてじゃない。ドラゴン側で生きるゲームだ。
(ついに俺も支配する側か……)
だが、届かない。“配達中”のまま、時間だけが過ぎていく。
「遅ぇ……午前指定だろ……」
焦れても仕方ない。画面を閉じ、視線を逸らすと、風呂場のドアが目に入った。
(……掃除でもするか)
時間潰しだ。どうせ待つだけなら、何かしていた方がいい。そう思って、俺は風呂場に向かった。
湿った空気と、こもった匂い。床にはうっすらとぬめりがある。
「……きったねぇな」
適当に洗剤を手に取る。ラベルもろくに見ないまま、もう一本を重ねた。
(混ぜたら強くなるとか、ゲーム的にありそうだよな)
軽いノリで混ぜた瞬間、白い煙がゆっくりと立ち上る。
「……お?」
一瞬、ためらう。だが、深く考えなかったのがまずかった。
喉に違和感が走る。焼けるような痛み。
「……は?」
息が、吸えない。肺に空気が入ってこない。視界が歪み、足元がふらつく。
(なにこれ、やば……)
踏ん張ろうとして、足が滑った。
――ドンッ。
後頭部に衝撃。床の冷たさが伝わる。視界の端が暗く欠けていく。
(ちょ、待っ……これ……)
体が動かない。呼吸もできない。理解が追いつく前に、意識だけが遠ざかっていく。
(……普通に死ぬやつじゃね……)
最後に浮かんだのは、くだらない後悔だった。
(ドラゴン……やりたかったな……)
そこで、途切れた。
――暗闇。
意識だけが、浮かんでいる。
(……あれ?)
死んだはずなのに、思考は残っている。夢にしては妙に生々しい。
(生きてる……?)
体を動かそうとして、違和感に気づく。手も足も、どこにあるのか分からない。というより、そもそも“ある”のかどうかすら曖昧だ。
(……なんだこれ)
感覚が、ぼやけている。重いような、軽いような。冷たいような、そうでもないような。輪郭が掴めない。
ただ一つだけ分かるのは、周囲の空気が妙に濃いことだ。息をしているのかどうかも分からないのに、どこか息苦しい。
ゆっくりと、意識が外へ広がる。
見えてくるのは、暗い空間。光はほとんどない。地面らしきものはあるが、色も形もはっきりしない。
(……どこだ、ここ)
自分の体を確認しようとしても、視界に映るものは不自然に遠い。距離感が狂っている。
何かがある。大きい。けど、それが自分なのかどうかも分からない。
(いや、待て……これ)
違和感が、少しずつ形になっていく。
重い。広い。普通じゃない。
(……俺、どうなってる?)
確信はない。ただ、ひとつだけ引っかかる言葉が頭に浮かぶ。
――ドラゴン。
(……いや、まさかな)
否定する。けど、その“まさか”が、妙にしっくりきてしまう。
理解は追いつかないまま、意識だけがそこにあった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。暗闇の中で、意識だけがぼんやりと浮かんでいる。
(……動けない)
体を動かそうとしても、反応がない。そもそも“どこが体なのか”も曖昧だ。手も足も感じない。ただ、重い何かがそこにあるという感覚だけが残っている。
(これ……マジでどうなってんだ)
不安だけがじわじわ広がる。その時だった。
――何かが、近づいてくる。
音ではない。気配でもない。ただ、“存在”が近づいてくるような、妙な感覚。
(……なんだ?)
やがてそれは、すぐ近くまで来た。暗くてよく見えないが、小さく蠢く影のようなもの。
次の瞬間、それが崩れた。
音もなく、形がほどけるように消えていく。そして――
流れ込んできた。
(――っ!?)
何かが、内側に入り込んでくる。熱でも冷気でもない。ただ、異物が“自分の中にある”というはっきりとした感覚。
(なにこれ……)
拒絶しようとしても、できない。むしろ自然に受け入れてしまっている。
じわじわと、満たされていく感覚。
同時に、少しだけ――輪郭がはっきりした。
(……見える?)
ほんのわずかだが、視界が開ける。完全ではない。ぼやけているが、それでもさっきまでとは違う。
暗い空間。霞んだ地面。そこに、何かの欠片のようなものが散らばっている。
(今の……あれ、なんだったんだ)
答えは出ない。ただ、さっきの“流れ込んできた何か”が原因なのは分かる。
そして――また、来る。
今度は複数。
小さな影が、ふらふらと近づいてきては、触れた瞬間に崩れていく。そして同じように、内側へ流れ込んでくる。
(おい、待て待て待て……)
止められない。止まらない。拒否する感覚すら薄れていく。
流れ込むたびに、体の“どこか”が変わっていく。
視界が、少しずつ広がる。
感覚が、少しずつ戻る。
(……なんか、増えてる?)
曖昧だった自分の輪郭が、わずかに“形”を持ち始める。
やがて――
視界の端に、光が反射した。
(……あれ)
ぼやけたままの視界に、鈍い光。近くにある、くすんだ鉱石のようなもの。その表面に、何かが映り込んでいる。
(……なんだ、これ)
ゆっくりと、意識を向ける。
映っているのは――
黒い影。
いや、影というより、“塊”。
歪んだ輪郭。崩れた形。ところどころ欠けている。
(……俺?)
はっきりとは見えない。それでも、直感的に理解する。
あれが、“自分”だ。
(いや、ちょっと待て)
異様だ。明らかに、人間じゃない。まともな形でもない。
その時――
視界の中心に、何かが“生えた”。
(……は?)
ぐじ、と音を立てるような感覚。何かが内側から押し出される。
痛みはない。ただ、気持ち悪い。
次の瞬間――
見えた。
さっきまでより、はっきりと。
(……目?)
理解が追いつく。
今、“見えている”のは、その新しくできた何かのおかげだ。
つまり――
(俺……今、目ができたのか……?)
背筋がぞわりとする。いや、背筋なんてあるのかも分からないが、とにかく寒気が走る。
再び、鉱石を見る。
そこに映る“自分”は、さっきよりも少しだけ形を持っていた。
だが、それでもなお――
歪で、巨大で、まともじゃない。
(……これ、人じゃねぇだろ)
当たり前の結論が、ようやく頭に浮かぶ。
そして、同時に思い出す。
最後に考えていたこと。
――ドラゴン。
(……いやいやいや)
否定したい。けど、他に当てはまるものがない。
人間じゃない。小さくもない。普通でもない。
それどころか――
(でかすぎるだろ、これ……)
自分の“体らしきもの”の一部が、視界の端に映る。信じられないほど大きい。崩れているのに、それでも分かる。
規格外だ。
そしてまた、小さな影が近づいてくる。
触れた瞬間、崩れて、流れ込む。
(……これ、もしかして)
理解が、少しだけ追いつく。
(俺……これ、吸ってんのか?)
答えはない。だが、否定もできない。
吸収するたびに、少しずつ“自分”が形になっていく。
欠けていた何かが、埋まっていく。
そして――
もっと、欲しくなる。
(……は?)
今の感覚に、自分で驚く。
怖いはずなのに。気持ち悪いはずなのに。
それでも、“足りない”と思っている。
(いやいやいや、待てって……)
理性が否定する。
だが――
次の影が近づいてきた時。
ほんのわずかに、それを“待っている自分”がいた。
第1話を読んでいただきありがとうございます。
まだ何も分からない状態ですが、ここから少しずつ“変化”していきます。
続きも読んでいただけたら嬉しいです。




