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最強ドラゴンだけどビビりなので勇者に倒してもらいます  作者: マコPON


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第49話 プロデューサーと女の意地

魔王城の最深部、玉座の間。一行が扉を開けた直後、魔王が挨拶代わりに放った一切の予備動作なき先制魔法は、後衛の魔術師を無残にも「消し炭」へと変えた。

完璧な舞台を整えたはずのアルクの思惑は粉砕され、己の無力さを呪う勇者の血を吐くような絶叫が、禍々しい玉座の間に虚しく響き渡る。

圧倒的な絶望が空間を支配する中、しかし「最高のエンディング」を至上命題とするプロデューサーたる竜王は、決してこのままバッドエンドを受け入れるつもりはなかった。

「あ……あああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 玉座の間に響き渡る、光の勇者の慟哭。

 石畳の上には、ドロドロに溶けた杖の先端と、一片の黒い炭だけが残されている。昨日まで共に笑い、共に死線を潜り抜けてきた大切な仲間が、瞬き一つの間にこの世から完全に消滅したのだ。勇者の心は、魔王が放った理不尽な暴力の前に、根元から無惨にへし折られようとしていた。

「……嘆くには早すぎるぞ、勇者よ」

 絶望の淵に沈む勇者の背後から、地の底を震わせるような、重厚で威厳に満ちた声が響いた。

 漆黒の竜鱗に覆われた絶対者、アルクだ。彼は静かに一歩前に出ると、魔術師の残骸であった『消し炭』に向けて、強靭な腕を真っ直ぐに突き出した。

(――ふざけるな魔王!! この魔術師は二重詠唱のような規格外の異能こそ持っていないが、それでも滅多にお目にかかれないほどの希少な大魔力と素質を持った、絶対に失ってはいけない逸材なんだよ! 俺が胃に穴を開けながら必死に守り抜いてきたメインキャストを、こんなところで勝手に退場させてたまるか!! だが、破壊と絶望に特化した竜王の俺一人では、魂を現世に繋ぎ止めることはできても、炭化した肉体を完全に『治癒』することはできない……! ルミナ! 限界まで光の治癒術式を展開しろ! 俺の魔力の底が抜けるまで注ぎ込んでやる!)

『任せるなの主様! ルミナの全力で、絶対に元通りに治してみせるなの!』

 アルクは内心で怒り狂うオタク全開のプロデューサー魂を爆発させながら、竜王としての規格外の魔力を両手に収束させる。そして、その莫大なエネルギーを源泉として、眷属たるルミナが空間に極限の回復術式を編み上げていく。

「時のことわりすらも、我が覇気の前には平伏すのみ。……『蘇生リザレクション』!!」

 アルクとルミナ。二つの強大な力が完全に融合し、神の御業みわざすら凌駕する圧倒的で荘厳な黄金の回復魔法が放射された。

 消し炭となった物質の時間を強制的に巻き戻し、冥界の淵に沈みかけた魂を力ずくで引きずり戻す禁忌の術。ルミナが紡ぎ出す純度百パーセントの光の治癒力が空間を埋め尽くし、次の瞬間、眩い光の中から五体満足な魔術師がゴホッ、と息を吹き返して倒れ込んだ。

「え……? あ、あれ……? 私、たしか一瞬で目の前が真っ白に……」

 状況を把握できずに瞬きを繰り返す魔術師の姿を見た瞬間、勇者の瞳から絶望の色が消え去り、安堵の涙が止めどなく溢れ出した。

「そのまま動くな。……『完全隔離結界』」

 アルクが指を鳴らすと、復活したばかりの魔術師の周囲を、あらゆる物理干渉と魔法を完全に遮断する半透明の球体結界が覆い尽くした。

「ア、アルク……!? 待って、私まだ戦え――」

其方そのほうの役目は、もはや此処で血を流す事ではない」

 アルクは結界の内側で杖を握り直そうとする魔術師に対し、底知れぬ威厳と重圧を込めた竜王の声音で、静かに、しかし絶対の命令を下した。

「その絶対の聖域より、光の勇者が絶望を打ち破る様を、最後までその目に焼き付けよ。そして――後世にこの英雄譚を語り継ぐ『伝承者』となれ。それが、一度死の淵を見た其方に与える、我からの至上命題だ」

(――そう! だからお前は絶対安全なその結界の中で大人しく観戦しててくれ! 希少なキャストなんだから頼むから二度と死なないでくれえぇ!)

 内心の必死すぎる「安全地帯への隔離目的」を、最高にカッコイイ竜王のセリフで完璧にコーティングする。

 その言葉の重みに、魔術師はハッと息を呑み、やがてポロポロと涙をこぼしながら「……わかったわ、アルク」と深く頷いた。

「勇者よ、後顧の憂いなど初めから存在せぬ。……け」

「ああ……! ありがとう、アルク! お前と『なの』精霊がいてくれて、本当に良かった……!」

 大切な仲間を取り戻し、その後ろ盾を得た勇者の瞳に、再び強烈な光が宿る。

 彼は白銀に輝く伝説の剣を両手で構え直し、玉座にて頬杖をつく魔王へと、その切先を真っ直ぐに突きつけた。

「魔王! 卑劣な不意打ちなど、もう二度とさせない! お前のその邪悪な野望は、今日この場所で俺が完全に打ち砕く!!」

 光の勇者による、王道にして完璧な宣戦布告。

 アルクは勇者の背中を見守りながら、密かに隣に立つアイリスの肩に触れた。

(ノクス! アイリス! 今だ!! 勇者がヘイトを買って魔王の注意を引きつけているこの『対話の隙』に、アイリスの『独立した器』を経由して魔力を叩き込むぞ! 内部破壊作戦、決行だ!!)

 アルクの合図と同時に、アイリスの片瞳が妖しく明滅を始める。アルクは勇者に気づかれぬよう、自らの竜王としての超絶的な魔力を、アイリスの器へと一気に流し込んだ。

 視覚パスを通じ、魔王の体内へと直接叩き込まれる破壊のエネルギー。これで魔王の眼球と指先が吹き飛び、勇者の勝率は盤石なものとなる。完璧なシナリオのリカバリーだった。

 ――しかし。

「……ククッ。フハハハハハハハッ!!」

 玉座の間を満たしたのは、魔王の悲鳴ではなく。

 腹の底から湧き上がるような、深く、ひどく愉快そうな魔王の高笑いだった。

「な……何がおかしい、魔王!!」

 勇者が鋭く叫ぶが、魔王の視線は光の勇者など一切見ていなかった。彼が見下ろしていたのは、その後方で顔を青ざめさせている漆黒の竜王――アルクただ一人であった。

(――おかしいぞ、ノクス! 己の指先から魔王へと流し込んだはずの破壊の魔力が、まるで底なし沼に吸い込まれるように完全に消失していく……! 魔力が弾けない!? なんでだ!? 魔王の目玉も指も無傷じゃないか!!)

 アルクが内心で冷や汗を滝のように流していると、影に潜むノクスから氷のように冷たい声が響いた。

『……緊急事態です、主。流し込んだ魔力が、対象(魔王)の体内にて全て『吸収』されています。対象の魔力回路には、予め外部からの魔力侵入を自らの力へと変換する、高度な『吸収術式』が構築されていた模様です』

(吸収術式だとぉ!? 魔王の戦力を削るつもりが、完全に逆手を取られて塩を送っちまったってことかよ!!)

 愕然とするアルクに向け、魔王は玉座からゆっくりと立ち上がり、圧倒的な絶望のオーラを放ちながら嘲笑うように口を開いた。

「見事な蘇生魔法であったぞ、竜王よ。そして其方の背後に潜む眷属もな。……だが、あの手駒を一瞬で消し飛ばした程度で、貴様がわざわざ己の魔力の大半を供物とし、眷属の極限の治癒魔法を消費してまで『蘇生』などという面倒な手を使うとはな。貴様の、その滅多に現れぬ希少な素質を持った人間に対する『執着』……痛いほどによく見えたぞ」

「……なっ!?」

 その言葉の意味を理解した瞬間、アルクの背筋を氷のように冷たい戦慄が駆け抜けた。

(まさか……こいつ、魔術師を最初に狙ったのは『俺を怒らせるため』なんかじゃない。俺が絶対に希少なキャストを見捨てられないことを見越して、ルミナと共に莫大な魔力を消費する『蘇生魔法』を強制的に使わせるために……最初から一番防御の脆い魔術師を狙い撃ちにしやがったのか……!?)

 竜王たるアルクの力は強大だが、無尽蔵ではない。この玉座への介入を防ぐ『絶対結界』、魔術師を守る『完全隔離結界』、そして先程の超位魔法である『蘇生』。彼の莫大な魔力は、魔王の思惑通りに確実に削り取られていた。

「それに、アイリスの視覚パスを利用したその姑息な内部破壊工作もだ。……愛娘まなむすめの企む事など、父親たるこの我が看破できぬとでも思ったか?」

 魔王は愉快そうに肩を揺らして高笑いすると、先程アルクの魔力を吸収した自らの左手を軽く握り込み、極大の闇の魔力をバチバチと迸らせた。

「血の繋がりを利用した魔力リンクなど、とうの昔に想定済みよ。貴様が表立って我と戦うことを避け、裏からあの小娘の瞳を経由して魔力を流し込んでくることなど手にとるように分かる。故に、その魔力をそっくりそのまま我が糧とする為の『術式』を仕込んでおいた。……貴様のその莫大なる魔力、我が新たなる絶望の力として有意義に使わせてもらうぞ、竜王」

(――完全に、読まれていた……! プロデューサーとして裏工作を仕掛けたつもりが、完全に相手の盤上で踊らされてただけだった!)

 アルクは強靭な竜の脚が、小刻みに震えるのを抑えることができなかった。全てが魔王のシナリオ通り。自分が流し込んだ魔力によって、魔王は開戦前よりも遥かに強大なバフを得てしまったのだ。

「いいえ、お父様。……アルク様の魔力は、貴方には渡しません」

 絶望的な空気が支配する中、静かに、しかし決死の覚悟を秘めた声が響いた。

 アルクの傍らに立つアイリスだった。

 彼女の足元の影がドロリと底なしの沼のように広がり、そこから這い出るように一体の異形が姿を現す。

 光を一切反射しない漆黒の体躯。大柄な戦士すら一息で両断できそうな、巨大で禍々しい鎌のような両腕。かつて魔王自身が愛娘の護衛として与えた『影の死神シャドウ・リーパー』たる怪物――ノワールが、血のように赤い双眸を妖しく光らせて主の背後に寄り添った。

「チッ……アイリス。その死神は我がお前に与えたものだぞ。何をする気だ」

「ふふっ。お父様はノワールを私に下賜された時、こう仰いましたわね。『我の命令すら忘れろ。何があってもアイリスの意思を優先し、彼女の望みこそが絶対の命令だ』と」

 アイリスはかつての父親の親バカ全開の言葉を引用し、狂気を孕んだ艶やかな笑みを浮かべた。

「……私の望みは、奪われたアルク様の魔力を取り戻し、さらに――お父様の力の根源を抉り取ること。さあ、私への愛のにえとなりなさい、ノワール」

「グル……ルルルッ……!」

 絶対の主の命令を受け、影の死神ノワールは赤い目を細めた。かつての魔王の命令通り、彼はアイリスの望みを最優先し、自らを創造した魔王に牙を剥くことすら厭わず――自ら音もなく液状に崩れ、アイリスの身体へと嬉々として吸収されていった。

「なっ……己の影たる護衛を喰らうだと!?」

 パキィィィンッ……!!

 空間がひび割れるような音と共に、ノワールという莫大な供物の魔力を代償にして、これまで片目だけに宿していた『神の瞳』が両目へと強制的に開眼した。

 神々しく、そして痛ましいほどの紫光を放つ両目。彼女は魔王の吸収術式に逆流のパスを強制接続する。それだけではない。限界を超えて拡張された神の瞳の視覚パスは、魔王自身の魔力回路の最も深淵――生命線とも言える魔力のコアへと深々とその牙を突き立てたのだ。

「チッ……血迷ったかアイリス! 己の視力を焼き切ってまで、そこまでするか!」

「ええ……私の提案した策でアルク様を窮地に陥らせたままで終わるなど、絶対に許せませんから……っ! 自分で招いた危機は、私のすべてを懸けて覆す……これが、アルク様に寄り添う女の意地ですわ!!」

 アイリスの両目から、一筋の赤い血の涙がこぼれ落ちる。

 想像を絶する負荷が空間を軋ませ、次の瞬間、凄まじい逆流現象が発生した。

 魔王が吸収したはずの竜王の魔力。そして、魔王自身が数百年かけて蓄えてきた絶大なる魔力の『根幹たる源流』が、無慈悲に、そして暴力的に引き剥がされ、影の死神を供物とした強制開眼のバイパスを経由して、凄まじい勢いでアルクの体内へと流れ込んできたのだ。

「ぐ、おおおおおおっ……!! 貴様ァッ!! 愛娘の身でありながら、この我の魔力の根源を……ここまで抉り取るというのかァァッ!!」

 魔王の余裕に満ちた表情が完全に崩れ去り、強烈な焦燥と怒りの咆哮が玉座の間に轟く。

(な、なんだこの尋常じゃない魔力は!? 俺が奪われた魔力が戻ってきただけじゃない……魔王自身の魔力の中核ごとゴッソリと抉り取って、俺に叩き込んできやがった!? アイリス、いくら何でも手段が苛烈すぎるだろ!!)

「……っ、アルク、様……。無事に、魔力を……利子をつけて、お返しできまし、た……」

 すべての魔力をアルクへと返し終えた直後。限界を超えた負荷により、アイリスの両目に宿っていた『神の瞳』はその光を完全に失い、彼女は糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちた。

 間一髪でその華奢な体を抱き留めたアルクの腕の中で、彼女は虚空を彷徨うように手を伸ばし――やがて、狂気を孕んだ甘い笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、私……少しの間、光が、見えなくなってしまいました……。でも……ふふっ」

「アイリス……っ!! お前……!」

「失明と引き換えに、こうしてアルク様のお姫様抱っこを独り占めできるなら……私にとっては、むしろ最高のご褒美ですわ……♡」

(まったく、女の意地の見せ方が重くて猟奇的すぎるだろ……! 自分の失態の落とし前をつけるためだけに、親父からもらった最強の護衛を躊躇なく供物にして、魔王の力の根幹を抉り取って俺に貢いだ挙句、失明してお姫様抱っこで喜ぶなんて……! だが、お前が自らの光と引き換えに取り戻してくれたこの莫大な力と勝機、絶対に無駄にはしないぞ!!)

 アルクは内心で血を吐くような思いと戦慄を抱きつつ彼女の異常な覚悟を受け止めると、表面上はどこまでも冷徹で威厳ある竜王の顔を保ち、静かに告げた。

「……大儀であった、アイリス。其方の狂おしき忠義、確かにこの身に刻んだ。後は我らに任せ、暫し暗闇の中で休むが良い」

 アルクは失明し戦線離脱を余儀なくされたアイリスをそっと抱き上げ、魔術師のいる『完全隔離結界』の中へと丁寧に横たえた。

「さて……魔王よ。己の娘の恐るべき意地、とくと味わったか?」

 アルクは立ち上がり、力の根源を奪われ、息を乱して怒りに震える魔王を冷徹に見据えた。

 完全に魔王の支配下にあったはずの盤面は、一人の少女の狂気的な愛と意地によって強引にひっくり返された。

 魔王は深刻なデバフ(魔力の致命的枯渇)を負い、勇者の勝率は再び劇的に跳ね上がっている。

 そして、己の背後でどれほど絶望的で猟奇的な駆け引きと犠牲が払われていたのか全く知らぬまま、真っ直ぐに伝説の剣を構え続ける勇者。

「さあ、往け、光の勇者よ!! 手負いの玉座の主を、その剣で討ち果たすのだ!!」

「うおおおおおおおおっ!! 覚悟しろ、魔王!!」

 一切の裏工作は終わりを告げた。

 力の根源を削がれた絶対者と、覚醒した光の勇者。世界を懸けた最終決戦が今、絶望と狂気の玉座にて真の幕を開けた。

絶望の開幕から一転、アルクとルミナのコンビによる奇跡の『蘇生』!「後世に語り継ぐ伝承者になれ」という、安全地帯へ隔離するためのカッコよすぎる言い訳が見事でした(笑)。

しかし、魔王の知略と底知れなさはさらにその上を行きます。魔術師の死も、アイリスの内部破壊作戦もすべて計算ずく! アルクは完全に裏をかかれ、魔力を奪われて窮地に立たされてしまいます。

そんな盤面を強引にひっくり返したのが、ヒロイン・アイリスの「女の意地」! 自分の提案の失敗を挽回するため、父親からもらった最強の護衛『ノワール』を躊躇なく供物にし、魔王の力の根幹ごと抉り取ってアルクに貢ぐという凄まじい大立ち回りを魅せてくれました! しかも失明の代償すら「お姫様抱っこのご褒美」に変換するブレない猟奇的な愛……!

裏工作の応酬が終わり、深刻なデバフを負った魔王と、何も知らずに覚醒した光の勇者。

舞台のお膳立てはついに整いました。果たして、世界を懸けた最終決戦の行方は!?

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