第46話 竜王の宣戦布告
『断罪の回廊』の最奥部。伝説の剣が放つ強烈な聖波動は、アルクが強靭な精神力で抑え込み続けてきた『魔』の力を強制的に暴走させた。
遂に勇者の目の前で「如何なる勢力にも与せぬ中立者たる竜王」としての真なる姿を現したアルク。
莫大な質量によるダンジョン崩壊を回避すべく、眷属ノクスの決死の結界によって「人間サイズ」へと圧縮された彼は、己の真意を胸の奥底に秘めつつ、次なる劇的な演出へと動き出す。
「……我が真意、しかと届いたか、勇者よ」
水を打ったように静まり返った回廊。漆黒の硬質な竜鱗に全身を覆われ、頭部には天を突く鋭利な二本角、背には空間そのものを切り裂きそうな強靭な皮膜の翼を備えた、恐るべき真なる竜の姿。そこから放たれる、人智を完全に超越した圧倒的なプレッシャーの渦中で、アルクは地の底から響くような、重厚で威厳に満ちた声で静かに問いかけた。
勇者は白銀の眩い輝きを放つ伝説の剣を手にしながらも、その切先を床へとだらりと下げていた。己の命を脅かしかねない竜王を前にして一切の警戒を解き、敵意の欠片もない真っ直ぐな瞳でアルクを見つめ返している。
「ああ、もちろんだ! アルクがどんな恐ろしい姿だろうと、俺の最高の仲間だって信じてる!」
(――くぅぅっ! 眩しい! 疑うことを知らないピュアな主人公ムーブが眩しすぎるぜ! 命懸けで裏工作してプロデュースしてきた甲斐があるってもんだ!)
内心でオタク全開の歓喜の血涙を流しながらも、アルクは表面上はあくまで冷徹にして絶対なる竜王の態度を微塵も崩さない。彼はゆっくりと、傍らに控えるアイリスへとその鋭い竜の瞳を向け、再び重々しい口調で告げた。
「勇者よ。其方には今一つ、此処で知るべき真実がある。……アイリス、前へ」
「はい、アルク様」
アイリスが静かに一歩前に出る。彼女は、これまで勇者たちに見せていた『か弱く大人しい村の迷子』としての気配を跡形もなく消し去り、その華奢な身から、深淵を直接覗き込むような底知れぬ濃密な魔力を立ち昇らせた。
「此奴は、道中にて我らが拾い上げた、単なる迷い子などではない。その身に魔王の濃き血を宿す愛娘……魔族たる姫君よ」
「えええええっ!? ア、アイリスが、魔王の娘!? 嘘だろ、だってあの時、道に迷って泣いていた、ただの村の女の子じゃなかったのか!?」
勇者が目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。無理もない。これまでの道中、保護を求めてきたアイリスは、戦闘になれば常にアルクの広い背中に隠れるようにして震え、時折彼を熱を帯びた瞳で見つめるだけの、無力で物静かな少女を完璧に演じきっていたのだから。
「如何にも。然れど、此奴もまた其方の闘争を最後まで見届ける者。……勇者よ、暫し此処にて待つが良い。我とアイリスは、これより魔王の御前へと赴き、『最後の挨拶』を済ませてこよう」
「魔王の元へ!? まさか、今から二人だけで戦いに行くのか!?」
「否。我はこれまで世界の理を見つめる傍観者であったが、是よりは明確に魔王軍の敵へと回る。その『筋』を通しに行くまでよ。今、玉座の主を討つのは我の役目ではない。……其方だ、勇者よ」
アルクは威厳たっぷりにそう言い残すと、アイリスと共に凄まじい密度の空間転移魔法を展開した。
視界がぐにゃりと泥のように歪み、次の瞬間には、荘厳なる断罪の回廊の景色は完全に消え去っていた。
───
転移した先は、鉄錆のような血の匂いと、呼吸すら困難になるほど濃密な瘴気が幾重にも立ち込める、魔王城の最奥部『謁見の間』であった。
広大な空間の最奥。天を突くようなおぞましい装飾の巨大な玉座に深く腰掛けているのは、全魔族を統べる絶対者たる魔王だ。その両眼が、突如として空間を割って現れたアルクとアイリスを鋭く射抜く。
「……ほう。その姿、ついに仮初めの殻を破り『竜王』へと至ったか、アルク。そして我が娘アイリスよ」
魔王の地を這うような低く響く声が、謁見の間の空気をビリビリと震わせ、壁の松明の炎を激しく揺らした。アルクは人間サイズの竜王としての威圧感を一切引くことなく、堂々と魔王と対峙する。
「久闊を叙そうぞ、魔王。その玉座にて傲慢に反り返る首、今此処で刎ね飛ばしてやっても良いが……安堵せよ。今日、此処へ参じたのは貴様を滅ぼす為ではない」
(――ヒィィィィッ! 間近で見ると魔王の放つ死のプレッシャーやばすぎだろ!! いくら俺が竜王として完全覚醒したからって、こんな規格外の化け物と真っ向から殺し合いたくないっての! 万が一にでも俺が命を落としたら元も子もない! そ、それに、ここで俺が魔王を倒しちゃったら、勇者の最高の見せ場が消滅してエンディングが台無しになっちまうからな! そうだ、これはあくまでプロデューサーとしての崇高なる判断だ! 断じて俺が魔王のオーラにガチでビビってるわけじゃないぞ!!)
表面上は底知れぬ威厳を放ち、尊大な態度で強気なセリフを吐きながらも、その内心では「絶対に戦闘イベントだけは回避して生きて帰る」と本能レベルでガタガタ震え上がっているアルクであった。彼は傲然と腕を組み、背筋を伝う冷や汗を必死に抑え込みながら魔王を真っ直ぐに見据えて言い放つ。
「我は是より、勇者の側に陣を敷く。これまで何れの勢力にも与せぬ中立の傍観者であったが、今此処で明確に貴様ら魔軍を『敵』と定める。その宣戦を告げに来たまでよ」
「……愚かな。何故だ、竜王よ。我らと共に世界を蹂躙する覇道を選ばず、何故あのちっぽけな人間の肩を持つ」
「あの男は、取るに足らぬ矮小な人間などではない」
アルクの威厳に満ちた言葉に、これまでにない確かな熱がこもる。
「奴は、真なる意味において『勇者たるべき器』よ。如何なる絶望の淵に立たされようと決して折れず、どれほど強大な力を得ようとも己の魂を見失う事はない。ただ『世界の安寧』という純粋なる祈りの為のみに、その絶大なる力を振るう事が出来る。……あのように眩き魂の輝きを放つ男こそが、貴様を玉座より引きずり下ろすに相応しい」
(――そう、あいつこそが王道RPGの完全無欠な主人公なんだよ! だからこそ、お前みたいな圧倒的で恐ろしい『最強のラスボス』が全力で立ちはだかってこそ、死闘の末にそれを打ち破るあいつの姿が最高に輝くんだぜ!)
アルクのオタクとしての熱すぎる「主人公推し」の感情は、皮肉にも竜王としての圧倒的な威厳と覇気に変換され、魔王の肌をチリチリと焼き焦がすほどの気迫となって空間を支配した。
魔王はしばし沈黙し、やがて目を伏せて深く頷いた。
「……よかろう。世界の理を見つめる竜王がそこまで見込んだ光なれば、我が絶望の闇をもって、全力で喰らい尽くすのみ。……アイリスよ」
魔王の視線が、傍らに静かに佇む実の娘へと向けられる。
「お前も、その男と共に行くのだな。これが今生の別れとなるやもしれんぞ」
「はい、お父様」
アイリスは、魔王への最大限の敬意と親愛を示しながらも、その直後にアルクの逞しい背中を見つめ、陶酔しきった深い深い微笑みを浮かべた。
「私は、アルク様と共に歩むと決めました。たとえこの身がどうなろうと、永遠にアルク様と『添い遂げる』所存です」
(――ぶふぅっ!? そ、添い遂げる!? 重い! 言葉のチョイスが重すぎるってば! 魔王の目の前で娘さんが結婚宣言みたいなこと言い出しちゃったよ!? 殺される! 絶対にお父さんに睨まれて殺されるぅぅ!)
アルクは威厳たっぷりの恐ろしい竜の顔を保ちながらも、心の中ではナイアガラの滝のような冷や汗を吹き出していた。しかし魔王は激高するどころか、どこか満足げにフッと口角を上げた。
「……そうか。ならば行け。だが、中立者よ」
魔王の眼光が、再び凄まじい殺気を伴ってアルクを射抜く。
「我らは誇り高き魔族。この謁見の間の扉を開け、一歩でも外に出た瞬間から、貴様らは我らが軍勢の『敵』となる。他の部下たちの目もあるのだ。いかに竜王といえど、無傷で帰すわけにはいかぬ」
ゴォォォォン……ッ!!
魔王の非情なる言葉と同時に、謁見の間の巨大な扉が重々しい音を立てて開け放たれた。
「な……っ!?」
アルクは内心で悲痛な絶叫を上げた。
開け放たれた扉の向こう、魔王城の広大なエントランスから城門へと続く見渡す限りの大広場に、視界を黒く塗りつぶすほどの魔族の大軍勢が密集して待ち構えていたのだ。
上級悪魔、巨大な多頭の魔獣、完全武装した暗黒騎士の軍団。その数はざっと見積もっても数万。彼らは一斉に禍々しい武器を振りかざし、裏切り者であるアルクたちを八つ裂きにしようと、地響きのような雄叫びを上げている。
(う、嘘だろ……!? 話が違うじゃないか! いくら竜王の力に覚醒したからって、こんな数万の大軍を相手に大立ち回りしたら、過労死どころか物理的に消し飛んじゃうぞ!? 確実に俺のHPとMPじゃ足りない!)
アルクの心が完全に折れかけた、その時。
脳内に、一切の感情の起伏を排した極めて事務的で冷徹な声――眷属ノクスからの念話が響いた。
『現在の状況を報告します。主、無用な混乱は控えてください。貴方は現在、世界の理の一端を担う『竜王』として完全覚醒しています。眼下に群れる有象無象の魔族に対し、直接的な武力行使はエネルギーの浪費であり、非推奨です』
(ノクス! じゃあどうすればいいんだ!?)
『解決策を提示します。右手を対象の軍勢へと向け、竜王としての絶対的な意志を魔力と共に放射してください。推奨される制圧の言霊は――『平伏せ』です』
ノクスの冷たくも頼もしい絶対的な助言に従い、アルクは静かに、そして深く息を吸い込んだ。
彼は無数に蠢く殺意の波を前にしても一切の動揺を面に出さず、ゆっくりと、漆黒の鱗に覆われた強靭な右手を、数万の敵軍勢に向けて真っ直ぐに突き出した。
一瞬、戦場の空気が凍りついた。
アルクは体内を巡る星の海のような莫大なエネルギーを右手に集中させ、王としての絶対的な意志を込めて、低く、しかし城全体を揺るがすほどの覇気を含んだ声で言い放った。
「――『平伏せ』」
ドゴォォォォォォン……ッッ!!!
言葉そのものが、物理的な超質量の暴力となって大広間を叩き潰した。
アルクの右手から不可視の重力波と絶望的なまでの竜王のプレッシャーが放射状に放たれ、数万の魔王軍勢を瞬時に呑み込んだのだ。
「ギャアアアアッ!?」
「ぐ、がぁぁぁ……! な、何だこの圧倒的な力は……!!」
「から、だが……潰れるぅぅ……っ!!」
数万の悪魔たちが、悲鳴を上げる間もなく次々と石畳に顔面を叩きつけられていく。バキバキと床が陥没し、硬質な鎧がひしゃげる音が響き渡る。
巨獣も、重装甲の騎士も関係ない。竜王の言葉という絶対的な法則の前に、誰一人として指先一つ動かすことができず、ただ地面に這いつくばって絶望的な恐怖に震えることしかできない。
ものの数秒で、視界を埋め尽くしていた誇り高き魔王の軍勢は、アルクの前に一匹残らず「土下座」の姿勢で平伏し、完全なる静寂が訪れた。
(……えええええええっ!? なにこれ、俺の力、チートすぎない!? めちゃくちゃカッコイイんだけど!? 完全にラスボスの風格じゃないか!!)
表面上は右手を突き出したままの超絶クールなポーズを決めつつ、アルクの内心は自分のデタラメなチート能力にドン引きし、同時に大興奮していた。
「……ふふっ。ああっ……素晴らしいですわ、アルク様」
その隣で、アイリスが熱い吐息を漏らしながら頬を真っ赤に染めていた。
彼女は、数万の軍勢を言葉一つで平伏させたアルクの圧倒的な蹂躙劇を間近で見て、もはや立っているのがやっとというほどに腰を砕き、陶酔の極致に達していた。
「その圧倒的な暴力と絶対の支配……ああ、身体の芯からゾクゾクします。アルク様、冗談ですけれど……帰ったら、どうか私にも同じように『平伏せ』と命令していただけますか……?♡」
「…………」
(――お前は本当にブレないな!! 頼むからこの最高にカッコイイ場面で、そんな変態的なお願いをして空気をぶち壊さないでくれ!!)
アルクが内心で激しくツッコミを入れながらも、威厳を保つために無言を貫き、悠然と歩みを進めたその時。
その圧倒的な背中を謁見の間の玉座から静かに見下ろしていた魔王は、やがて腹の底から湧き上がるような、低く、しかしひどく愉快そうな笑い声を広間に響かせた。
「フッ……ハハハハッ。見事なものだ。眼下の数万の軍勢を、ただの一言で地に這わせるとはな」
玉座の肘掛けに頬杖をつき、遠ざかる黒き竜王の背中を見送る魔王の瞳には、明らかな驚嘆の色が浮かんでいた。
「あのデタラメな威圧感と底知れぬ魔力……今の竜王は、全魔族の頂点たるこの我すらも、とうに超えておるか」
誰も口に出すことのできない絶対的な真実を、魔王は笑いながらあっさりと肯定する。
「もし先程、この謁見の間で奴と殺し合っていたならば……我の勝率は、ひどく薄かったであろうな」
自らの死すら予感させる圧倒的な強者の背中を見送りながら、魔王は嫉妬や恐怖を抱くどころか、奴が手塩にかけて育てたという『光の勇者』との最終決戦に思いを馳せ、ただただ凶悪で楽しげな笑みを深めるのだった。
かくして、アルクとアイリスは、地面に這いつくばって震える数万の魔族たちの間を悠然と抜け、勇者の待つ場所へと帰還の途についたのである。
ついに勇者へアイリスの正体(魔王の娘)を明かし、魔王城へと乗り込んだアルク!
内心ではガチビビりしつつも、竜王の威厳たっぷりに「勇者側につく」と堂々の宣戦布告。さらに数万の魔王軍を「平伏せ」の一言で沈めるチート無双を炸裂させます!
圧倒的な竜王の力を前に魔王すらも笑って見送るという王道シリアス展開の中、アイリスの重すぎる愛とドM発言が絶妙なオチをつけてくれました。
無事に勇者の元へ帰還したアルク。いよいよ魔王討伐へ向けた最終決戦の幕が上がります!




