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最強ドラゴンだけどビビりなので勇者に倒してもらいます  作者: マコPON


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第44話 見えざる未知の試練

魔王軍の拠点を、文字通り「肉の波」で呑み込んだ五千の王国騎士団。アドリブで謎の必殺技を放ち、全自動接待装備ルミナとノクスを手に入れた勇者は、己のヒロイズムに完全に酔いしれていた。

一方、裏で過労死寸前の接待をこなすアルクは、いよいよ次なる目的地『断罪の回廊』へと足を踏み入れる。

魔王の右腕である闇の重騎士が消滅し、戦場に不気味な静寂が舞い降りた。

 アルクは勇者の背後から凄惨な戦況を見渡し、小さく息を吐くと、後方に控えるアイリスへと振り返った。

「……アイリスよ。もうよい。彼らの役目は終わった。これ以上は、彼らの魂そのものが過ぎたる光に焼かれてしまう。……加護を解け」

 アルクは、傍らにいる魔術師に怪しまれぬよう、どこまでも重厚で、神の代行者のごとき威厳に満ちた声で命じた。

 アイリスは一瞬だけ不満げに頬を膨らませたが、すぐに恭しく一礼し、「神の瞳」の魔力供給を断った。

 その瞬間だった。

「……あ、れ……?」

「ヒャッハー……が、あ……ッ!?」

 これまで致命傷を負おうが内臓をこぼそうが満面の笑みを浮かべていた五千の騎士団員たちが、一斉に糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 魔力によって無理やり遮断されていた痛覚と極限の疲労感が、堰を切ったように彼らの脳を殴りつけたのだ。筋肉は断裂寸前まで酷使され、凄まじい乳酸と激痛が全身を駆け巡る。もはや誰一人として、指一本動かすことすらできない状態だった。

「が、あぁぁ……ッ! 体が、鉛のように重い……」

「俺たちは、一体……」

 地面に這いつくばり、苦悶の表情を浮かべる騎士たち。本来なら、自分たちをこんな状態に追い込んだ元凶を恨んでもおかしくない惨状だ。

 しかし、彼らの脳内には、アイリスの魔力によって焼き付けられた「至高の幸福感」と、先ほど勇者が放った(ノクスとルミナによる)神々しい極光の残滓が、強烈な宗教的体験としてこびりついていた。

「見ろ……勇者様を……」

「ああ……なんて、神々しいお姿だ。我らは……人智を超えた『奇跡』の顕現を、この目で……」

 全身の激痛に耐えながら、彼らは地面に這いつくばったまま、朝日(ルミナの余剰発光)を背に受けて立つ勇者へ向かって、熱烈な祈りを捧げ始めたのだ。

 その瞳に宿っているのは、もはや軍人としての忠誠ではなく、生き神を崇拝する狂信者のそれであった。

「……勇者様。どうか、我らに構わず先へ……。我ら騎士団、勇者様の勝利を、この地で祈り続けております……ッ!」

 泥と血にまみれながら、彼らは涙を流して勇者を見送る。

 勇者はその言葉に深く頷き、新たな聖剣ルミナ聖盾ノクスを構え、悲劇の英雄のごとき美しい涙を流した。

「みんなの想い、確かに受け取った! 俺は必ず、魔王を討つ!!」

 爽やかに駆け出していく勇者。

 その後ろ姿を見ながら、アルクは口元を手で覆い、ひっそりと、しかし確かな**「邪悪な笑み」**を浮かべていた。

(……くくっ、完璧だ。五千の狂信者……いや、生き証人の完成だな。彼らが王国に帰還すれば、この『人智を超えた奇跡』の噂は瞬く間に広がる。勇者はもはや一介の戦士じゃない。王国中がこいつを黄金の神輿に乗せて、神として担ぎ上げるはずだ)

 アルクの脳内には、凱旋パレードで熱狂する民衆と、その後見人として莫大な年金と領地を与えられ、優雅にふんぞり返る自身の「完璧な老後」のビジョンが鮮明に描かれていた。

 しかし、足元で呻き声を上げる五千の兵士たちを見下ろし、アルクの良心は確かな痛みを感じていた。

(……本当にすまん、王国の精鋭たちよ。俺の老後計画……いや、勇者プロデュースの都合で、数日間は凄まじい筋肉痛と打撲で地獄を見るだろう。だが、どうか耐えてくれ。お前たちの犠牲は決して無駄にはしない。俺の平和な老後が確定した暁には、必ず国庫を動かして、お前たち全員に最高の慰労金と最高級の治療を手配させてみせる。それまで、どうかその純粋な信仰心を保ったままでいてくれ……!)

 アルクは誰にも悟られぬよう、心の中で彼らに向かって深く、深く頭を下げて懺悔した。

───

 動けなくなった騎士団を拠点に残し、勇者一行はいよいよ『断罪の回廊』へと到着した。

 これまでの血生臭い戦場とは打って変わり、そこは荘厳な大理石で造られた、神殿のような空間だった。

 巨大な両開きの扉が、行く手を阻んでいる。

 アルクはRPGオタクとしての経験則から、この扉のギミックを完全に予測していた。

「勇者よ、その扉……君の身につけている『伝説の防具』が鍵となるはずだ。触れてみるがいい」

「本当か、アルク! よし……!」

 勇者が疑いもせず扉に手を触れた瞬間、彼が装備している伝説の鎧が眩い光を放ち、重厚な扉が地鳴りとともにゆっくりと開いた。

 その光景に、クールな魔術師が目を細める。

「……おかしいわね。この古き回廊の扉が、人間の伝説の武具に反応するなんて。まるで、最初から『勇者が来ることを想定して作られた』みたいじゃない」

 彼女の鋭すぎる指摘。アルクは冷や汗を流しながらも、表情は崩さず堂々と言い放った。

「それこそが、勇者の存在が世界に定められた運命だという証拠だ。さぁ、進もう」

 扉の先は、不気味なほど真っ直ぐな一本道だった。

 モンスターの気配はおろか、トラップの魔力反応すらない。ただ最奥に、巨大な『女神像』が静かに佇んでいるだけだ。

 アルクは周囲を警戒しながら歩みを進める。以前から恐れていた「最悪のイベント構成」の気配が、いよいよ現実味を帯びてきたからだ。

 一方、最後尾を歩くアイリスは、異常なほど大人しかった。

 魔術師が常に背後を警戒し、アイリスの一挙手一投足を鋭い目つきで監視しているからだ。正体を隠している手前、迂闊にアルクへ抱きつくわけにはいかない。アイリスは不満げに自らの親指の爪をカチカチと噛みながら、迷子になった子供のような上目遣いで、アルクの背中をじっとりと見つめている。

 やがて、一行は巨大な女神像の前に到達した。

 伝説の防具を身に纏い、眷属が擬態した剣と盾を構えた勇者が祭壇の前に立った瞬間、女神像の目が妖しく光り、空洞に荘厳な声が響き渡った。

『――星の武具を纏いし者よ。汝の魂の真贋を、深き試練にて見極めん』

(頼む、神様仏様、事前の想定が外れて『無害なイベント』であってくれ……!!)

 アルクの切実な祈りを嘲笑うかのように、直後、女神像から放たれた極太の光の柱が、**「勇者ただ一人」**を包み込んだ。

「うおっ!? な、なんだこれ! アルク、みんな!」

「勇者!?」

 光が収まった瞬間、そこに勇者の姿はなかった。

 後に残されたのは、アルク、魔術師、そしてアイリスの三人だけ。

(……ヒィィ、やっぱり引き当てちゃったよ!! 事前に想定して覚悟はしてたけど、いざ現実になると胃が痛すぎる……! 己の実力を勘違いしてるアイツを一人にするなんて、事故る気しかしないってばぁぁ!)

 アルクは、完全に過保護なプロデューサーの顔で内心半泣きになりながら、ズキズキと痛む胃を押さえかけた。

 あの勘違い勇者が、隔離空間で未知のボスを自力で倒せるわけがない。

(だが、不幸中の幸いか……!)

 胃痛に苛まれながらも、アルクはハッと我に返り、安堵の息を漏らした。

(直前の重騎士戦の後、勇者の剣を折ってまでノクスとルミナを『全自動接待装備』としてあいつに持たせておいた。……あれだけが唯一の命綱だ! もし装備させていなかったら、今頃確定でゲームオーバーだったぞ……!)

 魔術師が焦ったように周囲の魔力残滓を調べる。

「空間転移魔術よ! 完全に隔離されたわ、私たちじゃ干渉できない!」

「……アルク様ぁ」

 魔術師が背を向けた隙に、アイリスが甘ったるい声を出してアルクにすり寄ろうとした。

 しかし、アルクは振り返ることなく、神の代行者のごとき冷徹で威厳ある声でピシャリと撥ね退けた。

「……控えよ、アイリス。今は聖なる試練の刻。俗な振る舞いは許さぬ」

「……っ、はい……」

 アルクの鋭い拒絶に、アイリスはビクッと肩を震わせ、再び指を噛みながら大人しく引き下がった。

 アルクが必死に平静を装っている、その時。

 彼の脳内に、氷点下よりも冷たい、しかしどこか呆れ果てたようなノクスの『念話』が響いた。

『……主。音声通話のリンクを確立しました。現在、我々は隔離空間にて未知の敵性存在と対峙しています。……非常に不本意ですが、ご報告します。今の彼が、また得体の知れないステップを踏み始めました』

『主様ぁー! 助けてなのー! アイツ、私のこと(聖剣)を逆手に持って変なポーズ決めてるなの! 絶対これ斬れないやつなの!!』

(…………ッッ!!)

 アルクは、魔術師に怪しまれないように威厳ある表情筋を限界まで固定しながら、脳内で盛大にパニックを起こした。

(お前ら、無事だったか! 持たせておいて本当に良かった! ……いや、良くない! 視覚情報が一切ない状態で、どうやって彼の動きをサポートしろって言うんだよぉ!?)

『主。敵の姿はこちらからも完全に把握できません。敵の攻撃軌道を随時音声データで送信します。主はそれに基づき、空間越しに私の防御障壁の展開タイミングと、ルミナの光力出力の調整を行ってください。……あの変態魔族が近くにいるようですが、絶対に介入させないでください。不愉快極まりないので。……完全なブラインド・オペレーションです』

(無茶言うな! 俺に目隠し状態でアクションゲームの裏ボスをクリアしろって言ってるようなもんだぞ、それ!!)

『文句を言っている暇はありません。来ます』

(……やるしかないのかぁぁっ。アイツの命と、俺の黄金の老後のために……!! 視覚情報ゼロなら、全神経を聴覚に集中させるしかない! 魔術師に怪しまれないよう、祈るフリでやり過ごすぞ!)

 静まり返った女神像の前の空間。アルクはただ静かに目を閉じ、両手を組んで神に祈るようなポーズをとった。傍から見れば、隔離された勇者の無事を祈る、敬虔で思慮深い親友そのものだ。

 しかし彼の脳内では、正体不明の未知なる敵の咆哮と、勇者の「俺のターン!」という勘違い全開の叫び声、そして眷属たちの怒号が飛び交っていた。

 勇者不在の空間で、アルクと眷属たちによる、前代未聞の「音声のみの遠隔接待プレイ」が、今まさに幕を開けようとしていた。

嫌な予感が的中し、恐れていた「隔離ソロイベント」へ突入!

威厳を取り繕いながら脳内でパニックを起こすアルクに課せられたのは、眷属からの音声だけを頼りにする完全ブラインドでの遠隔接待プレイ。

祈るポーズで必死に耳を澄ませる彼は、見えない勇者の無茶なアドリブを無事「神演出」に仕立て上げられるのか!?

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