第40話 父の憂鬱と、王国の総力戦
魔王との「義父との面接」を、使い魔への完全丸投げ(自動操縦)でなんとか乗り切ったアルク。彼が玉座の間を退出した直後、残された魔王と娘の間では、密かなる親子の対話が行われていた。
「……アイリスよ。本気か?」
謁見の間に残された魔王は、重い溜息をついて愛娘に問いかけた。
先ほどのアルク(中身はノクス)の態度は、確かに『王』としての器を感じさせるものだった。しかし、父親としては手放しで喜べる相手ではない。
「あの男は底が見えん。かつての竜王がどれほど苛烈な存在だったか、お前も知っていよう」
「お父様」
アイリスは、いつもの甘い顔を消し、純然たる魔族としての真剣な眼差しで父を見つめ返した。
「魔族にとって、真に魂が震える相手に出会うことは、理屈ではありません。それは……『生理現象(本能)』ですの」
「ッ……」
「アルク様の影に触れ、魔力を交わした瞬間、私の魔力は彼無しでは循環を拒むほどに囚われてしまいましたわ。もう、止める術はありませんのよ」
魔族の性。想いの強さがそのまま魔力に直結する彼らにとって、一度火がついた情念は、肉体が滅びるまで消えることはない。
(……やれやれ。魔族の女の情念の凄まじさは、この余が一番よく知っているというのに)
魔王は内心で苦笑した。
こう見えて魔王も、若き日は数多の魔族の女たちから血で血を洗うような熱烈な求婚を受け続けた、凄まじい『モテ男』であった。己の魂を焦がすほどの相手を見つけた魔族の女がどれほど一途で、そして絶対に引き下がらないかを、彼は身を以て体験しているのだ。
だからこそ、目の前の愛娘の瞳に宿る熱が、決して一過性の遊びではないと理解できてしまった。
「……分かった」
魔王は渋々ながら頷き、アイリスをアルクの元へと帰した。
パァッと花が咲いたような笑顔を見せ、弾むような足取りで玉座の間を去っていく愛娘の背中を見送りながら、魔王はそっと目頭を押さえた。
「ついに……あの小さかった娘が、父の元から旅立つ頃合いが来てしまったか……」
偉大なる魔界の覇者は、誰にも見せられない親バカ全開の涙を指で拭う。
しかし、感傷に浸っていたのも束の間。魔王は暗い窓の外――人間界の方角を睨みつけると、その瞳に再び冷徹な『王』の光を宿した。
「だが……勇者。あれだけは完全に消去せねばなるまい」
勇者は着実に伝説の防具を揃えている。残るは『伝説の聖剣』のみ。
もしあれを勇者が手にし、その影響でアルク(竜王)が完全に人間側へと付くようなことがあれば、この魔王城すら危うい。世界の均衡と、愛娘の愛する男を『不確定要素』から切り離すためにも、魔王は勇者の完全排除を静かに決意した。
───
数時間後。人間側の王都近郊、勇者の野営地。
魔王城から無事に転移で帰還したアルクとアイリスを出迎えたのは、全身から神々しい光を放つ勇者だった。
「見てくれアルク! アイリス! ついに伝説の防具一式が僕の身体に馴染んだ! これで魔王城への準備は万端だぞ!」
「……見事だ、勇者よ。神代の遺物すらも完全に己の力として屈服させたか」
アルクは表面上は底知れぬ威厳を纏った暗黒騎士の顔を作りながら、内心では(おおおおっ! すっげぇ! マジで全身ピカピカ光ってんじゃん! これぞ王道ファンタジーの最終形態! めちゃくちゃカッコいいなオイ!!)と、一人のオタクとしてウキウキでテンションを爆上がりさせていた。
そこへ、背後から静かな、しかし凛とした声が響いた。
「……遅れてすまない。王都の禁書庫での解析、たった今完了した」
バサリとローブを翻し、一人の魔術師が歩み寄ってきた。
勇者の一行であり、古代魔法や魔力感知に長けた優秀な魔術師。常に冷静沈着で、他人に滅多に感情を見せない彼女の帰還に、勇者がパッと顔を輝かせる。
「戻ったか! 待っていたぞ!」
「ああ。……アルクも、無事で何よりだ。私が不在の間、前衛で勇者を守り抜いてくれたこと……感謝する」
魔術師はアルクの前に立つと、普段の冷徹な仮面をわずかに緩め、心底信頼しきった微かな微笑みを向けた。
気難しく疑り深い魔術師が、唯一背中を預けられると心を開いている相手。それが、常に無口で(ボロを出さないよう必死なだけ)、いざという時は身体を張って(裏で眷属たちが全力で接待サポートしているおかげで)パーティーの危機を救ってきたアルクだった。
「気にするな。余は余の成すべき事をしたまでだ」
「アルク……? ……ちょっと待て」
魔術師が、ふとアルクの顔を間近で覗き込み、その鋭い魔力感知の眼を細めた。
「アルク、お前の体内から……とてつもない質量と、強烈な闇の魔力を感じる。それに、お前の魔力の奥底に、隣のアイリスの魔力が異常なほど深く混ざり合った『痕跡』が……」
(ヒィッ!? バレる!! 竜王に進化しかけてることも、魔王城でアイリスからヤバい魔力供給を受けてた痕跡も!!)
さっきまでのウキウキ気分が一瞬で吹き飛び、アルクの心臓が爆発しそうになった、その時。魔術師はハッと息を呑み、クールな表情を痛ましさに歪ませて、震える両手でアルクの手を強く握りしめた。
「……そういうことか。私がいない間、激化する戦いの中で勇者を守るため……お前は己の命を削り、『禁忌の力』にまで手を出したんだな……!? アイリスの魔力まで借りて、これほどの無理を重ねて……っ」
(えっ?)
「アルク、お前という男は本当に……救いようのないほど不器用で、優しすぎる……!」
(俺の無口系暗黒騎士のガワへの信頼度、どうなってんだよ!?)
普段は冷静な魔術師が感情を露わにした超絶ポジティブな勘違いに、アルクは滝のような冷や汗を流しながら「あ、ああ……」とだけ返すのが精一杯だった。
そんな感動の再会(?)の場に、重厚な馬車の車輪の音が響く。
現れたのは、王都の精鋭騎士団。そして、その先頭に立つ国王直々の姿だった。
「勇者よ。そして頼もしき仲間たちよ。ついに魔王討伐の時が来た。我が国が誇る精鋭騎士団五千を、貴殿に預けよう」
(五千!? 待て待て待て!!)
アルクの胃袋が悲鳴を上げる。
普段の戦闘でさえ、勇者ひとりの目を盗んで眷属たちに『接待介護プレイ』をさせるのに必死だったのだ。そこへ魔力感知に鋭い魔術師が復帰し、さらに五千人もの兵士の『目』が増える。もはや工作がバレない確率など天文学的数字だ。
「国王陛下、感謝いたします! そして魔術師、文献の調査結果は!?」
「ああ。最後の装備……『伝説の聖剣』は、魔王城へと続く道――『断罪の回廊』に封印されていることが判明した」
勇者が剣を天に掲げ、五千の軍勢がウォォォォッ!!と大地を揺るがす雄叫びを上げる。
「よし! このまま軍を進め、聖剣を手にして魔王の首を獲りに行くぞ!!」
士気が最高潮に達する人間側の軍勢。
つい先ほどまで伝説の装備にウキウキしていたはずのアルクは、その熱狂の中心で一人だけ(接待の難易度設定、ルナティック通り越して完全にバグりすぎだろ……!)と、限界突破した胃痛と共に絶望の空を仰ぐのだった。
魔王が勇者の完全排除を決意する裏で、アルクたちは人間側の王都近郊へ帰還。
別行動で文献を調査していた勇者一行の「魔術師」が復帰しました。クールで疑り深い彼女ですが、アルクにだけは全幅の信頼を置いており、彼の異常な魔力を「勇者を守るための自己犠牲」と見事に勘違いして普段の冷静さを失ってしまいます。
しかし、国王から五千の精鋭騎士団を預けられ、いよいよ魔王城へと向かう大進軍が決定。魔術師の鋭い目と、五千人の監視の目がある中で、アルクの「接待介護プレイ」は果たして通用するのでしょうか……!?




