第39話 義父との面接は自動操縦で、そして王たちの密談
魔王城での目覚め早々、アイリスの暴走によるカオスな虚偽報告(愛の進捗)を聞かされ、魔王のヘイトと殺意を一身に浴びるアルク。オタクの胃痛が限界を突破する中、事態はさらに最悪の方向へと転がっていく。
「ちなみにお父様に抱かせる孫は最低何人に――」
「……アイリス。そこまでだ」
玉座の間を揺るがしていた魔王の重圧が、ふっと収束した。
低く、地の底から響くような声で制止されたアイリスは「はーい♡」と嬉しそうに引き下がる。
「さて……」
魔王は玉座からゆっくりと立ち上がり、アルクの眼前にまで歩み寄った。
そして、先ほどまでの「王としての威圧」とは全く異なる、ねっとりとした……純粋な『父親としての殺気』を全身から立ち昇らせる。
「ここからは王としてではなく、一人の『父親』と、娘をたぶらかした『彼氏』として……男同士の話をしようか」
(ッ――!?)
アルクの心臓が、恐怖で早鐘のように打ち鳴らされる。
父親と彼氏の話。そのワードを聞いた瞬間、アルクの脳は完全にフリーズを起こした。
(か、彼氏!? 義父との面接!? 待て待て待て無理無理無理! 俺は前世から彼女なんて一度も作ったことがない、純度100%の童貞だぞ! 女心すら一切分からないのに、ラスボスのお義父さんへの『最適解』なんて叩き出せるわけがない!!)
元竜王としての威厳など、前世の非モテのトラウマの前では無力だった。
キャパシティを完全に超えたアルクは、自身の精神を守るため、究極の現実逃避を決意する。
(起きろノクス!! 頼む、俺の体を貸すからこの場を丸く収める『最適解』を出してくれ!! オートモード起動!!)
過労で爆睡していたノクスを強制再起動させ、アルクは自分の意識を精神世界の奥底へスライディング土下座の勢いで引っ込め、肉体の制御を使い魔に完全に丸投げした。
通常であれば、中身が入れ替わった瞬間の魔力波長の変化で、魔王レベルには即座に看破されてしまう。
しかし、先ほどの『竜王への進化』によってアルクの魔力密度が底上げされ、アルクと眷属の境界すら曖昧になっていたため、魔王にも一切の違和感を与えなかった。
「……お言葉ですが、魔王殿」
アルク(中身はノクス)は、魔王の苛烈なプレッシャーを涼しい顔で受け流し、完璧な貴族の礼儀作法と、隙のない流麗な言葉遣いで応酬を始めた。
「アイリス殿のことは深く敬愛しておりますが、私は現在、大業を成すための途上にあります。確固たる未来を築く前に、軽率に手を出すような真似は(主に私のシステムと主の胃袋が)決して許しません」
ノクスの理路整然かつ誠実極まりない対応に、魔王の殺気がスゥッと引いていく。
(ほう……余の覇気を真正面から受けても微塵も揺るがず、この落ち着き払った態度。流石は竜王……娘の目に狂いはなかったか)と、魔王はすっかり感心してしまったのだ。
「……よかろう。ひとまず、貴様の誠意は伝わった」
魔王は満足げに頷き、身を翻して再び玉座へと腰を下ろす。
その瞬間、魔王の顔から「父親」の顔が消え、冷徹な「王」の顔へと切り替わった。
「では、ここからは魔王と竜王としての話をしよう。……中立者たるアルクよ。貴様は現在、『勇者側(人間側)』に立っているのか?」
魔族にも人間にも与しないはずの元竜王が、なぜ勇者パーティーに同行し、力を貸しているのか。
その問いかけに対し、アルク(中身はノクス)は静かに目を伏せた後、傲岸不遜な、絶対的な強者としての笑みを浮かべた。使い魔の演算による、完璧な『竜王の威厳』のトレースである。
「余が、いずれかの陣営に与するとでも? 勇者であろうと魔族であろうと、天を統べる竜の眼から見れば等しく地を這う砂粒に過ぎん。余はただ……己が『覇道』を往くのみよ」
「……なるほど。王たる覇道は、誰の指図も受けぬということか。面白い」
緊迫した王同士の密談は、ノクスの完璧な演算によって、なんとか最悪の事態を免れたのだった。
───
その後、無事に会談が終了し、魔王が謁見の間から退室した。
完全に安全が確保された瞬間、精神世界に引きこもっていたアルクの元へ、眷属たちからの容赦ない反撃が開始された。
『……演算終了。極度の精神的負荷による逃亡、および過労状態のデバイス(私)へ『義父との面接』という高負荷処理を強要する行為……。これらの一連の事象から算出される主の評価は、極めて『ヘタレ』の最適解に該当します』
(ぐっ……!)
ノクスの冷徹な事実確認が、アルクの心にナイフのように突き刺さる。
さらに、追い打ちをかけるようにルミナの甘く優しい声が精神世界に響き渡った。
『……主様、怖かったなの? 前世から人間の女の子と一回もお付き合いしたことないから、お父さんと何をお話しすればいいか分からなくて逃げちゃったなの……?』
(や、やめろ……!)
『ルミナ、そんなピュアで可哀想な主様のこと、だぁいすきなの。逃げちゃうくらい女の子の免疫がない主様のこと、ルミナがよしよしって、優しく慰めてあげるなの……』
慈愛に満ちた、一切の悪意がない優しい声。
だからこそ、童貞という真実をこれでもかと抉ってくるその同情は、男のプライドを粉砕するには十分すぎる破壊力を持っていた。
(ぐふっ……!!)
図星を完璧に突かれたアルクは、現実世界の謁見の間で、誰にも気づかれないようにそっと膝から崩れ落ち、一言の反論もできずに血涙を流すのだった。
彼女いない歴=年齢のアルクにとって「義父との面接」はラスボス戦よりも過酷なミッションでした。究極の現実逃避としてノクスに全てを丸投げし、進化の影響もあって見事魔王の追及を誤魔化すことに成功します。
中立者としての立場も、ノクスによる完璧な「竜王の威厳」のトレースで乗り切り、王同士の密談を終えましたが……その後に待っていたのは、ノクスの冷徹な事実確認と、ルミナの「優しすぎる同情」という名の致命傷でした。




