第36話 完全介護のボス討伐
ついに姿を現した嘆きの谷の真のボス『次元潜りの凶蜘蛛』。勇者のレベルアップのため、アルクは「自らの手で倒してみせろ」と促すが、次元を操るボスのトリッキーな攻撃の前に戦況は最悪の泥沼(介護プレイ)へと陥っていく。
『ギシィィィィィィッ!!』
嘆きの谷の最深部。
真のボスである『次元潜りの凶蜘蛛』が不気味な鳴き声を上げた瞬間、空間そのものがひび割れるようにして、上下左右に無数の「次元の小窓」が展開された。
「な、なんだこの空間は!? どこから攻撃が来るか分からないぞ!」
無数に浮かぶ漆黒の窓から、巨大な鎌のような蜘蛛の足が、あるいは毒液を滴らせる牙が、ランダムかつ唐突に突き出される。
勇者は必死に剣を振るうが、すべて空を切り、逆に背後の死角から突き出された足に串刺しにされそうになる。
(うわあああ! 初見殺しのクソギミックじゃねーか! あんなの今の勇者の動体視力じゃ絶対避けられないって!!)
アルクは内心でパニックを起こしていた。
しかし、さっき威厳たっぷりに「貴様の刃で地に伏せさせてみせろ」と宣言してしまった手前、今さら「やっぱり俺がやるわ」と手を出せる空気ではない。
「ぐわっ……! し、しまった!」
勇者の背後から迫る蜘蛛の足。しかしその切っ先が触れる直前、勇者の四肢が見えない糸に引かれた操り人形のように不自然に跳ね、強引に体を横へと引き倒した。さらにそのまま、見えない糸が勇者の顎をカクンと上へ逸らし、彼の腰のポーチから引き抜いた回復薬を無理やり口の中へと流し込んだ。
「……報告。ルミナの回復魔法の展開が間に合わないと判断したため、私の糸で対象の回避機動、およびポーションによる物理回復を強制代行しました。もはや戦闘ではなく、ただの完全介護です」
「ノクスが早すぎるだけなの! ルミナだってちゃんと回復魔法の準備してたのに、ノクスが勝手にポーションねじ込んだなの! 勇者のポンコツ! 当たり判定デカすぎなのー!」
(お前ら本当にごめん!! でも今は耐えてくれ! あいつが死んだらゲームオーバーなんだ!)
過労でキレ散らかすノクスと、出番を奪われて怒るルミナの悲鳴を聞きながら、アルクは冷や汗を流して状況を分析した。
次元の小窓から飛び出してくる部位をいくら攻撃しても、本体にダメージは通らない。確実に仕留めるには、次元の裏側に潜む「本体」の位置を特定し、動きを止めるしかない。
(やるしかない……! もう一度アイリスの『神の瞳』をリンクさせて空間を把握するんだ!)
アルクは意を決し、ずっと「迷子」のふりをして恋人繋ぎをしてきた右手の感触に意識を向けた。
「……アイリス。そのまま、余の魔力を受け入れろ。貴様の『瞳』を間借りする」
「ひぐっ……ああんっ!? ア、アルク様、急に手を繋いだまま、そんな大量の魔力を……っ! ダメ、直に繋がってるところから、熱いのがどくどく入ってきてぇっ……♡」
(ヒィィィ! 恋人繋ぎの接点から魔力パス繋いだだけで、また限界突破し始めた!? お前勇者の前で『怯える迷子の村の子』って設定どこ行ったんだよ!!)
顔を真っ赤にして熱い吐息を漏らし、完全に設定を忘れて内股をもじもじさせるアイリス。
アルクはその変態的なノイズを必死に精神力でシャットアウトし、『神の瞳』がもたらす視界情報に全神経を集中させた。
(見えた! 次元の裏側で小窓を行き来してる本体の座標! しかもさっきデバフをかけた『関節の亀裂』もそのまま残ってる!)
アルクはアイリスと手を繋いだまま、空いている左手の指先に闇の魔力を集中させた。
「……捕まえたぞ、害虫め」
威厳ある低い声と共に、アルクの指先から放たれた『見えない糸』が、次元の壁を透過して裏側に潜む蜘蛛の本体へと殺到する。
糸はアーマーブレイクで脆くなっていたすべての関節に深々と食い込み、巨大な蜘蛛の動きを完全に拘束した。
『ギ、ギジィィィ……!?』
「なにっ!? 奴の動きが完全に止まった……そうか! 僕の放ち続ける覇気に、ついに耐えきれず怯えたんだな!」
(違う! 俺が裏で必死に見えない糸でがんじがらめにしてるだけだ! 早く斬れ!)
アルクの悲痛なツッコミをよそに、蜘蛛が空中で完全に硬直した絶好の隙を見て、勇者が目をキラキラと輝かせて剣を構えた。
「これで終わりだ! 僕の魂の刃! 『ホーリー・バースト・スラッシュ(仮)』!!」
勇者が蜘蛛の本体に向かって剣を振り下ろす。当然、その斬撃自体はボスの硬い外殻に弾かれ、カスダメージしか入っていない。
だが、勇者は迷うことなく剣を鞘に納め、キメ顔で背を向けた。
(今だ! ノクス、ルミナ! やっちまえ!!)
勇者が背を向けてから、きっちり3秒後。
ノクスが限界ギリギリの魔力を振り絞り、蜘蛛の体内から『漆黒の闇の奔流』を爆発的に噴出させる。同時にルミナが、アルクの糸で拘束された関節の亀裂をめがけて、全力の踵落としを叩き込んだ。
『ギョェェェェェェッ!?』
空間を揺るがす轟音と共に、真のボスは漆黒の闇に飲まれ、綺麗に四散して消滅した。
「……遅延発動型の消滅エフェクト、および対象の完全撃破を確認。……主、私の魔力残量が底をつきました。本日はもう早退させていただきます」
「ドカーン、なの……。ルミナももうお小遣い三年分もらわないと割に合わないなのー……」
足元の影から聞こえる、限界を迎えた眷属たちの掠れた声。
それとは対照的に、勇者は振り返り、完全に消滅したボスの跡を見て大歓喜の声を上げた。
「やった! 見たかアルク! 僕の遅効性奥義が、ついに次元のボスすら打ち倒したぞ!!」
疲れ切って項垂れる暗黒騎士(内心)と、過労死寸前の眷属たち。そして、繋いだ手から伝わる魔力に溺れ、完全に蕩けた顔で腰を抜かしているアイリス。
カオス極まる接待プレイの果てに、勇者一行はついに『嘆きの谷』を完全攻略するのだった。
初見殺しの空間ギミックに対し、眷属の完全介護(物理)で生存する勇者。魔力供給で限界突破するアイリスを横目に、裏方たちの血の滲む接待プレイ(手動エフェクト)が見事に炸裂! カオス極まる嘆きの谷の攻略、過労死寸前の眷属たちに合掌……!




