第34話 神の瞳のリンクと、魔力酔いの泥沼
アイリスの乱入により、勇者のための「接待ステージ」がただの死体置き場と化してしまった嘆きの谷。残る希望は隠れた「真のボス」の調整のみだが、アルクたちの空間把握すら躱す隠蔽能力の前に手詰まりとなる。そこへ、アイリスがいかがわしい提案を持ちかけてきて――。
「うふふ……アルク様。見つからないボスを、私の『神の瞳』で見つけ出して差し上げましょうか……?」
血の海と化した嘆きの谷を見下ろす崖の上。
アイリスは頬を紅潮させ、ねっとりとした視線をアルクに向けながら身を乗り出してきた。
「私の『瞳』は次元の狭間すら見通します。ただ……その視界をアルク様と共有するためには、互いの魔力回路を直接繋ぐための、とぉっても『濃密な身体的接触』が不可欠なのですわ♡」
「……虚偽の報告を検知。魔力パスの構築に物理的接触を要する法則など存在しません。単に主に発情しているだけの、極めて不純な口実です」
「ベタベタ魔女の嘘つきなの! 主様にくっついてハァハァしたいだけなのがバレバレなの! 変態魔女なの!」
アイリスの甘ったるい提案を、ノクスの冷徹な論破とルミナのド直球な罵倒が即座に切り捨てた。
(お前らの言う通りだよ! 俺も全力で同意したい! だけど……!)
全力で拒絶したいアルクだったが、オタクとしてのゲーマー魂がそれを許さなかった。ここで真のボスの位置とギミックを把握しておかなければ、勇者が理不尽な初見殺しを食らって全滅してしまう。
(くっ……背に腹は代えられない! 勇者のレベリングとシナリオ進行のためなら、俺の尊厳くらい安いもんだ……っ!)
アルクは震えそうになる足を踏みとどめ、眷属たちの正論をスルーして、低く威厳のある声を作り出した。
「……よかろう。特別に許可する。余の目となり、その力を示せ」
「あああっ……! ありがとうございます、旦那様っ♡ では、失礼して……っ」
アイリスは歓喜の声を上げると、アルクの背後からガバッと抱きつき、その両腕を首筋に絡ませた。豊かな胸の感触が漆黒の鎧越しにすら伝わってくるほどの、異常な密着度合いだ。
(ヒィィィ……! 近い近い近い! 即死トラップ使いのヤバい女がゼロ距離にいる! 頼むから早くボス見つけて離れてくれ……!)
「では、リンクを開始しますわ。『神の瞳』――開眼」
アイリスの目が妖しい黄金色に輝いた瞬間、アルクの脳内に凄まじい情報量の「視界」が流れ込んできた。
同時に、アルクの足元からノクスの冷徹な声が響く。
「……主。共有された視覚データの同期を確認しました。対象の座標、索敵範囲、および攻撃パターンの予兆を解析し、視界に表示します。谷の岩肌の裏側、次元の狭間に潜伏しているのは、巨大な『次元潜りの凶蜘蛛』です」
ノクスの言葉通り、アルクの視界にはボスの位置とギミックが、まるでゲームの画面表示のようにハイライトされて可視化されていた。
「……しかし」と、ノクスの声が絶対零度まで冷え込む。
「この程度の情報を得るために、主がわざわざこのような不快な接触を強いられる理由が理解できません。主の背後で無駄に密着しているこの寄生虫を、今すぐ物理的に排除することを推奨します」
(おおおっ! ノクスが攻略サイト並みの完璧な解説をしてくれてる! さすが俺の優秀な眷属! ……でも背中の圧と、ノクスの殺気が凄まじすぎて情報が頭に入ってこねぇ!!)
アルクが内心でパニックを起こしていると、背中に張り付いているアイリスの様子が急変した。
「あっ……んんっ……♡」
(……ん?)
「あ、ああっ……! ア、アルク様の……熱くて、深淵のような桁外れの魔力がっ……リンクを伝って、私の中に直接、流れ込んでぇ……っ♡♡」
(はぁ!? ちょ、お前何言って……)
アルクは気づいていなかった。
彼自身の内包する魔力は「黒竜」という規格外のもの。視界をリンクさせるための細い魔力パスに、アルクの超高密度の魔力が逆流してしまったのだ。
「だめっ、こんな大量の魔力、私……っ! ああっ、身体の奥が熱く焼かれて、満たされて……おかしくなっちゃいますぅぅ……♡♡」
ガクガクと震えながらアルクの鎧に顔を擦り付け、勝手に快感の泥沼に沈んでいくアイリス。
その地獄のような光景に、足元のノクスとルミナから氷点下のツッコミが突き刺さった。
「……報告。対象は主の強大な魔力に当てられ、深刻な『魔力酔い』を引き起こしています。主はただ立って視界を共有しているだけにも関わらず、勝手に超ヤバい声を上げて絶頂を迎えるとは……到底理解し難い、救いようのない変態です」
「主様はなーんにもしてないのに、ベタベタ魔女が一人で気持ち悪い声出してるなの! 変態通り越してただのポンコツなのー!」
(ヒィィィ! そ、その通りだよお前ら! 完璧に俺の言いたいことを代弁してくれた……! 俺、本当に微動だにせず突っ立ってるだけなのに、なんで背後で勝手に限界突破しちゃってんの!? これじゃまるで俺がヤバいことしてるみたいじゃん! 冤罪だよ!!)
激しく動揺するアルクだったが、ふとステータス画面(視界)を凝視し、ある事実に気がついた。
(……ん? 待てよ。視界が完全にリンクしてるってことは、この『空間把握』の座標越しに、直接干渉できるんじゃないか!?)
アルクは背後から絡みつくねっとりとしたノイズ(喘ぎ声)を必死にシャットアウトし、指先に微かな闇の魔力を込めた。狙うのは、次元の裏側に潜むボスの蜘蛛――その巨大な足の『関節部分』のみ。
「……ノクス。余の魔力に合わせろ。対象の機動力を削ぐ」
「……了解しました。主の魔力軌道を補佐し、局所的な装甲破壊を実行します」
アルクの指先から放たれた『次元を越える見えない糸』は、アイリスの『瞳』のリンクを通過し、蜘蛛の足へと音もなく絡みついた。
切断には至らない、極めて精緻な力加減での絞め付け。その見えない糸の圧力によって、蜘蛛の外殻にピキッと微かな亀裂が走る。
「……作戦成功。対象の全関節部の耐久値を規定値まで低下させました。致命傷は避けています」
(よっしゃぁぁぁ! 完璧なアーマーブレイク! これなら今の勇者の装備でも、足の関節を狙えばちゃんと部位破壊できる! あとは勇者がここに来るのを待つだけだ!)
神調整の成功にアルクが内心で歓喜のガッツポーズを決めた、その直後だった。
「あ、あひぃっ……! ア、アルク様が今……私の中でっ……ものすごい魔力を、ドクンって、出しまし、たぁ……っ♡♡」
魔法を放つためにアルクが魔力を練り上げたことで、リンクを通じてさらに濃厚な魔力がアイリスへと流し込まれてしまったのだ。
(ヒィィィィ!? しまったぁ! 攻撃に魔力使ったら、こいつへの供給量もバーストするの忘れてた!! 頼むから勇者、早く来てくれぇぇぇ!!)
アルクは背後の変態から発せられる致死量の吐息に精神をゴリゴリ削られながら、心の中で勇者にSOSを送り続けるのだった。
勇者のためにアイリスの破廉恥な提案を飲んだアルク。神の瞳のリンク越しに見事「見えない糸」でのデバフ攻撃(レベル調整)を成功させますが、魔力を使ったことでアイリスへの「魔力酔い」をさらに加速させてしまう自爆オチに。
背後の変態に精神を削られながら待機するアルク。次回、いよいよ勇者一行のダンジョン攻略パートが幕を開けます!




