第30話:死闘の操り人形と、密室のティータイム
外は勇者の死闘、結界内は逃げ場のない密室デート。
全く噛み合わない二つの戦場が、今、交差する!
「――それではアルク様、アイリス様。少々外が騒がしくなりますが、どうかごゆっくりお寛ぎくださいませ」
強固な【絶対隔離結界】の外に立つ鬼の執行官が、結界内のアルクとアイリスに向けて、優雅に、そして恭しく深く一礼した。
(ひぃぃ……! 礼儀正しいのが逆に怖すぎる! 俺たちを完全に『VIP客』扱いして、今から勇者を『駆除対象の害虫』として処理しますって宣言じゃん!)
アルクが内心でビビり散らかしていると、執行官がゆっくりと頭を上げた。その瞬間、戦場の空気が一変する。
無機質な表情のまま執行官が指を振るうと、不可視の斬撃が大地を抉り、村の木々をあっけなく薙ぎ倒していった。凄まじい轟音と閃光が吹き荒れる。
「うおおおおっ! アルクとアイリスを返せぇぇ!」
勇者が熱血全開で突っ込む。だが、その動きの裏側では、過労気味の眷属たちが必死の裏方作業を強いられていた。
『……主、報告。この勇者の基礎スペックが低すぎて、糸を引く私の指が攣りそうです』
『勇者さん、骨が折れる端からルミナが治してあげるなの! 痛覚は麻痺させておくから、そのまま突っ込むなのー!』
「ははは! 体が勝手に動くぞ! 俺の筋肉が戦い方を完全に記憶しているのか! 痛くない、俺は無敵だ!!」
勘違いした勇者の剣が、ノクスとルミナのフルサポートによって、鬼の猛攻をギリギリで凌いでいく。
* * *
一方、結界の中は、外の爆音が嘘のような静寂と、最高級のハーブティーの香りに包まれていた。
「ああ……外の喧騒をBGMに、アルク様と二人きり。この逃げ場のない密室。……素晴らしいですわ」
アイリスが頬を紅潮させ、じりじりとアルクに距離を詰め、ついにその腕にがっちりと抱きついた。
「アルク様。せっかくの二人きりですもの……お茶請けのクッキー、私のお口から直接……んーっ……♪」
アイリスは薄紅色の唇にクッキーを咥え、目を潤ませながら、兜の隙間を狙うように顔を近づけてくる。
(ひぃぃっ! 近い! 柔らかい! じゃなくて、顔がダイレクトに迫ってくる! つーか結界の向こうで鬼もチラチラ見て圧かけてきてるし、マジで帰りたい!)
アルクは内心で泣き叫び、心臓をバクバクと鳴らしながらも、外面は微動だにせず、重厚な声で言い放つ。
「……ふん。戯れが過ぎるぞ、アイリス。そのような手管には乗らぬ。余はただ、外の『見世物』を楽しむだけだ」
「ああぁ……っ! 敢えて突き放すその冷たいお言葉、たまりませんわ……っ!」
(う、嘘です! 怖いだけです! 誰か助けてぇぇぇ!)
アルクの悲鳴は誰にも届かない。……いや、その様子を不可視の状態で結界の外から見ていた二人の美少女には、しっかりと届いていた。
『……主、報告。結界内の泥棒猫が、許容範囲を著しく超えました。この行き場のない殺意を、目前の障害物(鬼)に破棄します』
『主様に口移しなんて、ルミナでもやってないなのー! ムカつくから全部あいつにぶつけるなのー!!』
(待て待てノクス!? ルミナ!? お前らどこ見て……あっ)
戦場の空気が、鬼の威圧とは全く別の、理不尽なまでの怒りに染まった。
『ルミナ、勇者の肉体は使い捨てて構いません。フル稼働でいきます』
『了解なの! 限界突破バフ、盛り盛りで行くのー!』
ノクスの糸が勇者の体を無理やり超絶カッコいいポーズに固定し、ルミナが目を潰すほどの聖なる光を剣に纏わせる。
「喰らえ! 僕の魂の刃! 『ホーリー・バースト・スラッシュ(仮)』!!」
放たれた極光の斬撃が、鬼の魔法と激突する。
轟音が響き渡り、土煙が舞った。だが、鬼の執行官は無傷で防ぎ切り、その整った衣服の裾が、ほんの少し焦げただけだった。
「……おや。私の服を汚すとは、万死に値しますね。ここで塵に――」
鬼が反撃に出ようとした、その刹那。
アイリスとのイチャつき(一方的)に限界点を超えた眷属二人の、特大の八つ当たりが炸裂した。
『『消えろ(なの)!!!』』
勇者の剣閃とは関係のない、不可視の闇と光の奔流。
理不尽なまでの圧倒的な暴力が、反撃の構えをとっていた鬼の執行官を直撃し――声を発する暇すら与えず、空間ごと完全に消し飛ばした。
「……え?」
灰すら残らず、唐突に消滅した鬼。
結界も音もなく消え去る中、勇者は剣を構えたまま呆然とし……やがて、歓喜の声を上げた。
「あ、ああ! 見ろ! 鬼が跡形もなく消え去った! 僕の『ホーリー・バースト・スラッシュ(仮)』は、時間差で内部から対象を完全消滅させる、遅効性の奥義だったんだ!!」
(……違う! それただの嫉妬による特大の八つ当たりだ! 俺の眷属がキレてオーバーキルしただけだろ!!)
「アルク、アイリス! 二人とも無事か……!」
疲労の極致で膝をつきながらも、やり切った笑顔を向ける勇者。
その視線の先には、優雅にティーカップを持ち、アイリスに腕をがっちりとホールドされたままのアルクの姿があった。
「……なんてことだ。あの恐ろしい結界の中でも微動だにせず、アイリスを守り抜いていたのか……! お前の冷静な信頼があったからこそ、僕の遅効性奥義も完成したんだな!」
(い、いや、ただビビッて固まってただけなんだけど!? しかもアイリスが離れてくれないんだけど!?)
内心で大パニックに陥りながらも、アルクは冷徹な暗黒騎士としてゆっくりとカップを置き、疲労困憊の勇者に向けて鷹揚に頷いてみせた。
「……他愛もない。だが勇者よ。貴様のその『遅効性』とやらの剣撃、見事であったぞ」
『『……はぁ(なの)』』
どこからか、深い深いため息が聞こえた気がした。
『……主。今それを肯定したということは、次回以降、勇者がこの技を放つたびに、私たちが手動で「時間差の完全消滅エフェクト」を完全再現しなければならないという事実に気づいていますか……?』
『主様のアホなのー! ルミナたちの過労死が確定したなのー!』
(……あっ。マジだ。ごめんお前ら!!)
不可視の眷属たちからの絶望的なツッコミにアルクが内心で平謝りする中、勇者は目をキラキラと輝かせていた。
「ア、アルク……! ありがとう! 僕、この『遅効性奥義』をもっと極めて、これからもお前たちのために強くなるよ!!」
(……やめてぇぇ! これ以上極められたらノクスたちの指と魔力が死ぬ! だから誰か早くこのアイリスを引き剥がしてくれぇぇ!!)
眷属の理不尽な八つ当たりにより、哀れな鬼は消滅。
そしてアルクの適当な相槌により、裏方組の「必殺技手動再現ノルマ」が確定しました。頑張れノクス、負けるなルミナ!




