第26話 勇者のお膳立てと、魔王の娘の完全なる寝返り
ピラミッドの最奥で巨大ゴーレムと対峙する勇者一行。
アルクと眷属たちは勇者に華を持たせるため、進化した『見えない糸(分断)』と光魔法で完璧なお膳立てを決行する。
しかし、その直後に訪れた進化が、予期せぬ事態を引き起こす。
砂王のピラミッド最奥。
勇者の放った渾身の一撃が、けたたましい金属音と共に弾かれた。
「くっ……なんて硬さだ! 俺の全力の剣撃でも傷一つ付かないぞ!」
ボスの巨大ゴーレムを前に、勇者一行は防戦一方に追い込まれていた。
最後尾で様子を見ていたアルクは、静かに『見えない線』を構えた。
(……このままだと全滅だな。ノクス、勇者の剣の軌道に合わせてアレをやるぞ)
『……了解。対象の構造解析完了。勇者の剣速と『分断』のタイミングを同期させます』
『主様! ルミナが光の演出で誤魔化すなの! ピッカピカに光らせるなのー!』
その直前。最後尾にいるアルクの手を繋いでいたアイリスは、ひっそりと『神の瞳』を起動していた。
(何をするおつもりですか……? ――ッ!?)
瞳が捉えたのは、アルクの指先から放たれる極太の魔力の奔流だった。
それはただの魔法ではない。空間そのものを切断する『見えない糸』が、勇者の剣の軌道に沿って、ゴーレムの装甲に正確な「切れ込み」を入れていく神業。
(空間を、紙のように……!? しかも勇者の動きに合わせて、完璧なタイミングで防御を剥がしている!? なんて精密で、恐ろしい力……っ! ああっ……♡)
あまりにも理不尽で強大な力の片鱗を直に浴び、アイリスの魔族としての本能が激しく打ち震える。
流れ込んでくる純度100%の闇の魔力は、彼女の脳髄を溶かす劇薬だった。
(ダメ、ですわ! 私は特級隠密……こんな力に屈して、発情など……っ! ひうっ……♡)
ギリギリのところで理性を保ち、膝が震えるのを必死に堪えるアイリス。
再び勇者がゴーレムへ特攻し、剣を振り下ろす。
その剣先がゴーレムの装甲に触れるコンマ一秒前――アルクの『見えない糸』が、空間ごと巨大ゴーレムの胴体を真っ二つに『分断』した。
同時に、ルミナの放った極大の光魔法が勇者の剣を神々しく包み込み、視界を白く染め上げる。
ズドォォォォォンッ!!
「な……俺の剣が、ゴーレムを一刀両断に……!? や、やったぞーっ!!」
光が収まった後、勇者の足元には綺麗に両断されたゴーレムの残骸が転がっていた。
誰もが「勇者が奇跡の力を発揮した」と信じて疑わない。完璧な演出(お膳立て)だった。
ゴーレムの背後にあった宝箱から、ついに目的の『伝説の防具(鎧)』が現れる。
アルクがその鎧に触れた瞬間――かつてない質量の魔力が、彼と眷属たちの回路を激しく駆け巡った。
『……主。これは……。鎧との接触により、主の魔力臨界点が突破されました。これより、我々の存在基盤そのものが上位階梯へと再構築されます』
『わわっ、主様! なんだかルミナの体が熱いなの!』
『……警告。再構築に伴う情報量の超過により、主の肉体および我々の意識に、一時的なブラックアウトが発生します。……数秒後に、強制断絶――』
「(えっ? ちょ、ノクス!? ここで気絶するのか!?)」
アルクの視界が急速に暗転する。
ズシンッ! と、巨体の暗黒騎士が突然その場に倒れ伏した。
ノクスとルミナの気配も完全に途絶えている。ただのスリープではない、進化のための完全な気絶だった。
「アルク!? どうした、しっかりしろ!」
「わ、私が看病しますわ! 皆さんはお宝の回収を!」
慌てる勇者たちをよそに、迷子に偽装したアイリスが自らアルクを担ぎ上げ、部屋の隅の死角――大きな瓦礫の陰へと連れ込んだ。
二人きりになった瞬間、先ほどから限界まで耐えていたアイリスの息遣いが荒くなる。
「はぁっ、はぁっ……あ、あああっ……♡」
進化の最中にあるアルクの体からは、先ほどの戦闘中すら比較にならない、星を飲み込むような暴力的な闇の魔力が放出されていた。
それは魔族の本能を完全に狂わせる、極上の媚薬。
理性のタガが完全に外れたアイリスの瞳からハイライトが消え、完全に「発情したメス」の顔になる。
(もう……我慢できませんわ……。この御方のすべてを、私が……っ!)
アイリスは意識のないアルクの上に馬乗りになり、その装甲の隙間に手を掛け、熱い吐息を漏らしながら顔を近づけた。
唇が触れ合う直前――。
パチッ。
進化を終えたアルクが、静かに目を開けた。
「(…………えっ!?)」
目覚めたアルクの視界に飛び込んできたのは、自分に馬乗りになり、顔を真っ赤にしてよだれを垂らしそうな勢いで迫ってくる幼女の顔だった。
「(な、なんだこれ!? 何が起きてるんだ!? 怖い怖い怖い! 幼女に食われる!?)」
心の中ではパニックを起こし、限界までビビり散らかすアルク。
しかし、外から見れば「微動だにせず、ただ静かに冷徹な眼差しでアイリスを見つめ返す、底の知れない暗黒騎士」でしかない。
「あ……」
その絶対的な強者の視線に射抜かれ、アイリスは一瞬で我に返った。
そして、己の行動と彼の視線の意味を、凄まじい勢いで『超解釈』し始める。
(私が襲いかかるのを分かっていて、あえて無防備な姿を晒した……。そして、初めて発情してしまった私のあんなハレンチな姿を、ただ静かに、真っ向から受け止めて(見つめ返して)おられる……! ――魔族の純潔な乙女にここまでの醜態を晒させた意味、そういうことでしたのね!)
アイリスはアルクの上から慌てて降りると、その場に深く平伏し、顔から火が出るほど真っ赤になって叫んだ。
「……責任、取っていただきますわよ!!」
「(……はい?)」
「私の正体が魔王の娘・アイリスであることも見抜いた上で、この私の初めての……は、発情した姿を無言で受け入れたのです! ここまで見ておいて素知らぬ顔は許しませんわ! 当然、結婚を前提としたお付き合いから始めさせていただきます!」
「(……えっ!? 結婚前提!? 魔王の娘!? しかも俺、気絶明けにフリーズしてガン見してただけなんだけど!?)」
「この身も心も、そして私の持つ隠密の技術も、すべては未来の旦那様のために! もしお父様が貴方様の真の力に気づけば、間違いなく総力を挙げて殺しにくるでしょう。……そんなことになれば、私たちの結婚の邪魔になりますわ!」
「(……えええ!?)」
「ですから、私は一度魔王軍に戻り、『アルクは無害な愚者である』と虚偽の報告をしてまいります! 私たちの幸せな未来のために、お父様を欺く最高の『愛の密偵』になってみせますわ! それでは未来の旦那様、また後ほど……♡」
アイリスはアルクの沈黙(ただ思考停止しているだけ)を「交際の合意」と受け取り、熱烈な投げキッスを送ってから、隠形術を使って遺跡の奥深くへと消えていった。
「(……俺、一言も喋ってないのに、なんか魔王の娘に『責任取れ』って言われて、結婚前提の『愛の密偵』な彼女ができちゃったんだけど……?)」
再構築を終えて全快したノクスとルミナが脳内で再起動する中、アルクは一人、置いてけぼりの思考のまま立ち尽くすのだった。
勇者のお膳立ては完璧に成功し、アルクはさらなる進化を遂げました。
そして、魔王の娘の初めての発情姿を無言でガン見してしまった(?)結果、責任を取らされる形で、自ら実の父親を裏切る「結婚前提の愛の密偵」を獲得してしまいました。




