第25話 おもてなしと、理性を溶かす甘い毒
深夜のピラミッドで、最強の暗黒騎士が眷属の力を借りてダンジョン改修を決行する。
これまでは「敵を動かし攻撃をずらす」ためだけに使われていた『見えない線』が、進化によって初めて空間を「分断」する神業を見せた。
しかし、その強大すぎる魔力の行使は、二人の眷属に深刻な負荷を与えていた。
夜明け前。
砂王の遺跡である巨大なピラミッド内部に、黒い影が一つ、静かに佇んでいた。アルクである。
(……さて、流砂の罠と毒矢のギミックだが。進化したおかげで、空間に引く『見えない線』を複数同時に扱えるようになったな)
アルクが心の中で呼びかけると、二人の眷属が脳内で即座に応答した。
『……主。対象座標の解析、および魔力出力の最適化……完了。多重展開マクロを実行します。……ですが、主の魔力量の増大に対し、我々の演算リソースが限界を迎えつつあります。制御を失わぬよう、注意してください』
ノクスが魔力管理を含めた全演算をこなし、アルクの肉体を制御する。だが、その声にはわずかにノイズが混じっていた。
『主様! 魔力出力、ルミナがんばるなのーっ!』
これまでの『見えない線』は、敵の座標を強制的に移動させ、その攻撃の軌道をずらすための干渉力だった。しかし、進化した強大な魔力が注がれたことで、その干渉は空間そのものを物理的に断ち切る**「分断」**の権能へと昇華した。
ズパァァァンッ!!
遺跡の巨大な岩壁が豆腐のようにスライスされ、完璧な石板が切り出される。それらは宙を舞い、流砂の上へと正確に敷き詰められ、余った破片は毒矢の穴を一瞬にして塞いでいった。
『……。進化した魔力により、出力が座標移動を超え、『分断』の領域まで到達。……改修は完了しましたが、主。やはり今の我々では、あなたの魔力を完全に捌ききれません。この出力負荷、次の「鎧」を手に入れるまでは解消されないかと……』
『ううぅ、頭がアチアチなの……。ルミナ、もう限界なのー!』
ノクスの警告と、ルミナの悲鳴。アルクは数秒で完了した改修を見届け、小さく頷いた。
(二人とも、無理をさせた。休んでくれ)
『……主。冷却のため、強制スリープに入ります』
『おやすみなさいなのー……』
二人が深い眠りに落ち、脳内が静まり返る。アルクは自身の溢れ出す魔力を感じながら、涼しい顔で宿屋へと帰還した。
───
数時間後の、朝。
勇者一行は、ついにピラミッドの入り口へと到着した。
「よし、伝説の防具はこの奥だ! 気を引き締めていくぞ!」
「……ええ。でも勇者、ちょっと待って。あそこの岩陰……」
ピラミッドの入り口付近に立つ巨大な石柱の陰で、一人の少女が膝を抱えて泣いていた。
彼女の正体は、魔王の娘・アイリス。特級の隠蔽術で「迷子の幼女」を演じている。
「アルク、悪いがこの子の『子守り』を頼めないか? お前は一番歩くのがゆっくりだろ? 最後尾で手を繋いでやってほしいんだ」
(……俺のペンギン歩きが、子供の歩幅と同じくらいってことか。まあ、丁度いい)
ノクスとルミナは過負荷でスリープ中。
アルクは無言でアイリスの前に膝をつき、鉄のガントレットに包まれた手で、彼女の小さな手をそっと握った。
(計画通りですわ! さあ、『神の瞳』ですべて丸裸にして差し上げます……!)
アイリスは手を繋いだまま、ひっそりと『神の瞳』を起動した。
『――観測開始』
次の瞬間。
「……ッ!?」
ドクン、と。アイリスの心臓が、痛いほど跳ねた。
魔族の本能にとって、アルクの闇の魔力は、理性を焼き切り、強制的にメスとしての本能を呼び覚ます、致死量の媚薬そのものだった。
(な、何ですの、この魔力は……っ!? あ、あああっ……♡)
理性が吹き飛びかけるアイリス。
「(ん? 歩き疲れたか?)」
歩幅バグのせいでカクカクと動くアルクが、心配そうに彼女の手を握り直す。
「ひゃうっ……!?」
接触に背筋を快感が突き抜ける。プライドで理性を繋ぎ止めるアイリスは、そこで周囲の痕跡――深夜、アルクが生み出した「初の分断」の跡に気づいた。
(空間そのものが……断ち切られていますわ。対象をずらし、攻撃をいなす程度の術とは次元が違う。空間ごと『切り取った』跡ですわ……。なんて底の知れない……!)
熱に浮かされた脳が、一つの『超解釈』を弾き出す。
(これほどの方が、なぜこんなに不器用な歩き方を……? そうか! ご自身の魔力が強すぎて、少し動くだけで世界を分断してしまうのだわ! だからわざと動きを制限し、何重もの『見えない枷』をかけておられるんだわ!)
アイリスは真っ赤になった顔を俯かせながら、繋がれたアルクの手をギュッと握り返した。
(必ず、貴方の正体を暴いてみせますわ!)
魔王軍の特級隠密は、己がすでに『甘い毒』に侵され始めていることに気づかないまま、決意を新たに標的を見上げるのだった。
進化したアルクの『見えない線』は、空間を分断する神業へと変貌していました。
圧倒的な魔力に当てられたアイリスの勘違いは、もはや後戻りできない深さまで到達しています。




