第24話 熱砂のペンギン歩きと魔王の娘
雪山を越えた一行を待っていたのは、灼熱の砂漠。
しかし、強制進化したアルクを静かに苦しめていたのは、気候ではなく己のバグだった。
雪山を下り、山脈を抜けた勇者一行を待っていたのは、景色が一変するほどの過酷な気候――どこまでも続く灼熱の砂漠地帯だった。
「ふぅ……雪山の吹雪もキツかったが、この日差しも堪えるな」
「本当にね。こまめに水分を取らないと倒れちゃうわよ」
額の汗を拭う勇者と魔術師。その後ろを、全身黒ずくめの重鎧を着た暗黒騎士が静かに歩いていた。
(……環境耐性の恩恵だな。鎧の中は適温に保たれている。……ただ)
アルクは暑さとは全く別の理由で、兜の中で静かに息を吐いていた。
広い砂漠だというのに、彼の歩き方は妙にこぢんまりとしていた。足を揃え、まるでペンギンのように「チョコ……チョコ……」と数センチずつしか進んでいないのだ。
(一歩の歩幅設定が狂ったままだ。少しでも強く踏み込めば、空間をすっ飛ばして何十メートルも先へワープしてしまう。……操作がシビアすぎるな)
文字通り、一歩一歩の操作が命がけの縛りプレイである。
そんな不自然な歩みを見かねて、勇者が振り返り、ハッと息を呑んだ。
「……アルク。お前、その重い鎧で砂漠を歩くのは俺たち以上にキツいはずなのに。俺たちがバテないように、わざとゆっくり歩いてペースを合わせてくれてるんだな……!」
「(……いや、操作が難しくて小股でしか歩けないだけなんだが。……まあ、そういうことにしておこう)」
またしても勝手に感動する勇者と、「……ほんと、無駄に我慢強いんだから」と呆れ半分に目を逸らす魔術師からの視線を浴びつつ、アルクは無言でコクッと頷き、淡々とペンギン歩きを続けた。
――その日の夕方。
一行は砂漠の中継地点である、オアシスの村へ辿り着いた。
「おお、勇者様! よくぞこの辺境の村へ!」
村長から歓待を受け、冷たい水と食事が振る舞われた一行は、そこで新たな情報を耳にする。
「実はこの砂漠の奥深く、『砂王の遺跡』と呼ばれるピラミッドには、かつて魔王軍と戦った勇者様の『陽炎の聖鎧』が眠っているという伝承がございます!」
「伝説の防具……! よし、明日さっそくその遺跡へ向かおう!」
勇者は目を輝かせ、冒険のモチベーションを最高潮に高めていた。
だが、隣で静かに冷水を飲んでいたアルクは、ゲーマーとしての冷静な分析を行っていた。
(砂漠のピラミッド……厄介だな。流砂や初見殺しの罠ばかりで、プレイヤーが一番ストレスを溜めるステージだ。せっかくの勇者のやる気が、理不尽なギミックで削がれるのは避けたいところだが……)
『主、勇者の適切な成長とモチベーション維持のため、事前のフィールド環境整備を推奨します』
「(……ああ。少し手を入れておくか)」
深夜。一行が寝静まったのを確認すると、アルクはこっそりと宿を抜け出し、一人で砂王の遺跡へ向かった。
勇者に最高の冒険(ストレスフリーな神ゲー体験)を味わってもらうための、深夜の「おもてなし(ダンジョン清掃)」の開幕である。
(まずはこの流砂の罠の上に、持ってきた板を敷いて……。壁の毒矢の穴は、泥壁で塞いでおくか。あとは伝説の防具の砂埃を払えば十分だろう)
絶対的な力を持つ『空間の支配者』は、勇者のために淡々と、地味すぎる裏方作業をこなしていくのだった。
───
同じ頃。
空気が凍りつくような禍々しい魔王城の、さらに奥深く。
「ふふふーん、ふーん♪」
薄暗い謁見の間で、鼻歌が響いていた。
玉座に座る魔王の足元で、無邪気に五寸釘の刺さっ
た呪いのぬいぐるみに可愛いリボンを結んであげて
いる。
見た目は10歳前後の可憐な幼女。しかし、彼女が身に纏っているのは、子供が着るにはあまりにも布地が少なく、身体のラインがくっきりと出るピチピチの悪魔的な衣装だった。
彼女こそ、100歳を超える特級魔族にして、魔王の愛娘――アイリスである。
「……アイリスよ」
「はい、お父様!」
魔王の呼びかけに、アイリスはぱぁっと花が咲いたような笑顔で振り返る。
「お前を箱入りにしすぎたな。そろそろ外の世界を知り、次期幹部としての経験を積む時期だ」
「まあ! ついに私にもお役目がいただけるのですね!」
「うむ。現在、勇者一行が砂漠の遺跡へ向かっている。だが……真に警戒すべきは勇者ではない。勇者に同行し、あまつさえ『勇者を支援している』ように見える……かつての『竜王』だ」
魔王の重々しい声に、アイリスも少しだけ姿勢を正すが、その瞳には驚きが浮かんでいた。
「元竜王……!? あの、お父様がかつて戦場で見捨てたとされる、伝説の……?」
「そうだ。誇り高き竜王が、敗北した憎き勇者に寝返るなどあり得ん。……恐らく、勇者を都合のいい手駒として泳がせ、我ら魔王軍への『復讐』の機会を伺っているのだろう。奴がどのような力を得て這い上がってきたのか。アイリスよ、お前の『神の瞳』で奴の真意と、付け入る『弱点』を探り出せ」
「お任せくださいませ! バッチリ監視して、その伝説のお方の正体を丸裸にして差し上げます!」
アイリスはふわりと力強く微笑み、くるりと背を向けた。
……が、魔王は「待ちなさい」と声をかけ、パチンと指を鳴らした。
途端、アイリスの足元の影がドロリと底なしの沼のように広がり、そこから這い出るように一体の異形が姿を現した。
光を一切反射しない漆黒の体躯。大柄な戦士すら一息で両断できそうな、巨大で禍々しい鎌のような両腕。ゆらゆらと輪郭を揺らすその怪物は、音もなくアイリスの背後に付き従い、血のように赤い双眸だけを妖しく光らせた。
「この『影の死神』たるノワールを連れて行け」
「まあ! 私専用のナイトですのね。よろしくね、ノワール」
アイリスが無邪気に頭を撫でると、周囲の空間すら凍らせるほどの殺気を放っていた死神は、まるで忠犬のように目を細め、再び彼女の影の中へと静かに溶け込んだ。
それを見届け、魔王は親バカ全開の口調で身を乗り出す。
「いいかノワール、お前の主は今日からアイリスだ。我の命令すら忘れろ。何があってもアイリスの意思を優先し、彼女の敵を一人残らず屠れ! アイリスの安全と『望み』こそが絶対の命令だ!」
「もう、お父様ったら過保護すぎますわ。では、行ってまいりますね」
魔王は、親バカゆえの、そしてかつて棄てた王への恐怖ゆえの安堵を抱いていた。
愛娘の身を案じて与えた『絶対の護衛』。そして、いかなる真実をも見抜く『神の瞳』。
万全を期したはずの采配が、かえって彼女を予測不能な深淵へと導く足枷になることなど――玉座で満足げに頷く魔王は、まだ知る由もなかった。
アルクの正体は、魔王すら復讐を警戒する伝説の『元竜王』。
かつての因縁を抱えた魔王軍と、深夜の遺跡でお掃除中のアルクがついに交錯します。




