第21話 自作自演〜マッチポンプ〜
限界を迎えたノクスとルミナに、魔王軍の暗殺部隊が迫る。
主のやり方を真似て「交渉」を試みた結果……未完成の竜が吹雪の夜に解き放たれます。
深夜。猛吹雪に包まれた雪山の集落。
宿屋のベッドで、アルクは強制進化に伴う深い眠りに落ちていた。
肉体を内側から操作し、人間の皮を繋ぎ止めているノクスとルミナは、すでに限界を迎えつつある。主の器から溢れ出ようとする進化のエネルギーを抑え込むだけで、演算リソースは焼き切れそうだった。
深夜。猛吹雪に包まれた雪山の集落。
宿屋のベッドで、アルクは強制進化に伴う深い眠りに落ちていた。
肉体を内側から操作し、人間の皮を繋ぎ止めているノクスとルミナは、すでに限界を迎えつつある。主の器から溢れ出ようとする進化のエネルギーを抑え込むだけで、演算リソースは焼き切れそうだった。
そこへ、脳内の通信回路に観測員(影の使者)からの念話が届く。
『……偉大なる御方。ご報告いたします。勇者の命を狙い、愚かな将が暗殺部隊を差し向けました。魔王陛下はこれを制止せず……「彼奴がどう動くか、見極めよ」と』
観測員の声は静かだった。畏敬はありつつも、魔王の意向に従い、アルクの実力を「観察」する立場からの通信。
ノクスは即座に状況を演算する。魔王のテストであり、街で暴れれば被害が出る。今の限界状態では「人間の姿」での戦闘は不可能だ。
(……主であれば、まずは『交渉』によって無駄な戦闘を避けるはずです。それでも駄目なら、人型の維持を放棄し、街から離れた場所で殲滅します)
『ノクス、どうするなの!? このままだと主様の力が漏れちゃうなの!』
(……ルミナ。プランを伝達します。街への被害を防ぐため、部隊を外へ誘導。「竜」の姿で殲滅した後、その混乱に乗じて、我々の拠点である『巣』へと撤退します)
方針は決まった。
ルミナが限界の魔力を振り絞り、アルクの肉体を動かして勇者の部屋へ向かう。
「……貴様、聞こえぬか。雪原の底から……『竜』の胎動が。この周辺には、吹雪の夜に古の竜が現れるという伝承がある」
「竜!? まさか、アルク、お前一人で行く気か!?」
「我は様子を見てくる。貴様らは街から一歩も出るな。……万が一、竜の姿を見ても絶対に近づくな。死ぬぞ」
勇者に強烈な警告を与え、アルク(ノクス操作)は窓から夜の闇へと身を躍らせた。
しかし、勇者が「親友を一人で行かせるわけにはいかない!」と、密かに後を追ってくることまで、極限状態のノクスは予測しきれなかった。
街から離れた、雪深い谷底。
勇者を待ち伏せしていた魔王軍・暗殺部隊の前に、アルクが立ちはだかる。
「……退け。今はまだ、勇者を刈り取る時期ではない。我が計画を邪魔立てする気か」
主の威圧感と重低音を完璧に模倣し、ノクスは交渉を試みた。
しかし、暗殺部隊は無言で刃を構えた。彼らは魔王の命を受け、アルクを試すための捨て駒として死狂いとなっていた。
(……交渉決裂。論理的解決を放棄します。ルミナ、全リミッター解除! 人型の維持を捨て、エネルギーを全て『排出』しなさい!)
『了解なのー!』
暗殺部隊が襲い掛かる瞬間。アルクの「人間の皮(偽装)」が、内側からの圧力で弾け飛んだ。
崖の上から谷底を見下ろしていた勇者は、そこで信じられない光景を目撃する。
猛吹雪の中、光と闇の魔力が渦を巻き、不定形に膨れ上がった『巨大な竜のシルエット』。
それは洗練された真の姿ではない。覚醒途中ゆえの、制御不能なエネルギーの化身だった。
――ギィィィィンッ!!
咆哮と共に、竜のシルエットからドス黒い紫色の霧――『高濃度の竜の瘴気』が一気に噴き出した。
覚醒途中の未完成な力は出力調整が効かない。瘴気は濁流となって谷底を満たし、暗殺部隊を飲み込んだ。彼らは悲鳴を上げる間もなく、鎧ごとドロドロに溶けて雪原の染みと化す。
「な、なんだあの霧は……!?」
勇者が戦慄した時、事態はさらに悪化する。
瘴気の量が多すぎたのだ。溢れかえった死の霧は谷底から這い上がり、崖の上にいる勇者の足元まで一気に浸食を始めた。
「うわっ、しまっ――!?」
逃げる間もない。濃密な瘴気が勇者を包み込む。
死を覚悟した、その瞬間。
カァァァァッ!!
勇者の胸元から、目も眩むような神聖な白銀の光が爆発した。
彼が身につけていた『聖銀の胸当て』が、主人の危機に自動反応したのだ。展開された聖なるバリアが、襲い来る紫色の瘴気をジジジッと音を立てて払い退けていく。
絶対的な死の霧の中で、勇者だけが、聖銀の輝きに守られて無傷で立ち尽くしていた。
「この光……聖銀の胸当てが、俺を守って……?」
勇者は、瘴気の向こうで蠢く恐ろしくも神々しい竜の影と、自分を守る温かい光を見比べた。
一方、瘴気を出し尽くしたノクスとルミナは、勇者の生存を確認すると、即座に撤退行動に移った。
(……勇者の無事を確認。これより、混乱に乗じて『巣』へ帰還します)
二人の眷属は、街の衆が「竜が出たぞ!」と大混乱に陥っているどさくさに紛れ、竜の姿のまま吹雪の空へと舞い上がった。そして一直線に自分たちの絶対安全地帯である『巣』へと逃げ帰り、最奥の寝台に主の肉体をドサリと横たえた。
絶対的な静寂に包まれた巣の中。
アルクは強制進化の熱に浮かされながらも、どこか満足げな寝息を立てている。その脳内で、二人の眷属による反省会が始まっていた。
『ひええええ! やっちゃったなのー! 主様が起きたら絶対にお説教なのー!!』
ルミナが半泣きで叫ぶ。
『勝手に竜になっちゃうし、勇者さんを猛毒で巻き込みかけたし、しかも勇者さんを置いて勝手におうちに帰ってきちゃったなの! どう言い訳するなのー!?』
(……何も問題はありません。暗殺部隊の排除、正体の隠蔽、そして魔王からの評価。全てを達成した、極めて論理的かつ完璧な防衛戦でした)
ノクスが一切悪びれずに正論を返す。
『どこが完璧なの!? 防具で助かったから良かったものの、あれ主様が取らせてくれたアイテムなのー! 完全に自分で撒いた毒を自分で防いでるマッチポンプだったなの!』
(結果として勇者の聖銀との親和性も高まりました。主の御心通りです。……私は魔力残量が限界です。主が目覚めた後の事後処理は、あなたにお任せします)
『あっ!? ノクス、逃げる気なの!? ズルいなのー!』
(……スリープモードへ移行します。おやすみなさい、ルミナ)
『ルミナも寝るなのー! 主様の怒られ役はイヤなのー!!』
プツン、プツンと、脳内のシステムが次々とシャットダウンしていく。
自らが特大の爆弾を撒き散らし、勇者に消えないトラウマと伏線を植え付けたことなど露知らず。
巣の最奥で、アルクはただ安らかに、進化の眠りにつき続けていた。
自分で撒いた猛毒を、かつて祠で手に入れさせた防具で防ぐという壮大なマッチポンプ。
特大の伏線を残し、責任を押し付け合って逃亡した眷属たち……何も知らない主が目覚める次回へ続きます!




