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最強ドラゴンだけどビビりなので勇者に倒してもらいます  作者: マコPON


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第20話 ルミナの暴走奇譚

限界を超えた下山の代償で、主であるアルクもノクスも機能停止。

たった一人残されたルミナが不器用に肉体を操る中、最悪のタイミングで勇者たちが合流してしまい……。

視界を白く塗り潰していた猛吹雪が、少しずつその勢いを弱めていた。

 ここは、勇者一行が滞在している雪山の麓の集落。粗末だが頑丈な木造の家屋が身を寄せ合うように立ち並び、厳しい寒さを凌ぐための分厚い扉が、外界の脅威を遮断している。


 その集落の裏手、人目につかない納屋の影。

 そこへ滑り込んだ黒い鎧の巨漢は、壁に手をついた瞬間にガクガクと膝を震わせた。


(……限界、です。魔力回路の冷却プロセスへ強制移行。……筋繊維の再構築ルート、固定完了。これより、全リソースを主の修復へと回します)


 肉体の内側、深い静寂の底でノクスの声が途切れる。

 張り詰めていた糸が切れるように、主の肉体からノクスの冷徹な気配が消失した。魔王軍の使者との死闘にも等しい情報戦と、限界を超えた下山の代償。重力に従って前へのめり込む巨体。このままでは、顔面から雪泥の中に突っ込んでしまう。


『ひええええええええっ!? わ、わかったなのー! ここからはルミナが主様を動かすなのー!』


 慌てふためいたルミナが、肉体の操作権を強引に引き継いだ。

 普段は『剣』として光の演出や魔力放出を担う彼女にとって、神経や筋繊維の精密操作などできるはずもない。彼女が取った手段は、アルクの関節の要所に光の魔力を結びつけ、まるでマリオネットを上から操るように強引に身体を引っ張るという荒業だった。


 ギリギリのところで前のめりの体勢を踏みとどまったアルクの肉体が、カクカクとした不自然な動きで、なんとか直立の姿勢を取り戻す。


『ふぅ……あっぶなかったなのー。なんとか立てたなの。あとは、お部屋に戻って主様をベッドに寝かせるだけなのー!』


 ルミナが安堵の吐息(白い息)を漏らした、まさにその時だった。


「――アルク! そこにいたのか!」


 納屋の角を曲がって、聞き慣れた明るい声が飛び込んできた。勇者だ。その後ろには、静かに杖を突いて歩く魔術師の姿もある。


『ひぎゃあああ! 勇者さんたちに見つかっちゃったなのー!』


 ルミナは内心で大絶叫しながら、必死に主の関節に魔力を通した。

 だが、焦れば焦るほど、制御は混線し、筋肉はあらぬ方向へと収縮を始める。


「遅かったな! 吹雪が酷かったから心配して探しに行こうかって――って、アルク?」


 勇者が目を丸くして立ち止まった。

 彼の視線の先で、アルクの巨体は信じられない動きを見せていた。

 上半身を不自然に左右へ揺らしながら、膝を高速で交互に高く上げ、腕をくるくると回す。吹雪の中で正体不明の儀式を行っているかのような、奇妙で、かつ躍動感だけは無駄にあるステップ。


「あっ! お前、またあの時の『謎ダンス』やってるのか!」


 勇者が指を差して声を上げた。

 そう、以前の旅路においても、アルクはこの不可解なステップを踏んでいたことがある。

 ルミナのコアに深く刻み込まれた、本能的な動き。


『ひええええ! ルミナ、焦ってまた踊っちゃったなのー!』


 今のアルクは強制進化の負荷で深い眠りの底に沈んでおり、ノクスも機能停止中。主のフォローもなければ、冷静な助言もない。ルミナたった一人で、この地獄の空間を乗り切らなければならないのだ。


「……アルク。あなた、またその動きやってるのね」


 魔術師が引きつった顔で溜息をつく。

 ルミナはパニックになりながら、アルクの重低音ボイスを引っ張り出して必死に虚勢を張った。


「……フン。我を案ずるなど、百年早い。……これは、滞った魔力循環を物理的に加速させる、至高の鍛錬だ」


「どう見ても、ただ変な踊りを踊ってるようにしか見えないわよ」


 魔術師のジト目が突き刺さる。

 ルミナは必死にダンスを止めようとしたが、慣れない操作のせいで、今度はポーズを決めたまま静止してしまった。左足を高く上げ、右手を天に突き刺した状態で、アルクは不敵に笑う(ように表情筋を固定する)。


「……貴様ら凡百には理解できぬ。世界の波長を、この肉体で刻んでいるのだ」


「そ、そうか! 何回見てもよくわかんないけど、さすがアルク、やることに迷いがないぜ!」


 勇者が能天気な納得を見せる中、ルミナは内心で血の涙を流していた。


 かつて主が現世の光の板(画面)の向こう側に見、魂を奪われた『あの子』の一挙手一投足。生配信中に見せる、万人の心を掴むためのあの特有の動作テンプレートが、アルクの重厚な肉体を通して無意識に出力され続けている。

 腕を組もうとして指先だけを出す萌え袖。勇者の話を聞くときにコテンと傾く首。屈強な暗黒騎士が、計算された『可愛らしさ』を連発しているのだ。


「……ちょっと、アルク。前から思ってたけど、あなたその踊りをした後、異常に女子力が高くなるわよね。今の首の角度、何よ」


『ひえええ! 魔術師さんの観察眼が鋭すぎるなのー!』


「その上目遣いもやめなさい。気持ち悪いわ」


 魔術師がジリジリと距離を詰めてくる。疑念に満ちたその瞳に、ルミナの処理能力は限界を迎えようとしていた。


『もうダメなのー! バレちゃうなのー! 主様、お願いだから起きてルミナを助けてなのー!』


 ルミナが半泣きになった、その時だった。


「――えっ、あっ!? 危ない!!」


 勇者が突然、広場の方角を指差して叫んだ。

 彼らの視線の先、集落の広場の中央で、小さな子供が一人で泣きじゃくっていた。吹雪ではぐれてしまったのか、母親を探して途方に暮れている。

 そしてその真上――集落で一番高い時計塔の屋根から、吹雪によって巨大に成長した氷柱と雪の塊が、嫌な音を立てて剥がれ落ちようとしていたのだ。


「しまっ……間に合わない!」


 勇者が駆け出そうとするが、距離が遠すぎる。魔術師も咄嗟に杖を構えるが、詠唱の時間がない。

 数百キロはあろうかという氷の塊が、小さな命に向かって落下を開始した。


『あっ!! あぶないなのー!!!』


 その瞬間、ルミナの内に秘められた「誰かを救いたい、笑顔にしたい」という純粋な本能が爆発した。


 いつものアルク(ノクス制御)であれば、空間を瞬時に蹴り、一瞬の残像と共に子供を抱き上げ、涼しい顔で着地していただろう。だが、今の操作系はルミナだ。洗練された戦闘技術など欠片もない。


「うおおおおおっ!!」


 アルク(ルミナ)は、野太い声とは裏腹に、両手をバタバタと振るいながら広場へと泥臭くダイブした。

 足をもつれさせながら雪泥の上をスライディングし、なりふり構わず子供へと突っ込んでいく。


「アルク!?」


 勇者と魔術師が驚愕の声を上げる中、アルク(ルミナ)は落下する氷柱の真下に滑り込み、泣き叫ぶ子供をその分厚い鎧の胸にガッチリと抱きしめた。


 ――ズドォォォォォンッ!!


 凄まじい轟音と共に、背中に巨大な氷の塊が直撃し、粉々に砕け散った。

 鎧は無傷。だが操作に慣れないルミナは衝撃を逃がしきれず、雪泥の中に無様に転がった。


「アルク! 大丈夫か!」


 勇者が駆け寄る。

 雪煙が晴れた後、そこには、泥と雪に塗れながらも、子供を壊れ物のように大切に抱きしめているアルクの姿があった。


『いったぁぁぁい! なのー! でも、子供ちゃんは無事なのー!』


 ルミナは慌てて身体を起こした。

 子供の無事を確認して、顔を撫でてやりたくなる。だが、ガントレットを外すわけにはいかない。

 今の主の身体は強制進化の真っ最中だ。もし素手を晒せば、人間のそれとはかけ離れた鋭い竜の爪や硬質な鱗が顕になっている危険性が極めて高い。


 だからルミナは、分厚く冷たい黒鉄のガントレットのまま、泣き出した子供の頭へと恐る恐る手を伸ばし、絶対に傷つけないように、ひどく不器用に、けれど本当に優しく撫で始めた。


「……泣くな。もう、大丈夫だ」


 重低音の声が、これ以上ないほど柔らかく響いた。

 無骨な鎧の指先で、子供の涙をそっと拭い、安心させるようにゆっくりと背中をさする。


 ……その不自然なほど美しい『笑顔の型』。

 かつて現世の画面の向こう側から、すべてのファンに向けられていた、あの完璧なテンプレート。万人に愛されるための、非の打ち所がない表情。


 泥だらけになりながら、先ほどの不可解なダンスの時とは打って変わった、真摯な慈愛。


 勇者はその光景を見て、目を潤ませて立ち尽くしていた。


「アルク……お前……っ!」


「俺、お前のこと勘違いしてたよ……! いつも冷たいことばっかり言うし、時々変な踊りもするけど……本当は俺たちが甘えないように、わざと突き放してたんだな……!」


 勇者は両手で顔を覆い、感極まったように叫んだ。


「冷たい鉄の鎧を着たままでも、あんなに優しく子供を抱きしめられる……。お前、本当は……不器用で、熱くて、最高に優しい奴なんだな!!」


 勇者の勘違いが、最高潮の勢いでカンストした。

 魔術師も、ふっと表情を和らげる。


「……変な踊りとか、女子力高くて気持ち悪いなんて言って悪かったわ。……ただの、子供好きの不器用な人だったのね。泥だらけの顔で子供をあやすなんて、ふふっ……少し見直したわよ」


『やったなのー! ルミナ、主様がいないから絶対大失敗するって思ったけど、結果的に好感度を爆上げさせちゃったなのー!』


 ルミナは内心で盛大にガッツポーズを決めた。

 勇者からの信頼は今や盤石。アルクの株は想定外の方向で青天井に上がった。


 ただ一つ、意識の深層で眠り続ける創造主アルク本人が、この一部始終を全く知らないということだ。


(……もし主が起きてこの光景を見たら、自らのクールな暗黒騎士キャラが『ダンス好きの心優しいアニキ』へと完全崩壊した事実に絶望し、永遠の眠りを望むことでしょう……)


 わずかに意識を戻したノクスが、静かにその惨状をログに記録し、再び沈黙した。

ルミナの決死のワンオペ代行劇は、勇者たちの特大の勘違いを呼んで大成功(?)を収めました。

勇者からの好感度はストップ高ですが、本人が目覚めて自分のキャラ崩壊を知った時、果たしてどうなってしまうのか。

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