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最強ドラゴンだけどビビりなので勇者に倒してもらいます  作者: マコPON


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第18話 神域の最高級おもてなし

「聖銀の胸当て」を目前にした一行。しかし、英雄の成長と引き換えに、アルクの肉体には理不尽な変質が迫ります。正体を隠し通すため、彼は猛吹雪の中へと身を投じました。

祠の内部は、静寂そのものだった。

 壁面を覆う透き通った氷が、勇者が掲げる灯火を反射し、青白い光となって奥へと続いている。千年以上も閉じ込められていた空気は、肺を凍らせんばかりの冷気と、肌を刺すような鋭い魔力をはらんでいた。

(……寒い。本当に寒い。擬態した甲冑の中でガタガタ震えてるのを隠すだけで精一杯なんだ。おまけに足元は磨き上げられたスケートリンクみたいにツルツル滑る。ここで転んで無様な姿を見せたら、これまで必死に積み上げてきた『底知れぬ強者』としての威厳が台無しだ……!)

 俺――このパーティでアルクと呼ばれている男は、内心のパニックを鉄仮面の裏側に押し込め、重厚な、余裕を感じさせる足音を響かせながら進む。

 一歩踏み出すごとに、氷の床が軋む音が広大な空間に反響した。背後では、勇者が剣の柄を握りしめ、魔術師が警戒露わに杖を掲げている。

「……静かすぎるわね。罠の気配はあるけれど、どれも死んでいるわ。まるで、私たちが来る前に、誰かが牙を抜いておいてくれたみたいに」

 魔術師の鋭すぎる呟きに、俺の背筋に冷や汗が伝う。

(……ギクッ。バレてない、絶対にバレてないはずだ。ノクスが空間干渉で物理的に固定しただけだ。魔法的な痕跡は残してない。……ノクスの仕事に抜かりはないはずだ!)

「……古の聖域だ。我らのような強者が踏み込めば、卑小な細工など、その存在が放つ重圧に耐えかねて沈黙する。……それだけのことだ」

「へへっ、さすがアルク! お前がいれば、千年前の罠だってビビって動けなくなるってもんだな!」

 勇者は俺のハッタリを一切疑わず、尊敬の眼差しを向けて笑う。この真っ直ぐな信頼が、今は少しだけ申し訳なく、同時に俺の胃痛を和らげてくれる唯一の救いだった。

 やがて、一行は最深部である円形広場へと辿り着いた。中央の氷の台座の上に、伝説の防具「聖銀の胸当て」が鎮座している。その瞬間、広場全体を震わせる地鳴りと共に、四本の腕を持つ氷の巨人――アイス・ガーディアンがせり上がってきた。

(出たな……! データにないバグ個体! どう見ても勇者たちの適正レベルを超えてる理不尽ボスだ!)

 巨人が咆哮を上げ、圧倒的な威圧感が広場を支配する。だが、俺は鉄仮面の奥で、誰にも見えない不敵な笑みを浮かべていた。

(ノクス、ルミナ。……さあ、裏方仕事の時間だ。全力で接待しろ!)

 戦闘が始まった。……いや、最高難易度の「盤面調整」が始まったのだ。

「うおおおおおっ!」

 勇者が巨人の懐へと飛び込み、剣を振り下ろす。だが、巨人の装甲は硬い。俺は腕を組んで立っているように見せかけながら、指先を僅かに動かし、「見えない線」を巨人の足首へと絡め取った。巨人が踏み込もうとした瞬間に、僅か数ミリだけその足を引く。

 棍棒は勇者の鼻先数センチを掠めて氷の床を粉砕した。勇者からすれば「間一髪で見切った」ように錯覚する調整だ。

「よし、躱せた! 魔術師、今だ!」

「灰燼に帰せ、爆炎の槍!!」

 後方から魔術師が放つ炎魔法に合わせ、ノクスが裏側から熱伝導率の改ざんを施し、ダメージを無理やりねじ込む。

「主様ー! 勇者さんの剣をキラキラにするのー! 伝説の武器みたいに見せるのー!」

 ルミナが撒き散らす光の粒子によって、勇者は自分が覚醒したと信じ込み、光り輝く剣を巨人の核へと突き立てた。俺がその瞬間に合わせて構造維持を断つと、巨人は光の粒子となって四散し、再び静寂が戻った。

「……やった。倒したぞ! アルク、見たか!」

 勇者が歓喜の声を上げ駆け寄ってくる。俺は重々しく頷き、台座の上の防具を指し示した。

「……見事だ。さあ、その『聖銀』を手に取るがいい。それは、其方の新たな器の証明となる」

 勇者が震える手で防具に触れた。その、瞬間だった。

 ドクンッ、と。

 俺の胸の奥で、今まで経験したことのないほど重く、激しい鼓動が跳ねた。

(……な、何だ? 体の内側が……熱い。身体の芯が、マグマみたいに沸騰してる!)

 圧倒的で、暴力的で、理不尽な「生物としての変質」の激痛だけが全身を駆け巡る。肉が裂け、骨が軋む感覚。擬態している鎧の隙間から、制御不能になった青白い魔力の光がシューシューと音を立てて漏れ出し始めた。

(やばい、これ、進化か!? 勇者のフラグと連動して、俺の器まで強制的に書き換えられようとしているのか!?)

 俺の異変に気付いた勇者が、心配そうに目を丸くして凝視してくる。

「アルク……? お前、鎧の隙間から光が漏れてるぞ!?」

「……来るなッ!!」

 俺は絞り出した声で制止し、距離を取るように大きく後退した。一歩下がるだけでも激痛が走り、膝から崩れ落ちそうになる。

(ここで姿を見られるわけにはいかない……!)

 逃げるには、己の肉体を使うしかない。俺はきびすを返し、出口へと全速力で走り出した。足元の滑る氷を強引な脚力で捩じ伏せ、石造りの廊下をがむしゃらに駆ける。

「アルク! 待てよ! どこへ行くんだよアルク!!」

 背後から勇者の叫び声が聞こえるが、振り返る余裕はない。祠を抜け、猛吹雪の吹き荒れる外の世界へと飛び出した。雪原を走り、勇者たちの視線が絶対に届かない氷壁の陰へと滑り込む。

 そこで、ついに限界が訪れた。

(ノクス……限界だ。俺の身体を……預ける。……制御しろ……!)

『……了解。主の意識を深層領域へ退避。これより、肉体の制御権を完全に掌握します』

 その声を最後に、俺の意識は深い眠りの底へと沈んだ。

 本来ならば、意識を失ったアルクの肉体はそのまま崩れ落ちていたはずだった。しかし、肉体の内側に潜むノクスが、主の神経系と魔力回路のすべてを完全に掌握した。

 完全に脱力しているはずのアルクの身体が、スッ……と一本の芯が通ったように、滑らかな動きで立ち上がった。ノクスが進進化の魔力を内側から強引に抑え込み、擬態を完璧に維持する。その挙動は恐ろしいほどに正確で、生物的な揺らぎがない。瞳の感情は消えているが、外見上は「アルク」そのままだ。

 ノクスは主の肉体を駆動させ、外界からは見えない暗がりへと歩かせ、そこで静かに振り返った。数十秒後、勇者と魔術師が辿り着く。

「アルク! どこだ、アルク!」

 ノクスは、掌握した肉体の口を使い、アルクの声と喋り方を完璧に再現して響かせた。

「……案ずるな。……勇者よ」

「アルク!? そこにいるのか!」

 吹雪の向こうのシルエットに向かって勇者が叫ぶ。ノクスはアルクとしての役割を完璧に演じる。

「……器の……連動だ。……我は今より、深淵の理を……解明せねばならぬ。……其方は、先へ行け」

「深淵の理だって……? 勝手なこと言うなよ! 一緒に行くって言ったじゃないか!」

 勇者が叫ぶ。ノクスは静かに、アルクの声で言葉を紡ぐ。

「……我は、常に其方を観測している。……例え姿は見えずとも、な。……しばしの別れだ、勇者よ。強くなれ」

 その言葉を最後に、ノクスは後ずさりし、吹雪の中へと姿を溶け込ませた。勇者たちはアルクが修行に入ったのだと信じ込み、雪山を下り始めた。

 勇者たちが遠ざかったことを確認すると、ノクスは主の肉体を操り、安全な下山ルートを歩み始めた。一歩一歩、正確な足取りで静かに雪を踏みしめていく。

 肉体の内側だけで通じる、ルミナの心の声(念話)が響いた。

『主様……主様は、いっぱいいっぱい頑張ったなのー! 勇者さんも喜んでたし、大成功なのー!』

 実体を持たないルミナの声が、眠るアルクの魂に寄り添う。彼女は主の身体の内側で、進化の光を自分の魔力で包み込んでいた。

『……あとは、ルミナたちが主様の居場所を絶対に守っておくのー! だから安心して、ぐっすり寝ていいのー!』

 ノクスも己の演算領域のすべてを主の防衛に割り当て、心の声で静かに誓いを立てた。

『……肯定します。主の肉体が再構築されるまで、この器は私が内側から維持し、防衛する。……主の望む平穏を死守することこそが、我ら眷属の存在意義』

 猛吹雪の中、鎧の男は感情のない瞳のまま、ただ黙々と雪山を下っていく。主が不在の雪山。眷属二人が主の身体を「内側から掌握」して守り抜く時間が、今、静かに幕を開けた。

第17話、アルクは深い眠りへと落ち、物語は眷属たちによる「代行」へと移ります。主の器を守り抜くため、彼女たちの静かなる戦いが始まります。

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