第17話 再会の宿場町と、仕組まれた神域への道
魔王城での命懸けの謁見を終えた主人公。
「冥土」の如き鬼に見送られた強烈なトラウマを抱えながら、彼は勇者一行の待つ北の宿場町へと帰還します。
自身の進化フラグである「聖銀の胸当て」を勇者に手に入れさせるため、そして何より「頼れる仲間」としての体面を保つため、過保護すぎるデバッグ作業(難易度調整)が再び幕を開けます。
北の宿場町、スノーリゴン。
一年中雪が止むことのないこの町は、街道の要所であり、同時に北方の魔境へ挑む冒険者たちの最終補給拠点でもある。石造りの建物からは絶えず暖炉の煙が立ち上り、安酒の匂いと鍛冶屋が鉄を打つ高い音が、刺すような冷気の中に混じり合っていた。
俺――このパーティで「アルク」と呼ばれている男は、再び人間の重装甲冑に身を包み、酒場を兼ねた宿屋「雪兎の足跡亭」の重い木扉を押し開けた。
(……はぁぁ、やっと戻ってきた。この、安っぽいエールの匂い。酔客の喧騒。……最高だ。あの魔王城の、呼吸すら憚られるような『静寂の恐怖』に比べれば、ここは楽園以外の何物でもない……)
扉を開けた瞬間、冷たい外気が店内に流れ込み、薪の爆ぜる音と共に客たちが一斉にこちらを振り返る。だが、俺が纏う黒ずんだ、それでいて底知れぬ威圧感を放つ甲冑を見た瞬間、彼らは本能的に「関わってはいけない強者」だと察して、そそくさと視線を逸らした。
そんな中、一番奥の大きな丸テーブルから、場違いなほどに明るく、そして聞き慣れた声が響き渡った。
「ほら見ろ! 言った通りだ! あいつがこんなところでくたばるわけねーだろ!」
勇者だ。
彼は豪快に骨付き肉を振り回しながら、こちらに向かって大きく手を振っている。その隣には、杖を抱えながら溜息をつく魔術師と、他の仲間たちの姿があった。その光景を見た瞬間、俺の胃のあたりに溜まっていた重たい鉛のような塊が、少しだけ溶け落ちるのを感じた。
(……あぁ。生きてる。俺、本当にもうあっちの世界(魔王軍)に戻らなくて済んだんだな。……いや、二重スパイだから定期的に戻らなきゃいけないんだけど、今はいい。今は、この脳天気な勇者の笑顔が一番の癒やしだわ)
俺は一歩一歩、床を重厚に踏みしめながら彼らのテーブルへと近づく。
内心では「みんなー! 会いたかったよー! 怖かったよー!」と叫びながら全力で抱きつきたい気分だったが、外に出る言葉は、ノクスが調整したいつもの「低く、重い、感情を削ぎ落とした声」だ。
「……随分と、暢気なものだな。……我を疑わなかったのは、其方の数少ない長所か」
腰を下ろすと同時に、勇者がなみなみと注がれたジョッキを勢いよく突き出してきた。
「当たり前だろ! お前は俺の仲間なんだからさ! それよりお前、どこ行ってたんだよ? 宿についても戻ってこないから、魔術師なんてずっと窓の外を気にしてたんだぜ?」
「……ちょ、ちょっと勇者! 余計なこと言わないでよ!」
魔術師が顔を真っ赤にして杖の先端で勇者の足を軽く小突く。
彼女は気を取り直したように俺をジロリと睨み、探るような視線を向けた。
「……貴方がいなくなってから、この周辺の魔力波長が異常に乱れていたわ。……まるで、巨大な何かが空間ごと移動したような反応。……貴方、何をしていたの?」
(……相変わらず鋭いな、この魔術師! さすがパーティの知性担当だ。……でも、まさか『魔王に呼び出されて、かつて魂の窓越しに焦がれていた理想の偶像を、常に完璧な姿で眺めて暮らせるニート生活を提案されてました』なんて口が裂けても言えねぇ……!)
「……世界は、静止しているわけではない。……理の揺らぎが、偶然にも我が歩みと重なった。……それだけのことだ」
いつもの「それっぽいハッタリ」を投げ、俺はテーブルに置かれた地図に視線を移す。
「……それよりも。……次に向かうのは、例の祠で相違ないな」
「ああ! 『雪山の祠』だ。そこにあるっていう『聖銀の胸当て』、俺の今の装備じゃ心許ないから、絶対に手に入れたいんだよ」
勇者が身を乗り出して頷く。その瞳には、一点の曇りもない決意が宿っていた。
「……其処には、其方の成長に不可欠な器の欠片が眠っている。……だが、今の雪山は、狂暴化したモンスターの巣窟と化しているぞ。……今の其方らでは、入り口に辿り着く前に全滅するだろうな」
俺はわざと突き放すように言った。これも、彼らに「自分たちはまだ未熟である」という緊張感を持たせ、俺が裏で行うデバッグ作業(お膳立て)による『奇跡的な勝利』をより輝かせるための演出だ。
「全滅……!? へへっ、言ってくれるな。……でも、お前がそう言うなら、相当厳しい場所なんだな。……頼むぜ、お前の知恵と力、貸してくれよ!」
勇者の混じり気のない信頼。あぁ、眩しい。前世で画面の向こう側のヒーローに憧れていた俺にとって、この「ヒーロー本人から頼られる」という状況は、どんな贅沢よりも価値がある。
(……任せろ勇者。……君が『俺の力で勝てた!』と錯覚できる程度の、絶妙な難易度調整をもう済ませてあるからな!)
「……承知した。……其方の器、見届けてやろう」
その夜、俺は一人で宿の客室のベッドに倒れ込んだ。
扉にはノクスが厳重な封印を施し、ルミナが周囲の音を遮断している。
(……あー、疲れた。マジで疲れた。……勇者たちと話すだけで、魔王と対峙するのと同じくらい神経使うわ。おまけにあの『冥土の見送り』がフラッシュバックして眠れねぇよ……)
「主様ー! お疲れ様なのー! 明日は雪遊びなのー?」
ルミナが実体化し、ベッドの上でぴょんぴょんと無邪気に飛び跳ねる。
「……主。明日のルートにおける『デバッグ作業』の進捗状況を報告。……麓から中腹までのスノーウルフ、およびイエティの群れは、空間干渉により既に『別のルート』へと誘導済み。……勇者パーティが遭遇するのは、全体の二割程度と設定しました」
ノクスが淡々と、しかし完璧な仕事ぶりを報告してくる。
(二割か。……ちょうどいいな。……少しくらい苦戦してもらわないと、レベルアップの実感が湧かないからな。……魔術師には、何か気づかれそうか?)
「……彼女の観測範囲は、あくまで魔力波長のみ。……私の隠蔽工作を突破する確率は三パーセント以下。……問題ありません」
(さすがノクス。……頼りになるぜ。……さて、あとは祠の最深部か。……魔王軍の観測員も把握してない『野生のバグ(古代種)』がいるって言ってたな。あれだけは現場でのアドリブになりそうだ)
俺は窓の外、月の光に照らされて不気味に白く輝く連峰を見上げた。
あの頂に、勇者の、そして俺の「真の竜王」への進化トリガーがある。
(……待ってろよ、勇者。……そして、俺。……最高に盛り上がる『神回』を、この俺がプロデュースしてやるからな)
⸻
翌朝。
宿場町を出た俺たちは、膝まで埋まるほどの深雪を掻き分けながら、雪山の急斜面を登っていた。
上空からは吹き付けるような猛吹雪。視界は十メートル先も見えないほどに真っ白だ。
「うわぁっ! すっげぇ吹雪だな! 本当に道合ってるのか!?」
勇者が腕で顔を覆いながら叫び声を上げる。
俺は先頭を歩き、鎧の手甲に「線(空間干渉)」を集中させる。
「……案ずるな。……風の道筋を読めば、自ずと行き先は見えてくる」
実際は、ノクスがリアルタイムで空中スキャンを行い、最短ルートを俺の網膜に直接投影しているだけだ。さらに、俺たちの周囲数メートルだけは、空間干渉によって風速をわずかに和らげ、体感温度を上げるパッチを当てている。
「……そう。貴方が先頭に立ってから、なんだか風が大人しくなった気がするわね。……ただの偶然かしら?」
魔術師が杖を構えながら、背後から俺の背中をじっと見つめている。その視線が、吹雪よりも冷たく背中に刺さる。
(……偶然だよ! 偶然だと思ってくれよ! 勘のいい魔術師は嫌いじゃないけど、今は勘弁してくれ!!)
「……世界は、強者に道を開けるものだ。……其方も、杖の先にばかり集中せず、自然の声を聞け」
適当なアドバイスを投げると、魔術師は「……自然の声ね。……相変わらず、詩的な表現をするのね」と、納得したのか呆れたのかわからない表情で頷いた。
道中、数匹のスノーウルフが雪の壁から飛び出してきた。
本来なら三十匹以上の巨大な群れで襲いかかってくるはずの魔物たちだが、俺が事前に「群れの大部分を別の崖へと誘導」しておいたため、現れたのははぐれ者の数匹だけだ。
「よっしゃあ! 敵だ! みんな、行くぜ!」
勇者が剣を引き抜き、果敢に飛び込んでいく。
雪原に剣戟の音が響き、鮮血が白銀を汚す。俺は一歩下がった位置で、戦況を見守るふりをしながらリアルタイムの「難易度調整」を行う。
スノーウルフが勇者の背後に回り込もうとした瞬間、俺は「線」で狼の足をわずかに引っかけ、転倒させる。
「隙ありっ!」
勇者の剣が、狼の首を鮮やかに跳ね飛ばした。
「やったぜ! 見たか今の! 俺、前より体が動くようになってる気がするんだ!」
(……そりゃそうだよ。俺が敵のモーションにディレイ(遅延)かけてるんだからな! 完璧な接待プレイだぜ!)
「……フン。……少しは器を磨いているようだな。……だが、思い上がるな。……本番は祠の中だ」
外面を崩さず、俺たちはさらに標高を上げていく。空気は薄くなり、寒さはもはや刃となって全身を刻んでくる。
やがて、標高三千メートル付近。絶壁に掘り込まれた巨大な石造りの入り口が現れた。
そこには、かつてこの地を治めていた古代文明の彫刻が刻まれ、中央の扉は厚い氷に覆われている。
「……着いたな。……ここが『雪山の祠』だ」
勇者が圧倒されたようにその入り口を見上げる。
「ここが……。……うわっ、すごい威圧感だ。……中から、とんでもない魔力を感じるぞ」
「……当然よ。……この場所は、聖銀の加護によって外部の魔力を拒絶している。……勇者、気を引き締めて。……ここからは、今までとは次元が違うわ」
魔術師の言葉に、パーティの緊張感が一気に高まる。
俺は心の中で、ノクスからの最終チェックを確認した。
(……よし、内部のモンスター配置も、ノクスが既に干渉済みだ。……あとは最深部の『野生のバグ個体』……アイス・ガーディアンか。……あれだけは、ガチで戦ってもらわないといけないな)
俺は一歩前に出て、氷に閉ざされた巨大な扉へと手をかけた。
「……開け。……勇者の道は、ここより始まる」
俺が「見えない線」を扉の隙間に滑り込ませ、内側の閂を空間ごと破壊する。
ゴゴゴ、と腹に響く地響きを立てて石扉が左右に開き、中から千年以上閉じ込められていた凍てつく冷気が吹き出した。
(……さあ、ここからが本当の『お膳立て』だ。……勇者よ、君がこの装備を手にする瞬間こそ、俺の『真の竜王』へのカウントダウンが始まる瞬間なんだからな)
俺は、震える拳(本人は武者震いだと言い張っている)を握りしめ、真っ暗な祠の奥へと最初の一歩を踏み出した。
読んでいただきありがとうございます。
北の宿場町での再会から、雪山の祠到着までを描きました。
アルクのデバッグ作業(お膳立て)のおかげで、勇者たちは適度なレベルアップを実感しつつ、順調に目的地へと辿り着きました。
しかし、祠の中に眠る「聖銀の胸当て」を守るのは、魔王軍の管轄外である「野生の古代種」。
二重スパイとしての立ち回りと、ゲーマーとしての戦略、そして眷属たちのサポート。
アルクの「完璧なプロデュース」は、無事に成功するのか。
次回、祠の攻略と、アイス・ガーディアン戦。
そして、ついに訪れる「進化の予兆」――。
引き続きよろしくお願いします!




