94.孤高の冒険者(3)
険しい山道を、一歩ずつ踏みしめながら登っていく。息は上がり、足も重い。何度も心が折れそうになる。
そんな時、私はそっとシグナさんの心の声に耳を澄ませた。
『独りって……こんなに寂しいんだな。慣れていたはずなのに』
「大丈夫。シグナさんは、独りにしないよ」
思わず口に出していた。
寂しいなら、どうして離れたんだ、なんて野暮なことは言わない。きっと理由はあるのだろう。それでも。
『リオと一緒にいる時は、楽しかった……あんなの、久しぶりで』
ほら、やっぱり。胸の奥が、少しだけ温かくなる。
私と一緒にいる時間を、楽しいと思ってくれている。それなら、その時間はこれからも続けていけばいい。
人生は、楽しくなくちゃいけない。仕事ばかりでは心がすり減ってしまうし、きっと長くはもたない。
だからこそ、一緒に楽しいことを、選んでいこう。それが生きる力になるから。
「はぁはぁっ……。えっと、シグナさんは……」
立ち止まって息を整えながらマップを確認する。どうやら、シグナさんは山脈の中腹にいるみたいだ。その場所まであともう少し。
「よし、もう少ししたらシグナさんに会える」
会えると思ったら、俄然やる気が出てきた。早歩きで道を進んでいく。マップを確認すると、どんどんシグナさんに近づいて行っているのが分かる。
気持ちがはやる。シグナさんに会えると分かると、喜びが溢れてくる。やっぱり、これからもシグナさんと行動していきたい。
自然と駆け出して、険しい道を進んでいく。すると、広い場所に出た。そこには――シグナさんと空飛ぶワイバーンがいた。
ようやく、シグナさんを見つけた! 駆け寄ろうとした時、ワイバーンがシグナさんに激しく突進した。その風圧でシグナさんが飛ばされてしまった。
「シグナさん!?」
めちゃくちゃ強いシグナさんがあんな攻撃で!? 飛んでいったワイバーンが大空を滑空して、再びシグナさんに向かっていく。
「危ない!」
咄嗟にシグナさんに駆け寄り、ワイバーンに向けて剣を構えた。
「リオッ!? どうして、ここに!?」
「大丈夫! シグナさんは私が守るから!」
驚きの声が上がるが、今はそれどころではない。勢いよく飛んでくるワイバーン。どうにかして、あの魔物を倒さないといけない。身体強化、いけるか?
だけど、その時――影が覆いかぶさった。
「リオには手出しをさせない!」
シグナさんが大剣を持って、私の前に立ち塞がった。ものすごい殺気を放ち、飛んでくるワイバーンを鋭い眼光で射貫く。
「うおぉぉっ!」
全身に魔力をまとわせ、渾身の一振り。大剣から衝撃波が飛び、ワイバーンを襲う。それに触れたワイバーンは全身を切り刻まれ、無残にも地面に墜落してしまった。
「凄い……これが本気のシグナさん?」
殺気も衝撃波も並みじゃなかった。本気を出すシグナさんの凄さに、体が震えた。
見上げると、全てを威圧で殺さんとする気配をまとったシグナさんがいた。これがAランク冒険者の姿……。
すると、その鋭い眼光がこちらを向いた。
「……どうして、ここにリオが?」
体がすくみ上るほどの低い声。シグナさんの強烈な威圧ですぐに口が開けない。
「ここはリオが来る場所じゃない。早く、自分の居場所に帰って」
「……わ、私の居場所はここにある! シグナさんの隣が私の居場所だよ!」
なんとか、言葉を出せた。その言葉に少しだけシグナさんの威圧が弱まる。
「言ったはず。リオには相応しい場所がある。だから、そっちのほうが……」
「私の相応しい場所は自分で決める! シグナさんの隣にいるにはどうしたらいい? もっと強くなって、シグナさんの足を引っ張らないようになればいいの? 私、どんなことでもするよ! だから、隣にいさせて!」
シグナさんの隣にいるためだったら、どんなことだってする。そう強く訴えると、シグナさんの顔が困惑に染まる。
「そんな……私の隣は……」
言い淀むシグナさんに、一歩踏み出す。
「ダメだよ。誤魔化さないで」
逃がさないように、まっすぐ見つめる。
「私は、シグナさんの隣にいたい。いなきゃダメなの」
胸の奥から言葉を引きずり出す。取り繕う余裕なんてない。ただ、本音をぶつける。
「だって、一緒にいて楽しかったから」
シグナさんの目が、わずかに揺れる。
「シグナさんと一緒にいるとね、知らないことをいっぱい知れて、出来なかったことが出来るようになって……世界が、どんどん広がっていったの」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「私ね、もっと知りたい。もっと見たい。もっと強くなりたい。それを全部、シグナさんと一緒にやりたいの」
言葉を重ねるたびに、胸が熱くなる。
「ねえ、シグナさんは? 私と一緒にいて、楽しくなかった?」
沈黙が落ちた。
「……それは……」
シグナさんが口を開きかけて、閉じる。視線が揺れる。だけど私は、逃さない。
「楽しかったよね? 寂しくなかったでしょ?」
畳みかけるように、言葉を重ねる。逃げ道を塞ぐように、少し強めに訴えた。すると、シグナさんは視線をそらして、ぽつりと漏らす。
「……そう」
小さく、でもはっきりとした声。ちゃんと気持ちを肯定してくれた。ほっと息を吐きながら、でも言葉は止めない。
「だったら、なんで離れるの?」
核心を突く。
「寂しいって思うくらいなら、離れなきゃいいじゃん」
真っ直ぐすぎる言葉。けれど、それが一番伝わる。
「私は離れないよ。絶対に」
きっぱりと言い切る。
「シグナさんがどこに行っても、どれだけ強くても、どれだけ危なくても、私はついていく」
胸に手を当てる。
「だって、隣にいたいから」
少しだけ笑った。
「一人で強くなるより、二人で強くなる方が楽しいでしょ?」
シグナさんの瞳が、大きく見開かれる。
「私、足手まといにならないように頑張る。ちゃんと強くなる。だから――」
手を伸ばす。
「一緒にいよう?」
その言葉は、願いであり、決意だった。しばらくの沈黙。
やがてシグナさんの表情が柔らかくなった。今までで一番、柔らかい笑顔を浮かべた。
伸ばした手を握られ、その手を引かれる。すると、大きな腕が私の体を包み込む。
「……やっぱり、一緒にいたい」




