9−11 サンドゲート海岸の朝 (4)
クリスティンに近づいて来た、暗黒の魔女レイラの王立魔法研究所での先輩であるアニーは、虚ろな目で座る敵の魔女を見て思った。
(やっぱり闇魔法って、阿呆になる魔法なのね)
そう、敵の闇魔法師は、使役させる為に自我を失わせる魔法を使ったのだった。
闇の魔女に近づいたクリスティンは、しゃがんで魔女に視線を合わせて、言葉を紡いだ。
「今、あなたは10才、私はあなたの友達になるクリスティン。あなたの名前を教えて?」
「あたしはモイラ。フィヨルドの奥の漁村で生まれたあたしは、お父さんの船に乗せて貰ったり、お母さんの手伝いをして暮らしていたわ」
「そう、お手伝いをしてたのね。偉いわ。じゃあ、あなたは15才になりました。何をしているか教えて?」
「ああ、15才の私はもうノルマンディー領に連れてこられていたんだ。12才の時に魔力がある事が分かって、村から出て魔法使い養成所に集められたんだが、その中でも魔力が強いと言われて、ノルマンディー領内の魔法兵養成所に連れてこられたんだ。士官による扱きと、先輩達による虐めと、毎月一番成績の悪い者が処刑される恐怖の中で、必死に他の者が使えない闇魔法を覚えたんだ」
「そう、大変だったのね。よく頑張ったわ。じゃあ、あなたは20才になりました。何をしているか教えて?」
「その頃は公爵領首都のルーアンで王家の影の軍隊で仕事をしていたんだ。公爵家の跡継ぎ問題を対立候補の洗脳で収めたり、公爵領内の反乱分子を自害に追い込んだりしたんだ。公爵領内で不穏分子が増えると、公爵家側のサクラを作って議論を混乱させたり、自滅させたりしていったんだ。公爵領は決して大きくないから、内部分裂している余裕は無いからと、公爵領内の騒乱を収める為に走り回っていたんだ」
「そう。お家の為に頑張ったのね。偉いわ。じゃあ、あなたは25才になりました。何をしているか教えて?」
「22才の時に、上司と後輩がノルマンディー公に讒言をしたんだ!私は危険人物だから、首都に置いてはおけないと!それでバイキング達の大規模襲撃の際に陽動に使える様にと、内海アザラシの使役の仕事に回されたんだ!お家の為に、首都の平和の為にと人心を操る嫌な仕事を続けたのに!そもそも、公爵領内の魔法使い達には動物を使役する事に対する知見が無かったから、一から始めないといけないのに!そんな役に立てない仕事に左遷されたんだ…」
「そう。酷い話ね。辛かったでしょう。よく我慢したわね。偉いわ。じゃあ、あなたは30才になりました。何をしているか教えて?」
「22才から5年の間、内海の海運拠点でアザラシの生態調査と使役試験を続けて来た。ようやく飼育内容が決まって来て、目標に移動させる事までは出来る様になったから、公爵領内で繁殖させる事になり、また公爵領に戻って来たんだ。そうして少しずつ数を増やしていたんだが、ブリテン島内の後継者争いに対応する為に兵を送る準備が始まり、陽動の為に準備を進めていたんだ」
「そう。左遷しておいて調子の良い事ね。よく怒らなかったわね。偉いわ。じゃあ、先月、あなたは何をしていたか教えて?」
「先月か。私は32才になって、それでも艦隊の男共に顎で使われていたよ。アザラシなど全然兵力にならないと馬鹿にされていたんだ。人間じゃないんだから、人間の様に動ける訳ないじゃないか!そんな事も分からない馬鹿共にこの年になっても下っ端扱いされるなんて!やってられないが、同じ艦隊に配属された魔法使いも私のお目付け役で、何時でも殺されかねないから、必死に頑張って来たんだ」
「大変だったわね。よく頑張ったわ」
ううっっとモイラは涙を流した。クリスティンは彼女の涙を拭いてあげて、それから瞼に手をのせた。
「目を閉じて、これから3まで数を数えるから、そうしたらあなたは船に戻って、退却するなら追撃はしないと交渉したと話なさい。じゃあ、数えるわね。1,2,3」
モイラはすっきりした顔で、クリスティンに声をかけた。
「ああ、クリスティン、迷惑をかけてすまない」
「気にしないで、友達じゃない」
「そうだな、しかしあなたは年を取らないな」
「こう見えても少しは大人になったのよ。あなたは色気が出たわね」
「ふっ、老けただけよ」
「そんな事ないわ」
「ありがとう、じゃあ」
「ええ、じゃあ、また」
そうしてモイラはふわふわと宙に浮かびながら母船に帰って行った。
しばらく誰も口を開かなかったが、モイラが見えなくなって暫くして、第三王子エドウィンが口を開いた。
「そろそろ聞いても良いかな?」
「ええ、どうぞ」
「今のは闇魔法で洗脳をしたと考えて良いのかな?」
「洗脳なんてしてません。聞き取りと共に刷り込ませただけです」
「昔からの友人と?」
「昔から、とは一言も言ってませんよ」
ここでジェシカが割り込んだ。
「嘘よ!友人だって洗脳したんじゃない!」
そこでイザベラが割り込んだ。
「洗脳するんなら船に戻ってアザラシを暴れさせろとか、司令官に報告する際に殺せ、とか命令するだろうよ。クリスティンは敵に情けをかけただけだ」
「だって、嘘を信じさせたじゃない!」
それにクリスティンが答えた。
「嘘なんて言ってないわ。これから友人になれば良いだけなんだから」
「だから、それが!」
そこでクライブが割り込んだ。
「ジェシカ、少なくともお互いの命の危険はない状態になったし、殿下の指示の、『相手を押し戻せ』も達成する。一番無難な結末なんだ。文句を言う事じゃないと思うよ」
「だけどこれじゃあ!」
ジェシカは興奮してしまったが、イザベラがまた割り込んだ。
「要するにお前はクリスティンも闇魔法も信用していない。だから悪く言いたいんだろうが、なら今から船まで行って皆殺しにしてくるか?」
「そんな事出来る訳ないでしょ!」
「なら文句を言うな。これより良い結果を出せない以上は」
ぶるぶる震えだしたジェシカをクライブがぎゅっと抱きしめた。ジェシカもクライブに抱きついた。闇魔法と言う『悪』を見つけた以上、断罪したいと思い込んだ訳だが、断罪する内容だったかどうか。
エドウィンがレイラに尋ねた。
「レイラ、今のクリスティンの対応は、闇魔法の洗脳にあたるかな?」
「命令もしていないし、誤認もさせていないのだから洗脳にはあたりません」
「だから友人だと誤認させているじゃない!」
ジェシカは納得がいかなかったが、レイラは冷静に言った。
「例えば使役させたとする。使役の結果、相手に悪い結果が訪れるなら洗脳と批判をされるでしょうね。でも、使役の結果、主人として面倒を見るならそれは洗脳ではなく約束に過ぎないわ。洗脳して相手に殺人でもさせて本人も殺される様な命令を出すなら批判されても仕方がないけれど、闇魔法と言うだけで全て批判するのはおかしいと思うわ」
それを受けてエドウィンが裁定を下した。
「クリスティンは相手を生命の危険に晒す事無しに、停戦条件を伝えさせた。本人の意思に反した行動を取らせる命令を出した訳でもない。だから、今回の件を洗脳等と批判するにはあたらない」
異世界ですけどね。次回は後片付け。グ…とか言う人がいた事、覚えてます?私は名前を忘れてました。
明日はキアラの更新です。こちらは日曜更新の予定。本日はログイン障害があって更新が遅れて申し訳ありませんでした。




