9−9 サンドゲート海岸の朝 (2)
ロングシップ船団は二列横隊で進んでいた。前列を何時までも放っておけない。だからクリスティンはわんちゃん魔法棒を横に振って風を起こした…のだが、内心が乱れていたので、ちょっと魔力を込め過ぎた。
(あ、不味い)
この風だと大きな津波になり、フォークストーンの漁村にも被害が出兼ねない。
仕方が無くその強風をぐるんと捻じ曲げた。捻じ曲げても対向方向から強い風が吹いているので、当然その風は上向きに回転する事になる。つまり、サイクロンになった。
そのサイクロンに前列西側3隻のみならず、後列西側3隻も巻き込まれ、海水ごと巻き上げられていった。6隻の船が巻き上げられて様々な姿勢で浮き上がり、風に翻弄される様は流石に壮観だった。その船の間に船から投げだされて同じく風に翻弄されて吹き上げられていく人々がいた。
あまりの光景にジェシカはクリスティンに対する悪口雑言を忘れて、口を開けて固まっていた。その横でイザベラは狂喜していた。
「あはははは!森の魔女を代表する女ならこのくらい狂暴でなくてはな!わはははは!」
少し離れて第三王子エドウィンは陶酔していた。
(乗っていた船ごと風に巻き上げられ、なす術もなく宙に浮く死の恐怖…どれだけ甘美なのだろう…一度経験してみたい)
一度経験したら終わりだと思うのだが、変態にそういう常識は通じない。
第三者達がそれぞれ楽しんでいるのはともかく、クリスティンは何とか被害を最小限にすべく、事態をコントロールしようと努力していた。風力エネルギーは上に逃がした。こんなものは大気圧で徐々に位置エネルギーを失っていく筈。後は上手く着水出来る様にコントロールするだけだ。クリスティンは風塵の魔女達の様に血に飢えてはいないから皆殺しにする気は無かった。甘いとも言えるのだが。
サイクロンを緩和しながら下向きの風の速度を調整し、船体を粉砕しない程度の落下速度に調整した。もちろん、船と言うものは波に翻弄されても簡単には壊れない様に充分な強度を持たせているが、それも量産コストとの兼ね合いだ。上陸用舟艇は数が必要で、そんなものを高価に作る人間は古来いなかった。強風と巻き上げられた海水に翻弄され、近場の船同士が衝突した。衝突は2か所で発生し、合計4隻はそれぞれ折れて破片をばらまき、近くで宙を浮いていた人々を痛めつけた。残り2隻も巻き上げられている間に船体各部にひびが入っていたから、着水時に二つ三つに分解した。
海上には東側に位置していた4隻のロングシップが残っていたが、彼らも風に翻弄されて、2隻はマストが折れていた。このうち3隻のロングシップは着水した仲間達を助ける為に近づこうとしたが、幸か不幸か、残り1隻に上陸の司令官が乗っていた。今回の死の恐怖を味わわなかった彼は、着水した者達に上陸を命じた。
「船はもう無いんだ!上陸して拠点を築け!」
そもそも船から投げ出された者達は武器を失っていたのだが、防具は身から離れていない。後は拾った石でも投げて戦え、と言うのは古今の指揮官達が度々下す命令である。元々海賊達は船上で長く一緒に暮らすため、指揮系統は厳格だった。仕方なく水上に浮かぶ者達は海岸に泳ぎ始めた。
上空から偵察していた水鳥も風に翻弄された後に着水していたが、風が収まったので再び上空からの偵察を始めた。
「海賊達は泳いで上陸する様よ」
レイラの偵察結果をアニーが大声で皆に伝えた。
「船から投げ出された海賊達は泳いで上陸する様です!警戒して下さい!」
これを聞いてエドウィンは皆に指示を出した。
「ジェシカ、迎撃準備を頼む。イザベラもジェシカの補助を。クリスティン、他の船は処理が必用か?」
クリスティンが水および空気の魔法で感知したところ、残存する4隻の船は陸に近づく気配が無かった。
「残り4隻は退却用に残しておく様なの。警戒は必用だけど、上陸する人達の排除を優先して良いと思うわ」
「分かった。なら適宜対応してくれ」
本来、ロングシップには船を守る、或いは航海に専念する者もいたが、溺死寸前の者以外は上陸して戦う様に指示された。そういう事で、200人前後が上陸する事になった。切り込み隊長と思しき人物と同時に数十人が渚を早足で歩いて上陸しようとしたが、ジェシカの火炎攻撃を受けた。火炎である以上、水中に潜れば防げる。そうして足止めをするのがジェシカの狙いだった。ジェシカもいじめられっ子だから人を殺す度胸は無い。傷付けられる方に感情移入してしまうのだ。そうは言っても、ジェシカの火魔法は出が遅い。大量の人員に対応する事は不可能だったから、ジェシカから遠い方向、つまりクリスティンの前面から上陸が始まった。イザベラは何をしていたかって?クリスティンの偉業を邪魔する気は無かったから散発的な水鉄砲で海賊を虐めているだけだった。
海賊達の上陸を見て、クロちゃんが両手にナイフを逆手に持って構えた。まだ海賊達との距離はあったが、クロちゃんの警戒に対してクリスティンは敏感に反応した。
(私のクロちゃんを虐めるなんて許さないから!)
わんちゃん魔法棒を海岸に向けたクリスティンの頭上に30を越えるウォーターランスが発生した。勿論、怒りに燃えるクリスティンの魔法が通常の魔法の訳がなかった。高圧のウォータージェットと化したそれは、300ftを直進してなお、海賊達の鉄兜を直撃して人間毎跳ね飛ばした。
ところがこの機を狙って暗黒の魔女レイラがクリスティンに近づいていた。
「森の魔女!お前に恥をかかされたおかげで未だに魔女の里に帰れないじゃないか!いまこそその恨み晴らしてやる!」
そういう事は状況を見てやれよ、とクロちゃんは思ったが、状況を見て全力で対応出来ないタイミングを狙っていたとも言える。だが、レイラは自己評価が過大で他者評価が過少な人間だった。一度の対決で力量差が悟れていないのだ。クリスティンは口の端を歪ませただけだった。
レイラの身長がいきなり1ftに縮んだ。つまり、クリスティンはレイラの足元を土魔法で掘って埋めたんだ。
「貴様!海賊が向かってくるときに逃げられなくするとは何て言う人非人!」
「そういうタイミングで襲ってくるからよ」
遠くで見ていたイザベラも呆れていた。それを見たジェシカが尋ねた。
「どうしたの?」
「暗黒の魔女がこの機会にクリスティンを襲おうとしたんだ。馬鹿だなあいつ。よりにもよって砂浜で土魔法師に挑むなんて」
「砂浜だと問題があるの?」
「駄目な土魔法師なら固い土では能力を示せないだろ?そんな奴でも軟弱な地盤なら力を発揮出来る。ましてやクリスティンに砂浜で立ち向かうとか。弄んでくれと言う様なものだ」
「ああ、性悪女が本領を発揮する場所で喧嘩を売るのは馬鹿よねぇ」
ジェシカはいつでもクリスティンを悪く言える女だった。嫉妬とは恐い。
ちなみにこの頃、西北に逃げ続けるデボラとレジーナはそろそろ息が上がってきていた。
「もう無理!二・三匹減らさないと!」
「待てデボラ、もう止せ!!」
デボラはもちろん言う事を聞かず、アイスランスを放った。アザラシ達はそろそろ追いかけっこに飽きていたが、これでまた怒り出した。
「ぶもぉおぉおぉ!!(怒)」
「馬鹿野郎~!!!」
言いながらレジーナは先に逃げた。
「ちょっと待ってよ!こんな中に残されたら生き残れないよ!」
「誰のせいだ!!」
後一回!勝負したら今までの負けを勝ちで埋め合わせられる!というギャンブラー精神の持ち主が一人いる様です。海賊達の運命は日曜に更新します。
明日はキアラの更新です。あれ、おっさんの会話が殆どになりそう。そういう需要はなろうにはなさそうですが…




