2−1 あなたに夢中
アッシュ、あなたの変わりはこの世界のどこにもいないけど
でも、可愛い子犬を見つけたの
あの子も私の様に寄る辺ない身なのか
今は距離感が分からないけど
少しでも仲良くなって
彼の孤独を少しでも和らげたらいいな
クロちゃんことクロード・カールトンは絶賛煩悩中だった。
彼は1年4組では暴力と威嚇で立場を得た。非干渉で孤高という立場だ。
だが、評判の悪い同級生の王子に目を付けられ、面倒事になった時、立ち会った少女が彼に助け舟を出した。
放課後、1年棟を出ると外で彼女が気配を消して待っている。
「クロちゃん、こんにちは。ご機嫌如何?」
「普通だよ」
ぶっきらぼうに言ってはいるが、これが彼の至高のひと時だった。彼女はクロちゃんの袖を掴む。この控え目さが可愛らしい。毎日の事だから袖がくしゃくしゃになってしまうが、これは彼の勲章だ。彼女が彼の事を思いやってくれている証拠なのだ。実は文脈的には首輪とリードの代わりなのだが。
彼女は女子の平均より少し低い背丈で、だから並ぶと彼の視線の少し下に彼女の頭がある。彼女は自然と上目遣いに彼を見る。女性が一番美しく見える角度だ。彼女は小ぶりの目で優しく彼を見る。茶色の瞳が控え目な彼女らしい。セミロングな茶色の髪も彼女によく似合う。彼女は地味な顔に見えるかもしれない。顔の部品が小ぶりだからだ。でも、実は彼女は他の人より小顔だった。だから鼻筋がもう少しはっきりしていたら美人と言われただろう。そんな彼女と二人で応接室まで歩く時間が彼にとって幸せと言える最高の時間だった。
…言い換えると、D□(自粛)なクロちゃんにとって、初めて親しくなったクリスティンは唯一にして至高だったから、彼女と二人で歩くだけで最高の時間となった。
午後に授業の無い日は応接室で皆で過ごす事にしよう、とはクライブ・ハワード伯爵子息の提案だった。一人で王子に呼び出されると、せめてつきあいのあるクライブがいない状況では異論反論が出来なくなると思ったのだ。
「よう、クロちゃん、相変わらずだな」
これはクライブ。
「相変わらずだな、クロちゃん、顔が赤いぜ」
これはジャッキー・ハワード、クリスティンのクラスメイトでクライブの妹だ。
「ちゃー、クロちゃん」
これはエグバード。ハワード家の騎士の息子だ。
「全員でちゃん付けで呼ぶ必要はないだろ?」
「愛称は統一した方が良いだろう?」
絶対面白がって言ってるだろ!?とクロちゃんは思い、鼻先に皺を寄せたが、誰も怖がらなかった。1年4組なら皆震えあがっただろうが、クロちゃんはクリスティンの傍では眉尻が下がっている。愛すべき子犬ちゃんだった。
応接室は上位貴族なら優先的に借りられる。クライブは伯爵子息だから簡単だ。そして、クロちゃんは読み書きに若干不安があったから、クリスティンに手取り足取り教えてもらえるのは有難い事だった。
「男の子だから多少文字が乱れているくらいの方が男らしいよ」
「せっかく入学したから卒業したいんだから、そうも言ってられないよな」
「毎日予習復習していれば段々上手くなるよ」
「入学前は1日1時間くらいしか練習しなかったからな…」
クリスティンはじっとクロちゃんの顔を見た。尋ねていい事か分からなかったからだ。その視線の意味をクロちゃんも理解していた。
「色々冷酷な群れを出て真っ当な人間になるつもりだったが、12才の子供じゃ何も出来なくて、結局孤児院に辿り着いたんだ」
問わず語りを始めた以上、きっと誰かに聞いて欲しいのだろう、とクライブは判断した。
「群れ、は我慢できない様な集団だったのか?」
「人狼の群れだからな。目撃者は皆殺しだ。そうして人目を避けて生きていたが、そのうち人間を下に見る奴がいたり、群れの中でいじめもあったり、このままあそこにいたら俺も駄目になると思ったんだ」
机の上に置かれたクロちゃんの腕を袖の上からクリスティンは撫でた。クロちゃんの眉尻が更に下がった。
ジャッキーは空気を読まない女、というか興味のある事をずけずけと尋ねた。
「人狼の群れでは戦闘訓練とかしてたの?」
「訓練というか年上から年下へのいじめだな、あれは」
「徒手格闘?」
「人間の状態で如何に人間を動けなくするか、人狼状態で如何に人狼または人の急所を攻めるか、どちらにしても武器は使わないな。咄嗟の時に4本足による最大速度の行動が出来なくなるからな」
「まあ、人間でも木に登ったり地面を転がったりするのに素手の方が良いからね」
そちらには興味のないクリスティンは孤児院の状況を聞きたかった。
「孤児院は3年くらい居たの?どうして学院に来る事になったの?」
「主に領主の寄付で成り立っている場所だからな、なるたけ早く出て行って欲しいというのはあるんだ。また、領主も魔法学院への入学者数が評価されるらしくて、平民への魔法検査を盛んにやっているんだよ。それで強化魔法、つまり水属性が明らかになったんで、国から金が出て学院の寮に入ったって訳だ」
「魔法の訓練はしたの?」
「町の子供も含めて孤児院で初級呪文の練習はしたが、種族属性らしく、俺は体から離れた場所での魔法行使は殆ど出来ないな」
「試験前には魔法練習場で練習した方が良いね。呪文は沢山書き出してあるから、色々やってみようね」
「あんまり期待するなよ」
ここでクライブが口を挟んだ。
「自分の属性の呪文は試験で書けないといけないから、覚えておけよ」
ここでエグバードが口を挟んだ。
「え、そうなんですか?」
「お前には入学前に説明した筈だぞ?」
「え、すいません、全く記憶に無いです」
脳筋め、とクライブは睨んだ。
あなたに夢中←クロちゃんの胸中。なので、彼の心中描写は話半分で読んで下さい。始めてのお付き合いなんて全肯定気味か全否定気味かどっちかが多いと思う。




