7−10 サバトを始めよう (5)
そもそも何故暗黒の魔女、つまり闇魔法が専門の魔女が他の属性の大きな魔法を使うのか。クリスティンは相手の魔女の作戦を読んでいた。
(つまり、大技の影で闇魔法を使って私の動きを止めたいのよね。それなら障害物の多い地上でやった方が良かったでしょうに。選択を誤ったわね)
どちらにせよ地上でクリスティンが本気で土魔法を使ったら、相手は闇魔法を使うどころか一瞬で生き埋めになる筈だが。クリスティンは空中に座って左手に頬を載せてレイラの次の手を待った。一応、一々対処してやっているのだ。もう少し工夫をして欲しい。
しかし、冷静さを失ったレイラは夜陰に乗じて闇魔法を展開する事を選んだ様だ。すぅっと伸びる魔力の影がクリスティンの下方から迫ったが、魔法感受性の高い者には相手が魔力を展開するだけで察知できる。クリスティンは腰にぶら下げたワンドを見て、これを使う必要はなさそうだ、と思っていた。今着ているドレスとこのワンドは、里を出る時に母が用意してくれた物だ。魔女として人前に出る時の為に用意してくれたのだ。母娘の間の愛情は薄いが、最低限の情はあるからその程度の事はしてくれるし、クリスティンも使える物は使う主義である。こうして身に付けて来たのだが、相手がお話にならない。
(本当に只の陽動なのね。王子を裸にするのが目的か)
クリスティンは右手を下に向けて広げ、光の魔法を放った。レイラの放った闇魔法のプローブは消滅した。手詰まりな事を認めたくないレイラは、両手の手のひらをクリスティンに向けて闇魔法を放った。
「侵せ!」
精神を侵食する魔法なのだろうが、工夫が無さ過ぎた。クリスティンが瞳を見開くと、瞳からエメラルド色の光が広まった。その光で闇魔法は消えてしまった。
今度こそ不利を悟ったレイラはファイアーランス、アイスランス、ブローと各属性の小技を放ちながら降下して行った。クリスティンもレイラを横に見ながら少しずつ空中の見えない階段を下がって行った。レイラ程度の中級魔法なら防御どころか途中で崩すのも造作もない事だった。
「余裕見せやがって!」
次々とレイラは細かい魔法を放つが、連続して放つ魔法が小さくなる程クリスティンの行動を拘束する事が出来なくなっていった。魔法戦は速度が勝負と思っているクリスティンは、専門の闇魔法でさえ出が遅いレイラのその他の属性の魔法の発動速度など物ともしなかった。
「口調が崩れていてよ?そんな事ではママにしかられるのではないかしら?」
レイラはくやしさで歯をぎりぎりと噛みしめた。
(そんな事では若くして皺が消えなくなるわよ)
流石にこれを言葉にするとキレそうだから、クリスティンは心の中でささやいた。
平民街の商家の屋根が近づいてきた。レイラは屋根を蹴って建物の間に降り立った。クリスティンも近くに降り立ったが、レイラはすぐに建物の影に走って行った。追いかけたクリスティンが見たものは、通行人にナイフを突きつけるレイラの姿だった。
「近づくな!近づいたらこいつを殺す!」
「あらあら、大事な一言を忘れているわよ?武器を捨てろっていうのが決め台詞じゃないのかしら?」
レイラは怒りに体を震わせた。
「魔女相手に武器を捨てろって言って何の意味があるんだよっ!!」
「それなら魔女相手に人質なんて意味が無い事も分かっているでしょ?」
「お前が王家側なら市民の命も守らなきゃいけないだろうがっ!!!」
「それが市民ならね」
そのクリスティンの言葉に、人質が反応した。
布の裂ける音がして何かが人質の腹から後ろに伸びて行った。
それだけではなく、人質の肩から腕が二つに分かれ、後ろ向きに伸びて行った。
両肩から二本の腕らしきものと腹部両側からの何かがレイラを拘束した。
「な、何だ…?」
戸惑うレイラにクリスティンが近づいて行った。
「だから近づくな!こいつを殺すぞ!」
レイラがその人質になっている何かの首筋にナイフを触れさせると、金属的な擦過音がした。
「な、まさか、これは傀儡!?」
「あなた達は不利になるとすぐそういう手を使いたがるから餌として置いておいたんだけど、本当にそういう人達なのね」
「待て、何で森の魔女が闇魔法である傀儡術を使えるんだ!?」
「馬鹿ねぇ、森羅万象を探求する森の魔女が、闇魔法を研究してない訳ないでしょ。あなた達が闇魔法を使って無茶をしていて評判が悪いから、表向き使ってないだけよ」
敗北感とさらっと貶されても何も言えない無力感から、レイラは力なく俯いてしまった。
「じゃあ、そろそろ良いわね?お縄について頂戴」
傀儡はレイラの口を革バンドで塞いだ。レイラは不服そうに「むーむーっ!」と声を上げたが、そろそろクリスティンも学院が心配になってきた。傀儡はレイラを水平にする様に回転すると、両手両足部分を地面に付け、その設置部が小車輪付きの足になって、貴族街に向かって進みだした。
そのころ貴族街東の商店街で地べたに座りながら、べそをかくデボラの背をさすっていた水籠りの魔女の先輩、レジーナは話し出した。
「どうやら終わった様だな」
「えぐっ、何が?」
「バカ、あたしらの他に2組の魔女がやりあってるんだろ?それが終わったって事だよ」
「え、どっちが勝ったの?」
…何も考えてないデボラに頭が痛くなったレジーナだが、それだけに説明しないと話が進まないとも思った。
「炎熱同士の対決はもう終わっていたけど、それなのに王城方面に火勢が上がっていないところをみると王家側の魔女が勝ったんだろうよ。南の上空の対決はそもそも暗黒の魔女が森の魔女を魔法規模で圧倒するっていう話だったんだが、大きい魔法は使われていない。森の魔女の勝ちだろう」
「ふーん、じゃ、どうしよう?」
(あたしは反乱側だからどうするか決めなきゃならないが、あんたは王家側だから普通に家に戻れば良いんだろうが!)
レジーナはそう思ったが、子供は大人が決めた事に付いて行くものだ、とも思った。決めてやるか。
「ああ、じゃあ、あたしはあんたに投降したって事にしよう。実際に勝負は放置してあんたの背中をさすっていたんだから同じようなもんだ」
「同じかな?」
「細かい事は話さなけりゃバレないよ。どうせ相手もこっちなんか見てないんだから言い張れば良いさ」
「そうだね~」
…自分が言った事とはいえ、何も考えないで相槌をうつこの考えなしは何とかしないといけないのではないか、とレジーナは義務感にかられた。
確かクリスティンもボケキャラと設定した筈ですが、デボラにその座を取られちゃってますね…
次回は土曜に更新します。




