6−4 冬至祭の代わりに
冬至祭は、宗教的な儀式でもあるが、家レベルでは家族と食事を楽しむ日でもあった。ところが実の親から離れて貴族家に養女になった風塵の魔女カーラも、水籠りの魔女デボラも流石に養家の団欒に入り込むのは気がひける。そういう訳で彼女達は寮から出なかった。それはクリスティンも同じだが、クリスティンは別に独りでも問題ないが、彼女達は辛かろうと考え、スイーツを食べる会を開催する事にした。
…というのは言い訳で、当然クロちゃんの為に冬至祭のやり直しをやろうと言うのが本音である。そういう訳で、スイーツはパイをクリスティンが手作りした。若干量が多いために寮の食堂の窯を借りるのは気が引けた。だからジャッキーに手を回してもらって、魔法練習場を早くに開けて貰った。つまり、竈は土魔法で作り、薪の火力調整は火魔法で行った。こんな事をしていれば王子に目を付けられるかもしれないが、そんな些末な事はもうどうでも良くなっていた。子犬が尻尾を振って喜ぶ姿を思い浮かべたママはもうブレーキが利かないものだ。
さて、名目上はカーラとデボラの二人の魔女の為の会である。魔女の里は魔力という暴力で各王家と中立の立場を得ていたが、王侯貴族の様に広大な領土を持つ訳ではない。よって砂糖の生産はビートにより細々と行われていた。魔女達にとって砂糖は貴重品だったから、例えば冬至祭に振舞われるスイーツに彼女達はむしゃぶりついた。そういう彼女達の生態が分かっていたから、アップルパイは三台焼いた。見栄えの良いものをクリスティン達で分けて、魔女二人には若干見栄えの悪いものをホールで出す事にした。
まさか足りないとは言わないだろうが、念のためパンプキンパイも三台焼いた。後はクロちゃんが砂糖が駄目だった時の為にナッツパイを一台焼いた。これは甘くないから魔女は食べないと分かっていた。
そういう事で約束の10時半に応接室にはパイが七台並んだ。お預けを食らうと二人の魔女が暴れ出すのが分かっていたので、とりあえず二人にはアップルパイを目の前に出してやった。ハワード家から連れてこられた侍女と侍従がお茶を入れるのも待てずに二人は侍女を睨みつけていた。クライブが目で合図して、二人からお茶を出す事にした。
そういう訳で、カーラとデボラはアップルパイにフォークを立てて、どんどん取り込んでいった。里では周囲の魔女達と争う様に食べないと食いっぱぐれるので、ともかく糖分を口に入れるという習慣になっていた。クライブもエグバードも魔女達がここまでマナーが悪いとは思っていなかったので思わず口を開けて見てしまったが、クリスティンが二人を順次見つめて首を振ったから、ようやく二人もそちらを見る事をやめた。
クリスティンとしてはまずクロちゃんに確かめる事があったので、ナッツパイを切り分けてあげた。
「ナッツパイよ。甘くないから甘党じゃない男の子でも食べられるわね?」
「クリスティンが作ったものなら何だって美味しいよ」
そう言って幸せ満点な顔をしてナッツパイを頬張った。
「甘いものも食べられる?アップルパイとパンプキンパイもあるんだけど?」
「アップルパイは食べた事がないけど、リンゴジャムならよく食べたから、甘くても大丈夫だ。クリスティンが作ったなら食べたいよ」
「そう。良かった。じゃあ、これ、召し上がれ」
クロちゃんはアップルパイを幸せいっぱいな笑顔で頬張った。クロちゃんの幸せな顔を見てクリスティンも蕩ける様な笑顔を浮かべた。
そういう訳で二人に声を掛けられる雰囲気ではなかったが、ジャッキーとしても感想を伝えないといけなかったから、声をかけた。
「クリスティン、私もあなたの手作りのパイを食べられて幸せだよ」
「ふふ、貴族の口には合わないのではなくて?」
「家で出るパイはシナモンが入っているけど、それが無いのも素朴で美味しいよ」
「シナモンは一部の商人が独占しているから、田舎では使わないからね」
クライブもエグバードもシナモンの入らないものも気に入ってくれた様だ。
そうこうしている内に、魔女二人はアップルパイをホールで食べ終わった。
「おかわりっ!!」
二人で声を合わして言った。
二人以外からすると、パイをホールで食べてまだ入るのか、と眉を顰めるところだった。クリスティンはこういう事もあるだろうと思っていたから、素直にパンプキンパイを差し出した。ともかく糖分を腹一杯に入れるのが彼女達の祭りなのだ。しかし、躊躇いなくもう一台のパイにとりかかる二人に、クリスティン以外は心配になった。
「あれ、大丈夫なの?」
ジャッキーすら心配したが。
「ともかく祭りの日には動けなくなるまで甘いものを食べ続ける生き物なのよ。心配しないで」
「それは放っておいて良いものなのか?」
クライブは心配になったが。
「付ける薬は無いから仕方がないのよ」
まあ、あの二人が口で言って従う筈はないのだから、放っておく以外に無かった。
「私はこれくらいにしておくよ」
クライブは二切れで終わらせた。
「ん?兄さん、午後に何かあるの?」
「ああ、デートの続きをやるんだ」
「何!?あれで終わりじゃなかったの!?」
「…なんとかご機嫌を直してもらったんだ」
それはちょっと不味かったかな、とクリスティンは思った。デートの前に他の女の手作りの料理を食べて出かけるというのは。
「…それはタイミングが悪くて、ごめんなさい」
「それは気にしないで良いよ。貴族の女は、男に手作りの料理を食べさせたいという欲望は無いからね」
「それもそうですね」
ところが、ジェシカ・フィールディングは鼻が利いた。出会って挨拶をした後、思わず口にしてしまった。
「何か甘い匂いがしない?」
「ああ、クリスティンが彼氏のクロードにパイを振舞うのにお付き合いさせて貰ったんだ」
ジェシカの眉間に皺が寄ったが、この間のクリスティンのメッセージは『過剰反応は疑いを呼ぶ』という意味もあったから、心を落ち着ける事にした。
「間が悪く、サンドイッチを作ってきてしまったのだけど、今日は止した方がいいかしら?」
「いや、まったく大丈夫。一切れ食べただけだから!」
実は二切れ食べていたが、正直に言う事でもないのでクライブは押し通した。
そういう訳で先ほどのクロちゃんと同じ顔をクライブはジェシカに見せた。ジェシカはクリスティンほど相手に心を許していなかったから、そこまで喜んだ顔を出来なかったが、それでも前回よりはずっと良い雰囲気で二人は別れた。
コミュニティFMをネット経由でよく聞くのですが、土曜にアナウンサーが言っていました。
「今年は週の真ん中がクリスマスだから、この週末にクリスマスイベントをやってしまう人もいるのではないでしょうか」
はい。ローストチキンもいちごショートももう食べました。そういう訳でクリスマス気分をクリスティン達にも味あわせたいという回でした。まあ、まだクライブがジェシカと切れていない、というアピール回でもあったのですが。
ちょっと蝙蝠の終了でエネルギーを使い果たしたので、こちらの更新は二日に一回とさせて下さい。




