5−9 海風の思い出
ダンスパーティから休息日を挟んで、一同は王都の南の海岸に来ていた。
馬車を途中で休ませて2時間弱の旅路だった。夏は客も多いが、冬の今は客の少ない海辺の旅館の食堂を予約していたが、約1時間は自由時間があった。
クロちゃんの右手に引かれてクリスティンは歩いていた。
「その、俺、ちょっとクリスティンに聞いて欲しい事があるんだ」
「何でも話して。クロちゃんの事なら何でも知りたいよ」
「うん…俺が一族を抜けて外界に出て来た理由なんだけど…」
クロちゃんは言葉に詰まった。言いたくないなら今催促する理由も無い。クリスティンはただ次の言葉を待った。
「…人狼は、秘密を見られたら、村一つ滅ぼしてでも口封じをする種族なんだ。12の時にこれはおかしい、と思ったんだ。友達もいたのに村を一つ滅ぼすのを見て」
「うん」
「ずっと、それが人狼のルールだと教えられてきた。一度知られたら、滅ぼさなければ滅ぼされると」
「うん」
「でも、人狼だって人狼の生き方を止めて人間として生きればそんな事にはならないと思うんだ」
「うん」
「人狼だって、人間の様に働き、人間の様に食事をすれば人間として生きていける。でも、人狼としての本能を忘れない様にと時々人間を狩るんだ」
「うん」
クリスティンが思うに、人に飲み込まれない様に、人と違う、人より優れた自分達という優越意識を持たせて、種族闘争の勝利という結果を経験させる事で人狼という種族の純粋性を守っているのではないだろうか。
「それが人狼の本能で、古からの生きざまだと言って必要のないのに人間を狩り、食べる。それが神から与えられた人狼の生きざまだと言って。でも、必要のない事をやって、それがバレたら村ごと滅ぼす。それは違うんじゃないかと思うんだ。そうして12年も生きて来たんだ。俺だって。酷いだろ、怖いだろ、こんなけだもの」
「否定して欲しい?」
「それは辛い」
「多くのけだものは、弱い生き物を狩って食べる。だからそれはけだもののルールとしては確かに神が作った自然の摂理」
「…」
「でも、人として生きるというのは、他人と交渉して、何らかの信頼を得て支え合って生きるという事」
「…」
「言い換えると、他人を尊重して、互いに認め合う社会を作り上げるのが人として生きるという事」
「…」
「でも人にもけだものの本性があり、時々、他人を何らかの暴力で押しつぶす欲望を隠さない人がいるけど、それも人の心の一部」
「…そうかな」
「理想を言えば、全ての人が相手を尊重し、真心を伝え合うのが人間の世界。でも、誰かを食い物にして利益を得て、金の力や権力の力、単純な暴力で人の上に立ちたがる人がいるのが現実の人間世界」
「…そうだな」
「でも、そういう人は他人に尊重される権利は無いの。無いけど何らかの暴力で相手を押しつぶして黙らせているだけ」
「…」
「だから、あなたがどんな種族の出だって、他人を尊重して信頼ある人間関係を築いて行こうと思っているなら、人間として尊重される権利はあるの。つまり、他人を尊重するという義務を果たしているから、公平に尊重される権利があるの」
「…そうか」
「例えば社会がいろんな義務を私達に与えるわ。でも、人として権利を主張出来るのは、そんな義務とは関係ない。他人を公平に尊重する義務。この義務を果たさない者は、公平に扱われる権利が無いの。それが公平という事」
「…そうか」
「だから、私があなたに確認しないといけない事はたった二つ。あなたはもう人間を襲わないよね?」
「襲わない。今までだって大人から与えられた時以外は口にしていない」
女を襲わないこの子ならそう言うだろうとクリスティンは思っていた。だから飼い主になると申し出たんだ。
「なら、もう一つ。クロちゃんは私を大切に思ってくれますか?」
「大切に思ってる。ずっと」
「だったら、過去はともかく、あなたが私を対等以上に扱ってくれる以上、私もあなたを対等以上に思うわ」
「…ありがとう」
「今、私達は手を繋いでいる。人間同士として同じくらいの温もりを与えあっている。相手が冷血動物だったら、この温もりはないの」
「…そうか」
「お互い、ずっとこんな温もりを与えられる関係でいたいね」
「そうだな」
砂浜に二人の足跡が残っていた。この足跡は明日には波に流されて消える。でも、今日、二人で歩いた足跡は、二人の心の中にいつまでも残る。そんな思い出を積み重ねていき、大事な相手になる。種族が違っても二人は大事な相手となっていきたいと思っている。
クリスティンは、他者の温もりと言えば、アッシュの温もりしか知らなかった。母は娘に温もりを与える人では無かった。嫌っている訳では無いが、彼女の心の中で子育ては優先順位が高く無かった。だから、ひと時だけ抱きつく事を許してくれるアッシュの温もりしか知らなかった。今、クリスティンはその左手に人間の温もりを知った。ワンちゃんじゃないクロちゃんも可愛いな、とその時初めてクリスティンは思った。…クロちゃんが聞いたら跪いてしまうだろうが、幸い、クリスティンは一言少ない女だったから、そういう事態にはならなかった。
その頃、風塵の魔女カーラは氷結…もとい、水籠りの魔女デボラに魔法の特訓を強いていた。カーラの繰り出す鎌鼬をアイスウォールで防ぐとう特訓だ。デボラはウォーターボールの出は早くなったが、特訓していない水から氷への氷結工程が甘く、遅かったから、何度も傷つきそうになった。
「ほらほら遅いぞ!そんな事で魔女を名乗れるか!」
「ひぃっ、無理!速いからっ!」
「泣き言が魔女相手に通じると思うなよ!」
「ぎゃあー!!」
「問題児が大人しく見えるほど問題児がいるねぇ」
「だから問題児扱いされてるんだよ」
ハワード妹と兄はなるほどこれは皆距離を取るだろう、と納得していた。ちなみにエグバードは背景に溶け込み、貝殻を拾っていた。プレゼントする相手もいないのに。他にする事が無かったんだ。
人狼ゲームの冒頭に説明があるそうです。
『人狼は日中は人間に混じって生活し、夜になると変身して人を襲う。初めての被害者が出てから、村人は毎晩投票して人狼らしき人間を吊る事にした』
日中に人として暮らせるなら、夜も人として暮せば良いのにね?と思う訳です。そういう訳で、今回の様な設定を考えてみました。人狼の本場のヨーロッパの設定を全く無視するのもどうかと思ったもので。しかし、毎晩吊り理由を言われるって、かなり辛そうですよね。なんでそんなゲームやるんでしょうね。
あ、明日は蝙蝠です。




