5−1 私のダンスはあなたの為
前回のやり取りがあり、不審者の目撃情報は無くなった。そうしてクリスティン達も他の生徒達も、期末試験に備えて勉強や魔法の練習に専念出来た。デボラは気持ち大人しく魔法練習をしていた。
「えいっ、鮒よ水を打ち出せっ」
鮒・ルビー棒を指で掴んで謎呪文で水魔法を打ち出す様になった。
「アイスちゃん…試験が近いんだからちゃんと呪文を唱えて…」
「鮒がこう言いたがってるんだ!」
ジャッキーとクロちゃんは小声で話した。
「なあ、あれ大人しくなっとるんか?」
「普通に人の話は聞かないな。通常営業に見えるが…」
「気合が足りない時に絞ると凹んでまうからなぁ…」
つまり感情の山が低くなっているんだ。
とは言え、呪文は正確に覚えないと試験で合格が貰えない。応接室での練習時に、クリスティンはデボラにひたすら正しい呪文詠唱をさせた。
「ぐげっ、もう無理…」
デボラの喉が死んで特訓は終わった。根性叩きのめすつもりで臨んだクリスティンとしては不完全燃焼だった。そうして次は飼い犬に呪文指導をした。
「さあ、クロちゃん!正しい呪文詠唱の練習よ!」
「ああ、頼む…」
飼い犬さえも引くクリスティンの情熱っぷりだが、飼い犬は飼い主の為に死ぬなら本望だ。そうしてクロちゃんの喉も死んだ。仕方なくクリスティンはジャッキーに向かった。
「ジャッキー、呪文の道は一日にしてならずなのよ!頑張りましょう!」
「お手柔らかに~」
と頼んでも、デボラの根性を叩きのめす程の覚悟に見合う練習量はとんでもなかったから、ジャッキーの喉が死ぬまで指導をしてもまだ足りなかった。
「さあ、お兄さん、あなたも呪文の作る芸術の世界にどっぷり漬かりましょう!」
「いや、私は2年だから…」
「安心してください!2年の4魔法は全て解析が終わりました!風魔法もばっちりです!」
「私の属性、話したっけ?」
「そんなの見れば分かります!さあ、頑張りましょう!」
そうして4体の物言わぬ屍が完成した。死んでないけど。
ちなみにもう一人いるのだが、存在感がないのでクリスティンの視界に入らなかった。
そういう訳でクリスティンのクロちゃん、デボラに対する熱血指導のおかげで、魔法実技も全員追試など無く上期期末試験は終了した。試験が無事終わってジャッキーの瞳に光が戻った。
「さあ、クリスティン、わんこを一人前の紳士に仕上げましょう!」
「どうしたの、一体?」
「上期終了後のダンスパーティでわんこにリードしてもらうの。だから特訓だ!」
「いや、別にダンスはどうでも…」
「そうはいかないわ!乙女たるもの期末ダンスパーティで学年一の良い男にリードしてもらうのがステイタスなのよ!」
「いや、多分ジャッキーが男装したら学年一男らしいと思うの」
クリスティンは冗談でそう言ったが…
「うん、私も、私が男装してクリスティンをリードするのが一番似合うよね、って食卓で話したら両親から『それを人前でやったら冬休みは外出禁止!』と言われたから、虫よけにわんこを鍛える事にしたんだ」
「それは親が止めるよね、普通…」
そうして応接室でジャッキーがクロちゃんに宣告した。
「さあ、わんこ、死ぬ気でダンス練習だ!」
「いや、ちょっと待て。俺は平民だからダンスも出来ないしダンス服も持ってないぞ」
「そんなもん、私の男装用の服を貸してやる!背格好あんまり変わらないからな」
クロちゃんとしては、普通、男女でサイズが違うところがあるだろう、とは思ったが、それを口にすると原型を留めないほど頭を殴られるだろうから黙っていた。
「そういう訳で期末のダンスパーティに備えて特訓だ!」
こいつは特訓とか好きそうだな、と思ったが、クロちゃんもどちらかというの肉体派だ。
「じゃあ、クロちゃんはこう、こう、こう。クリスティンはこう、こう、こう。とりあえず合わせてみて」
器用な事に、ジャッキーは男側も女側もダンスをマスターしていた。
クロちゃんとぴったりくっついてダンスの練習が出来るのが嬉しくて、クリスティンの口は弧を描いた。そんな上機嫌な彼女を見てクロちゃんも頬を染めた。ジャッキーの手拍子で何度か練習をしたが、ジャッキーから駄目が出た。
「こら、わんこ!あんたはクリスティンに悪い虫が付かない様にする虫よけなんだぞ!そんな緩んだ顔してどうする!」
「本番では怖い顔をするから、練習の時くらい幸せを噛みしめさせてくれ」
本人を横に置いてこんな事を言えるほどクロちゃんの飼い犬化は進んでいた。
「練習で出来ない事が本番で出来るか!気合入れろ!」
「そんな怖い顔をしてクリスティンを怖がらせたくない」
言い訳ではなく本心である。クリスティンはにっこり笑って言った。
「クロちゃんの締まった顔、恰好良いよ。だからどんな顔をしても怖がったりしないよ」
恰好良い!それこそクロちゃんの熱望する言葉である。俺、彼女の役に立てる!
きりっと音がするくらいにクロちゃんは締まった顔をした。でも頬がピンク色。
「うん、恰好良いよ。しばらくはそれでいこうね」
口では恰好良いなどと言っているが、しょせんクリスティンから見ればクロちゃんは可愛い子犬である。子犬が恰好付けているのを見て可愛く思っていた。だからクリスティンは終始にこにこしていた。
クロちゃんの事はクリスティンに任せて大丈夫と見たジャッキーは、デボラに矛先を向けた。
「さあ、アイスちゃんも練習だ!」
「え、私は公式の場には出ないから…」
「だから乙女たるもの、ダンスパーティで男を引っかけないで何とする!」
「だから、そういう事で目立つのは実子に目を付けられるから…」
「かまわん!伯爵令息がエスコートしてやる!」
それを聞いたクライブが済まさなそうな顔で言った。
「ああ、すまん、ファーストダンスは先約があってな」
ジャッキーの目の色が変わった。
「何ですと!兄さん、何時の間に女を孕ませて責任取る事になってんの!」
「孕ませてもいないし、責任を取る事にもなってない!」
「じゃあ、孕ませ詐欺で責任取る様に脅されてるのね!」
「それもない!同じクラスの女生徒と何となく最初に踊る事になったんだよ」
「何となくでなるか!白状しなさい!」
「本当にないんだ。1組の才媛、ジェシカ・フィールディング嬢とダンスの腕を競う事になったんだ」
「ああ、それは有能で知られた人だから、家の力を使ってもちょっと無理っぽいね…」
「だから、そういう仲じゃないって。それはそうとアイスちゃんのダンスの練習くらいは付き合うし、本番でも2曲目以降は付き合うからさ」
「いや、しなくて良いってば!」
「まあ、君にも少しでも良い思い出を作って欲しいとは思ってるから、たまにはおせっかいも受け入れてくれ」
「えー…」
クライブはやはりお人好しなのだろう。一方、デボラも本気で嫌なら撥ね退けるところをこの態度だから、やっぱり思い出は欲しいのか、それともまだ元気がないのか…
とりあえずジャッキーとクライブ二人係りでデボラのダンスの指導をしてあげた。
幸せは歩いて来ないけど、不幸せは歩いてきたりする、そんな季節(どんな季節!?)
明日は蝙蝠の投稿です。第三王子は日曜に投稿予定です。




