3−9 学園祭(3)
こうして、第三王子特別調査隊の面々が独りもいない展示場にエドウィン王子が現れた。ハワード家の領地紹介、王都北の森の狩猟状況の展示を見た後、魔法呪文構造比較の展示の前で王子は微笑んだ。
(追い込まれると人は正体を現すという。やらせて良かったよ。とは言え、クライブは予想通りのものを展示してきたな。嫌々ながらも付き合ってくれるのは親愛の情はあるという事か。友人は大切にしないとね)
クライブにとって不吉な王子の心情は誰にも伝わる事は無かった。ここで、護衛の一人が王子に小声で呟いた。
「ああ、そろそろ向かうとしようか」
魔法練習場には2年生のノーマン・クロフォードと1年生のクリスティン・クロフォード、そして判定役の魔法教師が並んでいた。柵の外では父親であるカスバート・クロフォード、妹であるステイシー・クロフォードが話を聞きつけてやって来た。後は第三王子特別調査隊の面々と、暇つぶしに見に来た数十人が眺めている。判定役の教師が口を開く。
「初級魔法のファイアーボールを十回発動して優劣を競う。命中率は問わないが的の耐火煉瓦から外れた場所に飛んだものは無効とする」
これを聞いてデボラが喚きそうになったが、ジャッキーが口を塞いだ。それでもデボラは暴れようとするがジャッキーが片足と両腕で抑え込んでいる。
「それでは、始め!」
教師の宣言に続いてノーマンは高速詠唱を、クリスティンは各単語が何とか聞き取れる限界の早口で詠唱した。当然ノーマンのファイアーボールが先に的に届いたが、秒単位で早いという程ではなかった。クリスティンが聞いたところ、ノーマンの一回目の詠唱は一応及第点と言えた。高速詠唱と言っても単語はしっかり発音していた。しかし、人は手段と目的を間違えるものだ。何とか単語を発音していたのは2回目までだった。3回目以降は早く呪文を終える事を優先したせいで発音が混じっていたから、当然魔法の威力は低下した。
対してクリスティンは周囲の者に聞こえるペースを守った。もちろん、魔法の各工程をしっかり認識しながらファイアーボールを撃ち続けた。ウォーターボールは水蒸気を集めて水とし、形成して打ち出すが、ファイアーボールは当然燃料を集めて、その後に加熱、炎を形成して打ち出す。加熱・発火する工程を確実に行わなければ火炎の威力が低下する。そこを考えて一定のペースを守ったクリスティンと、途中から詠唱自体が危うくなっていたノーマンでは十発目のファイアーボールの威力は雲泥の差となったが、ともかくクリスティンよりノーマンの方が早く終わった。もちろんノーマンは勝利を主張するつもりだったが、教師のノーマンに対する評価は低かった。
「ノーマン・クロフォード、君の魔法は及第点とは言い難い。詠唱は早ければ良いというものではないぞ」
「ですが、私の方が早く魔法を発動しました!」
「だから、早ければ良いというものではないと言ったぞ。3回目以降の君の魔法はクリスティン嬢の魔法に威力の点で劣っていた」
「それでも相対していれば先に当たった方が勝つではないですか」
「距離にもよるが、君の10回目の魔法がクリスティン嬢の9回目の魔法より早ければ迎撃が間に合わないと言えるが、そこまで差は無かった。そして君の3回目以降の魔法はクリスティン嬢の魔法より威力が低く、相殺出来ずに君にダメージを与えられていた可能性もある」
「それは相殺出来なければの話で、速度に勝る私の方が優勢ではないですか!」
「はっきり言わねば分からないのか?3回目以降の君の魔法は成功したと言えないレベルだ」
ノーマンは怒りで顔を真っ赤にしていた。
デボラはノーマンを冷ややかに見ていたが、ふと気になってクロフォード父娘を見てみた。父親は口元には微笑みをたたえていたが、瞳は険しくなっていた。
一方、妹の方ははっきりと口元を歪めていた。無様な兄を嘲笑っていたのだ。実の兄妹でもこれかよ、貴族令嬢は怖いなと思った。
ノーマンは怒りで顔を真っ赤にしながら練習場を出ようとしたが、その前にクライブが立った。
「何でこんな意味の無い事をしたんだ?上級生が勝って当たり前、負ければ無様なだけじゃないか」
「貴様に俺の気持ちが分かるか!」
説明出来ないと言う事は本人も意味など無い事が分かっているんだ。単なる虐めだ。
「君の気持ちはともかく、田舎から出てきて王都で一人で過ごしている義理の妹を思いやる事すら出来ないのなら、友人も去っていくぞ?」
「うるさいっ!」
そう、この性格では友人は少なかった。しかしこの性格は後天的なものだった。要領の良い妹に比べて、学業も魔法も劣ると言われ続けたストレスで怒りっぽくなっているんだ。その上、魔法に優れているという少女が連れてこられて養子になれば、更に立場が悪くなると思わざるを得なかった。だから実子という権力を使って排除するしかなかったんだ。
義理の兄の精神状態はともかく、クリスティンとしては立ち会ってくれた教師に謝意を伝える必要があった。
「先生、お付き合い頂きありがとうございました。義兄が失礼致しました」
「まあ、人間たまには痛い目に遭わないと成長しないからな。君こそ、あのペースで詠唱を続けたのは義兄に聞かせる為だったのだろう?」
「義妹としては、教育的な行動を取るべきと思いましたので」
「色々大変だろうが、君自身の研鑽も続けてくれ」
「ありがとうございます」
一方、ノーマンとクライブにカスバート・クロフォードと娘が近づいていったが、それより先に第三王子エドウィンが近づいた。
「やあ、私の特別調査隊の一員のクリスティンの能力はどう思ったかい?」
ノーマンとしては評判が悪いとは言え王子様に喧嘩を売る訳にはいかなかったので、無難な応えを述べた。
「至らない義妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、優秀な人材を抱えてクロフォード家は安泰だと思うよ」
「…恐縮です…」
この王子の発言にはカスバートもクリスティンも内心汗をかいた。クリスティンは上手く人の影に隠れていたつもりだったが、何かヘマをしたらしい事に気づいた。よりにもよって、この王子に目を付けられてしまったんだ。ノーマンはカスバートとステイシーと共に去って行った。
エドウィンはクリスティンを見た。クリスティンは不敬になるからと心の中で言い訳して、視線を王子の胸に移動した。
「魔法に関する展示を見たよ。構造が比較出来る良い展示だったよ」
クリスティンとしては4属性の初期魔法を並べただけで目を付けられるのは不本意だった。
「時間が無く、一覧表にするだけしか出来ませんでした。お目汚しを失礼致しました」
「いずれもっと詳しい解説を聞かせて欲しいね」
「恐縮ですが、詳しくお聞かせ出来る程理解出来ておりません」
「来年の学院祭に期待するよ」
そう言うとエドウィンは去って行った。クリスティンとしては頭を抱えるしかなかった。
そんなクリスティンの頭を更に痛ませる者がいた。デボラだ。
「何っであんた火魔法まで使えんのよ!水魔法師じゃないの!?」
「呪文を唱えたら出来ちゃったのよ」
「そんな簡単に他属性魔法が使えるかっ!」
煩いのでクライブがジャッキーに命じた。
「とりあえず黙らせて」
「オッケー」
そうしてジャッキーがデボラの口に丸めたハンカチを突っ込んだ上で口を手で塞いだ。んーんーんー!そうまでされてもデボラは顔を真っ赤にして喚こうとしたが、流石に他人には判別出来ない音だった。クライブからすれば、呪文を比較する、という段階で複数属性の魔法が使える事は明らかだ。普通は一属性を覚えるのに精一杯だから他の属性の呪文など見る暇がない。火と水、そういえば以前聖魔法まで使っていた。どれが第一属性か知らないが義兄より魔力が上である事は明らかだ。そもそも養子になる段階で有能な人材で、養家の人間はそれを有効利用する事を考えるべきだ。勝敗を付けてどうする。
「とりあえずお疲れ様。一先ずお茶でも飲みに行こう」
「ありがとうございます」
ノーマンもはた迷惑な男だが、クライブやクリスティンの周囲には王子、デボラと騒がしいのが多すぎる。精神の休息が必要だった。
気落ちしているクリスティンにクロちゃんが近づいた。
「その、俺には問題を解決する事は出来ないけど、何か出来る事があれば言ってくれ」
クリスティンは無理に微笑んだ。この子に心配させてはいけないから。
「大丈夫だよ。今度わんちゃんになった時にたっぷり撫でさせてくれれば」
…わんちゃんじゃなくて人狼なんだが。
金曜はお休み致します。4章のイントロが全く浮かばないんです…




