3−8 学院祭(2)
暫く展示室には来る客が居なかった。デボラが文句をいつまでも言い続けたが、クリスティンは軽く受け流した。デボラも暇つぶしに文句を言っているだけだから、クリスティンの扱いが悪くても文句は言わなかった。こんな展示に参加させる彼の方の文句を言い続けた。飽きない娘ね、とクリスティンも感心した。
昼食時間に展示場に立ち会うという事で、クリスティンがサンドウィッチを作ってきたが、肉を調達する暇がなかったから野菜サンドだったので、デボラは愚痴を言いながら頬張った。準備していた白湯で口を潤していたところ、久しぶりに客がやって来た。だが招かれざる客だった。
独りでやって来たその上級生はいきなりこの展示場を貶し始めた。
「殿下の名を冠しながらこんな外れで客の来ない様な展示をしているのは不敬ではないか!」
デボラはむっとしたがその顔の前にクリスティンが手を上げて制した。
「殿下にはご了承を得ております」
「それで、お前が身の程も知らず出しゃばって展示しているのはどれだ?」
デボラにもこの無礼な男がクリスティンの知り合いだと言う事は分かった、これが義理の兄なら、地味子も苦労しているのね、と自分の苦労と重ねて思った。
どこの家も養子には冷たい様だ。
「多分、こちらの事でしょう」
クリスティンは男を教室の後ろの魔法構造の一覧展示の前に連れて行った。男は一瞥しただけで碌に内容を読みもしないで文句を言い出した。
「下手な事を考えずに黙って練習をしていれば良いものを。下手な考え休むに似たりだ。こんな事でクロフォード家の名を汚さない様な成績が取れると思っているのか!?」
「ご心配頂く事が無き様、期末試験に向けては努力させて頂きます」
「口では何とでも言えるよな。その言葉を違える結果が出た時はどうするつもりだ!?」
「その様な事の無き様に致します」
「呪文の構造だの無駄な事を考える前に、しっかり呪文を覚えられる様にもっと練習したらどうだ!?」
呪文の意味と構造を考えて記憶するのと、何も考えずに丸覚えするのとどちらが発展性があるかは明らかな筈だが、この男はつまり家庭教師にそういう教え方をされたのだ。不幸な事ね、とクリスティンは他人事の様に思った。この男はクリスティンを貶す事を目的に口を開いているのだからどう釈明しても次の応答として文句を返して来るのだが、まあ義理で話を合わせないといけない。どうしようかと悩んだ一瞬にデボラが口を開いた。
「あんた馬鹿じゃないの!?構造が分かっていないで呪文を唱えるのと意味も分からず唱えるのでは分かって唱える方が上達するに決まってるでしょ!頭悪い事言ってんじゃないよ!」
ああ、ジャッキーみたいに物理的にこの娘の口を塞いでいれば良かった、とクリスティンは後悔した。でも後悔は何時でも取り返しのつかないものだ。男はにやりと笑った。
「それなら、俺とこいつでどちらが優れているか勝負しようではないか。初級魔法で勝負してやる。1時間後に魔法練習場に来い!」
言いたい事だけ言って男は帰っていった。額に手を当てて前後策に悩むクリスティンをよそに、デボラは大声で文句を言った。
「何あれ!?馬鹿じゃないの!?魔法勝負って上級生が1年に勝負を挑んでどうするっていうの!?勝ってあたり前じゃないの!?」
「とにかく相手の上に立てれば良いのよ、主観的に。客観的に見てどうかは関係ないのよ、感情論者にとっては」
「だからって碌に内容も見ないで文句付けるとか、頭おかしいんじゃない!?」
「あなただって呪文構造とその効果については重視してないでしょ?彼と話が合うんじゃない?」
「あんなのと話が合うか!!!大体、誰よあいつ!?」
「大体分かってるでしょ。義理の兄のノーマンよ」
「うえっ」
デボラも養女である。実子達に兄弟扱いなどされず使用人扱いであるから、養家には寄り付いていない。
「それでどうするの?」
「分かって頂けるとは思えないけど、勝敗抜きで分かってもらえる様な勝負をする必要があるわ」
「…何、それ?」
「普通に考えれば、彼は高速詠唱をするのでしょう。それで連続魔法発動時間が早いから勝ちと主張するでしょうね。こちらはその弱点を指摘出来る勝負をすれば良いのよ」
「だから、何、それ!?」
「見れば分かるわ」
そうこうしている間にハワード兄妹がやって来た。
「義兄がやって来て、ひたすら魔法構造の展示を貶してきたので、アイスちゃんが喧嘩を売ってしまいました。魔法練習場で勝負をするとの事なので、行ってきます」
「ちょっと待て!どうしてそうなった!?」
「まあ、ご理解頂けるかと思うのですが、実子は養子を否定したいものなのですよ」
「って言うか、構造を解説する事はより高度な学術研究の世界だぞ!?何で貶せるんだ!?」
「多分、家庭教師に丸覚えを強制されたんでしょうね」
「…それはジャッキーみたいな馬鹿に教える方法では?」
クライブの脇腹にジャッキーの肘打ちが突き刺さった。
「ぐぶっ…」
ジャッキーが話を引き継いだ。
「それで、どうするの?」
「丸覚えの呪文を高速詠唱して勝とうというのでしょう。こちらは一回一回の精度で勝負するべきね。勝敗より教育目的ね」
「そのう、相手は理論家ではないのね?」
「感情家と言うか、まあ難しい年ごろなんでしょう」
「あなたより年上なんだよね…」
「私は物分かりの良いフリは出来る方だから」
「…今度何か甘いものを思いっきり食べさせてあげるから!」
「ありがとう。一品だけで良いよ」
「それだと私も一品しか食べられないじゃない!」
「ダシに使いたいのね?」
「もちろん、思いやりはエッセンスとしてある!」
「エッセンスだけなんだ…」
こうして、仕方がないので展示場の立ち会いはクライブの友人に頼む事にして、一同で魔法練習場に向かう事になった。
とりあえず次回作では兄弟仲が悪いっていう設定は止そうと思っております。ちょっと飽きた。




