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「ただいま」
おそらく何年ぶりかの挨拶。
すぐさま憎らしいにやけ顔でじいさんが出迎える。
「おかえり負け犬ww元気だったかの?w」
…あいかわらずだなじじい…
「ばあさん、りゅうが帰ってきたぞぃ!泣きべそかいとるわい!頭よしよししてやってくれ!」
…このじじい…後でボコボコにしてやるからな…
「りゅうちゃん!どしたんね?なんか嫌なことあったんかいな?」
「ばぁちゃん!ただいま!まぁいろいろあったんだが、とりあえず…」
と、先程攻略してきたダンジョン土産を渡しながら…
「信じてもらえるかわかんないが、まずは最後まで俺の話を聞いてくれるか?」
二人とも驚きすぎて言葉がでない様子…それもそうか、なぜなら土産にと持ってきたこれは《ダンジョンコア》だからなぁ…
………………………………………………………
…っと、こんな感じのことがあった。
俺は、この身に起きた事をあらかた話した。最後まで口を挟まず聴いてくれたので、朝飯を食べ終わるまでに話し合えることができた。
一度死に、再び蘇ったと、力を手にして、やらねばならない事があることも、包み隠さず全て話した後の事。
「りゅう、ついてこい…」
真剣な、どこか焦燥しているような、雰囲気を纏い、じいさんは俺をどこかへ連れていくらしいが…
ばあちゃんもどことなく何か、苦いものを噛み潰したような憤怒の感情を押し殺した顔で俺にお守りを渡してくる。
「りゅうちゃん、気をつけんさいね?」
…俺はどこへ連れて行かれるのか…
昼前に出発して、何時間たったか…うっすらと夜闇が空を覆っていく…日が沈む方は、夕焼けが綺麗で、ふと思い出す…
この場所で、この景色、この時間に、記憶の端っこで胸が痛む…ここを俺は知っている?
じいさんはどんどん先を進んでいく、勝手知ったる場所なのか躊躇がない。そして、立ち止まる。
「ここからは、一人で行け…階段を登り、大鳥居をくぐる際は端を通れ、先の本殿にて頭を下げて待て。いいか…口を開いてはならん…声を出すな。返事をするな。不敬を買われれば、お主の命はない。いいか、必ず戻れ…以上だ…」
以上だ…って、こいつ頭おかしいのか?孫殺しに来てるじゃねーかよ。
つっても、目がマジなんだよな…嫌だなぁ
…チリン……
…リリン……
ふと鼓膜を震わす鈴の音…聞き覚えのある声のような、どこか懐かしいような…
呆けていると、じいさんの顔が歪む。
「いいか?わしの言ったことは必ず守れ、でないと」
…戻って来れなくなる…と続けるよりも早く、俺はボロボロの石段に一歩踏み出す… …大丈夫。
「いってくる。」
ゆっくりと、一歩ずつ登っていく。
やはり、見覚えがある。
この石段も、左右の木々も、綺麗な空気も、
…チリン……
…リリン……
一定の間隔で鳴るこの鈴の音も、ここに来たのは初めてではない。
きっちり九十九段の石段を登りきる。そして、やはり。
確信する。ここには、忘れちゃならない何かがある。
言われた通り【大鳥居】の端を通り、参道も端を歩く。
…チリン……
…リリン……
何故だか、クスクス笑うようにその音を変える鈴の音。
馬鹿にされているのか、似合わないぞと、お前はこれっぽっちも神信深くはないだろうと、神に道を譲る気など、毛頭ないだろうと、
口の端が持ち上がる。あぁ…この感じ、やはり覚えがある。こちらよりも歳も上。頭も賢く。裏をかけば表を取られるような。つかみどころのない。そのあり方。
何者にも気取られない。自らを確立させた、俺が憧れたあり方を、体現したかのようなそんな存在。
【狛犬】もどこかいつもより頭を垂れているような…
御社殿の前に立ち、頭を下げる。【本殿】の扉が開くことはない。そこは御神様の座すところ。人がお目にかかることなど不敬である。
どのくらいそうしていたか…ふと背後に何者かの気配を感じる。
「おかえり、りゅうくん…久しぶりだね?」
そこには有るだけで全てが完成された存在。
顔立ちも、声も、身体つきも全てが、見惚れるほどの存在。
この耳に届く声も、仕草も、自分の深いところで求めていたであろう、完成を体現したかの如く存在。
頭の上に控えめに乗っかった狐耳に、狐尻尾が九尾、真っ白なそれはなぜだか見覚えがある。
「九羅麻…か?」
はっと…自分が彼女を呼ぶのを驚きをもって気づく。
九羅麻?そんな人物にあった覚えも、親交を深めた記憶もないが、ぽっかりと穴が空いた何かが満たされるような感覚。
次いで…返事をしてしまったと、己の愚行を悔いる
「よかった…覚えてる?…みたいだね。」
…いや…覚えてはいないのだが、それよりも…
返事を、声を出してしまった。俺はどうなるのか…
「りゅうくん…大丈夫。多分君は呪印を受けてる。あたしとの記憶なんて虚無の彼方に消え去っているはずなのに…名前を、そうあたしの名前を覚えてるなんて…」
ホロホロと…儚く涙を流すその姿に、幾度となく込み上げるやり場のない感情に埋め尽くされる…俺はこの子を知っているのか?
「無理もないよ…りゅうくん…でも覚えていてくれてありがとう。ここに来たのは、とらさんに連れられてだよね?」
とらさん、とは爺さんのことだ。神守のじいさんの、事だが…この子は爺さんのことを知っている?
今更ながらじいさんの言を守り反応を示さない俺に対し、饒舌に語りかける少女。
「いいよ。そのまま聞いてほしい…あたしは君に会えて、こうしてあの頃のように語り合えることに、奇跡すら感じているのだから。」
俺よりも一つ二つ頭の低い身長。黒髪を肩まで伸ばし前髪は横一文字。おかっぱである彼女は溢れそうなほどの涙をその空色の双眸に溜めて、水色の彼岸花を模した着物をこの世の誰よりも綺麗に着こなし、時代錯誤な下駄を鳴らし、こちらへと近づいてくる。
ふと…その指が俺の頬を撫でる…
懐かしい…そう思う…
苦しい時。
悲しい時
寂しい時
嬉しい時
楽しい時をこの安らげる暖かさに包まれていたような…
そんな気持ちになる。
「もう一度言うよ…大丈夫。君を待っていた。あたしは君の力になろう。この身に滅びが訪れるまで…」
そうして彼女は嘘のように消えていく…光の粒子がキラキラと…馬鹿みたいに綺麗で呆けている間にこの場に一人俺は、一人…元の静寂に包まれた御社殿に取り残された…
「なんだったんだ?…今のは…」
非現実的な現象から解き放たれてまたもや俺は意味がわからなくなっていた。
とりあえず、ここでの事は終わりであろう。じいさんにはいろいろと聞かなきゃならんな…
そうして、石段を降りる瞬間。
…チリン……
…リリン……
…と、それはどこか再会を喜ぶような。歓喜に満ちた音色を残した。




