有能と無能
扉を開けるのとほぼ同時に聞こえて来たのは罵倒の声だった。
「ハッ! 伸び代もろくにない癖に稽古で時間つぶしとは大層な身分だな」
罵声を浴びせてきた声の主はジュリアン・クリスハイト。この屋敷の使用人の一人だ。彼は屋敷の使用人の中でもその有能ぶりから地主様からも気に入られている。
「……お前こんな凡才に噛み付いて何か面白いのか?」
「目障りだと言っている。誰がお前如きに噛み付くと思っているんだ、思い上がるなよ?」
いつもの事でもう慣れたが、この見下すような口調はどうも好きになれなかった。恐らく俺達が分かり合う事など出来ないのだろう。
「あーはいはいわかったわかった、俺は仕事戻るから」
適当に流すように返し、そのまま広間を抜け、中庭に出る。
中庭の中央には噴水があり、その周りに庭園が広がっている。
「さてと、ちゃっちゃと剪定済ませちゃいますかねぇ」
腰に下げていた剪定鋏を引き抜き、軽く二回開閉を繰り返す。
刃が少し擦れ合いしゃりん、という軽い音を立てた。そしてはみ出すように伸びた枝や茎を鼻歌交じりに鋏で剪定していく。
辺りから聴こえるのは噴水から溢れる水の音と鋏が茎を切り落とす音、そして鼻歌しか聴こえなかった。
「ん〜、のどかでいいもんだねぇ……」
「鼻歌歌いながら仕事とはいいご身分だな」
背後から難癖を飛ばしてきたのは、案の定ジュリアンだった。
「またお前かよ……仕事どうしたよ?」
「そんなもの、とっくに片付いているに決まってるだろう?」
「あーはいはい聞いた俺が馬鹿だったよ、お前は有能だもんな、そりゃとっくに仕事なんざ片付いてるだろうな」
そう、この男は有能だ。だがその有能さを帳消しにする程のこの傲慢さが、彼を残念な存在たらしめている。
彼自身が言うように、彼は仕事が早い、そして無駄もなく、それだけならば文句無しなのだ。だが、あの傲慢さから他の使用人達を見下しているが為に、他の使用人達からはよく思われていない。
当然彼の仕事を手伝う酔狂など一人もおらず、いつだって彼一人で仕事をこなしていた。それでも全体の作業を滞らせる事なく仕事を片付けているのは、紛れもなく彼が有能であり非凡である証明なのだろう。
「で、その有能なお前がなんだってこんな平凡で取り立てて秀でたものもない俺みたいな使用人にいつまでも付きまとうんだ?」
「お前が気に入らないからだ」
「あーはいはい、気に食わなくて結構だから仕事の邪魔はしないでくれよな? ただでさえ俺は平凡で仕事終わらせるのギリギリなんだからさ」
そう返し、仕事に戻ろうとすると、鋏を持つ方の腕を掴まれた。
「なんだよ、力ずくで俺の仕事邪魔するのか?」
「お前に一つ、聞きたいことがあってな、それに答えてくれれば僕はこの場から去ろう。」
「で、聞きたいことって何さ?」
そう聞くと、ジュリアンは真剣そうな顔をし、口を開いた。
「執事長は何故僕でなく君に剣術を教える? 君なんかよりも僕が剣術を学んだ方がずっと忠実に再現ができるというのに」
「俺に聞かれてもなぁ……お前なら教えなくても勝手に上手くなるからじゃないの? 俺にはあの人がどんな意味でそうしてるのかわからないけど」
そう答えると、ジュリアンは掴んだ腕を払い、俺を睨みつけた。
「そうかい、あぁそうかい! 君達はそうやって僕を除け者にしたいんだな⁉︎ 僕の有能さが妬ましくてさぁ‼︎」
「いや、だから話をーー」
「言うな! それ以上言うなぁ!」
ジュリアンはこちらが何か言おうとするのを遮る様に喚き散らし始めた。
彼の欠点、それはその傲慢さと、一度取り乱すと人の話を全く聞かないその気質だ。
過去にも同じ様に取り乱し、屋敷の使用人達を困惑させた。
「……ったく昔から変わらねえよなぁ……」
「喋るなって言ってーー」
目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込み、ふうっと吐き出し、喚き散らすジュリアンの頰に拳を叩き込む。
生々しい手応えの後に、少し鈍い痛みが走ると、ジュリアンはよろめき、その場に倒れた。




