不安定
辺りに静寂が広がり、一時の平穏が訪れた。しかしそれもつかの間の事で
「がぁっ⁉︎ 痛い……痛いじゃないか……」
「お前あぁなるとこうするしかないだろ? 我慢しろ」
「……後で覚えておけ、仕返しは必ずするからな……」
頰をさすりながらジュリアンは眉をひそめて此方を向くと、そう悪態を吐いた後、踵を返して帰っていった。
先程の一撃が効いているのか、途中よろけていた。
「おーい、大丈夫か〜?」
「うるさい! 能無しはさっさと仕事してろ!」
そう怒鳴ると再びよろけ、頰をさすりながら壁を支えにしてふらふらと歩いて行くと、広間と中庭を繋ぐ古びた扉をうめき声を上げながら寄りかかるように開き、ジュリアンは中庭を去った。
バタンという少し重い音の後、再び噴水の水が流れる穏やかな音が辺りに広がっていった。
「……さてと、仕事に戻りますかね」
気を取り直し、鋏を握り、俺は剪定の作業に戻った。
剪定をしながら、昼間にユリアから言われた事をふと思い出していた。
ユリアは「見せたいものがある」と言っていた。それも、何か宝物を見つけてきた子供のように得意げな顔でそう言っていた。
何を見せたいのかわからないが、恐らく俺を驚かせられるだけのものがあった、あるいはそれだけのものができたのだろう。
そんな時、彼女がいつも言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。
私は魔女だから、彼女がいつも言っていた言葉だった。俺が彼女を虐げる村人達への不満を零す度に彼女はそう言っていた。
「……ははっ……いや、まさかな……」
彼女が見せようとしているものが、もしかすれば、彼女が魔女である証明だとしたらーーそれが魔法であるとしたならば、俺はその場に行くべきじゃないのではないだろうか。
もしも彼女が俺に見せるために魔法を使おうとしているならば、その為だけに俺を長くあの場に留めようとしているとするならばーー
考えても嫌な想像しか浮かばなかった。
「……でも……な」
気づけば作業をする手が止まっており、鋏を持つ手は固く握られていた。
もしも彼女が魔女である事を認めざるを得ないものを見せつけられる事に、彼女が自分達と離れた存在と思い知らされる事に恐怖が湧き上がっていた。
「……」
しかし、彼女のあの顔を思い出すと、彼女との約束を、彼女の望みを無下にする事は俺の心が許さなかった。
自分を信用してくれている相手の約束を無下にできる人間はそうはいないだろう。だからこそ、俺の迷いは晴れないままだった。
流石にユリアの所へ行かないという選択肢は恐らく無いだろう。いつもと違って夕食を持って行ってすぐに屋敷に戻るべきなのだろうか。
「ーー何をボサッと立っている? もうすぐ日暮れだぞ、魔女の世話に行く支度はまだだろう?」
「……え? あぁ、はい……」
何時間そうしていたのだろうか、気付くと日は沈みかけ、辺りは暗くなっていた。
呆然と立ち尽くしていた俺に見兼ねて声を掛けに来たであろう執事長も、訝しげな顔でこちらを見ていた。
「ジュリアンが頰を腫らして私の所へ来たが、何があった?」
「いや、大した事じゃないですよ……ただ、あいつが執事長が俺ばかりに構っているって言ってきて、それからあいつが取り乱したんですよ」
そう答えると、執事長は怪訝そうな顔をして口を開いた。
「私がお前に特に目を付けているのはお前自身が分かっているはずだ。」
「はい」
「ならば私がジュリアンに特に何も言わない理由も分かっているだろう。」
「まあ、なんとなくなら」
執事長は俺の返答を肯定と取ったのか、そのまま続ける。
「ジュリアンは確かに優秀だ、だが同時に不安定な面がある。そんな人間に力を与える事の危険さを奴は理解しきれていない。力を持たないままでいた方がいいのだよ」
「そう……ですね……」
「恐らくお前がそれを説明してもああなるだけだろう」
「仰る通りで」
執事長が予想していた通りの返答だったのだろう、執事長は溜息を吐いた。
「ジュリアンには私から説明しておく、お前から説明されても奴の神経を逆撫でるだけだろうからな」
「ええ全くその通りで……」
苦笑いしながら答え、剪定鋏をケースに戻したのを確認すると、執事長は小さく咳払いをした。
「まあいい、この話はこの辺りにしておこう。とりあえずお前は魔女の世話に行け」
「はい」
執事長に小さく一礼してから中庭を出て俺は厨房へ向かった。




