不可視の銃声
村を出てからかれこれ一時間が経過し、少し陽が傾き始めていた。
「……野営かぁ……この間みたいな事にならないといいんだけどな」
「私も野営は少し嫌かな……」
「だよなぁ……こんな所で寝るより宿のふかふかなベッドで寝る方がいいしなぁ……」
「それもそうだけど、野営するって事は、この間みたいな事になるかもしれないって事でしょ? それでライルが無理しちゃうんだったら、私は嫌だなぁ……」
「え……」
唐突にそんな労うような言葉をかけられ、言葉を失った。
『嬢ちゃんの方が大人だったな? クハハハハ‼︎』
「疲れてるならちゃんと休まなきゃダメだよ」
「やめろ、その気遣いが今の俺には刺さるから……」
『ブッハハハハハハハハハハ‼︎ 情けねえなあおい? クハハハハハハハハハ‼︎』
「……好きに言ってろ、もうお前にツッコむ事に無駄な体力使いたくもねえよ……」
「魔剣さんもあまりライルの事いじめちゃダメだよ?」
「いじめるって……ユリア……お前……」
ユリアの無垢な気遣いに気力を削られながら馬を走らせていると、進む先に小さな人の影が見えてきた。
「あれ? ねえライル、あれって……」
「ん? あぁ……人、だろうな」
ユリアが指差した先に見える人影は二つ。そしてその近くには馬らしき影も二つあった。
「……でもあんな所に人影なんて、なんか変だね」
「進んでる様子もないし、確かになんか変だな」
心なしか、人影達は道を阻んでいるように、俺達を待ち構えているように見えた。
「……何だろうな、嫌な予感しかしねえや」
そう思い、手綱を引いて馬を止めると、人影は動き出し、馬にまたがってこちらへ向かって来た。
「ねえ、こっちに来るよ⁉︎」
「……何だろうなぁ……引き返さないとだよなぁ⁉︎」
引き返そうと手綱を引き、馬の向きを変えようとしたその瞬間、銃声が轟いた。
「……は?」
「きゃっ⁉︎」
その銃声と同時に馬は悲鳴を上げ、大きく足を上げた後、地面に倒れ込んだ。
「ユリア! 伏せろ!」
「え?」
彼女の返事を待つ前に彼女を荷車の床に押し付けると、俺は頰に衝撃を受け、吹き飛び、荷車から落とされた。
「っ⁉︎ がぁっ⁉︎」
「ライル!」
地面に背中から落ち、痛みに呻いていると、何かからさらに追撃が加えられ、腹部に鈍い痛みが走った。
「……痛えじゃねえかよ……」
「久しぶりだなァ……? 昨日ぶりかァ? ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ‼︎」
そう下卑た笑い声を上げてこちらを見下ろしていたのは、昨日退けた傭兵だった。
「……何だよ、昨日の仕返しか……?」
「当然! テメェには恥をかかされちまったからなぁ‼︎ ここで死んでもらうぜ?」
「……そりゃ分かったけどよ、馬まで撃つ事ねえだーーー」
最後を言い切る前に鳩尾を踏みつけられ、息が詰まった。
「ライル‼︎ やめて‼︎ 離して‼︎」
「……っ……かっ……ぁ……」
「どうした? 息ができねえのか? 安心しろよ、俺達が用あるのはお前だけだからよォ⁉︎」
そう言って更に力を掛けられ、肋骨が軋むように痛んだ。
「……ぐっ……この野郎……」
「どうしたよ? 魔剣があるんだろォ? 使えよ、使ってみろよ‼︎」
『おい小僧、俺を下敷きにしてんじゃねえよ、重てえだろうが」
「……うる……せぇな……っがぁぁぁぁ‼︎」
魔剣を掴もうと動かした掌を踏みつけられ、あまりの痛みに視界が涙で滲んだ。
不運にもガントレットを付けておらず、素手の状態で踏みつけられ、手の甲から僅かに出血している感覚があった。
「ほらほらどうしたよぉ⁉︎ 自慢の魔剣はお飾りかぁ⁉︎」
饒舌になり、勝ちを確信したのか、傭兵はピストルを引き抜き、その引き金を引いた。
「……危ねえじゃねえかよ……」
「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャ‼︎ どうしたよ? 顔が青いぜ? ビビっちまったかぁ?」
放たれた弾丸は右頬を掠め、少しばかり頬辺りまで伸びていた髪を焦がし、頬に傷を作った。
「……髪まで焦がす事ねえじゃ……ゔっ……‼︎……最後まで喋らせろよ……」
「テメェにそんな権利あると思ってんのか⁉︎ あぁ⁉︎」
傭兵はそう怒鳴り、持っていたピストルを投げ捨てた。
「おい! ピストル寄越せ!」
「別に構わねえけどよォ? この女どうすんだァ?」
「女には手を出すな。 この赤髪をぶっ殺しに来たんだろォ?」
「じゃあ早くしろよ」
「うるっせぇな‼︎ テメェが俺に指図するな!」
そう怒鳴り、合流して来た傭兵からピストルを受け取り、再び俺にその銃口を突きつけてきた。
「いいか⁉︎ 次はテメェのその頭吹っ飛ばしてやるからな?」
「待って‼︎」
「あァ? 何だァ?」
「お願い……もうやめて……」
「嫌ァだね、俺達はこいつに仕返しがしたくてここに来たんだからよォ……」
傭兵はユリアに気を取られ、俺を踏みつける足に掛かっていた力は弱くなっていた。
この状況を脱するチャンスは今なのだろう。
「お、おい! 足元!」
「あァ? 何だよ⁉︎」
「……気が抜けてるって言ってんだよ‼︎」
左手でサーベルを引き抜き、ピストルを弾き飛ばす。
「なっ⁉︎ この野郎‼︎」
「人を踏みつけるなって教わらなかったかよ‼︎」
そのまま体を捻り、足を退け、ガラ空きになった傭兵の腹目掛け、蹴りを繰り出し、傭兵を蹴り上げた。
「……ったくよぉ……俺は踏み台じゃねえっての……」
ゆっくりと立ち上がり、踏みつけられ、腹に付いた砂を払い、傭兵達を睨みつけた。
「この野郎‼︎ ぶっ殺してやる‼︎」
「このクソ赤髪が‼︎ タコ殴りにしてやる‼︎」
「死んで詫びろよクソガキがぁ‼︎」
傭兵達は口々にそう怒号を上げ、サーベルを引き抜いた。
「……今回だけ特例ってダメか?」
『ダメに決まってんだろ、自分でなんとかしろ』
「……だよなぁ……」
魔剣を使えない状況に溜息をつきながらも、サーベルを構えたその時、銃声が轟いた。
「……は?」
「……あ……あぁ……うわぁぁぁぁぁ‼︎」
少し前まで俺に蹴り飛ばされ、怒りに顔を真っ赤に染め上げていた傭兵は、体中を蔦に覆われ、動かなくなった。
「よぉ、面白そうな事してるじゃんよ、俺も混ぜろよ」
そう声を上げ、虚空から姿を現したのは、ピストルを片手に持ち、赤いローブを来た男だった。




