無礼を承知で
部屋を出て、カウンターまで向かうと、広間の椅子に座っていた男がこちらに気付き、こちらへ向かってきた。
「もうお目覚めになられたんですね、先ほどは助けていただきありがとうございました」
「あー、えっと、あんたは確か……」
「この農業村スーグの村長をしております、ルロイと申します。」
ルロイと名乗った村長はにこやかに微笑むと、手を差し出してきた。
「あぁ、やっぱり村長だったんだな。 俺はライル、ライル・ベルンハルトだ」
そう名乗り、差し出された手を握ると、村長は両手で握り返し、二、三回ほど小さく手を振った。
俺の手を握るその手はごつごつとしており、節くれだち、長年農作業に従事していた事を物語っていた。
村長の顔に刻まれた皺も、長年の苦労を物語り、農村での生活が決して楽なものではない事は見るまでもなかった。
加えて少し前のように傭兵達の略奪が各地で横行しているのだ。ここに来る前に俺達を襲ってきた賊のように、ならず者に身を落とす者も少なくはないのだろう。
「それにしてもわざわざ村長さんがここまで来なくてもよかったんじゃないのか?」
「いえいえ、私自身貴方様に助けられた訳ですし、直接お礼に向かうのが道理というものでしょう」
「それなら俺もここまで運んでもらった礼を言わないとだな。 ありがとう」
互いに礼を言い、握っていた手を離すと、村長は先程とは打って変わって、深刻そうな顔をし、話を切り出した。
「助けられた身でありながら身勝手な事を申し上げるのは如何なものかと思うのですが……」
人がこう話を切り出す時、悪い話が続くというのは経験上分かっていた。
当然この後に続く話もーーー
「無礼を申し上げるのは百も承知です……その、可能な限り早急に、この村を出てはいただけないでしょうか……?」
案の定、俺の読み通り、悪い予想は的中した。
しかし無理もないだろう。今の時代を考えれば、魔女や得体の知れない力を持った人間を村に抱える事に利点などない事は明らかだ。下手をすればそんな存在を匿っていたと村ごと糾弾されかねない。
そう思えば村長の判断は正しく、村の事を思えばこその事なのだろう。
「勿論無理に、とは言いません。 あくまでも私からの提案程度のものでございますので、気に入らなければ無視していただいても構いません……」
「いや、今日にでも出発するさ、村長さんがそんな気にしなくてもいいって。 元々除け者扱いされるのは慣れてるからさ、むしろわざわざそんな丁寧に、それにこんな事言いにくいだろうに」
「ですが……本当によろしいのですか?……助けられた恩を仇で返すようなものだというのに……」
不安げにそう告げる村長の顔を見ていると、尚更この村から早く出なければならないと思った。
「村長さん、気持ちは分かるけど、あんたがそんな風に下手から出ちゃダメだって。……この村を仕切る長なんだろ? だったら、こんな一介の旅人相手にそんなに腰を低くして対応すべきじゃねえよ。 もっと長らしく、毅然に振舞うべきだって」
「……ですが……貴方様は……」
「俺はただの旅人、平凡無才の魔剣使い。 ただ気が向いたから傭兵を退けただけの、魔剣がなければただのクソ生意気な若造だよ。」
「驕らないのですね」
「驕れるほど凄い訳でもないしな」
そう答えると、村長も吹っ切れたのか、話を切り出す前のようなにこやかな笑みを浮かべた。
「とりあえず、準備が出来次第この村から出て行くよ」
「無礼な申し出だというのに……それこそ本当ならゆっくり休んでもらいたかったのですが……」
「いいって事よ、この辺りまで来てるかはわからないけど、異端狩りに俺達を匿っていたと思われても面倒だろうしな」
「お心遣い痛み入ります……それはそうと、お連れ様が先程怒りながら宿を出て行きましたが、何かあったのですか?」
唐突に村長がそんな事を訪ねてきたが、先程魔剣にはぐらかされたように、俺自身イマイチ理由が分かっていない。
「いや、俺もよく分からないんだよ……俺変な事言ったかなぁ……?」
「あぁ……なるほど、そうゆう事でしたか……」
村長は何かを察したように頷いた後、にっこりと微笑んだ。
「え? 何だ? え、村長さんあんた何か知ってるのか?」
「えっと……それは私からもお答えしかねます……はははは……」
「えぇ〜……あんたまでそんな事言うのかよ……」
皆揃いも揃って似たような事を言い、はぐらかされて肩を落としていると、魔剣が抱腹絶倒と言わんばかりの笑い声を上げた。
『ぶっ……ハハハハハハハハハハ‼︎ アーッハハハハハハ‼︎ ダメだ、死ぬ‼︎ 笑い死んじまうぜ‼︎』
この場でこいつに反応すれば間違いなく頭のおかしくなった奴だと思われるだろう。この場では黙っているが、後で覚えておけ。そう念じながら魔剣への苛立ちをねじ伏せると、村長に再び手を握られた。
「……表向きは良い言葉を掛けられませんが、貴方達の旅が良いものになる事を願っております……」
「その言葉だけで十分だって、ありがとう」
歯を見せて笑みを浮かべた後、村長の手を握り返す。
「それじゃあ、連れを探しに行ってくるよ」
「ええ、お気をつけて」
最後にそう言葉を交わし、宿を後にした。




