内緒の話
『それで、嬢ちゃんはなんだってあんな唐変木に入れ込むんだ? 嬢ちゃんの見た目ならもっといい男選べるだろ?』
「ずっと一緒にいたからかな?……他にも優しいし、私の事を分かってくれる人だし……あとは……」
『あとは?』
「できる根拠もないのに、俺に任せろって自信ありげなあの顔が、私は好きなの」
そう言った後、傍らで眠るライルの赤い髪にそっと触れた。
彼は穏やかな寝息を立てたままで、しばらく起きる様子はなかった。
赤い髪に緑色の瞳、そして色白な肌。髪質は弱く、肌の色白さ、それらは見るものに弱々しさを感じさせる筈なのに、彼はそれを感じさせなかった。
例えそれが彼の虚勢によるものだとしても、ただの強がりなのだとしても、私にとっての彼の存在は心強かった。
「いつも撫でられてばっかりだし、今くらい、私が撫でる側でもいいよね……」
『しかしまあ、嬢ちゃん達も不憫だよなぁ』
「不憫? 何が?」
『いや、俺も全部は知らねえし見てる限りでしか分からねえけどよ、今まで散々除け者扱いされた挙句殺されかけて村から飛び出したんだろ? 不憫なんてもんじゃねえだろ』
「そうかな? 私はライルと二人で外の世界を見に行けるようになったんだし、これから先が楽しみだよ? そりゃあ少しくらい不安な事もあるかもしれないけれど、もうあの村には多分戻らないから、関係ないよ」
『ははっ、こいつぁ面白え、嬢ちゃんその小僧より肝が座ってるんじゃねえのか?』
魔剣はさぞかし感嘆した、という様子で声を漏らした後、そう返してきた。
「そうかな? 私より、ライルの方が肝が座ってると思うよ?」
『あの小僧ここに来るまでずっと妙な考え事ばかりしてたじゃねえかよ? 心配性でもなきゃあそこまで考え込まねえだろ?』
「それは多分私がこんな性格だからだと思うよ?」
『こんな性格?』
「能天気で楽観的で、あんまり難しい事はなーんにも考えてない。 だからその分ライルが色々考えてるんだと思うよ。 私は何も知らないから……」
そう、私はこの世界の事も、自分達がいる場所のことも、何も知らない、知る事すら出来なかった。
ライルが時折屋敷から蔵書を持ってきて見せてくれたこともあったが、申し訳程度にしか読み書きのできない私には、複雑な文章が書き記されたものは読むことができず、ライルが持ってきた蔵書の内容はごく一部しか読めなかった。
それ程に、私は何も知らず、知る為の術も持っていなかった。
そんな私が唯一取り柄と呼べたはずの魔法も、呪詛の影響で初歩的な魔法程度しか使えず、複雑な魔法には詠唱を要するか、そもそも使う事すら出来なくなっている。
腕巻きを捲り、焼き付けられたように腕に刻み付けられた呪詛が恨めしく思えた。
こんなものさえなければ、これさえなければ、せめてライルの役にも立てたというのに。
『その呪詛、随分複雑に組まれてるじゃねえか』
「え? あー、うん……そうだね……」
『誰に掛けられた? 並の魔導師じゃその呪詛の一部も組めない筈だぜ? それこそ高位の魔導師か魔女の類でもなきゃこんな芸当無理だぞ』
「うーん……誰に掛けられたって聞かれるとちょっと答えにくいんだよね」
『答えにくいってどうゆう事だよ? 何だ、答えると嬢ちゃんになんかマズいのか?』
魔剣はまくし立てるようにガチャガチャと音を立て、その弾みで支えを失い、床に転がった。
「別にそうゆう訳じゃないんだけど、誰が仕込んだのかよく分からないんだよね……。 あと、大丈夫?」
『大丈夫じゃない、オレは自分で動けないんだ。 悪いが起こしてくれないか?』
ベッドから立ち上がり、床に転がった魔剣に手を掛けると、ずっしりとした重さが手に伝わってきた。
複雑な刻印が施され、黒い鞘に刻まれた赤の彫り込みは、その黒さを引き立てており、禍々しくありながらも、美しさを感じさせた。
『どうした、オレの造形美に惚れたか?』
「もう、そんなのじゃないよ。 でも綺麗な形だとは思うよ」
『分かってるじゃねえか。 それはそうと、休まなくていいのか? 嬢ちゃんだって疲れてるんじゃねえのか?』
「うーん、ライル程疲れてはないけど、ちょっとだけ休もうかな」
魔剣を壁に立て掛け、ライルが眠るベッドに突っ伏し、ベッドに顎を乗せた。
『って、そこで休むのか?』
「うん、もう少しこうしてたいの」
『まあ構わねえけど。 それじゃあオレも休むかねぇ……』
魔剣のそんな呟きを最後に、部屋には沈黙が広がり、徐々に眠気が迫ってきた。
「……おやすみ、ライル……」
微睡みに身を委ね、私はゆっくりと瞼を下ろした。




