旅の支度1
「……本当にあんな風にしちゃっていいのかな……」
「気にするなよ、お前を殺そうとしてた相手にまで同情する事はないだろ」
「でも……」
縄で縛られ、そのまま引き摺られているジュリアンの方を見て、ユリアは心配げに呟いた。
「そんな誰彼構わず気を遣ってたら疲れちまうぞ?」
「それはそうだけど……」
『見かけによらず無慈悲だな、お前』
「誰彼構わず優しくなんてできるかよ」
「え?……えっと、誰に話しかけてたの?」
魔剣の茶化しに応えている様子が不自然だったのだろうか、ユリアは首を傾げてこちらを見上げていた。
「あー……そっか、ユリアには聴こえてないのか」
「聴こえない? 近くに誰かがいるの?」
「……こいつだよ、こいつ。 この魔剣」
空いた手で魔剣の柄を指差し、溜息を吐く。
『直接オレを嬢ちゃんに持たせた方が早いんじゃないのか?』
「誰がお前を持たせるんだよ、バーカ」
『もう力貸さんぞ?』
「ほーう、契約を持ち出しておきながら持ち出した本人が破るってか、そうかいそうかい、そりゃ結構な事だな」
『この凡才が生意気な、俺のおかげでさっきも勝てたんだろ?』
「こんにゃろ、自分で無才って言ってても他人から言われると腹立つなー」
魔剣と煽り合いを続けていると、ユリアに服の袖を引っ張られた。
少し頰を膨れさせ、不満げにこちらを見上げる様子は、どこか愛らしさを感じさせた。がユリアは不機嫌そうだった。
「どうした?」
「どうした? じゃないよ! 急に私ほっぽっていつまでも剣に話しかけちゃってさ、もう!」
「あー、悪い悪い、悪かったって、そんな顔するなよ」
ユリアは頰を膨れさせたままそっぽを向いてしまった。
「なぁ、えっと……ユリアさん?」
「…………」
「えーと、なんか俺が唐突に剣に話しかけまくってて頭トチ狂ったんじゃないかとか思ってるのか分からないけど、ほんとにこいつ煩いんだよ……」
「……ふーん」
冷たい、普段の彼女ならこうも冷めた反応はしないだろう。
確かに魔剣に向かってブツブツと何かを呟いている図は側から見れば不気味だし、気が狂ったようにも見えるかもしれない。
「……あー……」
『情けねえなぁ……』
「……心配したんだから……」
「え?」
「この間みたいにまたボロボロになって死んじゃうかもとか心配だったんだから‼︎ バカ‼︎」
「……えぇ……」
「それにお腹のところにもまた傷作ってるし!」
「あー……いや、これはだな……」
涙目になり、顔を真っ赤にしてしかめ面をしているユリアを見て、初めて自分が身の丈に合わない、危険な事をしていたのだと思い知らされた。
今まで逃れようがなかったとはいえ、普通に考えれば命知らずも甚だしいような事だった。
少なからず心配を掛けてしまっていたのなら、ここは素直に謝るべきだろう。
「心配させた事は謝るよ、いくら逃げようがないからって色々心配させたのは悪いと思ってる、ごめん」
「…………」
ユリアは依然しかめ面のままだった。
「でも、こいつがあるうちは、お前がいる間には死なないから。 心配するなとは言わないけど、少しは俺がそんな簡単に死なないって信じて欲しいな」
「……はぁ……もういいよ、どうせライルはやめてって言ってもそうやって無茶するし……」
彼女の深い溜息に痛い所を突かれているような気分になったが、先程のような刺々しさはもうなかった。
「どうせ無茶しないでって言っても無茶すると思うけど、しなくていい所でまで無茶したりするのはやめてね?……ライルが居なくなるのは……嫌だから……」
「……分かった、死なないように気をつけるよ」
そんなやり取りをしているうちに、気付くと屋敷の前まで来ていた。
「……改めて見てみると結構大きいんだね」
「ここはそこまで大きい訳でもないぞ? まあ、建物自体あまり見慣れてないなら話は違うんだろうけどさ」
「あ、今私が何も知らないみたいに思ったでしょ?」
「いやいや、そんな事誰も言ってないでしょ」
「むー」
少しからかい気味に返すと頰を膨れさせるユリアの様子は見ていて飽きなかった。
『あーあー、お熱いようで。 あー熱い熱い、これじゃあオレの刀身も溶けちまうぜ』
「茶化すなよ、別にそんなんじゃないし」
「それっ!」
「あっ、バカっ柄に触ーーー」
何を思ったか、ユリアは突然俺の背負っている魔剣の柄を掴んでいた。
『ほう、面白え、これで嬢ちゃんにも俺の声が聴こえるなぁ?』
「バカお前何で……」
「仲間はずれは嫌だもん」
『クハハハハ‼︎ 気に入ったぜ嬢ちゃん、そうだよなぁ?一人だけ蚊帳の外なんて嫌だよなぁ?』
「うんうん、私だけ仲間はずれなのよくない」
『安心しろ嬢ちゃん、オレに一度触れた者はオレの声が聴こえるようになる。 これで嬢ちゃんだけ仲間はずれになんて事にはならねぇぞ』
「……頭痛くなってきた……」
これから先、魔剣が俺を茶化したり煽ってくるのをユリアにも聞かれると思うと暗澹とした気分になった。
「……とりあえず中入るか……」
「そうだね」
地主が開け放ったままにしたからか、屋敷の扉は開いたままになっていた。
『何陰気くせえ顔してるんだよ?』
「お前が俺を煽ってるのをユリアにも聞かれるって思ったらこんな顔せずにいられるかよ……」
『だったらオレに煽られないように上手く動く事だな、クハハハハ‼︎』
「頑張ってね、ライル」
大きく溜息を吐き、屋敷の広間に向かうと、書斎から地主が袋を持って出て来るのが見えた。
恐らく中身は路銀だろう、地主が歩くたびにジャラジャラと音を立てているそれが一体どれ程の金額なのか、まだ分からないが、多少足元を見ても構わないだろう。
「ライル! 丁度いい、路銀を渡そうと思ってたんだ!」
「はぁ、そりゃ結構な事で」
地主から袋を受け取り、中身を確認する。
中には金貨と銀貨、ついで銅貨が数枚、金銀銅の順にその量が多くなっていた。
旅の路銀として見れば十分な量だろう。だがこの男からはもう少し引き出してもいいだろう。
何せ共々殺されかけたのだ、それくらいする権利があっても良いはずだ。
「……もう少しないのか?」
「……え……?」
「あれだけやっておいてこれだけって事は無いんだろ?」
「あ、あぁ! もちろんあるとも! ちょっと待っていてくれ!」
慌てふためき、転びそうになりながら地主は階段を登り、書斎へ戻って行った。
『容赦ねぇな』
「ここで容赦しなかったらいつやるんだよ?」
『おぉ、怖い怖い』
「ちょっと可哀想だなぁ……あははは……」
それから少し経つと、地主がドタバタと慌てて走りながら戻って来た。
「……はぁ……はぁ……こ、これでいいかい……?」
「……そうだな、それじゃ後の準備はこっちでさせて貰うから、書斎にでも戻ってゆっくりしててくれよ」
「あぁ……あぁ、そ、そうさせて貰うよ」
フラフラとした足取りで書斎へ戻って行く地主を尻目に、俺達は倉庫とは別の保管庫へ向かった。




