流浪人と魔女2
「……美味い」
「ほんと⁉︎ よかったぁ〜」
真剣そうな面持ちでカップを見つめていた顔はぱぁっと明るくなった。
「あ、そうだ、紅茶にはお菓子も付けないとだよね」
「そんなものまで出せるのか?」
「もちろん!」
そう言って再び魔法陣を出し、指を鳴らした。
先程とは違い、今度は蔓で編まれた小さなかごに入ったクッキーが現れた。
「驚いたな……手品か何か見てる気分だよ」
「手品じゃなくて、魔法だよ! タネも仕掛けもないんだから!」
「わかったわかった、わかったからそんなに怒るなって」
ムスッと頰を膨らませてしかめ面をするユリアを宥めながら苦笑いをする。
彼女がテーブルを叩き、置かれたティーセットがガチャガチャと音を立て、カップに注がれた紅茶が溢れそうになる。
「こらこら落ち着けって、紅茶が溢れるぞ?」
「もう、そうやって誤魔化しちゃってさ」
「仕方ないだろ、魔法って言われてもあれもこれも魔法だって言われたって実感沸かないんだからさ」
「むぅ〜!」
ユリアは煮え切らない様子でそっぽを向きながらティーカップを口元まで持っていき、カップに注がれたそれをゆっくりと口に含んだ。
そんな彼女の様子に目を細め、かごに入ったクッキーに手を伸ばす。
手に取ったそれを一口囓り、奥歯で砕くと、ほんのりとした甘さが口に広がり、紅茶で潤った口の中を乾かしていった。
口の中に広がる味にはどこか覚えがあった。
「……あれ……この味は……」
「気付いた?」
「これ、俺が前に作ってやったのと同じじゃねえか」
「そうだよ〜私の舌が覚えてるものなら大体出せるよ!」
「……それって俺が今まで持ってきた料理意味なーー」
意味なかったんじゃないか。そう言い切る前に彼女に止められた。
「でもね? こうやって魔法で出しても空腹は満たせないの」
「じゃあ今目の前にあるのは一体何なんだ?」
「うーん……上手く説明できるかわからないんだけど、現実味のある幻覚って言えば正しいのかな?」
「じゃあ俺はお前がそうやって魔法で出したクッキーいくら食べようが満腹にはなれないって事か?」
「大体そんな感じだと思うの」
彼女は少し悩ましげに笑みを浮かべた。
幻覚と分かっていても、依然注がれた紅茶とクッキーを食べるのを止めようという気にはならなかった。腹を満たす事だけが食べ物の役割という事もないだろう。
そうしてクッキーで乾いた口の中を紅茶で潤わせてを繰り返した。
それからしばらく談笑を続けていると、この間大狼の話になった。
「なぁ、そういえばこの間のアレは何処に……?」
「あー……それがね、気付いたらこの魔法陣だけ残ってて本体の方はなくなっちゃってたんだよね」
「魔法陣て、さっき見た時外にはなかったぞ?」
「うん、使い魔自体が死んだ後に魔法陣から呪詛が撒かれるようになってたからね……」
「お前、それじゃあ……」
「ううん、大丈夫だよ。 ちゃんと呪詛が撒かれる前に無効化しておいたから……」
そう答える彼女の声には、いつものような自信はなかった。むしろ何かを誤魔化しているようにも見えた。
「……違うんだろ? 何かあったんだろ?」
「……困ったなぁ……ライルには嘘ついてもすぐ気付かれちゃうや……」
「お前は嘘をつくのが下手なんだよ……それに、そんなもん上手くならなくていい。 それで、結局何なんだ?」
ユリア少し悲しげな顔をした後、服の袖を捲ると、そこには赤黒い刺青のような紋様が刻まれていた。
「……呪詛のせいで魔法がいくつか使えなくなっちゃったんだ……」
「じゃあ……」
「うん、この間のみたいな魔法はもう使えないの。 本当に単純なものだったり、魔道具があれば使えるような下級魔法くらいしか、今は使えないの……」
それを聞いて気の毒に思う自分と、安心している自分がいた。
確かに彼女が魔法を使えなくなって悲しんでいるのは胸が痛かった。だが、もしも彼女がそもそも魔法を使えなかったなら周りから魔女と忌み嫌われる事もなくなるんじゃないだろうか。周りの人達と馴染めるんじゃないか。
そんな安直で、複雑な感情に苛まれた。
「でもね、呪いの程度もそんなに重くなかったし、時間が経つにつれて薄れるから大丈夫だよ」
「そうかもしれないけどさ……」
「大丈夫、心配しないで。 またライルが帰ってきた時にすごいの見せられるように頑張るから!」
「……ああ、でも無理はするなよ?」
そう言って椅子を立ち、荷物を背負い、小屋の扉を開けた。
「そろそろ行かないとだな……」
「しばらく会えなくなっちゃうけど、元気でね」
「あぁ! お前も元気でな」
別れの言葉は告げない。多分またここに帰ってくるだろう。だからこそ、敢えて別れは告げなかった。
そうして彼女に見送られながら、小屋を後にした。




