屋敷との別れ
広間には俺と執事長が残った。
「……」
「……何で何も言わないんですか」
「……言って何が変わる訳でもあるまい、主人の指示なのだから従うしかあるまいに」
「だけどこんなのーー」
「騒ぐな‼︎ 決まった事にいつまでも拘ってどうする⁉︎ 騒いでも何も変わらんだろう⁉︎」
食って掛かるも、執事長の剣幕に気圧され、息を飲む。
「……騒いで何とかなるなら、今頃とっくに騒いでいるさ……行け、お前はもうここの使用人ではないだろう……」
その言葉に、何一つ返すことができなかった。
執事長が去っていくその背中を、ただ虚しさに囚われながら立ち尽くし、見つめていることしかできなかった。
大人しくこの場を去るしかないのだろう。
こうなる事は想定できていた。だが実際に味わったそれは想像以上に呆気なく、虚しいものだった。
「……ははっ……くだらねぇ……」
不貞腐れるようにそう呟き、無気力に襲われながら部屋へ向かう。
途中何人かの使用人達とすれ違ったが、誰一人として目を合わせる事はなく、その視線は何処か哀れみの意が篭っていた。やめろ、そんな目で見ないでくれ。余計に惨めな気分になる。
やりきれない思いに苛まれながらしばらく歩くと、少し古ぼけた扉、かつて俺の部屋だった部屋の扉が、目の前にあった。今ではもう、俺の部屋ではない。
扉に手を掛け、中へ入る。長い事寝泊まりをしたこの部屋。それとも今日でお別れだ。
「……長いようであっという間だったよなぁ……」
物心ついた時からこの屋敷で働いてきた。何があってここに拾われたのか、親が何故居なかったのか、何も知らずにここで時間を過ごしてきた。
何もわからないながらも、それなりに悪くない生活だった。
「……じゃあな……」
古き友に別れを告げるようにそう呟き、まとめた荷物を肩から提げ、部屋を出る。
軋みながら閉まる扉の音を背に、部屋を後にした。
感傷に浸りながら広間まで辿り着くと、待ち構えていたかのようにジュリアンが立っていた。
特に気にせず、一瞥し、通り過ぎようとすると、嫌味らしく声を掛けてきた。
「何も言わずにここを出る気かい?」
「言うことなんて何もないだろ?」
振り向かず、いつものように飄々とした様子でそう答える。
「強がりのつもりかい?」
「何を強がるのさ?」
「悔しいんだろう? だから無理矢理平静を保ちたい、違うか?」
「何も悔しい理由なんて無いんだけど? お前ならこれくらいやると思ってたし俺は別に何とも思っちゃいねえよ、じゃあな」
素っ気なく答え、足を進めると、後ろから肩を掴まれ、そのまま後ろへ振り向かされる。
頰に鈍い衝撃が走り、遅れて痛みが伝わってくる。
「っ痛ぇな……」
「何故悔しがらない⁉︎ 何故そうも飄々と振る舞う⁉︎」
「……お前は何がしてえんだよ……?」
鈍い痛みに眉を顰め、頰をさすると、口の中で染みるような痛みが走った。どうやら口を切ったらしく、口の中で鉄の味がじわりと広がった。
「だからその顔が気に食わないって言っているだろうが‼︎」
「だから訳わかんないっての」
相変わらず取り乱してばかりで忙しい奴だ。
またしばらく取り乱すのかと思うと憂鬱な気分になった。
そんな俺の思いとは裏腹に、ジュリアンはゆっくりと息を吸い込んだ後、不敵な笑みを浮かべた。
「……まあいいさ、お前はもうすぐ嫌でも顔を歪めずにはいられなくなるからな……」
「あぁそうかい、そりゃどうも」
ジュリアンが浮かべた不敵な笑みに嫌悪感を抱きながら、俺は屋敷を後にした。




